第3話 綱打ち
翌日の朝、ルーに叩き起こされて、朝食の芋食べて、俺はスィナンさんのところに出かけた。
いよいよリバータのたてがみをロープに編むから、是非見に来てくれって使いが来たんだ。
そりゃあ、行くでしょう。
行かないって選択肢はないよ。
わくわくしながら歩き出して、異変に気がついた。
いつもいつも、そこいら中を駆け回っている子どもが、1人もいないんだよ。
キャッキャ言ってる声が聞こえない。
そか、学校かぁ。
なんかもう、その変化が嬉しい。
それから、畑作物の潅水って、午後は少なめで夜はしないんだそうだ。
しちゃうと、「徒長」って言うらしいけど、ひょろひょろに伸びちゃうんだって。だから、畑に水が流れ込むのは、明け方から午前中。
で、午後は畑に作られた簡易貯水池に流れ込むけど、夜間に汲み上げられた分の水は、コシヒカリを作っている田んぼに行く以外は、すべて街中のあちこちの貯水池を満たしている。
飲用にまでは使えなくても、その水と灰で洗濯をしている姿はあちこちで見るし、結果として石畳に打ち水がされたことになって気持ちがいい。
溜り水になっちゃうと、藻が生えたりして水が汚れるので、できるだけ使いましょうってなってるし。
この世界で、たかが水でも初めて「使え」って話。
今までは、すべて「節約しろ」「使うな」ばかりだったからね。
なんか、やったことの成果が目に見えてきて、この世界が良い方向に向かっているんだろうなって気がするよ。
− − − − − − − − − − − −
「そーれ、ほい」
「そーれ、ほい」
「そーれ、ほほい」
スィナンさんの工房に近づくと、そんな掛け声が聞こえてきた。
ロープに編むって、具体的にはなにやっているんだろう?
そっと覗き込んでみる。
部屋の一方の壁には、リバータのたてがみが天井まで積み上げてある。
野外で積まれているときはそんな量に見えなかったけど、部屋の中にあるとものすごい量だね、コレ。
これを1人で刈り取ったケナンさんってば、凄すぎだよ。
まぁ、40キロメートル分って考えれば、少ないわけないんだけれど。
で、そのたてがみの渦の中で、猫がじゃれながら遊んでいる。
ここは猫に取っちゃ、遊園地だね。
じゃれるものが無尽蔵にある。
俺の連れてきた、血統書とか付いていない単なる三毛猫。最初はギルドの猫だったけど、だんだんテリトリーを広げていて、今は街猫になりつつある。
子どもを作ることを純粋に喜ばれるのは今だけかもしれないけど、しばらくは幸せにすごせよー、なんて。
ま、できあがったロープを、この世界のネズミであるネラマに齧られちゃたまらないからね。ここで遊んでいてもらうのは、大歓迎だよ。ここで餌もやってもらえればベストだけど、最低でもトイレの躾けの方法だけは話しとかないとだ。
で、部屋の隅の方に向かって、リバータのたてがみを捩り合わせた細い縄3本を、5人のチーム2つと、床に仰向けに寝そべっている3人のチームで、次々と受け渡し合いながら撚り合わせて太い一本のロープにしている。
で、よく観察すると、撚り合わせるのに力を入れているのは、完成したロープ側の前方の3人で、後方の2人はこれから撚り合わされる細い縄の束を担いでいる。
仰向けの3人も、綱を抑えるのは前の1人で、後ろの2人は細い縄の束の受け渡しが仕事だ。
そか、捩り合わせられた細い縄の束ごと受け渡していかないと、そりゃあ最後の太いロープの捩り合わせが
おそらくは、太いロープが撚られてできていくと細い縄の束がなくなっていくから、そしたらまた細い縄を作り足して行くんだろう。
たぶん、リバータのたてがみを両手の手のひらで、太さを一定に維持しながら、長く撚り合わせて繋げていくんだ。
で、それをまた束にして、太いロープを撚る受け渡しをしていくんだな。
つまり、太ロープを撚るのと、その元になる細い縄を作るのを交互にしているんだ。
で、なんにせよ、これだけ長いものを均等に撚り、解れないようにしていくのは大変なことだと思うよ。
って、この光景、どこかで見たことがある。
しばらく考えて思い出したんだけど、前にテレビで、大相撲の横綱になった力士の綱を作るのに、「綱打ち式」とかいって、同じことしていたのを放送していたなぁ。
なんか、俺の知識、テレビで見たとか、Y○u Tubeで見たとか、漫画で読んだとか、どうも酷いよね。
読書とか、勉強していないのがバレバレじゃん。
本は持ってきてあるんだから、改めてもう少し勉強してみるかねぇ。
で、話を戻すと、その3チームの受け渡しの掛け声が、工房の外にまで聞こえていたんだな。
そこまで見ていたところでスィナンさんが俺に気がついて、工房に迎え入れてくれた。
「すごいですねぇ。
こういう太いロープって、こうやって作られるんですね」
って口から出たよ。本当に、生でこういう作業を見るのは初めてだったからね。
「『始元の大魔導師』様。
実はこうでもあり、こうでもなし、なんですよ。
ヤヒウの毛は短いですからね。長くても手のひら2つ分しか長さがありませんから、もっとずっと苦労をするのです。
こんな簡単に、ロープにはなりませんよ。
私も、こんなの経験はないので、毛の加工職人に教わったり、手伝ってもらったりしながらこの方法に行き着いたのです。ですが、リバータの毛は長くて強くて、とても編みやすいです。
しかも、一定割合で、毛の向きを変えたのを混ぜて撚ると、よりしっかりしますね」
と、スィナンさん。
そか、生き物の毛って、向きがあったよね。毛先方向へは撫でられるけど、逆方向は引っかかって撫でられない。シャンプーのCMで、瓦みたいので覆われているCGを見たぞ。
「そうなんですか。
あとは、耐久力があればいいですけどねぇ」
「水棲動物の体毛ですから、乾燥しきると脆くなるかもしれませんけど、ケーブルシップに使うのであれば乾くことはないでしょうからね。
ここでも乾燥しきらないように気をつけていますし、まずは大丈夫でしょう。
もしも何年か使っているうちに、毛が摺り切れてささくれてきたら、ゴーチの木の樹液を塗り込みましょう」
「よろしく、お願いします」
なんて話している間にも、1メートルくらいは長くなった。とはいえ、この4万倍も撚り合わせなきゃいけないんだよね。
ちょっと、くらっときた。
まぁ、エジプトのピラミッドの数百万個も石を積み上げるのに比べりゃ、遥かに軽い。そうでも考えなきゃ、万の単位の作業って目が回りそうだよ。
で、4キロメートル分のロープってなると、1日に100メートル作れても、400日も必要なんだなぁ。
そんなことを考えていたら、スィナンさんが俺の考えを読んだのか、補足してくれた。
「このまま身長の10倍くらい撚り込めたら、完成しているロープの反対側を少し
そうすれば、半分の時間で完成しますからね。
できたのは、ドラムに巻きつけていきますから、運ぶのも問題ないでしょう」
「なるほど、そか、そうすれば撚る時間が半分で済みますもんね。凄いです」
そう言いながら、やっぱり思うんだけど、この世界は人件費が安いよ。
貧しさの裏返しなんだろうけど、綱を撚るのに人海戦術でほぼ30人掛かりってすごいよね。1日に1人銅貨50枚として1500枚。銀貨15枚だ。200日掛かるならば、計銀貨3000枚。
……皿の売上が銀貨1万枚だったから、スィナンさんの報酬も考えれば、その10分の3が消えるんだな。
そう考えると、俺の爵位って安いなぁ。
固定給だもんね。
さすがに、この間確認したんだ。ラーレさんに聞かれて、答えられなかったからねぇ。
もっとも、1人あたり1キロメール以上もロープを作るって考えれば、それはそれで適正ってか、もしかしたらブラックなのかも知れないけれど。
まぁ、これからは人件費もじわじわ上がるはず。
そうなると、今、これを作っておくのは却って安上がりかもねぇ……。
「『始元の大魔導師』様。
石工組合のシュッテが、ネヒール川の大岩の加工を始めていますよ。こちらも見ものですから、お時間があればご覧になられては……」
「それは凄い。行きます、行きます!」
そう言って、「また大人げない」って怒られるかなって、ルーを横目で窺う。
ああ、全身で乗り気だ。
どーも、ルーの言う「大人げ」ってのは、恣意的だよなぁ。
クール振っているけど、ルーも好奇心、そらもうたっぷりあるからね。猫ならば、命の心配が必要なくらいだ。
いつも思うけど、人のことは言えないよなぁ、ルー。
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Twitterに綱打ち式を載せています。
よろしかったら見ていただくと、「こんなシーンなのか」ってなると思います。
ただ、こちらの方が綱の長さは桁違いなので、そのように改変はしています。
きちんと文章だけで説明できなくて、ごめんなさい。
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1282793762700181505
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