第21話 ダーカスへ帰還


 女子の方の狂獣リバータが、入り江に戻ってきた。

 あまり邪魔しちゃ悪いので、見えない位置にいるとはいえ、音を立てないように撤収の準備を進める。


 骨は最小限の加工をして、軽くしてから運ぶ予定だったんだけど、思ったよりずっと軽い。ならば、そのまま持って帰って、エモーリさんの工房で加工した方がいい。だって、その過程で出る破片ですら、本来は貴重だからね。


 軽いのには理由があった。

 骨の断面が、哺乳類のものと違って円じゃない。平たい菱形みたいなんだ。だから、見た目よりも実質は細くて軽い。

 でも、妙な粘りがあって、先端の細くなった部分でも折れにくく強い。

 いい素材かも知れないね。


 たてがみは、全員で揃えて、束ねて、持ち帰る。

 帰ったら、スィナンさんに見てもらって……。

 ケーブルシップの今年の建造を諦めていないって言ったら、呆れられるかも知れない。

 でも、これ、強くて軽くて、そして物凄い量なんだよ。しかも、生え際の刈られた面積から量を推測すると、俺の暗算で、40キロメートルのロープ、ちょろい。

 親指と中指て輪を作ったくらいの太さのロープならば、50キロメートルは伸ばせる。

 ロープさえ確保できれば、行けると思うんだけどなー。



 まず、ルーと魔術師さん達が先行して帰る。ルーは王様に報告があるからね。

 ケーブルシップについても、きちんと話して貰おう。

 護衛には、ハヤットさんが付いた。

 魔術師さん達は、ダーカスの守りだからね。


 それから次に急ぐのは、水汲み水車ノーリアの分の骨。

 長い、分岐がある骨の20本を、まずは優先して送り出す。全部で52本回収できたし、2つの水汲み水車ノーリアを同時進行で作るのであれば、全部持っていきたいけど、さすがに無理。すでに100人が、この輸送にかかりきりだからね。

 これで残りは30人。


 短い骨とたてがみのサンプル分を持てるだけ持って、10人がさらに後を追う。


 残りの20人で、入り江から1キロくらい離れたところに、骨とたてがみをピストン輸送する。

 リバータに見つからないように、こそこそと話し続けるのも疲れるからね。

 それが終わったら、10人は近隣の探検と水汲み任務。やっぱりというか、今までこの近辺で真水は発見できていない。

 残りの10人は荷物番。

 これも、単に見ていればいいわけじゃなく、汚れを落としたり、揃えたり、束ねたり、やることはある。


 俺は、コンデンサの配線を切断して、絶縁処理をして、運べるようにする。


 100人が戻ってきたら、また持てるだけ持って帰る。たぶん、最低でも3往復が必要だけど、たてがみ分が増えたので、4往復でも足らないかも知れない。

 俺は2回目のチームと一緒に帰るつもり。コンデンサも持ってもらって、だ。

 


 − − − − − − − − −


 5日後、ルーが、ダーカスから戻ってきた。

 キャンプ周りの岩に腰掛けて、不安な問題をまずは確認する。


 「ルー、俺、臭くない?

 臭い、落ちてる?」

 「大丈夫ですよ、ナルタキ殿!

 薄ら寒い冗談が臭いだけで、ナルタキ殿ご自身は全っ然!」

 「……喧嘩、売ってるん?」

 俺、ルーとサシで話すのは久しぶりな気がする。

 物言いの当たりがきつい。

 ルー、なんか含んでるな。


 「ここんとこ、偉い方たちとばかり話していたんで、言いたいことも言えなかったんです。人間、ストレスが溜まるとダメですね。ナルタキ殿の言うとおりです」

 「それ、全然フォローになってないし、喧嘩を売り足しているんだけど……」

 「私、ナルタキ殿がリバータの前に立った時、『これは死んだな』って思いました。

 そう思ったんです。

 『ああ、死んじゃうんだな』って。

 なのに、身体が動かなくて、なにもできなくて、諦めるしかなくて……。

 ……えぐっ、えぐっ」

 あー、泣いちゃった。


 まぁ、ルーが角度の違う話から入ってきた時は、だいたい感情の動きを隠したいときなのは解っている。5日も経っていて、まだ泣くほどとは思わなかったけれど。

 俺も怖かったけど、ルーは元々が怖がりだ。

 辛かったんだろうね。

 きっと、旅の間も、王の前でも、一人にはなれなくて虚勢を張り続けていたんだ。


 泣いているルーに、どうしてあげたら良かったんだろうな……。



 − − − − − − − − −


 ダーカス到着。

 荷物はそれぞれの工房に持ち込み、エモーリさんとスィナンさんに進行状況を聞く。


 エモーリさん、太陽炉の2つ目を持ったそうだ。どうやっても、鉄の生産が追いつかないからって。


 で、直径20メートルの水車ってのは、ここまでデカイかねぇ。

 地面に横たえられている建造中の水車を見て、絶句しちゃったよ。

 思わず面積計算しちゃっだけど、ほぼ100坪じゃん。で、それが2つもある。とんでもねぇな。

 これが、これからのダーカスに自動給水を保証してくれるのかあ。


 片方の水車は、すでにリバータの骨の補強材が取り付けられていて、かなり形になっている。今回俺が持ち帰った分で、完全に完成して、もう1個の方にも取り掛かれるそうだ。

 となると、早ければ10日後には設置ができるかもしれないね。


 水汲み水車ノーリアに取り付けるバケツは、設置後に取り付けるっていうんで、工房の片隅に200個近くが積み上げてある。

 見たところ、ゴム引きの鉄製だね。

 


 そして、話として聞いた範囲で、現場を見ちゃいないけど、設置予定の場所の整備も着々と進んでいるそうな。

 畑への水路も順調に伸ばされていて、タットリさんの提案で水利権(「すいり・けん」だぞ、危険な「みず・りけん」じゃなく)と水汲み水車ノーリアの管理義務を組み合わせて、農家さん達と街の共同施設管理組合とで共同管理のルールもできているそうだ。

 なんせ、今回設置する水汲み水車ノーリアは、最低でも木材が供給される20年後までは現役でいてもらわなきゃ困るからね。


 で、この工事のスピードを保証してくれていた、石工さんのところの規格石ブロックが尽きたそうで、何軒か大きめの空き家をばらしているそうだ。

 昔、テレビで「ピラミッドの表面の石は持ち去られている」っていうのを見たけど、こういうことかぁ。

 あとは、この国の全員が、乾いた用水路に水が流れ込んでくることを、毎日楽しみにしているって。毎日、野次馬がエモーリさんの工房を取り巻くくらい。



 次に、スィナンさんのところで、ゴムボートの試作品も見せてもらったけど、船というイメージがまったくない。流線型的な形状なんかなくて、舳先のあるゴム筏にしかみえない。

 説明を聞いて納得。

 荷物を大量に積むことを考えると、四角い方がいいって。それから、形状が簡単だと大量生産が楽。

 動力はケーブルシップにせよ、魔法による追い風にせよ、そもそも自力航行ではないから必ず動く。外海用はまた考えるけど、川ならばこれでいいだろうって。

 確かに、嵐だからといって、川には5メートルも10メートルもあるような波が来ることは絶対ない。それにそういうときは、さっさと川岸に逃げることができるからね。

 ならば、形状に拘る必要はないっていうの、解る。


 しかも、オプションでアウトリガーが装備できるって。

 これは、ボート本体から、フロートの付いた片腕突き出す仕組みだ。

 造船っていうか、船の本も買ってあったから、見たとのこと。ちなみに、俺は買っただけで見ていない。てか、買う時は「必要そうかな」ってだけで、中身を精査する時間もなくかたっぱからポチったからね。

 それに、あんな山のような量の本、読むにしたって、何年も掛かりそうだよ。

 そういうの、すぐに取り入れているのは、何があっても転覆させないっていう、スィナンさんの執念だよね。



 最後に、円形施設キクラ近くのコンデンサ工房は、引っ越しが完全に終わっていない。でも、俺、ここでコンデンサを下ろしてしまう。

 ここが俺のテリトリーになるのかな。


 長距離輸送したコンデンサはあとで検査して、それからでないと円形施設キクラには運び込めない。不良品が1個でもあると、魔素流が来た時にすべてがおじゃんだから。

 作った時は良品だったけど、長距離の輸送をしたから、コンデンサ内部で雲母が割れてショートしちゃっている危険性は無視できないからね。

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