第20話 狂獣との対決2


 ハヤットさんの声が響いた。

 「退避!!」


 全員が復唱する。

 「退避!!」


 今、運んでいる骨は持って走る。

 それ以外の骨は未練なく諦める。

 ルールはできている。


 男達が一斉に、一番低い丘に向けて走り出す。

 俺は独り、その流れに逆らって、波打ち際に走る。

 最後の5人が、長い骨を抱えて走っている。

 彼らより後から俺は退避するつもりだ。


 狂獣って言葉、実に正確だった。

 入り江の入り口に、たてがみのある頭が覗いた次の瞬間、その頭は最後の5人の頭上にあった。

 悪魔じみたスピードだ。


 たてがみ!?


 オスが来たんだ!


 おそらくは、メスであるこの入り江の主が逃げ出して、自分の子供を守るためにオスが代わりに来た。

 文字通り、「怒りに我を忘れているんだ」。


 俺、無我夢中で、最後の5人とオスのリバータの間に入り込んだ。

 「骨を捨てて走れ!!」

 俺、あとから聞いたけど、そう叫んだらしい。

 でも、その時は自覚なんかない。


 いくら悪魔じみたスピードで襲ってきていても、陸上では海中よりスピードが落ちるはずだ。

 そこだけに望みを抱いて、配線をぶら下げた金の棒を振りかざす。

 握手の部分は、革とゴムで固めてある。自分が感電したら元も子もないからね。で、握りが太くなって、手にしっくり来ている。

 武器って気がしているんだ。


 でかい口が開き、鋭い歯が見えた。

 見上げるほど高い位置に、リバータの頭がある。

 視線を外さず、後ろ歩きに遠ざかろうとして、もう勝負がついていることに気がつく。

 こいつはもう、陸上を這う必要すらない。

 高いところから、弧を描いてその顎門あぎとを落とすだけだ。そして、その弧の範囲内に俺はいる。

 その巨体に対して、俺の武器が如何に貧弱なことか。

 そして、体表に多少の電流を流したところで、この巨体が止まるのか。


 気がついた瞬間、「しん」って、すべての音が消えた。

 足が萎えた。

 なんか、頭の中に、草原で転げ回るルーの姿が浮かんだ。

 理不尽なことを言う客を追い返す、本郷の姿が浮かんだ。

 いつだって、なんとかなる。そんな無意識の思い込みが、幻想だって思い知った。

 そして、「もう、いっか……」と、そう思った。

 不慮の事故とは違う。

 自分の意志で決められた。

 だから、そう悪い死に方じゃないよ。


 

 もう、目を閉じよう。

 そう思ったところで、「ぐんっ」て抱き上げられた。

 ハヤットさんが、俺の下半身をタックルするように抱えあげて、一気に走り出していた。

 すばらしく速い。

 リバータの大きく開けた口が、俺たちを追うように降ってくる。

 ぎりぎりで、逃げ切れるかもって、希望が湧いたところで……。


 リバータの口の中から、一回り小さな顎と牙が飛び出してきた。

 口の中の口って、エイリ○ンかよ!?


 ハヤットさんには見えていない。

 小さいと言ったって、俺たち2人を楽に丸呑みできる大きさだ。

 ただ、変な話だけど、死への絶望ってのも、2回目だと馴れるのかも知れない。

 それに、今、俺は独りじゃない。

 躍動するハヤットさんの筋肉が、俺に勇気を与えてくれた。


 俺、ハヤットさんの背中越しに、その口の中の口に金の棒を押し付けた。押し付けようと思って押し付けてなんかない。もう、単なる反射みたいなもんだ。

 でも、リバータの巨体内部の中心を、直接感電させられるとは明確に考えていた。

 「ばきんっ!」っていう放電音。

 再度、見上げるほど、それこそ太陽と同化するほど、高々とリバータの頭が持ち上がる。


 なんで、こいつ、咆哮しないんだろう?

 って、魚だからか。

 ウツボは鳴かないよな。


 次の瞬間、雪崩落ちるようにリバータの全身が落ちてきた。

 ハヤットさんは、俺を担いだまま走り続けている。


 響く魔術師さん達の呪文詠唱。

 一瞬、リバータの動きが止まった。

 いや、違う。

 ハヤットさんの動きが加速したんだ。

 加速されたのは本当に一瞬で、ハヤットさんのスピードが元に戻る。

 でも、スピードが元に戻ったのも一瞬で、別の魔術師さんの呪文が掛かって、また加速する。セリンさんの分も含めて、加速は5回起きた。

 あとから聞いたら、最後のはルーの分。ルーは、コンデンサ、持っていなかったのに。

 

 文字通り、地響きを立てて、リバータの巨体が砂浜に長々と横たわった。

 砂浜に横たわっている分だけで、200メートルくらいはあるかも。

 たてがみが、俺の頭より高いところから砂浜に長々と流れている。


 蒼白な顔で、ハヤットさんが俺を下ろす。

 その背中には、リバータの体表のぬるぬるがべったりと付いていた。

 1回分でも加速の魔法が足らなかったら、俺もハヤットさんも死んでいた……。


 俺は、走れなかった。

 筋金入りの冒険者上がりのハヤットさんだから、走れたんだ。

 がくがくする膝を手で押さえて、砂に横たわるリバータを見て……。

 次の瞬間、俺、必死で叫んでいた。


 「ケナンさん! ケナンさん!!」

 ケナンさん、数秒で風のように走り寄って来た。

 「『始元の大魔導師』様、ここに!」

 「コイツのたてがみ、その剣で斬れますか!?」

 「はい、どれほど?」

 「生え際から全部っ!!」

 「心得た!」


 始まる剣技を見る余裕もなく、再び叫ぶ。

 「最後のチャンスです!!

 最後の骨と、それから刈られたたてがみを回収してください!

 たてがみも骨も、海中のは回収不要!

 リバータが、ぴくりとでも動いたら、即、撤収!!」

 「応っ!」


 すぐに何人か、気の利いた奴がたてがみを引っ張って、ケナンさんが斬りやすいように誘導する。たてがみ、長さが20メートル近くもあるから、絡まないようにしなきゃだし、生え際の位置も高いからだ。それを見て、他の10人くらいもわらわらと集まって同じ行動を取る。

 ケナンさんが頭上に向けて剣を振るうたびに、2メートル位の範囲のたてがみが刈られる。

 1本1本が毛という概念よりずっと太いのに、すげー切味だ。

 20人くらいが1本も無駄にしないように、拾い集める。

 残りの全員が、切られたたてがみや、回収まで今一息だった骨を担いで走る。


 それを見ながら、ようやく口が動く。でも、声が震えた。

 「ハヤットさん、ごめんなさい。

 そして、ありがとう」

 「なにを言われるか……。

 ようやく、少しだけ『始元の大魔導師』様に恩返しできたと申しますのに……」

 「腰、抜けちゃいましたよ……。だらしなくてすみません……」

 「いえ、5人を助けるために、自らの命を投げ出されるとは。

 そして、本当にリバータを倒すとは。

 そんな勇者、この世界のどこにもいませんよ」

 「いやいや、自覚せず飛び出しちゃっただけです。

 夢中でした。

 ハヤットさんこそ、自覚して助けに来てくれたんだから凄いです」

 「いえ……。

 私も歳ですなぁ。

 最後は足がもつれましたよ」

 顔を合わせて笑い合う。

 自分に適性なんかないって知っていても、ハヤットさんと冒険の旅とかに出たくなったよ。


 ケナンさんが、波打ち際の一歩海に踏み込んだところまで剣を振るって、引き帰してきた。

 そろそろ引き上げよう。

 膝も戻ってきたし。

 「撤収!!」

 って、なんで俺が指示を出しているんだ?


 ぞろぞろと歩き出す。

 目的は、完遂できたということかな。しかも、とんでもない価値のお土産がある。


 ケナンさんが追いついてきた。

 そして、剣を抜く。

 抜くと言っても、剣の柄に手を当てた次の瞬間には、もう刀身が見えている。それこそ、時間を飛ばしちゃったような速さだ。

 「見てくださいよ。

 リゴスに砥ぎに出さないとですね。刃が両方とも潰れましたよ。

 しなやかなのに、恐ろしく硬い毛ですねぇ」

 「それ、どんな剣なんですか?

 刃が潰れたと言いますが、それでもすごく綺麗で鋭そうで、ドラゴ○キラーとか、はやぶ○の剣とか、名前がありそうですよね」

 「そんな、二つ名があるほどのものではありません。単にミスリル製ですよ」


 ……すごいぞ、ミスリルは本当にあったんだ。

 「マジ、すげー!!」

 思わず、興奮。


 「『始元の大魔導師』様のミスリルと同じものかは判りませんけど、白銀の輝きを持ち、鋼よりも強いのです」

 「それを研ぐって、刀身が減っちゃいますね。なんと、もったいない。

 無茶を言ってごめんなさい。

 それって、購入できるものなんですか?」

 「そんな、お気になさらないでください」


 そこで、ハヤットさんが割り込んできた。

 「『始元の大魔導師』様。

 ケナンが言っているのは、触れる前から斬れたのに、触れないと切れなくなったっていうレベルの話です。

 食堂のオヤジの包丁が切れなくなったから、叩き潰しているっていうのとは話のレベルが違います。

 小刃を研ぎ直せば、簡単に元通りですよ。ミスリルですから」

 「そうなんですか。

 弁償しなきゃいけないかと思いました」

 「……冗談でもやめてください。『始元の大魔導師』様。

 ダーカスの国庫が空になります」

 「うっわ……」

 そんなに値段がするのかよ。

 この世界では、銀が一番価値があると思っていたけど、そか、究極のレアメタルかぁ。


 「ケナンさん、すげーもの腰からぶら下げてるんですね」

 「クエストで、素材を見つけたんですよ。

 さすがに買ってませんよ」

 「はー、ケナンさん、本当にそういう生き方をしてきた人なんですねぇ」


 そんな話をしている間に、低い丘を越えた。

 ルーとも合流する。

 で、全員を下がらせて、音を立てるなって。


 岩陰から、ルーとリバータを見守る。

 10分くらい経ったあとだっただろうかね。

 ふっと頭を持ち上げて、周りを一瞥して、誰もいないのを確認して……。あっさりと、海に戻っていった。

 あまりにあっさりしすぎていて、ちょっと残念なくらい。二度と戦いたくはないけどさ。

 彼なりに、我を取り戻したのかも知れないね。


 ただ、彼女が見たら、オスの象徴かも知れないたてがみが、尻尾の方しか生えていないから、ショックを受けるかもだよ。

 それで別れることになったらごめんなー。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


つぶやいてます。

@RINKAISITATAR

ウツボの口の中の口こんな感じ。


https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1280272796598206465

 

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