第9話 自発不変


 そのうちに、ルーがお気楽な顔で戻ってきた。

 「『始元の大魔導師』様、作業が進んでいませんね。

 サボっちゃダメですよ」

 う、うるせー!

 ルーに、俺のこの混乱が解るか? って、解るな。

 うーん……。


 ラーレさんに聞こえないように、ひそひそ話す。

 「ギルドって、例は多くはないけど、お見合いを取り持ったりもしていたよね」

 「ええ、ハヤットとラーレは、結婚式のお祝いに出る回数、相当に多いですよ」

 「ふーん。

 ここでは、女性と話をする前には、年収を話しておくのが礼儀だったりする?」

 「……ナルタキ殿。

 そこまで、そこまで、いつもどおりバカだなんて……」

 「な、なに……」


 ルー、この部屋の半分が吹き飛ばされそうな、ドデカイため息をついた。

 「ラーレにちょっかい出すと、それ、必ず聞かれるんですよ。

 それから、ナルタキ殿、取り繕って質問するの、下手すぎです」

 「……(脂汗)」

 「なんか言ったらどうです?」

 「……(滝汗)」

 「ほら」

 「スミマセン」

 「謝る必要なんかないですよ。

 ナルタキ殿をするつもりなんかありませんから」

 「くっ、コロ……」


 

 「こうなるのが判っていたから、傷つくのを最小限で済むようにしてあげていたのに……」

 えっ!?

 「自業自得ですからね、もう」

 「……なにが起きたか、さっぱり解らない」

 「この世界に戻ってくる前に、もう死ぬかも知れないと思って、いくら怖くても言うことは言いましたからね、私。

 あなたは、人の言ったことをすぐに忘れる悪い癖があります。

 私が、これを言うのは3度目です。

 あなたは、『始元の大魔導師』が人格者だなんて、誰が決めたんだ?』と言いながら、いつも最後は狡い道は選ばない。

 『俺は、この世界にいきなり放り込まれた可哀想な人なんだからな』と言いながらも、他者に対する善意を忘れない。

 だから、ルイーザはどこまでもお供すると言いました。

 どれほど怖くても、です。

 で、ナルタキ殿、ここまで言われて、そうじゃない人もいるって、なんで気がつかないんですか?」

 いや、気がついていたよ。

 気がついていたけど、ラーレさんきれいだし、きっと無私の気高い……。


 はぁ。

 俺って、バカだ。

 ラーレさんは、ちっとも悪くない。ってか、この厳しい世界でたくましく生きてる。

 俺が勝手に虚像を作って、勝手にそれに裏切られただけだ。


 豊かな世界から来た俺は、ノブレス・オブリージュの厳しさなんてことは解らない。で、直接に生きるための収入や保証を、誰かになんとかしてもらおうとも思わない。働いた分に釣り合う報酬があれば、それでいい。

 でも、俺のこの考え、すでにキレイゴト なんだよね。

 魔獣トオーラを狩りに行けば、必ず仲間の誰かが死ぬなんて世界で、働いた分に釣り合う報酬なんて最初からないんだ。


 しかも、労働基準法なんてないこの世界で、雇われていて馘首クビになったら明日から困るって、俺の周りでラーレさんしかいない。他には、王様とか、地主とか、の付く人ばかりだ。

 冒険者の人達が大変だって話はよくしていたけど、ラーレさんも生活の不安定さという意味では、その人達となんら変わらない。


 ラーレさん、普通の市中の生活の中での思いやりとか、善意ってレベルの話ならば、他の人よりもよっぽど良い人だ。日常の中で、どれほどの人に手助けしているだろうって考えれば、奇跡に近いくらいだ。

 でも、ルーの言うノブレス・オブリージュはありえない。


 良い人だから、優先的に戦争にも行く。これはあまりに変な話だよ。

 そして、俺のも、ノブレス・オブリージュという、ひっくり返せば厳しさに満ちたじゃない。自分の世界の豊かさを引き摺った、甘さとキレイゴトだけだ。

 

 「ルー、なんか、ごめん。

 俺、この世界に来て、甘い事と、キレイゴトばかり言ってる。

 ラーレさんほどの必死さもなく生きているし、ルーほどの覚悟もない。

 ノブレス・オブリージュの掟に従って生きてるわけでもない。

 なんか、なんか、ぼーっと生きてきたし、生きてこられちゃったし……。

 どうしていいか、もう判らない」

 

 「なんでそれ、私に話すんですか?」

 ぐっ……。

 「……すいません」

 「そういう意味じゃないです。

 話すな、なんて言ってませんからね。

 私にならば、話してもいいと思っているんでしょう?」

 「はい」

 「それはなぜかと、お聞きしているんです」

 「……なんでだろ?」

 「それを考えれば、答えが出るんじゃないでしょうか?」

 

 ……俺、年収うんぬんはパスしても、ラーレさんに今のを言えただろうか?

 ……とても言えないなぁ。

 じゃあ、なんでルーには言えたんだろ?


 そもそも、なんでルーは俺が『始元の大魔導師』様だってことを措いても、一緒にいてくれるんだろう?


 なんで、って、何度もルーは俺に言っていたじゃないか。

 どこまでも「お供をする」って。

 で、それは……。

 俺がどれほどブツクサ言おうが、いつも最後は狡い道は選ばないから。

 もう1つは、他者に対する善意を忘れないから。

 それを俺はいつも、すぐに忘れてしまう、と。


 いや。忘れてしまうんじゃない。

 俺は、自分の善意なんてあやふやなもの、とても信じられない。自分の公正さなんて、もっと信じられない。

 自分が信じていないものを理由に、ルーが俺を大切にしてくれるってこと、申し訳ないし、だから見ないようにしてしまう。だって、見たら、自分のより醜い部分が見えてしまいそうで……。


 「ルー、俺の持っている善意なんて、偽物だぞ、絶対」

 「はぁ……、今度はそっちの角度へ飛びますか。

 つくづく、ナルタキ殿は自己評価が低いんですね。

 じゃ、偽物の善意で、ダーカスを初めとしたこの世界は救われるんですね?」

 「いや、そこまでのことは思ってないけど……」

 「ナルタキ殿の言っていることは、そういうことになりますよ?」

 「そこまでのことは思っていないけど、結果的に良い結果が出ただけということはあるじゃん……」

 「じゃ、そういうことだとして、それのどこが悪いんですか?」

 「えっ!?」

 「悪いと思う点を3つ述べなさい。

 ほら、今! すぐ!!」

 そんな、畳み掛けてくるなよな……。


 「悪くはないけど、偶然の結果を褒め称えられるのは違うよね……?」

 「まったく、ラーレと混ぜて半分こにすれば、ちょうど良くなる性格ですね。

 じゃ、『始元の大魔導師』様のおかげで幸せになった人達は、あれは『始元の大魔導師』様は無関係で、偶然が救ってくれたって思えばいいんですか?

 さすがに無理があるでしょう?

 『始元の大魔導師』様がいなかったら、なにも変化なんかなかったんですから」

 「うぐぅ」


 反論の全てを封じられた気がする。

 てか、俺、一体全体、何に反論しているんだろ?

 なんか、これじゃ、俺は俺をダメな人間って決めていて、そのように生きようとしているみたいだ。

 

 「ナルタキ殿。

 あなたは、人の不幸を受け入れられないんでしょう?

 だから、ここで、このギルドのこの場で、『世の中を変えるから、それまで誰も死ぬな』って言ってくれたんでしょう?

 それで十分です。

 今まで、死ぬのが当たり前の立場にいた冒険者達に対して、『死ぬな』って言ってくれたのは、ナルタキ殿が初めてなんですよ。

 みんな、そう思っていても言えなかった。

 『死ぬな』は、『死ぬのが怖いならば依頼を受けるな』に繋がって、それはそのまま『飢えて死ね』になるからです。だから、誰もが、言えても『幸運を』までだった。

 あれを聞いたラーレも、私も、ナルタキ殿にお供しようと思うのは当然なのです。

 そして、ラーレは、そのまま侯爵様にまで登りつめたナルタキ殿の庇護に入りたい。

 私は、同志として横にいたいと思いました。

 そういうことです。

 あとは、ナルタキ殿の好きなようにすればいいんです。

 その上で、ですが、ナルタキ殿が、『じゃあ、目を塞いで寝て暮らす』とは仰られないのも知っていますから」


 俺、自分の世界に帰っていた時、ルーのことを「手のひらの中の宝石みたいなもの。先々変わってしまうにしても、今は曇りなく輝いていて欲しい」なんて思った。

 俺は間違っていた。

 こいつ、勝手に輝いているし、俺が甘さ半分でもこの世界をなんとかしたいと思っている限り、変わりもしないんだ……。

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