第10話 論破


 社会を取り巻く環境の厳しさって、人を早熟にさせるのかも知れない。

 ルー、確かに見た目はJKくらいなものだ。

 小柄で可愛い。

 言うことも、やることも、ときどき大人げない。


 でも、だ。

 芯はぶれない。

 そして、俺よりずっといろいろなものが見えている。

 違うな。

 俺がルーよりポンコツなのは否定できない。


 そか。

 同志……、か。


 だから、ルーは一緒にいる。

 そして、俺も、自分の心の中の自己評価とは異なる層で、ルーのことを同志だと思っている。いや、同志なんて大げさなものじゃないな。

 同じ方向を見て、同じものを見ている。

 それについては、全く疑っていない。だから、何でも話せる。


 ルーからしてみたら……。

 ルーは、魔術師の子は魔術師にはなれないって掟を、裏に表に裏切って生きている。確信犯だ。

 掟破りをしている理由は、俺と同じだ。

 そのルーから見たら、やっぱり同じ方向を見て、同じものを見ている人なんだろうな、俺は。


 

 ……俺が元の世界に戻っても、もう本郷はいない。

 きんを売ればかねはある。でも、独りだ。

 俺、この世界に留まって、ルーと同じものを見続けていく生き方の方が良いのかも知れない。

 なんか、そんなことを思ったよ。


 なんかまた、本郷の言うことが正しいのかもな。

 「元の世界に戻っても6億円あれば、お前は生きていけるだろう。だが、それがお前の本意の生き方になるとは、俺は思っていない」って、この世界にいる選択の方が良いってことだもんな。



 なんかさ、つくづくすけべぇ心を出して悪かったよ。

 ルーにもラーレさんにも。

 俺、ルーからここまでの誠実を貰っているのであれば、それ以上の誠実を返せるようにするしかない。

 そして、それには、自己評価ってのを少しは上げても良いのかも知れない。

 自分ってのを、もう少し信じてもいいのかもしれない、ね。


 ……男だから、ちょっとだけは目移りしちゃうのは許して欲しいけど。

 「そういうとこだぞ」とか、言われそうだな。



 − − − − − − − − − −


 王様からお触れが出た。

 30日後から、子どもたちが全員、読み書き計算ができるように学校が開設される。

 親は、子供に教育を受けさせる義務を負う。

 基本的に例外は認めない。


 結果として……。

 俺が質問攻めに遭うことになった。

 だってさ、あたり前のことだけど、王様や大臣は町の食堂で食事をしない。一代貴族の魔術師さんたちもだ。

 エモーリさんやスィナンさんは、設備ハードにしか関わっていない。

 となると、街の人がこのことについて話せる文句を言う相手は、普段から屋敷とギルドと食堂に三角形を描いている俺だけになってしまうんだ。


 そして、一緒にいるルーは酷くズルい。

 「私、難しい話は判らないんです……(上目使い)」

 この、ド腐れウソツキ娘がぁ!!

 めんどくさがるんじゃねーよ。



 「オイラぁね、その学校ってやつが、必要とは思えねぇんでさ。

 ガキ2人がようやく手伝えるようになって、ちっとは楽になるってときに、なんで邪魔するんです?」

 視界の隅に、食堂のオヤジが「そうだ、そうだ!」って金のお玉を振り回すのが見える。コイツも、幼い娘をウェイトレスにしてこき使っているからね。


 「午後は帰りますし、午後だけじゃ、ダメなんですかね?」

 「ガキを使うのは、親のオイラの権利ですからね。午後だろうが午前だろうがこっちの勝手だ!」

 初めてのお買い物を、ケナンさん相手に済ませておいて良かった。

 2回目のお買い物は、ハードルがとても低い。

 買う買わないはともかく、落ち着いてはいられる。

 それに……。ルーの言いたいことが解ったからね。過剰なまでの自己不信は不要なんだ。「自分は間違っていない」と、ある程度そう思えるだけで落ち着いていられる。


 「……そうですか。

 1つ、前提を確認させてくださいよ。

 あなたは、自分の幸せとお子さんの幸せのどちらかしか取れないって言われたら、どっちを取るんですか?」

 「……そりゃあ、ガキの方のを取りたいとは思うけどよ」

 「この街の皆さん、円形施設キクラにアンテナ立てる時、みんな協力してくれましたよね。

 で、皆さんの期待通りに実際、街の規模は4倍以上になった。

 景気は空前絶後の良さだ。

 あなただって、儲かっているんでしょう?

 だから、猫の手も借りたいってのは解る。

 けどねぇ、これから新しい世界がくるんだ。

 『始元の大魔導師』にして、魔素の騎士ナイト・オブ・マジックエレメンツの俺が、それを来させるんだよ」

 このあたりで、ちょっと相手の口調に合わせる俺。


 「なあ、あんた。

 あんたがヘマをしなきゃ、もっともっと儲かる。

 儲かって、さらに新しい世界が来たときに、あんたの子供は、あんたと同じ古い世界の技しか持っていない状態で放り出される。

 あんたの子は、儲けられないんだよ。

 王様の思し召しは、それは避けたい、子どもたちがよく生きて欲しいってことだ。

 それなのに、あんたはそれに反対して、時代に対応できない状況にあんたの子を追い込んで、さらに歳取った自分の面倒を見ろって言うのかい?

 そりゃあ、ちいっとどころでなく、筋が通らねーんじゃねーかな?」

 昔見た、時代劇みたいな口調になってしまった。

 だって、まともな口調だと話しにくいんだけど、相手の口調に合わせると割りと楽に話せるんだよね。ま、俺自身、職人のうちだしね。


 なんか、一気に弱気になったな、このオヤジの顔色。

 「……『始元の大魔導師』様。

 本当にそんな時代が来るんですかい?」

 「もう来ているだろ?

 今年の収穫期は、街ん中、食い物であふれるぞ。

 今年はまだ、種に回す分を確保しなきゃだから、出回る量は少ないかもだけどな。でも、芋どころか野菜も食える、肉も食える、今まで見たこともない旨いものが食える。

 そして、それを街の外に売って、ダーカスはさらに儲かる」

 「それはそうですね」

 畑の面積、作目ともに大きく増えて、街の外には草原が広がっている。この変化は、ダーカスの誰だって見ている。


 「みんなして儲かって、贅沢になったら次は何が起きると思う?」

 「分かりません。なんですかい?」

 「職人の選別だよ。

 腕があって、仕事が早くて、出来上がりの良い職人に仕事が集中する。

 余計に金を払っても、良いものが欲しいっていうふうに客が変わる。

 あんただってそうだろ?

 金がなきゃ、なんでも手に入るものがありがたいが、金がありゃ、少しでも良いものが欲しい。

 あんた、腕はどうだい?」

 「誰にも負けねぇ……、つもりではいやすが……」

 弱気だな。ダメじゃねーか。

 俺だって弱気な方だけど、自分の腕と仕事には強気だぞ。


 「腕が悪かったら、好景気に取り残されて、侘びしく貧乏するぜぇ。

 まして、そのときになって、子供が時代から取り残されていたら、寂しい事になるなぁ。

 良くて一家離散かなぁ」

 脅しが、覿面テキメンに効いたよ。顔色、青いぞ。


 「わ、解りやした。

 ガキは休まず学校に行かせます。

 オイラも、腕を磨き直します」

 「それがいい。

 ダーカスで名の通る職人になったら、世界に通用するぜ。そんな時代がすぐに来る。

 がんばんな!」

 「へいっ!

 解りました! 『始元の大魔導師』様!」



 「あんたも納得できるかい?」

 これは食堂のオヤジへ声を掛けたのだ。

 振り回す金のお玉の勢いは落ちているけど、まだその位置は肩くらいで高い。


 「半分はね。

 うちは、飯屋だ。

 変わることなんか、ねぇよ。

 人は飯を食い続けるんだ」

 「あきれるね。

 これだけ仕事が増え、人が増えているのに、飯屋の2軒目、3軒目ができないって保証がどこにあるんだ?

 そっちのほうが旨けりゃ、客はそっちに逃げる。

 まして、俺がいろんな食材を持ち込んだからな。飢饉も減るし、より旨いものが増えた。それを使いこなしてより旨い料理を出す店が、流行る。

 そして、客の変化を観られる店が流行る。

 当たり前のことだ。

 そういうことができる基礎ってのが学べるのに、あんたは娘に料理を運ばせるだけで終わらせるのかい?」

 

 振り回される金のお玉の勢いが、過去最大になった。スープの雫が飛ぶよ、その勢いだとさ。

 「俺はね、腕に自信がある。

 さっきの奴とは違う。

 俺より旨いものを作れる奴は、どこにもいねぇよ」

 「たしかにあんたの料理は旨い。

 俺だって、ほぼ毎日来ている。

 だけどな、俺の世界じゃ、あんたは中の下だ」

 「ば、バカを言え。

 いくら『始元の大魔導師』様でも、いい加減なことを言うと許さねぇ」

 オヤジ、あんた、骨のあるいい職人だねぇ。


 角度を変えて攻める。

 「ルー、コチの唐揚げ美味かったよなー」

 ほわん。

 ルーが、反射的に夢見る乙女みたいな顔になった。

 「鴨南蛮も」

 「えへえへ」

 俺の世界で食べたものの幾つかは、ルーのご機嫌を良くする効果を保っている。

 このあたり、本当は料理の腕よりも食材の旨さってのもあるんだけど、ま、嘘も方便ってことで。


 「本当に美味かったら、客がみんなこの顔になるんだよ。

 あんた自身、そういうのが作れるようになれるチャンスなのに、棒に振るのかよ?

 この店が、このダーカスで随一の老舗って立場で世界に知られるのに、この程度で満足か?

 東のトーゴに港ができりゃ、支店だって出せるかも知れねぇのに、手紙も書けなくて、その支店にどうやって指示を出すんだ?」

 「……」

 あ、お玉が膝の高さに落ちた。3連弾で陥落かな。


 「解かったよ。『始元の大魔導師』様。

 いちいちもっともだ。娘は学校に行かせるよ……」

 「俺の世界の料理の本も、こっちに持ち込んでいるからな。

 娘が読めるようになったら、読み聞かせてもらいなよ。

 あんたはいい腕だからな。

 絶対、一皮剥ける」

 「ああ、解かったよ」



 ルーが、俺の肘をつんつんって突く。

 「……ナルタキ殿、熱でもありますか?」

 「なんでよ?」

 「いつになく、強気ですね。

 やけくそでも逆ギレでもなくて、そんな態度、初めて見ましたよ」

 「……ルーが言ったんだぞ。

 つくづく、自己評価が低いって。

 だから、反省して……」

 俺が文句を言うのを、慌ててルーは遮った。


 「解りました、解りましたよ。

 その調子で頑張ってください」

 「バカにしとんのか、まったく」

 「皮肉じゃないですよー。

 ルーはお供しますから」

 「ああ、頼むよ。

 頼りにしているからな」

 「初めて、それ、言ってくれましたね……」

 ……真っ赤じゃねーか、顔色。


 ……悪い気分じゃ、ないなぁ。

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