第7話 御前会議 4
座りっぱなしでケツが痛い。
でも、トイレ休憩を挟んで、ある意味最重要な話が始まる。
ラーレさんが帰って、入れ替わりに石工の職組長さんが来てくれた。シュッテさんっていう人。日々石と過ごしているせいか、ハヤットさん級の筋肉だ。
イヤだなぁ、また俺、「お貧弱」とか言われちゃうのかも。
議題は、
場所の選定は済んで、基礎工事も始まっている。
仕組みというか、概念もできてる。
問題は、その概念を実現させる構造の最終確認と、運用だ。
で、この運用には、人の問題と他国への街道整備という問題がついてまわるんだ。
まず一番最初に、一番若い魔術師さんが羊皮紙を2枚広げた。
1枚目は建物としての設計図、2枚目は壁に描かれる文様。2枚目は、今あるものの写しだから、そう問題はないと思う。ミスが怖いから、チェックは人を変えて何回かした方がいいとは思うけどね。
結構、細かい書き込みもある。
図をしげしげと眺めて。
チェック事項は、湿度とかの季節変化、それから経年変化に対応できているかどうか。それから、全体としてディレーディング(定格以下での使用)がされている余裕のある設計になっているかどうか。
この世界にはまだ、建材にできるほどの木材はない。
つまり、湿度調整してくれる建材はない。
石を建材として使うと、しまいには結露して壁から水か滴るほど湿度が溜まる可能性があるんだ。まして、多孔質の石だからね。
地下室とか、コンクリの壁の部屋は、電気の配線もそういう前提で引く。そのあたりは、電気工事士として、漏電を防ぐために工事のとき考慮しておかねばならない経験則だ。
だから、新設する
膨大な魔素の流れを考えると、そういった事故が起きた時の被害が怖いからね。
で、その解決を一番若い魔術師さんに宿題として、俺は自分の世界に戻っていた。
それに対する彼の答えは、壁を二重にする案。
なるほどな、って。
壁を二重にしてその間を常に通気できていれば、湿度は制御できるし、室内の温度も変化を抑えられる。
しかも、この案の素晴らしいところは、二重にした壁の間にコンデンサを入れて、床下に潜らなくても点検ができる点。これで、既存の
欠点は、たぶん、制御の精度が落ちること。床面積が狭いほうが、魔素流を反射するにしても魔術師の手の伸びる範囲だからね。
だから、ここだけ改良案を出した。
床にも文様を入れておいて、太い金の
これで基本設計はできた。
あとは詳細設計かと思ったけれど、そんなものはこの世界にはないそうだ。
話を聞いて、なるほどねって。
俺の世界の、木造軸組構法、いわゆる在来工法と同じなんだ。間取りと基本デザインさえ決まれば、あとの詳細は、職人の裁量の中で自由に、そして自動的にできあがっていく。でも、精度を保つ技術の裏付けや、強度を保つためのルールとかは厳然とあって、その上での自由なんだ。
それならば、シュッテさんを信じて、うるさい口出しはしないほうがいい。
建築は風土と結びついている。この世界に来て、1年も過ごしていない俺の口出しは、百害あって一利なしだ。
ただ、複数箇所を同時に作るとなると、その質を揃える必要はある。「それだけは、気をつけて」って言った。
ただ、文様を彫り込むのは建物ができてからだし、建物自体はそれで十分。
ただ、やはりここでハヤットさんから、労力についての提案が出た。
石工の仕事は、1日で習得できるもんじゃない。整形石材を積むだけならばまだしも、アーチ組なんかになれば、とてつもない技だ。
その熟練工は1日にして成らない。
今回の
ならば、シュッテさんの指導のもとで、
一度その石工集団ができてしまえば、ダーカスを拠点に他国へ職人を派遣することになる。これは、ダーカスの外交上の切り札になるって。
石工集団が国を動かすほどの力を持つって、なんか、どっかで聞いたような話だよね。
フリーメーソンだっけ。なんかの漫画に出ていたなあ。
なんにせよ、人の確保は、ハヤットさんが、大都市のギルドへの求人をまた出すしかない。
まだまだ、職業安定所から、本来の冒険者の相互扶助組織には戻れないかもねぇ。
最後に、ハヤットさんとヴューユさんが最大の爆弾を放り込んでくれた。
できあがった
いくらエジソン式蝋管蓄波動機ができていても、また、俺の安全回路ができていても、無人で放ったらかすのは無理。地を焼き尽くすほどの力を制御し、しかもそれを貯めることのできる施設を無人で自動運用なんかできない。
完全無人の、原子力発電所を作る無謀さと同じだ。結局、なにをどう自動化しようが、最後はマンパワーがなければ安全が確保できない。
なんたって、船を自動化された風魔法で動かして失敗しても、被害の範囲はその船1艘で済む。けど、
で、
それなのに、魔術師の数は極めて少ない。既存の
これをなんとかするためには、リゴスとか人口の多い国から魔術師をスカウトしてくるという案はあるけれど、魔術師を手放す国なんかない。魔術師の存在が、街や畑を焼き尽くさせないことに直結しているからね。
あとは、才能がありながら、魔術師の子だから魔術師になれなかったという、ルーみたいな人に協力を求めるくらいしか手がない。当然、王の前の御触れを解除して、あらたな御触れが必要になる。
魔術師が魔法使用に伴って、寿命を縮めなくて済むようになった今であれば、それも可能かも知れない。
ただ、これも間に合わせにしか過ぎない。
魔術師さんたちからも、このままだと明確に無理な話になるって。
あとは、
今は、安全な土地を増やすために、
ただでさえ、魔術師さん達は、教育にも関わっているからオーバーワークなんだ。教科書の翻訳とかは終わる仕事だからまだいいけど、
あと、この際だから、建築とか、輸送とかの関わりがあまりに多いので、前々から問題だと思っていたこの世界での単位の統一をお願いすることにした。
農業のタットリさんと、工業のエモーリさんと、化学工業のスィナンさんと、土木のシュッテさんと、人材と輸送のハヤットさん。全員が違う単位で話しているんだよ。
農地の面積を求める距離と、旅程の距離は別単位。ましてや、エモーリさんの扱う、からくり機器を作るサイズはさらに別単位。建築のモジュールはさらに人間の体を基準とした別単位。で、そのどれもがスィナンさんの扱う重さの単位と連携していない。しかも、タットリさんの農業収量の重さの単位もさらに別になっている。最後に、それらの輸送に伴う、いわゆる「おつかい業務」の重さは担ぐ前提の単位で、また違うんだ。
俺の世界の、水がすべての基本で、重さも長さも体積も、はては温度まで全部水で共有しているってのは、みんなにとってショックだったみたい。
まぁ、実際この世界では、今までは単位の統一は必要なかったのかもしれない。
農地は1年に1人が食べる量の収穫面積が基準で便利だし、旅程は人が無理なく歩ける距離が基準になっていて便利だ。建築は人の身長が基準だし、重さは1食の芋の粉の重さが基本だ。それぞれは、それぞれでみんな便利なんだよ。
でも、これをある程度統一しないと、芋の粉を運ぶ最適なサイズの荷車さえ作れない。それを運ぶ距離とその運賃も出せない。
建築資材の石だって目的地まで運ばなきゃなんだから、単位を共有したほうが楽なはずだ。
なるほどって感心されても、俺からすれば小学校で習ったことなんだよね。
まぁ、俺の世界だって、ちょっと遡れば単位はばらばらだった。尺貫法は建築の世界では現役だけど、百万石がどのくらいの量なのかは俺、知らないよ。
つまり、従来の単位が生きていてもいいけど、共通単位もあれば便利って話をしたんだ。
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