第6話 御前会議 3


 なんか、激しく打ちひしがれたような気持で、王宮に戻る。

 完膚無きまで、ルーにやられてしまった。

 動機が、ルーが自分の言ったことの恥ずかしさを隠すためかもしれなくても、完封された。

 なんだってんだろ、あの正論の山は……。


 王宮に着いたら、ミライさんが声を掛けてくれた。

 「『始元の大魔導師』様、疲れが出ましたか? 顔色があまりよろしくないようです。

 ミツバチの巣箱は、王宮植物園に置きましたよ。

 今朝の明け方から、ぶんぶん飛び回ってます」

 「ミライさん、植物の治癒に大活躍って聞いてます。

 いろいろ、ありがとうございます。

 見たいですねー、ミツバチ」

 「でも、『始元の大魔導師』様が送ってくださった防護服、1着しかないので……」

 「ミツバチを脅さなければ大丈夫ですよ。

 巣箱に近づいて、叩いたりしたらアウトでしょうけど」

 「では、どうぞ」

 そう言われて、植物園に向かう。

 そか、刺す虫という認識がまずあるから、怖いんだな、きっと。


 今、一番いい季節なのかも知れない。

 植物園には花が咲き乱れていた。

 ……ただ、花の大きさ、直径で1センチを超えるようなのは1つもない。

 ひたすらに、地面から数センチの高さで、ちまちまちまちま咲いている。


 そうだった。

 ここはスベリヒユとイヌノフグリとヘビイチゴとオボロギクとヒメジョオンの植物園だった。

 でも、王宮の中の小さなその草原で、ミツバチはせっせせっせと花から花へと働いていた。

 逆説的だけど、働いているってことは、花粉も蜜もあるってことだよね。だとしたら、めでたい。


 今は1箱でも、巣箱が少しずつでも増やせれば、それはとても嬉しい。甘いものに無関心な俺でもたまには良いかなって思うんだから、ダーカスの女性たちには熱狂的に喜ばれるだろう。

 当然、それに合わせて、蜜源植物も充実させなきゃだけどね。

 ニセアカシア、本数は増えても、その分の苗木の大きさは小さくなった。あれが咲き出すのには3年以上は掛かるかも知れない。それまで、畑の作物の花と、牧草のアルファルファ、この王宮植物園しか花粉・蜜源はない。


 あとさ、従来からの植生がないんだから、外来植物もへったくれもないよね。他の植物もだけど、盛大に増やしちゃるから、せっせと花を咲かせるといいのだ。

 うわーっはっはっは。

 ……せめて、植物に対してエバろう。ルーにエバると、こてんぱんにされるから。って、近頃聞かないし、初めて使ったな、こてんぱん。


 ともかく、蜜源の充実までは、ミツバチも飢えとの戦いかもしれないけど、頑張って欲しいな。こちらも、蜜を取るのは自粛するからさ。

 でも、1回でいいから、この植物園から蜜が取れると良いなぁ。



 − − − − − − − − − − − −


 会議は、学校設置の議題から始まった。


 まず決定したのは、教える対象。

 6歳から10歳の子供達。

 ダーカスに、50人くらいいるらしい。

 で、その人数の出し方でびっくりした。

 ダーカスの人口、800人を、80年で割ると、10人(掛け算、割り算のない世界でも、さすがにこれはすぐに答えが出ていた)。

 で、10人を6歳から10歳の5年分で、5回足す。

 迂遠だなぁ。


 で、中学の時に習った人口ピラミッドってのがあるから、その計算じゃ正確な予想が出せないよねって思ったら、この世界の人口ピラミッドは上から下までほぼ同じ数らしい。人口ピラミッドっていう概念と図のイメージが魔素石翻訳されて、逆に、王様達のイメージが戻ってきた結果だけど。

 おもわず、横道にそれちゃうけど、「死ぬ子供や赤ちゃんはいないの?」 って聞いたら、「死にそうな赤ちゃんにこそ、治癒魔法を集中させるでしょう? 違いますか?」 だって。

 時々思うんだけど、やっぱり魔法ってのはチートだなぁ。

 乳幼児医療の範囲だけでもいいから、俺の世界に魔法を輸入したいよね。どれだけ泣くお母さんが減ることか。


 次に場所。

 それについては、王宮の3室を開放すると王様が言ってくれた。

 状況によって、もう一部屋足してもいいって。

 とりあえずは、教室2つと職員室だ。

 ただ、王宮は行政機関でもあるので、そこから離れていて、子どもたちが騒いでも良いエリアがいいと大臣。

 教室は、6、7歳と8から10歳で2クラスに分けようってなった。上手く行かなかったら6歳と、7、8歳、そして9、10歳の3クラスに。最初の1年は別にした方が良いかもだからね。


 魔術師さんたちも、幼い子どもたちの教育は例がないみたいなんで、手探り状態のところがある。俺も、自分の出た保育園とか小学校の話をするにしても、あまりに断片的な話しかできない。

 ただ単に、覚えてねーんだよね。

 ともちゃんや、たっちょんと遊んだ記憶は山ほどあるんだけれど、運営する側の視点なんかあるわきゃねーから。


 ともかく、王宮は街の中心にあるから、子どもたちも通いやすい。

 王様がちらっと本音を漏らした。

 「行く行くは、国民全員が王宮で学んだ経験を持つ。これは、国の安定にどれほど寄与することか」って。

 ……革命起こされないで済むってか?

 王様ってのは、100年先を考えているのかもなぁ。


 机と椅子はないから、絨毯敷いて、床に座る。

 黒板は……、俺、考えてなかった。俺の世界から持ってこれれば良かったけど、この世界の技術で作れればもっといい。


 でも、エモーリさんとスィナンさんが俺のイメージを汲んでくれて、一品物で2枚を作ってくれるって。

 エモーリさんが、石かなんかで一枚板を用意してくれて、それにスィナンさんがエボナイトを薄く均等に塗って黒板にできるかもって。やっぱり試行錯誤は相当に必要になるっぽいけど。

 「『始元の大魔導師』のイメージの大きさにはできませんけれど……」って、謝られたけど、それはしかたないよね。


 それに、ヤヒウの骨を焼いて粉にして、再度脆く固めたもので書けば大丈夫でしょうって。で、色のついた石の粉を混ぜれば、カラーチョークだと。

 俺の黒板のイメージをそう読み取ってくれたんだ。



 お楽しみの給食は、食堂からスープを出前。それを食べたら解散。

 今の段階では、子どもたちの食事が出るってことと、午後は家業の手伝いができるってことが、親が学校の存在を受け入れてくれる理由になるだろうという判断。

 そうかぁ、子供よりもまずは親を釣るのか。

 ちょっと感動した。貧しさを逆手に取ったんだなぁ。

 これで、何年かして運営に慣れて、みんなの間で学校が当たり前になって、教育の有用性が認められたら制度をいじろうって。

 はい、賛成です。



 3番目に教える内容の確認。

 読み書き計算を中心に。これは動かない。


 教科書については、魔術師さんのうちの2人が、俺が第一陣で送った参考書とか問題集とかの本の翻訳作業の真っ最中だと。一番若い魔術師さんは、掛け算を覚えさせられた意味がようやく解ったって。

 ただ、魔素石翻訳で理解したあと、子どもたちに解りやすいような文言を考える方が大変らしい。


 話の節々からようやく判ったんだけど、魔術師は独自の教育システムを持っている。それは、最大の都市、リゴスの大学というか学院みたいな場所を頂点に作られている。

 それを真似て、初歩から高等なものまでシステムを作って、教育を進めようってことみたいだ。

 俺、脳天気に今まで考えもしていなかったんだけど、魔素流来襲の予測って、そのリゴスの大学から定期的に情報が送られてきているんだそうだ。で、一部の最上位魔術師のみがその予想ができるって。


 うーん、それってどっちなんだろう……。

 純粋に、魔法による予知なのかな?

 それとも、月食とか日食とかの予測と同じで、観測と計算で出しているのかな?

 リゴスに留学した魔術師は、ルーの親父さんしかいないので、詳細は全然判らない。

 そもそも、留学者に教える情報ではないかもしれないけどね。


 読み書き計算のあとは、いろいろな職業の人から日替わりで先生になってもらうことになった。

 エモーリさんも、スィナンさんも了解。ジャンルは理科だなー。

 大臣配下の官僚さんも、王命で逃げないように括って話をさせる、と。もう、この強制自体が、だなー。


 えっ、俺も?

 なにを話せって?

 ああ、外の世界を話せ、ですか。魔法がなくても回っている世界を、と。

 それならば話せるかも知れない。

 コミュ障になった恨み言ならば、10時間でも話せるぞ。

 変な言い方だけど、だからこそ俺の世界の良い点も悪い点も話せるかも知れない。電気工事士の俺が、俺のいた社会を完全に理解できてるなんてことはない。それは自覚している。

 でも、こっちの世界の方が、個人が輝いているのは判る。

 その比較は話せるよ、俺。



 最後の問題は、総括して教える先生の確保。

 

 俺、提案する。

 「ルイーザ殿の親父殿ですが、ようやく体調が戻りつつあるようです。

 彼に、校長先生になってもらうのはいかがでしょうか?」

 「それは良い。

 子どもたちが、とてもよく言うことを聞くだろう」

 王様、即、了解って、あの威圧感を王様も感じていたんだね。

 校長呼び出しで説教されるって恐怖、リアルに思い出したよ。


 ま、俺も、ルーの親父さんに仕事を割り振っておかないと、後ろで「威圧」を掛けられ続けていたら病んじゃうからね。

 厄介払い、げふんげふん、適材適所ができて、素晴らしいことだ。

 魔法も使わなくて済むだろうし……。

 でも、言っとかないと。

 魔法で子供を静かにさせたり、言うことを聞かせるのは、教育者としてあるまじき姿だってね。



 ハヤットさんが言う。

 「女性の冒険者は、身を守るためにパーティーに属していることが多く、そこから抜けることに抵抗があるようです。

 ただ、王命による、他国で売買されている奴隷を買い取り、解放し仕事を与えるという慈善事業の方は、極めて順調です。その解放奴隷の3名が、どうやら子供の面倒を見る適性がありそうです」


 それを受けて、ラーレさんも言う。

 「10日前に、ギルドで子供預りを受託するというお知らせを出しました。

 今は、ダーカス全体で親も忙しいですから、6歳前後の子を受け入れる話をしたら極めて好評で、すでに7人の子がいます。

 その子達の世話をする依頼ということで、解放奴隷の女性を充てていますが、やはり向き、不向きはありますね。

 でも、3人の確保はできそうです」

 それは良かった。

 そか、学校の前に、数ヶ月、託児所で先生も児童も慣れるのか。

 いい手だなぁ。

 

 ただし、ってハヤットさんが続ける。

 「現在、ギルドには犬猫と子供もいますし、コンデンサの工房もありますし、仮眠所も流れ込んできた冒険者で溢れていて、手狭が過ぎます。

 とてもギルドには見えない。

 どこか、良い拡張場所が欲しいですね」


 王様の判断は早かった。

 「円形施設キクラの周囲の空き家が多いから、そこにコンデンサの工房を移そう。

 コンデンサの数も、午前中の会議の狂獣リバータの件もあり、引き続き確保が必要だろう。

 いっそ、コンデンサに関わっている冒険者をギルド登録から外して職人とし、与える家を住み込み工房にしてはいかがか?」

 「それは皆、喜びます。

 現在のコンデンサの熟練工は、すべてダーカスの出身で、他から流れてきた者はいません。ギルドも、職業安定所から本来の冒険者の相互扶助組織に戻れます」

 「それはありがたいことです」

 俺も言った。

 熟練工は失いたくないからね。

 ギルドの地区長室が倉庫でなくなって、取り返せるのはハヤットさんも嬉しいだろう。



 「では、魔術師達の翻訳作業が最後まで完成しなくても、教育は開始できよう。ただ、翻訳等は途中で終わらせないよう、引き続きお願いする。

 ラーレ、3人の教師の選抜は一任する。

 ルイーザ殿、元の筆頭魔術師殿に、校長の役目を引き受けていただくよう働きかけをお願いする。了としていただいたら、1日も早く選抜後の先生になる人材の教育を開始していただきたい。

 大臣、王宮内の3室の整備、給食について食堂との打ち合わせ、子供に話ができる官僚の選抜をお願いする。

 エモーリ殿、スィナン殿も設備をよろしくお願いする。費用は王宮で持つ。

 また、両名に加え、『始元の大魔導師』殿、子供に話すことについてよろしくお願いする。

 今の流れに沿い、王命果たすべし」


 俺たち、再び右手を胸に当てる。

 学校ってのは、予想外に大変だねぇ。


 狂獣リバータの件より、検討することが多かったんじゃないだろうか。

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