第9話 国語と算数
やっぱり、税金、しこたま持っていかれた。
買取会社への手数料は納得できるけど、どーにもね。
って、そもそも原価は0じゃねーかって気がついて、苦笑いが出たよ。俺も、大概だなって。そもそも、1つも俺のもんじゃないのに、いつの間にか取られた気になるって自分が怖いよ。
「ほれ、ルー、これを見て」
「数字が8つ並んでいます」
「ということは……」
ルー、指を折って数える。
「1、10、100、1000……、千万の単位ということですね?」
金の換金が確実になるまで、いくらかの暇な時間が生まれていた。
俺、それを活かして、ルーに算数を教えていたんだ。
「じゃ、こっちは?」
「1、10、100、1000……、100万の単位ということですね?」
コンデンサも売れた。
しかも、すげー勢いでコメントが着いた。
「空間感が素晴らしく、音の消え際の美しさは特筆ものであり……」
ちょっと、なに言ってるか解らない。
ともかく、振り込まれた預金通帳を見せて、桁の勉強の実践。
ルーは優秀で、九九は1日で覚えた。
足し算引き算の筆算も1日。2桁の掛け算で躓いたけど、それも半日余計に掛けたらクリアした。ついでに、べき乗も。
そして、それと並行して、ひらがなのすべてを。凄いもんだ。
俺もルーから、ダーカスで使われている言葉の読み書きを教わっている。でも、とてもじゃないけど、ルーのペースじゃ覚えられない。
ルーの世界、たくさんの古典文学があるって言うんだけど、大量の羊皮紙の劣化に供給が追いつかなくて、そのほとんどが損亡の危機なんだって。
紙があるといいかもねぇ、って、ネットで調べたら、わら半紙って……。
持ち込んだ米麦で紙までが作れるじゃん。
知識ってのは凄いもんだねぇ。ルーは、再びネットに神が降臨したと思っている。ついでに、俺まで、そう思い始めてる。
わら半紙ならば、それ自体の寿命が短くても、羊皮紙より遥かに簡単に、しかも大量に作れるからね。
ともかく、2人揃って、やっていることが読み書きそろばんだ。小学生みたいだよ。
だけど、俺、初めて人にものを教えた。
算数でも教えるとなると手強いね。数学レベルは無理かも知れない。
問題が解けるってのと、教えるってのは別のことだと思った。2桁の掛け算ですら、解りやすく伝えるってことが、これほど難しいとは思わなかった。まず、2桁や3桁の掛け算が必要な理由からして、俺はルーに説明できなかった。
オームの法則とかに話を持って行くのもどうかと思ったら、もう理由が思いつかないんだよ。ダーカスの日常生活じゃ、車にガソリンを入れることもないし、販売した数から総売上を出すのも足し算でことが足りる。
だって、どの商品も基本的に職人のオーダーメイトだから、同じ額の同じ商品が10個なんて例もない。基本的に、全部の商品の値段がすべて異なるんだ。
それでも芋のでんぷん粉とか、数と規格が揃う商品もありはするんだけど、次の問題は店頭での値引き交渉だ。定価があるようでなくて、常に値が変わる。「価格は同じでいいから、枡にもう少し乗っけな」なんて、値段交渉もある。結局、その日の売上計算には足し算しか必要ない。
そういう意味では日常生活に不要なのに、「だからできなくてもいい」とはとても言えない。
先生の苦労っての、初めて理解したよ。
それもあって、俺、人との会話ってものについて反省している。俺、相手が解かってくれるかなんて、考えたことがなかった。また、解かってくれる意義も考えたことがなかった。俺、周りの人に対して、あまりに不親切すぎたかもしれない。
それでも、LINEで相談しておいた、教師になっている昔の同級生から、独習に適した参考書とか問題集とかの一式を教えて貰えたのでとても助かっている。俺に足りないところは、そこで補えるからね。
思わず昔の同級生あてに、お礼としてラスクのお菓子なんか送っちゃったよ。
「そう、8桁で千万の単位。正解だよ。
これだけあれば、ダーカスが豊かになるための起爆剤、確実に全部揃うよ」
俺も現金なもんで、金にはありがたみを感じなかったのに、こうやって通帳に並んだ数字はありがたい。
もろもろの支払い手続きもこの通帳に一本化できているし、すべての買い物を終えてなお、ここからもう5年くらいはルーの世界に出かけていても問題がない額がある。1年分くらいは、密かに本郷の遺族に送っておこうかねぇ。
余った額は、赴任手当として貰っていいことは王様の了解を得ているからね。
「いよっ、太っ腹」って、まぁ、王様から見たらタダなんだけど。
今日は、貸倉庫に行って、フレコンバックに届いているものを方っぱから詰め込む予定。
で、写真を撮ってくる。
「『始元の大魔導師』とダーカスのルイーザを召喚する」っていうのは簡単なんだけどね。「雑多な荷物を」じゃ、お話にならない。だから、たくさん写真をとって、それをまずは先行して召喚してもらって、「こういう感じのところにある、こういう大きな袋を召喚する」って、召喚対象を具体化するんだ。
あ、あと、こちらと向こうの世界で、時間の進み方の速さが違う問題についても、実験と考察が進んでいる。
これも、ある意味、王様のお陰。
俺とルーがこちらの世界に戻ってから、王様、居ても立ってもいられなくて、魔術師に早く手紙を送れ、早く手紙を召喚しろって、最後は3時間おきに……。
「せめて、無事に着いたかだけでもすぐに確認しろ」って。
偉い人がせっかちだと、下はウザくて苦労するんだけど、今回に限り、良い方向に働いた。
ルーの書いた手紙は、俺達が東京にいる間に召喚されてた。
で、対策というか、まずは実態を突き止めるための案を出し合う手紙が2往復。
問題の1つ目は、俺たちの方からは、考える以外の何もできないこと。魔素がないし、魔素流もない。だから、召喚も派遣もできないからね。行動は、向こうからしてもらわないとなんだ。
問題の2つ目は、行動は、向こうからしてもらわないとなのに、向こうには時計というものがない。正確に言えば、なくはないけど日時計なんだよね。太陽に位置で、おおよその見当を付けている。つまり、目安にしかならない。
諦めるしかないかと思ったけど、やっぱり、ぴこんって思いついた。頭の横に電球じゃなんだから、LEDでも描いて欲しいね。
向こうから、時間的に一定間隔で番号を書いた封筒を派遣してもらえばいい。で、こちらは届いた時間を記録すれば、時間の流れる速さの伸び縮みは割り出せる。絶対値は判らなくても、比で分かれば十分。
で、短い時間であれば、エモーリさんが作った蓄波動機が、極めて正確に一定時間を測れる。
長い時間であれば、革袋に水をいっぱい入れてもらって、それが空になるたびに、ってことでいい。
やっぱり、さすがはネットで、「昔の時計」って検索したら、水時計ってのが出てきたので、即採用したんだ。
本当に、ネットってのは凄いよ。水時計なんて、言われてみれば簡単だけど、自分で思いつけたかと聞かれたら自信がない。
で、エモーリさんの案は、番号を振って、向こうの時間で等間隔に送った封筒に、こちらで受け取った時間の間隔を記した紙入れておいて、それを一気に召喚するって。
そか、向こうの世界で唯一、歯車の組合わせから、比を理解しているのはエモーリさんだ。知りたがるわけだよ。
こっちの世界も、向こうの世界も、お互いに絶対値は判らなくても、比の増減さえ分かれば、召喚も派遣も実害なく使える。
俺がダーカスに戻ってから、革袋の水が尽きるまでの時間をスマホで計れば、後出しだけど絶対値だって判る。
これで一気に俺とルーは元気付いた。
もしかしたら浦島太郎? ってどんよりしていたからね。
ともかく、結果として、向こうとこちらでは時間の流れの速さに、最大で10倍から1/10倍ものゆらぎがあることが判った。
これって、まだ今は思いついていないけど、先々相当に利用価値がありそうだ。
味噌の発酵に3ヶ月かかるところが、たった10日でできるとか。
まぁ、タットリさんが大豆を作ってくれるまで、味噌なんか作れないけどさ。
あとは、俺達が帰るのにあたって、向こうでの留守期間を最小に持っていけたらいいなとも思う。
特に植物の苗とか種とか、春のうちがいいからね。夏になる前に遡れるのであれば、御の字だよ。
もっとも、今は逆に、こちらと向こうの世界で、ゆらぎが解消されるポイントと、魔素流の来るタイミングを合わせられないかって魔術師さん達が議論している。
時間と天体現象のタイミングってことだから、完全に俺の理解の範疇を超えてしまったよ。
ただ、魔素が見えている人達は、なにかが見えているらしいんだな。
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