第10話 召喚(される)準備


 いろいろと買い物をしたけれど。

 本が揃うのが一番早い。「納品まで〇〇日お待ち下さい」が、基本的になかったんだよね。技術書が多かったからかもしれない。


 ここんところ、俺とルーは自宅にいられない。

 借りた倉庫の一画で、ひたすらに本とか荷物をサインしては受け取っている。


 その合間には、引き続いて勉強もするし、俺は各円形施設キクラ間を繋ぐセーフティー回路のお勉強と、その魔素への応用について考えている。

 充電、もとい充魔素自体は無条件できるけど、使用はそうならない。

 激しく魔素を使う所がどこかにあったり、事故が起きてショートした場合、円形施設キクラネットワーク全体がダウンしてしまう。そうならないように、各施設間には、必要に応じて切断する機能を挟まないといけないんだ。

 安全に、そして確実に、ね。


 で、いくつか届いた荷物が貯まると、梱包を解き、フレコンバックに詰め込んでいる。

 箱とかのゴミはできるだけ小さくしているんだけど、なんせ量が多い。俺の車、1日で一杯になってしまう。倉庫も、アマ○ンにMIS○MI、その他らく○んとかの潰した箱と梱包材だらけだ。

 1日の開始は、市のゴミ処理場へのそのゴミの持込みから始まっていたんだけど、3日目にして、市の人から産廃業者は持ち込まないで欲しいって怒られた。

 よく見ているもんだなぁ。


 まぁ、業者じゃないけど、すべての箱に書かれた宛先が「倉庫」だからね。そう言われたら仕方ない。

 疑いを晴らそうにも、説明ができないし。

 市の人に、「実は、召喚されて他の世界に行くので、一緒にいろいろ持っていくんです」って言ったら……。

 きっと、人間国宝級のアルカイックスマイルをいただけるに違いない。

 で、さらにその線で粘ったら、通報だろうなぁ。

 ……警察行きではなく、病院行きで。



 ま、仕方ないから、本物の清掃・産廃業者と話をして、倉庫借り上げの最終日に掃除、回収してもらうことにした。

 最後の荷造りと同時に、俺とルーはルーの世界に戻らねばならないから、倉庫をきれいにして返すことができないことに気がついたからね。

 俺たちが召喚されたあとは、ここには謎の塵芥の山が残るはずなんだ。

 荷物や、俺達の身体を構成していた物質のね。

 それを破棄してもらわないとだ。

 ま、あの不動産屋のオヤジに、あまり不義理もしたくないからね。


 6億円手に入れたら、6畳1LDKの今の部屋から、せめて8畳2LDKに引っ越したいし……。

 と思ったところで、初めて俺、ちょっとショックを受けた。

 300日後、俺、自分としては帰るつもりだし、さらに「ルーから振られたら帰る」んでいいよね。

 でも……、振られなかったら?

 初めて気がついたよ、この問題に。


 俺、ルーの前でカッコつけたり演技したりってのは通用しなかった。魔素石翻訳が無駄にいい仕事をするせいで、本性は最初からバレまくりだった。

 それなのに、ルーは俺を大切にしてくれている。

 ということは、300日後、愛想を尽かされていない可能性もある。楽観が過ぎるのは自覚しているよぉ。

 で、涙に満ちた、琥珀色の瞳を振り切って帰れる?

 かといって、こちらの世界でルーは安住はできないと思う。戸籍の偽造までできれば生きていけるかもしれないけど、そんな問題だけじゃなく、そもそも性格的にも無理だろう。


 6億円持って、俺の世界で金持ちコミュ障として生きていくか、ルーを始めとしたダーカスのみんなと共に生きていくか。

 ルーの思いも考えて、俺はその二択をしなきゃいけないんだ。


 俺、本郷の書き残した言葉が忘れられないでいる。

 「お前は、この世界のほうがお前らしく生きていける」

 確かに、それは非の打ち所なく正しい。そう思う。

 だからって、俺は元の世界から決別できるんだろうか?

 ルーに言った、「今のルーの悩みって、残り30日から悩んでも間に合うんじゃないかな」って言葉がブーメランに帰って来たよ。

 たぶん、契約の残り30日とかそんなことなくて、ずっと悩むんだろうね。



 − − − − − − −


 召喚されて帰還する日と、事前に荷物だけを召喚してもらう日程が、ヴューユさんから届いたけど、よく判らないことになっている。

 エモーリさんと魔術師さん達がいろいろ検討したらしい。

 その結果が、こちらの方では2日連続。

 まぁ、ありがたいけどね。あまり間が置かない方が。

 かといって、5分しかないとかになると、重量物をセットしきれないかもしれない。

 1日という時間で間隔が開くのは悪くない。

 向こうではどうなるのやら。


 で、ブレーメンの音楽隊の下層は、初日の第一陣で行くことにした。

 子牛とかロバの子は、1つならばまだしも、2つも3つも重ねたフレコンバックの上に乗せるのはどう考えても無理だったから。

 あと、ミツバチも送ってしまう。ミライさんの王宮植物園、ぽちぽち雑草(失礼)の花が咲いてきたというからさ。

 あと、王様の国家予算がかなり厳しそうなので、一番スペースが節約できる陶器の皿も送っておこう。


 考えてみたら、王様のブランドで売るこの皿、歴史は変えなくても、残りはするかも知れない。100年後に、「こんな安物を売っていたのか」ってなったら、王様の名に傷がつく。

 なので、当初の予定よりいいものを選んだ。1枚1万円以上する青いバラが描かれた皿を100枚って、ポチる時に手が震えたけど、考えてみたらたかだか100万円ちょっと。案外安いじゃん。


 そう思ったので、1枚2万円の皿も10枚足しておいた。ダーカスの王家専用っていうことにして。原価0で賄賂が贈れるのであれば、ある意味、究極のご機嫌取りだよね。

 で、この100枚を向こうの世界のリゴスとかに持っていったら、どれほどの値がつくんだろうね?

 それに、俺の、この滅茶苦茶になってしまった金銭感覚、あとで修正ができるんだろうか?


 ともかく、荷造りの隙間は、ひたすらに本を詰め込む予定。

 まずは、タットリさんの農業系の本と、ヴューユさんあて学校教育関係。

 あと、さらにその隙間には場所を取らない種子類。

 ダーカスに土地が確保できたのは、痛みとともに思い知らされているからね。

 アルファルファとか、ギニアグラスとかの牧草の種子は一気に緑地化ができるし、向こうの世界でヤヒウは食の基本だから、絶対的に必要なはずなんだ。牛もロバもたくさん食べるだろうし。

 ネットがなきゃ、知らない単語だったよ。牧草の名前なんて。

 みんな「草」なんだと思っていた。


 とにかく、第一陣は、これで決定。

 家畜商とも、さらに打ち合わせしとかなきゃ。

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