第7話 金を売りに行くぞ


 精一杯のお洒落をしたルーと、うちを出た。

 今日の服は大人っぽくて、可愛いより綺麗が勝っているという組み合わせだ。

 「馬子にも衣装」なんて言ったら、ぷんぷん怒るか、俺の顔をつくづく眺めて溜息をつくか、ま、予想はつく。


 本当はルー、お化粧もした方がいいんだろうけど、向こうの世界には化粧品ってのはあまりないそうだ。

 5万人都市のリゴスまでいくと売っているらしいけど、ダーカスの規模の街じゃあね。行商人が時々持ち込んでくるものはあるけど、その量ではお化粧上手というほどの経験者も生まれないと。


 そのせいか、ルーを見ていたら、口紅とかを見繕ってもぐりぐりと唇の外まで塗りたくる、勇ましい姿しか想像できなかったので止めたんだ。

 機会があれば、どこかでお化粧を教えて貰えるといいかもだけどね。



 今回の金を売るための作り話には、ルーの存在が必要不可欠。

 だから、リスクはあるけど、一緒に東京まで行く。

 でも、パスポートとかは見せないで済むように、話を作った。


 駅の駐車場に車を止め、金20キロの入ったバッグを抱える。

 そんなに緊張しない。

 まぁ、価値があるのは解っているんだけど、それでも、めんどくさい金属って意識が刷り込まれちゃったんだよね。


 ルーはルーで、びっくりしても大騒ぎをしない習慣がようやく身についてきた。

 でも、ホームに入ってきた新幹線には、かなりの怯えの表情を見せた。尻込みしちゃうのを肩に手を置いて抑え、なんかの呪文を口走りそうになるのを止めた。

 いろいろな意味で覚悟は決めていても、怖いものは怖いんだろうね。

 俺はもう慣れてその感覚を忘れちゃっていたけど、確かにあらためて見てみると、新幹線って凄みがある。

 ホームに入ってくる新幹線の、重量感と存在感が押し寄せてくる感じ。その凄みは、俺だって感じる。そして、揺れない滑らかな動きは、肉食獣に通じるものがある。


 車内でルーは、「額が吸盤になったか?」ってツッコみたいほど窓に張り付き、俺はうとうとする。

 ルー、ロングシートの各駅停車だったら、外を見たいあまりに靴を脱いで座席に膝立ちになったかもしれない。

 俺は、金の入手について、つじつまの合う作り話を考えていたら、ほとんど徹夜になっちゃってたんで、起きているのがきつかったんだ。


 ルーが問題なく魔法を使えるようだったら、相手の会社の担当に誘惑チャームの魔法でも掛けちゃえばいいのかもしれないんだけどさ。でも、考えれば考えるほど悪手に思えてきたんだよ。


 ルーの魔素と生命力の問題じゃない。それが無限にあったとしても、止めた方が良い気がしたんだ。

 その場は、魔法が効いて金が売れたとする。でもね、これだけの大量売買だと、かならず相手の会社内で経理のダブルチェック、トリプルチェックがされる。それをくぐり抜けられたとしても、社外監査とかもありうるじゃん。


 問題が大きくなった上でリベンジに戻ってきたら、もう対処のしようがない。

 その時は、警察とかも一緒かもしれないし。

 ルーが、10人とか20人とかに、いっぺんに誘惑の魔法をかけて切り抜けるなんて事態まで行ってしまったら、もう火消しは不可能だろう。


 相手が組織ならば、面と向かっていない人数も多いし、そういう相手にまで魔法の影響は及ばないからね。

 魔法は、水戸黄門の印籠とか、あんぱ□ちとか、ド○えもんのポケットにはならないんだ。


 たださ、よくよく考えてみれば、向こうも商売だからね。最初から買取を拒否したいわけじゃないんだ。

 ということは、そこそこ破綻しない作り話があれば、相手の会社として問題ないという判断をしてくれるだろうし、頼まなくったって記録も適正に残してくれるだろう。


 それに、これで終わりじゃない。

 重要なのは、1年後に100キロの金を売ることだ。それができなかったら、俺は、たぶん悲しい。

 今回を切り抜けられれば、次回もきっと大丈夫だからね。



 上野で乗り換えて、御徒町。

 ネットで調べて、「どんな量でも即金で買い取ります」なんて広告を打っていた会社もあったけど、さすがにパス。

 ある程度はめんどくさくても、信頼関係をきちんと築いておきたい。次の100キロのためにも。


 ルーが人の多さに酔いはじめちゃっだけど、「気持ち悪い」なんて言い出す前に貴金属の会社に着いた。

 応接セットに案内されて、担当の人と話す。

 で、俺は正確には無職なんで、仕方ないから本郷との会社で使っていた名刺でごまかす。

 身分証明自体は、運転免許証があるから大丈夫。


 そして……。

 「これなんですが……」

 まずは、ものを見せる。

 粒金と言ってもかなり大きめの、オレンジ色のペレットみたいのをごろんごろんと数個、テーブルに転がす。


 担当さん、1つ手に取って、しげしげと眺めた。

 「純度は24kのはずです」

 「いい色ですねぇ。

 鑑定と分析はかけさせていただきますが、モノに間違いはないように見えますね。

 これが20キロ、お有りなんですね?」

 「はい。

 さらに在庫自体はありますけれど、今回は20キロで」

 「いつ、どのような経路で入手されたのでしょうか?」

 来たよ、その質問。


 「お話することは構わないのですが……。

 ただ、他言されると困るのですよ。

 その保証はどうされますか?

 当然、犯罪や法律に反するものではありません。

 また、民法上の問題もありません。

 ただ、マスコミ等に嗅ぎつけられて、時の人のように祭り上げられるのは、なんとしても避けたいと思っています」

 「こちらも、商売上の守秘義務は守りますよ」

 「ええ、ですから、繰り返しになりますが、問題はその保証なんです。

 今回は20キロですが、あと200キロほど残りがあるのです。

 それも、こちらでお世話になりたいと思っています。

 ですから、売った結果、失踪しなければいけなくなるような事態は嫌なんです」

 「解りました。

 実は、このような事例はよくあることです。

 こちらとしては、販売に来られた金が盗品であったというような、犯罪に絡んでいないことが確認できればよいのです。

 逆を言えば、犯罪に絡んでいる場合は、守秘義務どころか通報の義務があります。

 ものによっては古物の扱いになりますので、古物商はそういった義務も課せられているんですよ。

 ですから、それを明記した契約書もあります。

 それにご署名いただけますか?」

 「構いませんよ。全く問題ありません」

 「分析・鑑定の結果、何らかの不都合なデータが出た場合、やはり通報いたしますが、それも構わないですね?」

 「ええ、構いません」

 「では、5分ほどお待ち下さい。

 書類を用意しますので……」


 プリントアウトされた、まだほの温かい書類を受け取った俺は、ざっと読み下す。

 完全に理解できたわけじゃない。

 古物営業法第15条とか、第21条の3とか書いてあったけど、その条文を知っているわけじゃあないし。

 ただ、盗品じゃないのは間違いないから、被害届が出ているはずもないんだ。

 出すとしたら……。

 ダーカスの王様が、被害届を出してきたらどうしよう?

 ありえなさすぎて、逆に感動するかも。


 問題ないと思ったので、署名押印して、向こうの担当さんと一部ずつ持ち合う。これで、向こうの会社が守秘義務を破ったら、俺は法的措置を講じることができるようになったということだ。


 そして、俺は、昨夜、ほとんど徹夜で考えた話を始める。

 大河ドラマだからね。すごいよ。

 てか、どうやっても今の法律をくぐり抜けられなかったんだ。法律の網の目なんて、弁護士でもない俺が一晩で見つけるのは無理難題が過ぎる。だから、その法律が成立する以前の時代に話を持っていった。

 あとで売る100キロがあるからね。整理した会社の在庫みたいな話は使えないんだ。


 「実はですね、ここのいるルイーザさんと私の祖先の共有財産なんですよ。

 その昔、帝政ロシアの貴族で、ツァーリのご機嫌を損ねて逃げ出したという人がいましてね。

 1700年代の半ばですが、自分の財産を持って、北海道まで来たんだそうです。

ですが、当時の北海道はこの金を換金して贅沢をするような環境になく、津軽海峡を渡ろうにも日本は鎖国でしたから、やむをえず、そのまま隠してしまったそうなんです。

 そして、2人の子供に、その隠し場所を伝えた。そして、2人揃わないと、隠し場所は判らないようにしていたんです。

 その後、1人は日本に残り、1人は、大黒屋光太夫だいこくやこうだゆうと共にロシアのラクスマンが根室に来た時に、ロシアに帰ったそうです。

 日本に残ったほうが私の血筋、ロシアに帰ったほうがルイーザさんの血筋でした」


 この話を考えたとき、ルーをロシア人にするのは悪くないと思ったんだ。

 シルバーブロンドで琥珀色の瞳も矛盾しないし。

 で、今朝の明け方に「ルイーザ」のロシア語読みを必死で調べて、「ルイーザ」だった時の脱力感ったらないよ。


 俺、話を続ける。

 「その後、ロシアはソ連になっちゃいましたから、縁が切れてしまいましたし、その金を取り出すという話にもなりませんでした。そもそも、2人揃いませんから、場所が判らなかったのです。

 その後、ソ連も解体されましたが、すでに双方で連絡先すら判らなくなっていたんです。ところが、ネットの力はすごいですね。

 お互いに探してて、会えたんですよ。

 で、ロシアから日本に来るのも、今は簡単ですから、お互いに顔を合わせて一緒に探したらすぐに見つかりました。

 で、換金しようと思っているのです」

 うん、噛まずに言えた。

 相手が見るからにカースト上位者でなきゃ、俺も結構大丈夫なんだよなー。


 「ご兄弟とかは、お有りでないのですか?」

 「私もルイーザもおりません。

 先程の、民法の問題がないというのも、相続上の問題がないということです。

 うちは、太平洋戦争の空襲で親族のほとんどが無くなってしまいましたし、ルイーザさんの親族はスターリンの粛清時代に……。

 また、戸籍以前の時代は、遡れないのです」


 「壮大な話ですね。

 了解しました。

 買取り手続きに移らせていだきます」

 「ありがとうございます。

 ただ、今回は、私の所有している分からの売却をしたいと思っています」

 そう、これで、ルーの身分証明の書類は出さなくて済む。

 だから、金の在庫も200キロあることにしたんだ。これから売る俺の100キロのためにね。


 「分かりました。

 それでは、まずは、鳴滝さんの身分証明をできるものを。

 それから、口座をお知らせください。

 量が多いので、サンプルの純度等の鑑定が終わり次第、取引を成立とさせていただきます。

 また、サンプルとしてお預かりするものについて、預り証をお出しいたします。

 よろしいですね?」

 「よろしくお願いいたします」


 とりあえず、大仕事、終わり。

 あとは、現金が入れば支払いができるし、ダーカスに大手を振るって帰れるよ。

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