第6話 買い物と生活


 そのあと、俺はルーをお留守番にして、判子を持って不動産屋に行った。

 本郷との会社の社屋の解約手続きをしたばかりだから、不動産屋のオヤジは当然俺のことを覚えていてくれて、話が早かった。

 まぁ、貸倉庫を借りておかないと、ア○ゾンで買った本とか日常雑具とか、MIS○MIで買ったちょっと本格的なものとか、そういった買い物が全部うちに届いたらエライことになるのは目に見えていたからね。ちょっと高くてもいいから、条件のいいところを2ヶ月間のみっていうことで探してもらった。

 俺が無職ってことで、事前に家賃の全額を払うことを求められたけど、まぁ仕方がない。


 ぐいぐい減るな、貯金。

 定期を解約しなきゃだ。

 ルーにおみやげの和菓子を買って帰宅。

 メールチェックしたら、金の買取の会社から、明後日の午前に面談できるという返事が来ていたので、よろしくって返信。

 さっさと現金化しないとマズイからね。

 あー、せわしない。


 で、忙しない一番の理由の、「向こうの世界とこちらの世界で時間の流れる速さが違う」という新たに勃発した問題について、ルーがお手紙を書いてヤヒウの羊皮紙の封筒に入れた。向こうの魔術師の召喚時のイメージになるように、この封筒を使うって決めておいたんだ。

 なんせ、向こうとこっちで時間の流れる速さが違うなら、手はずを決めた時間にその手紙が召喚されるかは判らないからね。いつ持っていかれても良いようにしておかないとだ。


 さらにルーが気がついたことなんだけど、時間の流れが常に一定で、いつでもこっちのほうが遅いとは限らないって。確かにルーの言うとおりで、時間の流れる速さが一定だと、辻褄の合わないことが多すぎる。

 そもそも、俺が最初に召喚される契約のときの、50日後っていうのは、向こうとこっちでほぼ一致していたんだよね。

 絶対値の話じゃないよ。向こうは1日が24時間じゃないのは確実だから。


 それでも、今回の方が乖離が激しいってのは確実に言える。

 となると、時間の進む速さがゆらぎを持っていて、50日周期くらいでこちらと辻褄が合っているのかも知れない。ま、こっち向こうでどっちが時間の進み方の方がゆらぎを持っているか判らないし、両方かもしれない。

 どちらにせよ、そんな流動的なものとは思っていなかったから、どちらの世界も1日は同じものっていう前提で、手紙の召喚時間は決めちゃっていたからねぇ。

 だから、早めに準備しておいた方がいいって、ルーと意見の一致を見たんだ。



 その日の晩は、教育関係の本をポチりながら、ルーと話した。

 ルーは、どうやって読み書きを覚えたのかって聞いたら、両親からだって。

 なるほど、前にもダーカスでは、親から子への教育が中心って聞いていたよな。


 「ルー、ルーのお母さんってどうしているの?」

 「母は、リゴスにいます」

 「そうなんだ……」

 なんか事情がありそうなので、返答を濁す。

 今一緒に暮らしていないっていうことは、当然なにかの事情があるってことだからね。

 でも、今は、親の話が出てしまっているので、あえて聞いておこうかと思ったんだ。


 「父が若いうちは良かったんですけど、ここ数年でみるみるうちに衰えました。

 母は……、母は……」

 「心配で仕方なくて、でも、魔法を使うなとは言えなかったってことかな?」

 「はい」

 想像は難しくない。

 家族が自分の意志で自死しようとしているのに、それを止めることも許されない。それは、一緒にいて、どれほど辛いことかと思う。

 ノブレス・オブリージュなんて、家族、親族からしたら、修羅の道の強制だ。


 「ルー、聞きたいんだけど、魔素欠乏からの復活って、何が一番効いた?

 お風呂? ヴァン・ショー? それとも、時間?」

 「ヴァン・ショーでしょうか……。

 体全体が、一気に温まった気がしました」

 「じゃあ、その材料のどれかが効くとしたら、それをダーカスに持ち帰ったら、ルーのおやじ殿も……」

 「そうですね。もしかしたら……」

 「そう、もしかしたらがもしかしたら、ルーのお母さんも……」

 「そうなったら、本当にいいですね」

 あとで、そっと実験してみよう。


 とは言え、みんなルーを使った人体実験になっちまうんだから、こっちにいる間に、やむを得ずに魔法を使う機会があったら、だけど。

 そういうことにしとかないと、ルーは親孝行のために寿命を縮めちゃうからね。

 思い出してみれば、トオーラ狩りへの同行とか、俺への治癒魔法とか、いつも自己犠牲の精神がありすぎなんだよ、ルーは。

 ノブレス・オブリージュを無邪気に信じているというより、自分自身の生きるよすがなんだろうね。



 − − − − − − − − 


 翌日は、自炊の食材を買うのと、銀行の手続き以外は、1日パソコンの前から動かなかった。とはいえ、さすがに、代引き用に全財産の貯金、数百万からの現金を下ろすとなると、銀行も手間がかかる。

 ルーを連れ歩くとリスクが高まるだけなので、お留守番をさせている。

 ま、この世界を知るのにいいかもと思って、ネット環境を預けているから大丈夫でしょう。

 ただ、ア○ゾンとヤ○ーショップとらく○んで、絶対ポチるなとだけは言い含めてはおいた。

 MIS○MIは仕事系のアカウントだから、別に設定しているのでまず大丈夫だろう。


 帰ると、パソコンをルーから取り返して、家畜商に伝手を作り、ア○ゾンで本や植物の種とかもポチれるだけポチった。

 ゴムボートも買ったけど、これは四人乗りくらいの安いのと、最大のサイズのものの写真だけを入手。

 原形があれば、向こうの世界に適したものをスィナンさんとエモーリさんに考えてもらえばいいもんね。


 そのスィナンさんとエモーリさん達への買い物は、工具類とか含めてMIS○MIでポチった。

 たまたま、クーポンが来ていたから助かったよ。ただ、あまりの大量買いに、カスタマーサービスから問い合わせが来ちゃったけど。


 果樹の苗とかも調べたけど、品種については俺に具体的な知識がないので、耐病性と書いてあるものに絞った。向こうには、農薬なんてないからね。あと、ダーカスは冬でも氷が張らないみたいだから、耐寒性もパス。


 ミツバチも、趣味の自宅養蜂家ってのがいるんだね。びっくりしたよ。

 調べたら、趣味の養蜂家のネットワークがあって、隣の市に住んでいる人を発見。やっぱりメールして、その人から巣箱を1つ売ってもらえることになった。


 動物系は、当座の餌から猫のトイレ砂まで、みんなみんな、かたっぱからポチった。

 必需品だからっていうよりも、こういうのがあるっていうことだけで、次の目標になるからね。

 ただ、生き物の納期は、召喚される当日の午前中にしたいから、後日連絡にしている。魔術師さんたちと連絡が取れて、時間の進み方をしっかり理解してからにしたいからね。


 荷造り用品も、フレコンバックとか含めて手当り次第。

 カードの限度額があっというまに来てしまったので、支払いを代引きに切り替えた。ただ、納品日は先へ伸ばせるだけ伸ばした。

 そうこうしているうちに、MIS○MIに続いて、ア○ゾンからクレジットカードの不正使用の恐れはないかという確認が来て、「事業を始めるので、必要な資材を整えている」って返して。

 もっとも、別の世界で、だけどな。


 あとは、金の取引について、いろいろと確認しとおかなくちゃ。


 で、この間にルーはルーで、ここでの生活技術を磨いていた。

 とはいえ、洗濯は乾燥まで全自動だし、ルーが着てきた毛のものはどうせ縮むからと、クリーニングに出した。

 で、もっぱらユニ○ロを愛用。


 となると、ここでの生活技術といっても、もっぱらこういうことになる。

 「コーヒーの淹れ方をおぼえた」ちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃちゃーん。

 「緑茶の淹れ方をおぼえた」ちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃちゃーん。

 「米の研ぎ方と炊飯器の使い方をおぼえた」ちゃちゃ、以下略。

 「ガス台とグリルの使い方をおぼえた」ちゃ、以下略。

 「掃除機の使い方をおぼえた」、以下略。

 この5連発、マジに助かる。


 俺、目がしょぼしょぼしてきても、ディスプレイから目は離せなかったからね。

 中には納期が3週間後なんてものもあるから、購入手続きだけはできるだけ進めておかないとなんだ。


 で、ルーは、生まれて初めてコーヒーを飲んで、七転八倒した。

 吐き出すのはお行儀が悪いし、容赦なく苦いし、で。

 俺が美味そうに飲んでいるので、油断して一気に行ったしね。

 それでも、ファストフードでコーヒーを買った時についてくるスティックシュガーがあったので、それを入れて再挑戦させたら、一気にお気に入りになった。

 それからはルー、コーヒーにたっぷりと砂糖を入れている。あんまりヘルシーじゃないかもだけど、まぁ、このくらいは仕方ないかな。


 1日の最後に、買ってきた紅鮭焼いてもらって、それでお茶漬けしたら、あまりに美味しくて、ルーと無言になった。

 無言で食べ終わって、ふぅって、ため息ついて。

 「生まれてから、こんなに美味しいものを食べたことがありません」

 だってさ。

 「そうだろうね。

 イコモに一番合うのは、この魚だからねぇ」

 と返す。


 そして、「えらい、えらい」って褒める。

 全部がルー作の食事だからね。

 「バカにするな」とかつぶやくけど、内心でえへえへしているのはバレバレだ。

 その、エバる時に腰に手を当てて、反り返る癖は直した方がいいぞ。


 シルバーブロンドで琥珀色の瞳のルーが、紅鮭のお茶漬けを自分で作って食べて、最高の美味っていうのは、やっぱりちょっと可笑しい。

 ダーカスに戻ったら、タットリさんにコシヒカリを作ってもらうまでは、イコモの種とチテの茶でお茶漬けできるか実験してみよう。

 で、食後に水ようかんで〆て、満足。

 こういうのでいいんだよ、こういうので。


 あー、ダーカスの気候じゃ暑くて育たないのは解っているけど、ワサビを持って行きてーよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る