第5話 神降臨(それ、違うから)


 「おはようございます!!」

 うー、てめー、昨日に比べて元気すぎねーか?

 身体中が痛てーよ。やっぱ、フローリングにラグマットだけってのは、寝床としてはダメダメだな。

 今日、出かけたら、長座布でも買ってこよう。


 「時間を無駄にできません。

 ナルタキ殿!

 さっさと起きて、朝食を食べさせてください!」

 あ、そーなるか。

 まぁ、俺の世界だ。俺が食わせなきゃだよな。


 そうなると、金箔のコンデンサ、今日、もうヤフ○クに出しちまおう。

 手元に少しでも余裕が欲しいからね。

 向こうで俺がタカっていたのは貴族様だったけど、こっちでルーがタカってるのは、しがないサラリーマン……、おっと、今は無職なんだからな。

 なんなんだ、この凄まじいまでの不公平感は。



 安上がりで、かつ、コーヒーが付くから、ファストフードで朝セット。

 でさ……。

 俺の身体、可怪しい。

 いつも食べていたコレ、こんなに脂が重かったっけ?

 塩気もこんなにきつかったっけ?

 ルーの様子を窺うと、いい勢いでぱくついていたのが、3/4を超えたあたりで止まっている。


 もしかして、あれか?

 ダーカスの食生活がヘルシーすぎて、そっち方向に好みが補正されちゃったか?

 ついでに「確認しとこ」って思って、家系ラーメンでのいつもの「濃いめ・固め・多め」を頭に思い浮かべて、ぐっ、てなった。


 あー、これはダメだ。

 あっちの食生活は、素朴で素材の味がして、飽きが来なかった。

 芋ばっかりで最初は嫌でしょうがなかったけど、今思えば、味に深みがあって美味かった。塩も控えめだったし。

 ヤヒウの乳と芋、よかったよな。

 ああ、御飯と味噌汁でもいい。

 朝粥なんて馬鹿にしていたけど、きっと素晴らしく美味しいだろうな。

 俺、生まれて初めて、切実にスローフードが食べたいって思ってる。


 たぶん、一週間もすれば、再び俺の体はファストフード中心の食生活に慣れちまうだろう。でも、慣れない方が、確実に健康でいられるような気がする。

 ルーだって、こういうのに慣れない方がいいだろうしね。

 「ルーのBMIが増えたらやだ」って思うのは、健康の話だからな。セクハラじゃねーぞ。予防線、張っとかなきゃ。


 まあ、明日から、自炊しよう。そう思った。



 帰って、パソコンを立ち上げたら、メールの回答が来ていた。

 金の売却について、相談に乗ってくれるそうだ。

 相手の会社が東京なので、「今週中には面談をしたい。ものを持ってそちらに伺うから、日時を指定して欲しい」ってメールした。


 牧場のロバの方は、近日中に行くから、つがいの血縁はできるだけ遠くにしてくれってメールした。オス、メスで兄妹だったりしたら、連れて行った先で奇形ばかりが生まれる可能性もあるからね。

 どちらにしても、その子の世代はそうなってしまう。だから、少しでもって。


 で、もう一つ。

 思いついたら即行動ってことで、金箔コンデンサの写真を撮って、キッチンスケールで重さを測って、オークションサイトにアップして、「天然雲母と総純金作り」って派手に特徴を書いた。

 音が良いパーツになるかは判らないから、そこはだんまりを決め込む。「好みがありますから」って、いい逃げ口上だね。

 1つ100万円を最低価格に設定。果たして売れるや否や。

 オーディオマニアの熱に期待しよう。



 ルー、最初は座り込んで動かない俺に焦れていたけど、それでも横から見ていて、なんとなくやっていることを理解したようだ。

 これを使えば、どんどん買い物ができて、買ったものがここに届くって話をしたら、やっぱり驚きで声も出ないみたい。


 「行商人が、ここで注文をとっているんですね?」

 うん、かなり正解。

 「だけじゃなくて、先生も詐欺師もいるし、神だって降臨する」

 「神って、神様ですか?」

 「ん。

 ……いろいろな神がいるんだよ」

 変なことを言っちゃったな、俺。説明しようにも、どう言って良いか分からない。

 だからって、我ながら、このお茶の濁し方はないけどな。


 「ダーカスに、神殿ってなかったよね?」

 話題をずらす。

 「王宮が兼ねていますからね」

 「えっ、王様って神様なの?」

 「違います。

 王様が女神様を祀っているんです」

 「はー、なるほど。

 その女神様って、なにをしたの? ルーの世界を作ったとか?」

 「豊穣を約束してくれるのですが……」

 「うん」

 「もう豊作の年なんて、ここのところ全然なかったので……」

 女神様も信用を失うのかな。

 「魔術師の方がマシって言われてます」

 そらまた、隨分と信用が失墜したねぇ。女神様。そりゃ、祈りも名前も誰も口にしないわけだ。

 ま、女神様の名で殺し合いが起きるよりは何倍もいい。


 「不作の原因って、やっぱり畑の面積がないから?」

 「それに加えて、水もなくて……。毎年、雨が減るんです」

 ああ、元々の砂漠じゃなかったんだろうけど、どんどん不毛の地になっていったからかねぇ。


 そか、王様が4つの円形施設キクラを同時に作りたいってのは、そういうこともあったのかも知れないね。

 海からダーカスまで、ネヒール川沿いに緑地帯を切れ目なく引っ張れるし、しかも、西のゼニスの山の緑地化まで視野に入る話になる。そうなれば、ダーカスの気候も変わるかも知れない。水源のゼニスの山の緑地化が進めば、ネヒール川の流れも水質も安定するだろう。濁流が清流になれば、利用価値も高まるよね。


 樹木の苗も買っているけど、どうしても本数に限りがある。山の緑地化なんて、何万本の単位で苗が必要だろうけど、せいぜい数本しか持って行けない。

 あとはダーカスで、ミライさんにお願いして挿し穂で一気に増やすしかない。

 ダーカスからの眺めが、今の黄褐色から緑色になったら、それはなんて素晴らしいんだろうと思うよ。


 治水さえ上手くいくなら、河沿いの低地を農地にしていくのは、農業用水の水源は近いし、収穫物の輸送も楽。

 王様、すげぇな。

 国土計画ってやつかな。

 ダーカス、国土は狭くても、最も豊かな国になっちゃいそうだ。


 それはそれとして、問題は今。

 「雨が降らない時、タットリさんたちはどうしているの?」

 「革袋で、ネヒール川の水を汲んで、植物の根元に撒いていますよ」

 「毎日?」

 「……当たり前じゃないですか」

 バカなことを聞いてしてしまった。

 向こうの農業ってば、そんなに辛いのか。


 「魔法で雨は降らせられないの?」

 「できますよ。

 でも、年間に降る回数は変えられないんです。

 なので、どの農作物も育つように、種蒔き祭とかの前日に降らせるんです」

 うーん、やっぱり、「無から有は生じない」んだ。

 ルーのいう魔法の説明を聞いていると、エネルギーとか物質を、そのままの形か変換させた形て、移動させているだけのものが多いんだよね。空間か、時間か、で。

 例外の治癒魔法ですら、あるべき姿に戻すだけだから、怪我と病気には効いても若返りには効かない。やっぱり、「無から有は生じない」って原則からは逃げられていない。


 ……そうか、また1つ理解できた。

 年に5回しか雨が降らなくても、植物の生育のかなめかなめで降らせられれば、収穫は得られてしまう。

 ところが、年に4回に雨が減ったら、その年からいきなり収穫が0になる。この100から0はキツイ。

 やはり、魔法は怖い。

 普通ならば、雨が年に5回に減る前に手を打とうとするだろう。こっちの世界が、砂漠化を止めようとしているように。その検討の機会をも、魔法は奪いかねないんだ。ルーの世界で昔、食糧危機が一気に来た理由が解った気がしたよ。


 ともかく、これで緑地化を進められれば、状況は少しはマシになるはずだ。

 となるとだけど、今、必要なのは、タットリさんの水運びの刑の免除だ。

 毎日毎日、革袋を担いで潅水するなんて、それはもう労働より刑だよね。

 となれば、畑のところまで、水を持ち上げられればそれはもう、遥かに遥かに省力化になるはずだ。

 しかも、今回広がった農地が、際限のない労働の増大にならなくて済む。


 もしも、そんな方法があったら、タットリさんだけじゃなく、あのプレデターへのおみやげとしても最高のものになるよね。

 そのあたり、もう、俺の専門の範疇を超えているけど……。

 水を持ち上げるにしても、外からの動力無しで、だ。燃料なんかないんだから。でも、それができさえすれば、あとの用水路とかも含めて周辺技術は向こうの人達に任せればいい。

 そう思って、「揚水 方法」でググッてみた。

 我ながら、やることが安易だ。

 ま、こっちの世界にいる恩恵は、十分に享受しないと。


 で、一瞬で出てきたのが、水汲み水車ノーリアってやつ。

 水路に流れる水の力で水車を回し、水車の外周についた容器で水を汲み上げるって原理なんだって。

 これならば、ダーカスの技術でもなんとかなりそうだし、何より動力が不要なのがいい。

 シリアのハマーってところに、直径20メートルものとんでもなく規模のでかいのがあるらしいんだ。


 なになに、1分間に95リットルの揚水が可能なのか。

 となると、タットリさんが担いて水を運ぶのに比べて、100倍以上の効率化が望めるんじゃないかな。しかも、タットリさんが疲れない。


 そのまま、You Tubeで検索したら、動いている水汲み水車ノーリアの動画が出てきたので、ルーにも見せる。

 「これ、作れたら、よくない?」

 「ナルタキ殿!

 仰るとおり、この箱の中には神がいるのですね!?」

 神ってなんの話だっけ?

 いや、ネットで「神降臨」ってのは、これのことじゃあねぇ!


 「いや、それはちょっと違うって言うか……」

 「祈れば確実に知恵を授けてくれるとは、神以上でしたね。

 もしかしたら、極めて高位の始原に係る魔法なのでは?」

 「いや、それも違うよ」

 「では、どういうことなのか、説明をしていただきたい!」

 無茶言うな! ネットの仕組みなんて判るか!

 興奮して、談判口調で畳み掛けてくるのは止めろ!

 

 たじたじになって、ようやく答える。

 「魔法じゃない。

 技術だ。電気を使って……。

 そうだ、前にダーカスに召喚した人で、魔素を使って計算をさせられるって人がいたんだよね。ルー、前に言っていたじゃん。

 その計算を瞬時に何百万回もできると、こういうことまで、できるんだよ」

 甚だ正しくない説明をする。


 でも、魔法だとか、神の力だとか言うよりは正しいぞ。

 確かに、パソコンとネットってのも、ルーから見たらこの世界の魔法に見えるかも知れない。

 でもね、ネットも自動車もそうだけど、魔法に頼らなくてもここまでのことができるってことを、ルーにはしっかり見て行って欲しいよ。それが、あっちの世界を救うと思うんだ。

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