第4話 今、見えているもの
ここまでは必要経費。
夕食は、俺がご馳走しよう。恩返しにもならんけど。
どっちもルーとしては嬉しいかもだけど、俺の中では別のものだ。
王様から預かった金からではなく、俺がルーにご馳走したいんだ。
確か、本郷と、会社を立ち上げた夜に行ったフランス料理屋があった。
そんなに高くないコースでも前菜が充実していて、とてもカラフルで綺麗なお料理だった。味も優しくて、ちょっと疲れているであろうルーにもいいかなって。
電話をしてみたらテーブルが空いていたので、これから行くって予約をしてから車を転がす。
若いっていいよね。
3時間前は土気色していたのに、今はあれ程の大騒ぎを続けてきても、まだまだ大丈夫みたいだ。
魔素欠乏ってのが、身体そのものの不調とは別なんだってのは頭では理解していても、ちょっと不思議ではある。
服とか買ったのが、カンフル剤になったのかねぇ。
それとも、赤ワインとか蜂蜜とか?
俺も運転だし、ルーのこの世界に換算した年齢も今ひとつ判らないから、アルコールはパス。22歳なんて言えば言えちゃうんだろうし、今は割と大人っぽい格好だから、JKには見られないだろう。
でもなぁ、一応は年齢換算が確定してからがいいなぁ。
ペリエを添えて、高くなく安くなく、真ん中のコース。
で、なぜか皿が進むごとに静かになってしまったルー。
落ち着いて喰えてそれはそれでいいんだけど、なんだか心配になってしまった。
帰りの車内。
助手席で、訥々とルーが話し出した。
「『始元の大魔導師』様……。
ダーカスは、どこまで貧しいのでしょうか。
そして、『始元の大魔導師』様は、本当にその貧しいダーカスに戻ってきてくれるのでしょうか?」
「俺、ダーカス、好きだよ。
王様も、エモーリさんも、スィナンさんも。ハヤットさんや、タットリさんも。
もちろんルーも。だから、戻るつもりだけど……」
ラーレさんの名を出すと、なぜかルーがちょっと不機嫌になるので省略。遠い世界にいるラーレさん、ごめんねー。
「それが信じられません。
『始元の大魔導師』様の世界の方が素晴らしいです。
本当に、すべてが素晴らしいです。
ダーカスとは比べ物になりません。
だから……」
うん?
泣いてる?
俺、違和感から気がついてしまった。
なんで、いつもの元気いっぱいの「ナルタキ殿!」じゃないんだ? って。
ダーカスで、俺は『始元の大魔導師』様だった。
魔術師は名乗らない建前があるから、ルーも人前では肩書で呼んでいても、他に人がいない場所での俺は、「ナルタキ殿!」だったはずだ。
なんで、今、あえて『始元の大魔導師』様呼びなんだ?
ここで、愕然とした。
そうか、今までルーは命を賭けてまで、「ナルタキ殿」を自分より優先してくれていたんだ。『始元の大魔導師』ではなく、だ。
そして、ルーの世界に俺が戻らないこと、それもルーにとってだけ意味が変わる。
ルーは、「ナルタキ殿」がダーカスに戻ってくれるか、不安で聞けない。だから、「始元の大魔導師」に聞いた。
俺が、ダーカスに戻りたくないと言いだしたとき、「始元の大魔導師」が相手であれば、契約を持ち出すこともできる。でも、ルーは、「ナルタキ殿」に対して説得の言葉を持たない。
ルーは……、ルーは「自分がいて欲しいと思っている」なんてことは言えないし、その言葉を無力だと思っている。
性根がヒネクレていてコミュ障の俺は、その発見に対して、心のどこかで「よせやい」とも思っている。
俺はルーより歳を食っているし、相応に考えに垢も付いている。
俺を大切にしてくれる人が現れたなんて、とても信じられないし、ルーが大切にしてくれることと、肝心の俺自身が釣り合わないような気もする。それも、天秤がルーの方にちょっと傾いているっていうより、完全に釣り合わなくて、秤が垂直に立ってしまって重さが計れないほどに釣り合いが取れていない。
昼間は、ルーのその思いが、自己犠牲の精神に富んだ『始元の大魔導師』あてのものと思っていたし、それが嬉しかった。けど、それが「ナルタキ殿」が対象なのであれば、嬉しいというより疑念を、そしてそれがルーの幸せに結びつかないかもなんて考えも持ってしまう。
だって、JKくらいに見えるルーは、確かに半分は大人だけど、半分はまだ幼い。その幼いところに、俺は付け入っているんじゃないだろうか。俺自身にそのつもりはなくても、結果としてね。
今日も、貧乏な娘に1日限りのお姫様経験をさせる話みたいな感じだったけど、より
そして、その文化は、俺が作ったもんじゃない。俺だって、あくまで享受している側の一人でしかない。
経済力で女性をものにしている男って、極めて評価低いけど、その方がまだマシだろうな。自分で稼いだ金でやっていることであれば、自分の褌で勝負をしている。
つまり、俺自身は、そこにも及んでないし、なんの価値もない。
5分くらい、ハンドル回しながら悩みに悩んで、俺までもが訥々と話す。
「ルー、焦らないで欲しいな。
1年契約ってのの基準が契約書に明示されていなかったから判らないけど、長い方のこっちの1年でいいよ。その間は、無条件にルーの世界のために頑張るよ。
で、まだ、それって300日くらいは残っている。
今のルーの悩みって、残り30日から悩んでも間に合うんじゃないかな」
こんな先延ばしは、卑怯かも知れない。
でも、その時間を一緒に過ごすことで、ルーにも明確に見えてくるものもあるはずだ。
それでいいじゃないか。
今見えているものがどういうものか、それが正しいのか、それも判らないからね。ルーにも判らないかもだけど、俺にも判らないんだ。
ただ、その時が来て、ルーが俺のことをクズだと思っていたら、俺から離れればいいだけだ。
だから、離れる自由を確保しておいてやらないと。
そう思った。
部屋に戻って、シャワーの浴び方、トイレの使い方とか教えて、ルーにベッドを明け渡して、俺は、襖を一枚隔てた居間で毛布に包まる。
1年後にはこっちの世界に帰るつもりだし、職場の同僚的な意識でいたから、ルーに対して可愛い娘という以上の感情は持っていなかった。自分の感情も制御していた。
「可愛い」と思うのと、「恋人にしよう」の間には、とても大きな距離があるんだよ。
でも、こうなると、俺にとってのルーは、手のひらの中の宝石みたいなもの。先々変わってしまうにしても、今は曇りなく輝いていて欲しい。
そう思ったら、逆にケシカラン考えが持てなくなったよ。
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綺麗なお料理
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1315273790306181121
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