第3話 服を買う
「服を買いに行くといったら、大丈夫かな?」
「はい!」
じゃ、行こうかね。
ユ○クロだっていいから、今日揃えておければ明日からフルに動けるからね。
時間が許すならば、それを着てから、さらにちょっと高級なのも一揃え、買っておきたい。
全身ユ○クロで、金を、それも大量に売りに来たなんて言っても、きっと信用されない。
ルーが、ヤヒウの革の靴を履いたら、出発だ。
うん、靴も買わなきゃだな。今のは見る人が見ればオーダーメイドに見えるかもだけど、大多数の人にはよくわからない不思議な靴に見える。
服のサイズとかも判らないし、今までのと組み合わせて着ることもあるかも知れないので、ダーカスから着てきたものも袋に入れて持ってもらった。
予想通り、まぁ、大騒ぎだった。
予想が当たったからといって、それ自体が特段に嬉しいわけでもない。明日が来るって予言して、実際に明日になっても、ね。確実な予言なんてもの、当たっても当たり前だから。
ただ、まぁ見ていてちょっと微笑ましくはある。
まずは、自動車が動き出して、ルーは1回目の大騒ぎをした。
エンジン音からして、魔物の唸り声という認識だったからねぇ。
で、舗装道路に大騒ぎして、家と人と車の数で大騒ぎになった。
次に、車のスピードに大騒ぎして、川沿いの堤防の緑草に大騒ぎした。
ヤヒウはいねーよ。こーんなに草が生えていたって。
確かに、もったいないって気持は良く解るけどさ。年に何回か、刈って捨てているって話したら、ルーは興奮を通り越して気絶するんじゃないだろうか?
魔導兵器とかじゃねーし、魔獣トオーラの上を行く、そのなんとかっていう狂獣でもねーよ。単に乗り物だ、乗り物。
ユ○クロに着いて、自動ドアに感動して何度も出たり入ったりしているところを捕獲して、ぽかんと開いている口をふさいだ。
恥ずかしいから、叫び出す前にって。
小学生だって、こんなとこで興奮しないぞ。
結局、手足をばたつかせるルーに、注目を浴びちまった。
あのな、目立たないように生きてきたんだよ、俺は。これからも、それを変えるつもりはねーよ。だから、騒ぐんじゃねー。
で、店内で天井近くまである服の山に立ち竦んで、通行の邪魔になっているのを押したり引いたりしながら店内を一周した。
この段階で、俺、いい加減疲れた。
で、もう、女性の服選びは俺にはどうにもならないってのがよく解ったので(下着もあるしね)、女性の店員さんを捕まえて丸投げした。
「外国から来た友人の娘なんですが、民族衣装で来ちゃったので、着替えが何一つないのです。
下着からすべて洗濯分も含めて2セットくらい見繕っていただけないでしょうか?
言葉は通訳しますから」
と。
ま、ルーは大騒ぎを続けていたけど、プロだねぇ。それを上手に黙殺して、靴下まで見繕ってくれた。
試着だって大変だよ。たぶん、下着一枚とっても、目的も、その付け方からしてルーには解らなかったはずだ。
もっとも、俺は近寄らなかったけどね。
これで、「下着の色はこっち」なんて口出してみろ、絶対パパ活だか援交の一環と見られる。……でも、そういうのって、あまりユ○クロじゃないかもな。もっとお高いお店になるような気もするよ。
ともかく、店員さん、「自分は身振り手振りが上手」って自信を付けたかもしれない。ルーの言いたいことは店員さんに解らないけど、店員さんの言いたいことはルーには解っているからね。この一方通行は、行きすぎないように気をつけないとだ。
で、だけど、やっぱりシルバーブロンドと琥珀色の瞳でユ○クロ着ると、似合うとか似合わないとか以前に、服飾カタログから出てきたようにしか見えない。
正直言って、無難で没個性な宣材モデルができあがった感じだ。
前の世界の服の方が、デザインが尖っているだけ、個性が出る。
まぁ、逆に目立たなくて良いのかも知れない。
ガイジンのキレイな娘が歩いていたということに対して、「ふーん」だけで終わるからね。「きゃあ」になると、あとあと大変なこともあるだろう。
状況にも拠るけど、「ふーん」だけで終わらせたい時には、これを着せよう。
「来てきた作業服は袋に入れてもらって」と思ったら、帰りもこれを着るって言い出したから、さすがにそれじゃ意味がないって苦言を呈した。
そこまで作業服が好きならば、あとでワー○マンに連れて行こう。
サイズが合うのがあるだろうさ。
ただ、なんとなくペアルックは避けたい。同じ会社から来た、先輩後輩の電気工事士にしか見えなくなる。
ここで、午後5時半。
デパートに行く時間、ぎりぎりでありそうだ。
あんまりに大騒ぎを続けているから、このままだと知恵熱出すのが心配だけど、行ってしまえ。
知恵熱出すにしたって、今日は今日で、明日は明日で出すならば、今日にまとめたほうがマシ。
それに、向こうと時間の流れる速さに差があるならば、より急がないと。こっちでのんびりしていたら、向こうでは1年経っていた、じゃ洒落にならない。
立体駐車場をぐるぐる登って、ルーが「巨竜の体内」とかの説明しだすのを聞き流して。
デパートの建物に入って、その案内を見た俺は一瞬凍ったよ。
婦人服飾売場は2階から4階まで。婦人靴は1階。
どれだけ女ってのは、服を買うんだって思った。紳士服売場は5階しかないのに。
思い出してみれば、小学生になる前のガキの頃に母親に連れられてここへ来ると、嫌で嫌で泣いたような気がする。いつまでもいつまでも引きずり回されて、疲れ果てて、ね。
それ以来、どうもここは苦手だ。かと言って、ブティックみたいな気の利いたところは、俺、知らないし。
で、さっきのユ○クロと同じ手を使おうと思ったんだけど、どの階でその手を使っていいか判らない。
最初っから躓いた気分だ。
で、きょろきょろしていたら、絶好のターゲット発見。
総合案内ってところに、女性発見。
勇んで近づいて、笑顔を顔に貼り付けたみたいな案内嬢に話しかける。
とはいえ、近づく間に、脳内シミュレーションを繰り返す。それからじゃなきゃ、こんな対話スキルの高そうな、カースト上位者と話なんかできないよ。
「外国から来た友人の娘なんですが、民族衣装で来ちゃったので、日本で服を買いたいと。
地元の有力者の娘なんで、間に合せだけじゃ困るもんですから、ちょっと良いものが欲しいのでしゅが、靴も含めてどこで見繕ってもらったらいいでしょうか?
言葉は通訳しますから」
……やっぱり噛んだ。
悔しいから、表情は変えない。
ここで挙動不審になったら、それこそアウトだ。
でも、さすがはプロだね。俺が噛んじまっても、表情はアルカイック・スマイルのままで変わらない。
「お連れ様のご様子ですと、4階にご希望に沿うものがございます。
担当の者に連絡しておきますので、エレベータでどうぞ。
あとは、その者にご相談ください」
うん、「立て板に水」っていう表現が頭の中に浮かんだよ。
淀みねーなぁ。
さすがはカースト上位者。
お礼を言って、エレベータに向かう。
で、思いついて、ルーに釘を刺す。「これから、箱に乗るけど、絶対騒ぐな」って。
絶対、階移動しただけって認識がないままに、どこか別のところに来てしまったと騒ぐに決まっている。エスカレータで、とも考えたけど、やっぱり動く階段がどうのって騒ぐに決まっている。おまけに、怖くて乗れないなんて言い出されるならば、最初からエレベータの方が良い。
ドアが締まれば密室だから、騒いでいるのがバレないし。
ルーの琥珀色の瞳が、力いっぱい語りかけてくるのをことごとく無視して、エレベータを降りる。
俺はね、必要とあれば、幾らでも冷たくなれる男なんだぜ。
で、さすがはちょっといいデパート。連絡を受けたんだろうね。店員さんが待ち構えていた。
ま、俺達、鴨だし。
で、店員さんに、「大人っぽく見える服を。靴もお願い、ただし歩けるもので」って言ったあとは、非常階段近くの椅子が置いてあるところで座ってた。
ルーが、「これとこれ、どっちがいい?」ってのが2回あったから、両方買っとけって答えた。
ルーは大喜びして、ぴょんぴょんしていたけど、なんでだか解らん。
両方買えると、そんなに嬉しいものなのかなぁ。
金を売る時の打ち合わせが、1回限りで終わらないかもしれない。で、毎回同じ服ってわけにも行かないだろう。俺、服のことは判らないから、どっちが良いかは決められないけど、そっちの必要性は見当付くよ。
交渉の時の服なんだから、必要経費だし、俺の懐が痛むわけでもないし……。
さらに、持ってきた民族衣装とも組み合わせて、いろいろやっているのを眺めているうちに、店内に蛍の光が流れ出した。
つまりは、まもなく閉店なんだろうけど、出て行けとも言われないし、服選びと靴選びはそのまま続いている。スマホを覗いたら、閉店まであと10分あったので、地下に走って紅鮭の切り身を買った。それから、4階に戻って、再び手持ち無沙汰なままおとなしく座っていた。
で……。
それからさらに20分後、BGMも止まって人気のない店内で、こんな感じってのを見せられた。
うー、プロってのはスゲェな。
ダーカスから持ってきた服と、新たな服の組み合わせで、シルバーブロンドと琥珀色の瞳が際立って見える。服のことなんか判らない俺がそう思うんだから、間違いなく似合っているんだろう。
ルーってば、こんなに、ほっそりした上品なお嬢様だったかねぇ?
視線を持っていかれちゃうよ。元気のいいコマイのっていうイメージから、落ち着いた女性って感じになっている。ひょっとしなくても、ラーレさんより綺麗かもなぁ。
まぁ、一代とはいえ、貴族の娘ではあったよね。
店員さんが言うには、2系統の組み合わせがあるので、それぞれ民族衣装と、組み合わせる、組み合わせないで着れるそうだ。
ルー、今度は着て帰りたいって、そうですか、お好きにすればよろしいんじゃないでしょーか。
請求額を見て一瞬ぎょっとしたけど、カードで落とした。明細は、見るだけ無駄。何がどれで、どういう金額なんて言われても、俺には判らない。つまり、チェックできない。だから、そのままサインした。
ま、金を売った後で補填しましょ。
きっと、王様も私的流用なんて言わないよ。金を売るのにはそれなりの支度が必要だと言えるし、その原資も、所詮、向こうでは産廃扱いの金ですから。
ただ1つ心配なのは、カードの落ちるタイミングに金の売却が間に合わないこと。そうなりそうだったら、定期を解約して、それからネットオークションで純金コンデンサを売る。
デパートって、閉店時間を大幅に過ぎると、通用口からのお見送りとなるんだね。初めて知った。こちらも、残業させてごめんなさいって謝る。
ルーは、よほど嬉しかったのか、スキップのような、小躍りのような不思議な歩き方になっていた。
まぁ、ダーカスに服屋なんてなかったからねぇ。
ヤヒウの革やフェルト、毛糸から職人さんが作ったものしかない。器用ならば、自分で作ることもできるし、そもそも女性はそれが
それに、服は作れても染料はないから、白から茶色までのどこかに収まるしかない地味な世界だった。人の群れとヤヒウの群れは、同じ色なんだよ。
となれば、まぁJKくらいの女子が、きれいな服を手に入れて舞い上がらないはずはないのかな。
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