第三章 召喚後60日、派遣初日から帰還まで(基本資材購入)

第1話 派遣魔法・転移飛翔


 いよいよだ。

 派遣転送先、俺の部屋。

 同行者、ルー。

 結局、行く行かないの騒ぎを蒸し返すことになったけど、それでも行くことになった。結局、ルーに押し切られたんだ。

 持っていくもの、金を20キロ。うちの半分は、税金と両替手数料として諦めている。

 久しぶりにスマホと財布も持った。

 ルーは、満タンなコンデンサを2つ、自分の革袋に持っている。


 暖炉には薪が燃やされ、魔術師の面々も揃った。

 王様を始めとしてみんなが見送りになんて話になったけど、それは止めてもらった。

 俺、この世界に戻るまで、元の世界に戻っていることを内密にしてもらった方が良いような気がしたんだ。「『始元の大魔導師』様がお戻りにならないかも」なんて、変なデマも避けたい。


 それに、今回の往復はリスクも高い。往復は無事にできても、空手で戻らざるを得ないことだって有りうる。そうなったら、この国のみんなががっかりするじゃん。

 永久とわの別れでもなし、まぁ、いいやって。


 俺とルー、円形施設キクラの床の一番低いところで、4人の魔術師たちに見下みおろされている。召喚だと一緒にここにいてくれるんだけど、派遣魔法だからね。

 俺とルーは、ここで魔素流に焼かれるのを治癒されながら、体を作っている情報が失われて塵芥になる。そして、その情報が元の世界に送られて、そこで再構築される。

 まぁ、1回死ぬってこと。

 転移と言っても、身体がワープするわけじゃない。情報だけが転移するんだ。

 それも、身を焼かれる痛みとともに、だ。

 覚悟はできている。



 叫ぶような、報告が聞こえてきた。

 魔素流が、遠くで地を焼き尽くしているのが見え出したと。

 前回と同じように、外の見張り要員から、状況が刻々と伝えられる。

 やはり、魔術師達はみんな手慣れている感じがする。


 ふと思った。

 なんで魔素流が来るのって、判っているんだろうって。

 予知なんかじゃないよな。誰かが月の軌道計算しているのかな。


 まだまだ遠い距離のはずなのに、前回と同じく、空気がぴりぴりと帯電しだした。髪質が軽い者はその頭髪が逆立ちつつある。もっとも、これは帯電じゃなくて魔素の働きかも知れないけど、未だに見た目だけでは判らない。

 恐怖で、もう考えることもできない。前回の白い光の奔流がこれから自分を襲うのだ。


 いきなり衝撃が来た。

 全身の痛み、いや、そんな言葉で表せるような感覚を超えている。

 眼球が煮えたのか、純白に塗りつぶされて視覚が失われる瞬間、ヴューユさんの驚きの表情を認識した。

 必死でルーの方に伸ばす手の、その指先が炭化して落ちるのを自覚する。痛みと言うよりも、身体の随所あちこちが失われるたびに軽くなるんだ。

 もう保たない。

 ここで死ぬ。


 次の瞬間、再び新たな衝撃と痛みが全身を襲う。

 それがどういうことかを認識する間もなく、再度の衝撃。

 ……そして、なにも判らなくなった。



 気絶していたのは、どれくらいの時間だったのだろう?

 フローリングを爪で掻くようにして頭を上げると、懐かしき我が6畳の寝室。

 イメージしていた通りのまま、ここにあった。良かった。俺、まだこの部屋の借り手のままだったらしい。

 たださ、6畳っていう空間ってば、こんなに狭かったっけ?

 体中が痛い。

 必死で首を巡らせると、LDKとの境に、うつ伏せにルーが倒れている。

 外は明るい。だから、ルーも見えている。

 今、何時だろうか?

 四つん這いのまま、ルーに近づいて、肩を揺する。

 うめき声を上げて、ルーも顔を起こし……。


 思わず息を呑む。

 酷い。

 顔の原形がつかめないほど水ぶくれだらけだし、部分的にその水ぶくれが破裂して焼け焦げている。髪も酷いものだ。

 前は親父殿に化けていたからまだ良かったけど(良かねーけど)、JKぐらいの女子が火炙りになった惨状を晒しているのは、見ていて辛い。

 たぶん、俺が触った肩も激痛を放っただろう。

 これを見たのは2回目。それでも、前回よりはかなりマシ。

 思わず自分の顔を触る。

 ぼこぼこしている。やはり水ぶくれだ。

 たぶん、一生跡が残るほどの重度の火傷だ。


 必死で、動かない身体をよじらせて、ルーの革袋からコンデンサを取り出してルーに握らせる。

 お互いの手も、二度とまともには使えないというほどに焼かれ、膨れている。

 「ごにょごにょ、ナルタキ、ごにょりょりょ、ヘイレン」

 すうっと痛みが引いた。

 「待って、ルー。

 治癒ならば、まずは自分にかけろ。

 魔素があっても、俺は魔法が使えないんだ」

 そう言うにも拘らず、ルーは俺に2回目を唱える。

 「やめてくれ。まずは自分を癒やせ。それからでないと、ルーが途中で力尽きたら俺まで助からない」

 ちょっと嫌な言い方だけど、そう言わないと、ルーは自分に治癒魔法を掛けないと思った。

 でも、成功かな。

 「ごにょごにょ、ルイーザ、ごにょりょりょ、ヘイレン」

 って聞こえたから。



 結局、ルーは俺と自分に、ヘイレンを4回ずつ掛けた。

 俺の世界でも魔法が使えてよかったよ。使えなかったら、救急車呼ばなきゃだったし、呼ぼうにもスマホは充電が切れているっていう、悲惨な事態になるところだった。


 「なんでよ?

 なんでこんな目にあったんだろう?

 魔術師たちが4人も、ヴューユさんだっていたのに……。

 なんで守ってもらえなかったんだ……。

 それとも、派遣魔法って、こういうもんで、ここまで辛いのがデフォルトなのかな……」

 ようやくスマホを充電ケーブルに繋いで、そのあとは、仰向けになる。放電しきっていて、すぐには起動ができないみたいだ。俺自身も似たようなものだ。身体自体は癒えても、頭が上がらん。

 でも、あまりの衝撃に、精神的なショック、半端ない。覚悟をしていたはずのその覚悟なんて、焼き尽くされて吹っ飛んでいる。


 ルーも、俺の横で仰向けになっている。きっと、派遣魔法で世界を超えた実感にノックアウトされているのかも。

 「違いますよ。

 魔術師達、出遅れただけです。

 死ぬ寸前ですが『ヘイゲン』が間に合って、新たに痛みを感じました」

 ああ、あの痛みの衝撃が繰り返されたのは、そう言うことかい。死にかけて痛みすら感じなくなったところへの治癒魔法は、かえって痛みを感じるのか。当たり前っちゃ当たり前だな。

 治癒して貰っておいて、「酷い目にあった」って感想持つのもどうか、かもしれないけど、そのせいでたっぷりと痛かったのは事実だ。


 「でも、死にかけるまで放って置かなくてもいいじゃんか……」

 そう、愚痴が口から溢れる。

 「『始元の大魔導師』様のせいです」

 とぎれとぎれのルーの声。

 「俺がなにをしたよ……?」

 「避雷針アンテナが効いたんですよ。

 で、魔術師たちが想定していたよりも、ずっと早く魔素流が円形施設キクラに……」

 「そか、それでヴューユさんは驚いていたんだ……」

 「予想してはいたでしょうけど、その予想を超えてたんでしょうね……

 全部の手順が吹っ飛んじゃいました。

 2人が派遣魔法を、2人が治癒魔法を唱えてくれましたけど、『ヘイゲン』、2回が限界でしたね。

 よほど焦ったみたいで、双方の魔法のタイミングもめちゃめちゃでした。全治癒と同時に派遣するはずが、こんなことに……。

 でも、これでダーカスの面積が、倍の倍になったのは確実でしょう」


 ルーの国の安全な面積を増やすことに成功して、達成感を持ってここに帰ってきたいとは思っていた。

 まさか、成功した証が、ここまでの激痛とはね。

 神様、アンタを恨みまっせ、ホントに。


 メールの着信音が響く。ようやく、バッテリを認識できて、起動できたみたいだ。

 設定しなおされたはずの日時を確認する。

 ん……、俺が最後にこの世界で焼鳥で一杯してから、2週間しか経っていないのか?

 確かに、1日の長さがここよりは短かった気がするけれど、さすがに1日が6時間ってことはなかった。

 もしかして、世界によって、時間の進む速さって違うのかな?

 だとしたら、浦島太郎とは逆パターンだ。

 こっちが物資の調達をめちゃくちゃ急がないと、向こうではあっという間に数ヶ月が過ぎてしまう。


 ほぼ2ヶ月ぶりに、スマホの画面に指を走らせる。

 本郷の奥さんからの連絡が幾つか。親からのが1つ。共に、大した内容のものはない。

 ここにいることを返信すれば終わる。

 落ち着いたら、メールを打とう。

 うん、つくづく俺、この世界ではコミュ障だわ。友人なんかいないに等しい。


 ただ、これから気をつけないといけないことがある。

 ルーは、魔素石を仕込んできているから、こちらの人間がなにを言っているかは解る。ところが、ルーの言うことは誰も理解できない。いっそ、ルーは話せない人としておいた方が話は早いかも知れないけど、そうするとその分は、俺が話さないとなんだ。

 通訳には一番不向きだからね、コミュ障の人間は。でも、そんなことを言っていられない。


 「ルー、そんなに貯金はないけど、こっちの世界の服を買ってやる。

 なにか旨いものでも食べよう。

 変化の魔法で、俺と同じ黒髪、黒い瞳に化けてよ」

 そう言って、身体を起こす。

 膝が笑っている。

 もう1回、「ヘイレン」を掛けてもらおうか。ルーが上位治癒魔法の「ヘイゲン」を使えれば良かったんだけど、まぁ、それは無理な相談だ。ルーは魔術師じゃないんだから。


 「……ルー?」

 何かが可怪しい。

 ルーの顔色、シルバーブロンドの髪に縁取られた、その顔色が蒼白だ。琥珀色の瞳も、うつろに輝きを失っている。

 「ルー、おいってば」

 俺、この状態を前にも見たことがある。

 初めて、ルーの世界に召喚されたときだ。

 「ルー、魔素、大丈夫か?

 尽きてないか?

 コンデンサ、ダメか?」


 乾いてひび割れた唇が何回か動き、それからようやくルーの声を聞くことができた。

 「『始元の大魔導師』様、魔素は世界を超えられないようです。

 コンデンサ、空になっちゃってました」

 「じゃあ、ルー、ルーは自分の体の魔素を使ったのか?」

 「はい……」

 ……ばっかやろ、そんなことしたら、寿命が大幅に縮むじゃねーか。


 とりあえず、必死で体を起こして、冷蔵庫を覗き込む。

 だめだ、2週間前の牛乳じゃ。

 仕方ないので、水道の水を少しの間流しっぱなしにして、冷たくなったのをコップに汲む。

 ルーに水を飲ませ、その間に予備のテスターを引っ張り出す。工具箱自体は向こうに置いてきたからね。

 ルーの革袋から、もう一つのコンデンサを取り出して……。


 電圧、0V。

 念のために、端子間が絶縁されているかも確認する。ああ、絶縁されてる。

 魔素だけが抜けたんだ……。


 あまりのことに、呆然。

 可能性は考えていた。最悪は魔法自体が使えないこと。それに比べればマシだけど、ルー、もう変化の魔法は使えないかも。あれは、魔素をそこそこ消費するはずだ。

 元の世界であれば、体内にだんだん魔素が貯まるけど、ここでもそうなるかは判らない。魔素が貯まるにしても、極めてゆっくりかも知れない。

 だって、ルーの消耗は、元の世界よりも激しい。ルー、「ヘイレン」ならば10回は使えたはずなんだ。


 当たり前の仮説に気がついたよ。

 ルーは人間なんだ。魔法を使う別種の生き物じゃあない。

 ということは、俺の世界の人間でも、魔素の供給がされたら魔法を使える奴はいるのかも知れない。超能力者なんて言っている人は、そういう人なのかもしれない。

 ただ、魔素の供給がされないから、魔法が使えても不確実だし、魔素に対する認識も生まれないし、だから科学的な解析もされることもない。

 ここは、魔法に対して極めて厳しい世界なんだ。


 もう一つ、不安なことを思いついて、震える手で金の袋を確認する。

 ……良かった。

 金は金のまま、そこにあった。

 世界を移動したら錫になっちまったとかだったら、アウトだった。買い物するどころか、次の召喚をされているうちに、ここの家賃すら払えなくなっているところだった。

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