第11話 帰還3日前、準備その2
あとは、帰りの召喚に使う大規模な魔素流以前に、軽い魔素流があるにはあるから、召喚を2回に分けるということも検討している。
実は、本の入手さえできているならばと、これに関わっている全員が真面目に考えている。
特にタットリさん、俺とルーがいろいろな家畜や種苗を持ち帰る前に、知識をつけて準備しておきたいって。
まぁ、家畜の餌にしても、耕し済みの農地の確保にしても、すべてをその日で用意するのは大変だよね。
たださ、俺がこの世界に来た時、温かいスープと焚き火がありがたかった。そして、今は、昼間は乾き切るほど暑い。気候的には、いい時期なんじゃないかな。
これも魔素流のタイミングの話になるので、お手紙で打ち合わせないとなんだけどね。
で、すべてを入手できたとしても、貸倉庫を借りて、そこで荷造りするしかないと思う。6畳1LDKの俺の部屋では絶対ムリだから。主に、広さより高さと重さで。
一番下のフレコンバックに本と重量資材。真ん中のフレコンバックには軽量資材とお皿とガラスと包丁。一番上のフレコンバックには種と苗、さらにその上に家畜と俺とルー。
まるで小型円形ステージの上のブレーメンの音楽隊みたいになるけど、ま、仕方ない。で、大騒ぎなのも間違いない。だって、足を縛られた犬猫に豚や鶏、そしてロバに仔牛。それだけで相当にうるさいはずだよ。かといって、豚や鶏用の猿轡って、見たことも聞いたこともねーし。
そもそもだけど、家畜も鶏くらいなら良いけど、豚や仔牛なんて買えるんだろうか? ロバもだ。
きっと、ペットショップじゃ売ってないよね。
ロバはさ、モーターやエンジンまでにはまだ時間がかかるからね。そもそも、俺、モーターはまだしもエンジンは原理をよく理解していないし、この世界の工業をそこまで持っていけるかも判らない。
でも、ロバがいて、荷車を牽かせられたら、これだけで陸上輸送の効率は、今の人の背中しかない状況と比べて100倍以上だよ。
きっと、そのうちにパン屋もできるよ。
一方で、家畜の中でも、蚕は断念するしかないと思う。
桑なんかないからね。順番は守らないと。服飾としても、まずは絹より木綿からだろうしねぇ。
ただ、ミツバチに関しては、正直悩んではいるんだ。
この世界に、しっかりと甘いものはほとんど全くと言って良いほどない。少なくとも俺は、ここに来てから食べた覚えがないし、ルーもないって言う。ってか、芋菓子はあったけど、ほのかなほのかな甘味だった。
ルーにパフェなんか食べさせたら、どんな反応するだろうって思っていたら、蜂蜜もあっていいかなって。サトウキビとどっちが良いのかとは思うけど、この世界は土地が有限だから、新たな作目で面積を必要とするより、既存の作目から甘みを採れるミツバチのほうが優れているかなとは思うんだよ。
そして、巣箱に密閉したら、きっと運びやすい。召喚という行程を経ないといけないわけで、そういう意味では、ミツバチは他の家畜より絶対に楽かも。
今までは、この世界にとっての「必要性」から持ってくるものの選定していたけど、今はそれ以上に「運べるものを」となっている。
まあ、こんな感じで考えても考えても悩みは尽きない。
でも、ちょっと楽しい。
子供の時に、秘密基地を作った感覚に近いものがあるよね。
召喚は多大な魔素を使うけど、魔素流本体から魔素を補給できるし、今は召喚時に施法する魔術師が身を焼かれることもない。だから、バックアップの魔術師達は、純粋に召喚されるものの保護だけに魔法を使える。しかも、自らの魔素を使わないで、だ。王宮植物園のミライさんも呼べば、植物の苗や種もより確実に守れるだろう。
俺がここに来た時の召喚に比べれば、環境は遥かに良い。
ここまでの成算で、あとはやってみるしかないね。
やってみるしかないことは、まだまだたくさんある。
特に致命的なのは、俺の世界に帰ってからの、具体的な問題については何一つ解決できていない。
この世界からじゃ、ネットにも繋がらないし、判らないことについて調べようがないんだ。
自分の世界なのに、知らないことばかりってことに気が付かされるよ。
まずは、いくらこの世界から大量の金を持ち帰っても、刻印なしのインゴットなんて怪しいもの、一日で換金できるはずもない。本郷の奴、このあたりどうクリアするつもりだったのやら。
今回の物資購入資金は金20キロを予定しているんだけど、伝手がないと換金できないかもだよ。
売値の半分は口止め料とか税金とかになったりする可能性も無視できない。
いっそ、インゴットの形を止めて、ペレットとか、粒金の形にしようか。刻印がなくても不自然ではない形にさ。
ただ、どんな形でも20キロもあって、入手したのはどこか答えられないってのはマズイよなぁ。
せめて俺が、どこかの殿様とか豪商の子孫でとか、うーん、むりむりむり、かたつむり。
そうだ、いっそだけど、ルーをどこかの王女にしようか。
おしのびで、どこかの王女が遊びにきた。俺はお付きの者。
身分は伏せて、帝国ホテルとかに泊まる。で、コンシェルジュの人を呼んで、金塊を見せて、これで宿泊費を払いたいって……。ああ、ダメに決まっているなぁ。
外国人が泊まるのに、一番最初に「パスポートを拝見」しないなんてありえないだろー。
それに、ルー、ガサツだし。
黙ってじっとしていりゃ王女でも通用するけど、動くとボロが出る。品がないとかじゃない。単に、素朴な村娘でしかないんだ。
しゃべるのは、どうせ言葉が通じないから問題ないけどね。
そして、何より問題なのが、さっきの金を売ることにも絡むんだけど、シルバーブロンドで琥珀色の瞳のルーを日本で俺が連れ歩くのかよ? って問題。
元の世界に戻ったら、バリバリのコミュ障だぞ、俺。
見た目ルーはJKくらいにしか見えないから、援交を持ちかけたなんて疑われて職質されたらどうしよう……。純日本人の外見の俺が、「妹です」なんて嘘も、絶対成立しないからね。それに、パスポートを出せなんて話になったら、逮捕まで行っちゃうかも。シャレにならないよ。
変化の魔法に頼れればいいけど、俺の世界に移動したあとに魔法そのものが使えない可能性は考えておかなきゃだからね。
それに、今この世界で着ている服で日本の街を歩いたら、間違いなくコスプレしてると思われるだろうし、コスプレして普通の服を買いに行くってのはオッケーなのかな? マントと言うか、ケープと言うか、コレがなければいけるかもな。
ブティックとかに入ったら、確実に店員さんから冷たい目で見られそうな気がするんだよねぇ。
まずは、ユニクロで買い物して、それを着てから行くのかねぇ。
このあたりはもう、どうしていいか、全く判らん。
自分ひとりであればなんの問題がないことが、二人となると、しかもガイジンの女性連れともなると、揉めるかもなぁ……。
あと、俺、ここへ来て60日近い。ということは、家賃はたぶん引き落とされているけど、自信はない。電気ガス水道、みんな同じ口座だし。
経験則では大丈夫だけどさ。
それより、あっという間に失踪認定済みだったらどうしよう!?
まぁ、いいや。
今は、現実逃避して前向きに考えよう。
久しぶりに焼き鳥も食べたいし、家系と背脂チャッチャ系と鶏そば系と東京ラーメンは食ってこないと。
あとは、カレーと親子丼とカツ丼と、たぬきそばときつねうどんと……。
えっと、俺、何の話してたっけ?
ああ、ビールと、そうそう、寿司も食わないとだ。
そんな煩悩で、この日は終わってしまったよ。
明日はコンデンサの工事を予定しているけど、その後は最終点検だ。ミスが許されない仕事ってのは、正直キツイ。
そだ、一番若い魔術師にも一緒に点検して貰おうか。
確認の目は、多い方がいいからね。
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