第9話 王の決断
ルーと、革袋の水をがぶ飲みしてから、王宮に戻る。
炎天下という以上に、湿度の低さが堪えている。蒸すよりは遙かにマシだけどね。
引き続き、タットリさんとギルドの若い衆2人は、避雷針アンテナを立てる良い位置の選定をしてもらう。もしかして、古い時代に使われていた基礎の石組みの跡でもあればめっけもんだ。俺の考えが正しいと、裏付けができるかもしれない。
俺とルーは、王直属の
俺の話を聞いて、大臣、天を仰いだ。
「素晴らしい。
早速にでも王に報告せねば。
で、『始元の大魔導師』殿。仰ることについて、私の理解が及ばないのかも知れないが、今の話からしたら、もはや新たな
避雷針アンテナと、それを今の
相変わらず大臣てば、省予算化への視点は鋭いけど、これまた相変わらず、発想が短絡的だ。
「残念ながら、そうはなりません。
魔素流は、その流れに相当の強弱があります。
強い流れがきた場合、避雷針アンテナ部分もありますから、今まで以上に大量の魔素が
魔素流は、やはり手懐けるのが困難な力ですから、油断せずディレーティング(定格以下での使用)はきちんと考えた方が良いでしょうね」
「そうは問屋が卸さぬか。
しばし、待たれよ。王にも来ていただく」
そう言って、大臣は衛兵に、「おいでを乞う」という
俺は、この世界にも問屋があるのか、魔素石翻訳が言い回しまで翻訳してくれたのかを悩む。
待つほどもなく、衛兵が戻ってきた。
逆に、王の居室に来いだってさ。
大臣と俺とルー、そして衛兵が一人付いてくれて王の部屋まで移動。
今日の王様、頭は被り物のない、涼しいままだ。
そか、居室ならば、その辺り、いい加減で良いんだな。
王の居室には、大きな木のテーブルがあって、それを囲むように全員で座る。
「『始元の大魔導師』殿、ご説明を」
大臣に促されて、先ほどの話を繰り返す。
王様は、予想に反して難しい顔になった。
喜びなど微塵もなく、下唇を噛み締めている。
そして、机の上の、金の鈴を鳴らした。
ドアを開けた衛兵に、「周辺諸国を含む地図を持て」と命令して、王様、黙り込んだ。
そか、国境か。
無限に広がる荒れ地に見えても、国境線は厳としてあるんだろうね。
運ばれてきた地図を覗き込む。
こうして見ると、本当にこのダーカスは一番小さな国だ。ただ、国の豊かさは国土の広さではなく、
デジカメみたいな話は避けたいよね。
確か、フィルムメーカーがデジカメを開発して、その結果、だれもフィルムを買ってくれなくなって倒産したんだよ。自分で自分の首を絞めるのは、そりゃあ避けたいよね。
俺はこの世界が救われることは望むけど、だからといって引き換えに、この国が滅んだり併呑されたりすることは望んでいない。
そうでなくても、協力できる友好的な国との間の方が、
800人しかいないダーカスが呑み込まれる心配も減るだろうし。
ま、この世界の国家間の過去の経緯なんて、俺は知らない。
王様の判断に従うしかないんだけど。
「大臣、徴税は順調か?」
「はい、今年の見込みは、『始元の大魔導師』殿のお陰をもちまして、すでに例年に倍する見込みが立っております」
「無理は承知で言う。
4つの
大臣の顔色が変わった。
王様が言い出したこと、無茶苦茶な無理難題ってことは、俺だって予想がつく。
「おそれながら、それはさすがに……」
「ただでとは言わぬ。
王冠、王笏、王杖でさえ一時手放しても良い。
各1つが
「元々、値付けなどできぬものばかりではございませぬか。
まずは、4つの理由をお聞かせくださいませ。
それによって、良い案が生まれるやも知れませぬ」
「私は退席いたしましょうか?」
ルーが遠慮する。
しかし、王は首を横に振った。
「構わぬ。
他の国の魔術師とも交渉が必要になるやもしれぬ。
聞いておいて欲しい」
ルーは、右手を胸に当てて一礼した。
「まずは、この国の状況は解っていると思う。
最古の王家という、権威のみで生き延びてきたに等しい。
悪く言えば、毒にも薬にもならぬ。
だがな、だからこそ、どこからも中立で来れた。
そのバランスが崩れたら、すべてがおしまいなのだ。
この国で
他国にも智者はいる。同じことを考える者は必ずいる。
なれば、今、打って出るしかない。
同時に周辺3国とネットワークを結び、その中心核に一気に位置することで、周辺国同士を牽制し合う関係に持ち込まねばならぬ。
これは、今準備している交通網整備とも矛盾しない」
なるほど、王様ってのは、いろいろ考えているもんなんだね。
スィナンさんの提案だったと思うけど、俺、交通網整備なんて忘れていたよ。
「さらに、国内の
そのために……、他国に先んじて海に出る。
魔術に拠る風で海路を開き、海洋交易を復活させる。海洋航路でも、中心核を狙うのだ。
そのために、魔素流に焼かれない、安全な港が必要だ。
『農は国の基本』とは言え、それのみに頼っていたらすべてが一年周期だ。商いであれば、もっと素早く情勢を変化させられる。
これはもう一つの意味がある。
我が国を急襲し、征服しようという国が現れた場合、狙いは必ず余と余の息子となる。余の血脈が生きていれば、世界最古の王室は生き延び、征服の正当性は失われる。
その余に海に逃れる道があるとなれば、征服という行為自体が極めて難しいものになるではないか」
なるほどねぇ。王様ってのは、本当にいろいろ考えるもんなんだね。
安全保障とか、抑止力って言葉はテレビのニュースとかでも聞くことはあったけど、それを考えたことなんてなかったよ。
大臣が聞く。
「船はどうするのでしょうか。
港があっても船がなければ、王の構想は実現し得ないのではないでしょうか?」
「余は、『魔術に拠る風で海路を開き、海洋交易を復活させる』と申した。
浮くものであれば何でも構わぬ。風と波は、魔術で制御すればよい。そして、その元は、『始元の大魔導師』殿のコンデンサがあるではないか」
すげぇ。
最初はそこまで無理をしてでも、やるって覚悟があるのかよ。元が取れる成算はあるにせよ、思い切ったな。
俺、口を出す。
「おそれながら申し上げます。
船は小さなものであれば、ですが、早い段階で確保できます」
「『始元の大魔導師』殿、それはまことか?
いや、確か、『始元の大魔導師』殿が自らの世界に戻られて、購入されるものの中にゴムボートというものがあった。もしや、それのことかの?」
「はい。
詳細はスィナンさんと検討せねばなりませんが、そのゴムボートというものは作れると思います。たとえ、小さなゴムボートと言えど、人であれば20人分以上が背負う荷を積めるでしょう。
また、沖に出るのは難しくても、岸沿いを航行できるはずです」
スィナンさんの雨具の延長だ。
ヤヒウのクズ毛のフェルトを芯にして、硫黄を添加したゴーチの木の樹液で固める。これで行けるはずだ。
ゴムボートについては、ルーともすでに1回話している。
しかも、港の整備がろくにされていないこの世界では、ゴムボートは砂浜であればどこでも乗り上げられるから、普通の船よりも便利かも知れない。
「ここ、ダーカスから東の海まで、ネヒール川が流れております。
まずは、海もですが、この間の内陸流通にもゴムボートは有用でしょう。
また、海運だけでなく漁業もできれば、ヤヒウの消費を抑えることができます。
海からとれるものはたとえ食べられなくとも、塩が抜ければ農地の肥料となるでしょう。
ルイーザ殿、塩を得る魔法はございませんか?」
「魔素が使い放題の今、いにしえの雑事ともいえる魔法まで復活のための調べをしております。
おそらくは、製塩魔法もあろうかと」
「であれば、食せない海産物から塩を得、その後は農地に鋤き込めば良いでしょう。
今まで、肥料というものは禄にありませんでしたから、農地の生産性も増大するでしょう。
山にも肥料が撒ければ、木もより速く成長いたしますでしょうから、洪水を防ぐこともできます」
もう一つ、俺、提案と言うか、聞いておきたいことがあった。
「さらに、お聞きしたい。
この世界で最も高価なものは、何になりますでしょうか?」
「火を使って作れるもの、すなわち、鉄、ガラス、陶器になろうかと」
大臣が答えてくれる。
「私が自分の世界に帰り、再びこの世界に戻る時に、鉄の刃物、ガラスや陶器を100ずつも持ち帰ったらどうなりますか?」
「
「じゃ、そういうことで。
私が派遣されるとき、その分に相当する金もさらに上乗せしてください」
そう俺は締めくくる。
ステンレスの包丁と、デュラレックスのコップと適当なお皿でも、アマゾンでポチればいいや。かさばらないように、同じ大きさの重ねられるお皿ならば、安く済むだろうし。
一応、王様には恩義もあるし、これくらい持ち込んでも、世界に与える影響はそうはないだろう。
あるかもしれないけど、楽観的に考えちゃえ。
包丁とコップと皿が100個ずつで、世の中変わらないよ。
「では、4基の
王命、果たすべし」
王様が宣言して、話は終わった。
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