第31話 ついに当日の朝


 そして、当日の朝。

 昼前には、魔素流が来る。

 いよいよ今日は、セフィロト大の月スノート小の月が、この地を挟む日だ。

 コンデンサは作れるだけ作ったものが、すでに配線を終えて円形施設キクラの床下に整然と並んでいる。床下を覗き込むと、ちょっと見、まるでなんかの怪しい生き物が産卵したようにも見える。

 で、さすがは雲母で、これだけの数を繋いでも絶縁はしっかりされている。

 一応の安全装置もつけた。コンデンサが破壊されるほど魔素流が一定時間以上流れ続けたら、配線が溶断してアースされるようにしたんだ。


 呪文の魔素波動を記録する蓄音機、いや、蓄波動機もスタンバイしている。

 これは、この数日の間に、さらに改良が進んでいる。クリスタルの欠片の針を2本同時使用できるようにした。つまり、録音筒、もとい記録筒のステレオ化だ。

 これで、魔素流を反射させる呪文と、その際に身を焼かれる魔術師のための治癒魔法の呪文と、両方の魔素波動を同時に記録できるし、同時に再生できる。とはいえ、呪文には対象者名が入っているから、そこだけなんとか工夫しないとだけど。


 また、魔素をコンデンサに完全充填できれば、それを使っていつでも魔術師さんの唱える他の呪文の波動も同時に記録できる。これも同じ記録筒に2か所記録できれば、メリットは大きい。

 結局のところ、記録筒を針で擦っているわけだから、だんだんに摩耗して、記録された波の形がいい加減なものになっていってしまうんだ。だから、2か所同時に記録できれば、まずは片方、摩耗したらもう片方というように使って、記録筒の寿命を倍に伸ばせる。

 そのうちに、記録筒の複製自体ができるようになれば、もっといい。

 スィナンさんが、もう研究を始めているから、そう遠くないうちになんとかなると思う。

 それが実現したら、コンデンサと組み合わせて、無人かつ無尽蔵に魔法が使えるようになるはずだ。


 ともかく、すべてが間に合った。

 もっとも、俺の両手は、連日、リングスリーブをカシメたことでもう握力がない。この間までは、「ハヤットさんみたいにムキムキ?」とか、そんな夢も見ていたけど、前腕の筋肉痛があまりに酷いし、うっかりすると鍛えられるどころかオーバーワークで細くなっちゃうかも。だいたい、この圧着工具、俺の手の大きさじゃ握りきれないんだよな。だから、余計に握力が必要になるんだ。

 この世界がスプーンが基本で良かったよ。この状態じゃ、箸なんか使えねー。


 すでに、俺にできることはないし、心情としては天命を待つ俎板の上の鯉。

 ……そうだ、この国、河があるんだから、鯉、いないかな?

 いたら洗いであっても、刺し身が食えるかも……。

 それで思い出した。

 鉄がないから、まともな刃物がこの世界はない。

 さすがに、生の鯉にかぶりつく勇気はないなあ。



 そんな、もうすでにやりきった感で、のほほんとよこしまな考えにふける俺とは一線を画すように、ルーと魔術師の面々は、昨日から精進潔斎をして準備を進めていた。

 今回の魔素流は規模が小さいから、生命の危険まではそうないらしい。でも、それは「比較的」ってやつで、安全という意味では決してない。

 それでも、おそらくだけど、いつもに比べて悲壮感みたいなものは少ないと思うんだ。

 すべてが上手くいけば、次回以降は魔術師の危険は皆無になる。とはいえ、次回以降もスタンバイはしていてもらわないと怖いけどね。機械ってのは故障するものだからね。


 あと、今回は、『魔術師の服』も着方を変えてもらう。これも上手くいけば、魔術師の身体が焼け焦げることがなくなる。

 『魔術師の服』と組み合わせる、前腕を覆う『マニカ』も、スィナンさんにエボナイトで作ってもらっている。これで、呪文分の魔素は両手から出力されるけど、身体の他の部分はアースされて安全っていう相反したことができる。


 おそらくだけど、『魔術師の服』を汚さないように下着を作った時に、『マニカ』と同じ素材で作ろうって考えちゃったんだろうね。で、よりにもよって『石綿の服』が完成した。結果として、身体がアースされなくなって、焼かれるようになったし、肺への被害も大きかったはずだ。

 で、身体が焼かれるからって、『石綿の服』と『マニカ』の両方を外したら、今度は魔法が使えなくなった。両手までアースされたら、それはもう当然のこと。

 ならば、焼かれる方がマシって……。

 原理を理解していない人の考えとか判断って、ちょっと怖いわ。


 さらに俺、王様だけでなく、この街、この国の全員が狂喜乱舞できるアイデアがもう一つある。

 円形施設キクラの修理をしていてだけど、どうも昔は、屋根にアンテナが付いていたんじゃないかと思えるフシがあるんだ。

 たぶん、魔素流の圧力が一番掛かる場所だから、早々に溶断して無くなってしまったようだけど。

 だから、今回を上手く切り抜けられたら、今の円形施設キクラの高さの1.41倍の高さまでアンテナを立てる。そうしたら、きっと、魔素流に焼かれない安全な土地の面積が、一気に今の2倍に増える。がんばって2倍の高さのアンテナまで立てられたら、一気に4倍の土地が安全になる。


 今の安全な範囲エリアには、王宮や市街地が含まれているから、農地だけで見るならばとても狭い。だから、少なくとも、農地は一気に今の4倍だ、8倍だってことになる。

 そうなれば、国全体で、芋ばかりでなく、みんなで緑の野菜も食えるようになるし、牧草を育ててヤヒウの数だって増やせるだろう。

 きっと、これを喜ばない人はいないよ。


 あえて言えば、ギルドの冒険者若いもんは、開墾に死ぬほどこき使われるだろうけど。なんせ、できる限り早く、子供を学校に行かせたいからね。魔術師の協力も得ているし。

 「依頼と受託」という、形はギルドのままでも、仕事内容がどんどん地道になるよね。しかも、ハヤットさんが強制的に仕事を割り振るから、好きな仕事のみを受ければいいなんて贅沢な時代は終わってしまった。平和ってのは、そういうことなんだろうけど。


 ただ、少ない仕事を待っているときよりは、はるかに旨いものが食えるようになったのは事実らしいから、堪忍して欲しいよね。そもそも、誰かが命を落とすという心配が減って、ラーレさんは大喜びしているし。

 いや、ホント良いことなんだけど、俺としちゃ、幸薄そうに見えていた方が好みだったんだけどな。外見は変わらないんだから黙っていりゃなのに、口を開いた途端に雰囲気は完全に肝っ玉かーちゃんだよ。


 ハヤットさんも、よその地区からの冒険者の受け入れも始めたいけど、それは今日の結果次第だと言っている。

 俺自身も、アンテナを立てて今の状況の倍の魔素流が掴まえられるならば、コンデンサをさらに増やしておきたい。彼らはもう熟練工だからね。

 これで、ギルドの冒険者若いもんが過労死したら、えらいこっちゃ、だけど。


 この上で、さらに新しい円形施設キクラを作ることになったら、絶対的に人口が不足する。そんな事態、もう何世代もなかったことだろうから、混乱も起きるかもしれないけど、まぁ前向きな混乱だから良しとしてもらおう。

 まぁ、王様も今はウハウハだから、移民を認めるかも知れないし、そうなれば一気に国が大きくなる。もっとも、めんどくさい民族紛争がこの世界にもあるのかは、まだ俺、知らないけれど。

 正直、知りたくもないし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る