第30話 蓄音機もとい、蓄波動機完成
内心で王様のガメつさについて考えていたら、エモーリさんがやってきた。
俺、もう、床下から出てしまう。仕事にならないからね。
「『始元の大魔導師』様、調整に長く手間取りましたが、ついにできあがりました」
おおっ。できたか、蓄音機。
「それはなんじゃな?」
と王様。
アンタ、また儲け話かなって思っているだろ? ゲスいぞ、顔が。
とりあえず、今は貯めた魔素がないから、呪文に伴って魔術師の手から発生する魔素波動の記録ができるか実験はできないけど、蓄音機として使えるのであれば、大丈夫な可能性が高い。
その際には、ラッパというかホーンの部分を外して、代わりにコイルを装着することになる。記録部分は全くの同一だ。
「1回試験して録音済みなので、聞いてみてください」
おお、録音済みなんだね。
思わずガッツポーズが出ちゃったよ。
マジで嬉しい。
実際に作り出したら問題噴出で、もう次の魔素流に間に合わないかもって思っていた。自分で作らなくてよかったって、つくづく胸を撫で下ろしていたんだ。
スィナンさんも、記録筒に塗るエボナイトの硬さと、添加物の調整を延々協力してくれていたんだ。なんか、炭の粉が効いたらしいんだけど、俺にはよく解らない。
エモーリさんが、針を記録筒にセットし、分銅を落とす。
記録筒が回りだして、さーっていうノイズがあって……。
思っていたより遥かに大きな音で、再生が始まった。
「愛してる〜、お前をぉ〜。
愛してる〜、いつまでもぅ〜。
お前の耳朶を、いつまでも甘く噛んでいたい〜。………………(以下略)」
ナニコレ!?
エモーリさんの歌声!?
で、なによ、この酔っ払ったみたいな二昔前の演歌っぽい歌詞と、知らないメロディーでも音痴ってことは判るこの酷さは!?
空気がすーって冷たくなった。
エモーリさん、空気を読んだのか、そそくさと針を持ち上げて音は止まった。
「ま、その、なんですな。
音が残って、人に聴かれるってのは、こういう気持ちになるんですな。
この世界で、これは初の発見ですな。わは、わははははは」
ちっともフォローになってない。
俺、あれほど待ち望んでいた蓄音機が完成して、これで魔術師たちが救われるという、喜びと安堵がどこか遠い世界に行ってしまった。心のなかには、ただただ、「微妙」っていう飲み込めない感じだけが残ってる。
たぶん、これが大きな儲け話にだって繋がることは王様も解っているだろう。でもね、王様も毒気を抜かれて、呆然としている。
この世界で、初の録音音源がコレかぁ。
まあなぁ、上手くいくかどうか判らない最初の録音だから、乙女の歌声なんて考えるよりは、まずは動作確認って、一発歌ったんだろうね。で、最初のフレーズも満足に聴かないまま、有頂天になってここに駆けつけてきたんだ。
これが、俺の世界だったら、無線のチェック時にと法律で決まっている、「本日は晴天なり」とかになって無難に済んだんだ。
ひょっとして、コレって、誰も彼もが歌い出さないように法律で決めたってことなのかねぇ?
ともかく、このガッカリ感の落とし前はつけちゃるわ。
「王様、愚見を申し上げますが、この世界初の記録された音声は、後世に残すべく宝物庫に移すというのはいかがでしょうか?
王と開発者、『始元の大魔導師』が一堂に会して完成を確認し、
俺、たぶん、今までの人生で最大のS心を刺激されている。
「さすがは『始元の大魔導師』殿。
それはよい。是非とも、そうしようぞ」
王様も乗り気だ。
蓄音機の凄さを理解したからこそ、王様も、このやりきれなさを解消しようとしているんだ。
エモーリさん、青と赤のまだらな顔色になって、その場で平伏した。
「なにとぞ、なにとぞ、ご寛恕いただきまして、この筒の破棄を許し賜りますよう……」
「なにを言う。
この筒は、我が宝物庫から持って行った、極めて貴重なトオーラの骨ではないか。破棄などとんでもない。国庫に返すのは当然のこと。
見学に来る子供たちにも、永劫に繰り返し聴かせ、栄誉を称えようぞ」
エモーリさん、あまりのことに、顔色が青を通り越して緑色になって、ガタガタと震えだした。
「表面のエボナイトだけ、貼り替えてあげましょうかねぇ」
スィナンさんが助け舟を出した。
「極めて残念ですが、仕方ないでしょうかねぇ。スィナンさん」
と、俺。
さすがに、エモーリさんが可哀想になってきたからね。
「そうなると今のは消えてしまうのか?」
と王様。
「ええ、そうなりますね」
だめだ、王様、まだ満足していねぇ。目つきが剣呑だ。
ここんところ、王様さえも寝る間もないくらい忙しいからなぁ。ストレス解消だろうなぁ。
「余が、トオーラの骨の価値より、この音が残せたという『事実の記念』を残したいと申したら、どうなるのじゃ?」
「誰が王の意思に反し、破棄などいたしましょうや?」
そう答えるけど、そか、王様ってのは誰に対してもツッコミができて、誰からもツッコまれない究極の大御所芸人なんだ。
で、ただでさえツッコミが容赦ないこの世界では……。洒落にならんな。
これからは俺、もっと気をつけて立ち回ろう。
なんせ、王様にツッコまれたら、ルーに殴られるよりきつそうだ。
きっと、心の傷は治癒魔法じゃ治らない。
前世のつながりとかの与太話を王様には吹き込み済みだけど、それで容赦してくれるタイプにゃ見えないし。
「では、エモーリよ、これを買い取りたいということでもなければ、国庫の宝物として……」
「買い取らせて頂けるのですね?」
エモーリさんが、溺れ死ぬ寸前に浮き輪を見つけたみたいな顔で言う。今、エモーリさんはにわか成金だから、幾らでも出すだろう。王様も、そろそろ許してやろうかって気持ちになっていたんだと思う。
「それはなりませぬ」
と、それまで脇に控えていた大臣が、いきなり話に加わった。
そか、大臣はまだ満足していなかったか。
王と大臣って、実はいとこ同士だからね。こういう時には妙に気が合うんだ。
「エモーリ殿の功の名誉を、金子によって贖わせるなど、そもそも、道理が許しますまい。
功は功として、与える名誉と褒美はきちん行うが王者の義務」
「うむ、さすがは大臣。良きことを言う。
では、これは、どうしたものか?」
「まずは、褒美としての銀をお考えくださいませ。この案を発した、『始元の大魔導師』殿を超えぬ額でよろしかろうと思われます。
次に名誉ですが、次の収穫祭の時にでも高き台を
それを記録し、保管するのがよろしかろうと存じます。俗謡より、宝物庫に相応しきものとなりましょうし、その記録の機会を国民と分かち合うのも、またよろしかろうと」
「さすがは智者、言うことが違う。
では、エモーリ殿、この名誉を授けよう」
エモーリさん、ついに膝から崩れ落ちて、
あーあ。
ノックダウンしちゃったよ。
俺、もう放っておいて仕事に戻るよ。
気分転換には、十分過ぎるほどに面白かったし。
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