第28話 修理の準備


 とりあえずは、すべての手配が済んだ。部材も職人もだ。

 エモーリさんとスィナンさんとの話を受けた上での、ハヤットさんとの再度の打ち合わせも済んでいる。


 まずは、金の針金類、作れることになった。

 なんか、太い棒をティアドロップ型の穴に通し、だんだんにしごくようにして細くするらしい。

 ときどき軽く炙ることで、切れずに伸びてくれるんだそうだ。


 それから、スィナンさんの試験の結果は良好だった。硫黄を練り込んでから注意深く熱したら、ゴーチの木の樹液、どのようにでもなったそうだ。樹液と硫黄の配合比を表にしたものを見せてもらったけど、これって結構なノウハウだよね。

 雨具とか、サンダル作っている工房にも声かけて、かなり儲かりそうだとのこと。

 ただ、雑用に追われるのは嫌だって、そこが本人の幸せには直結しないところらしい。


 なお、配線への塗布は、金の線を作ってくれた工房で、細い線を太い穴に通しながら塗布するという方法で、サンプルレベルではかなりいい状態に仕上がってきた。ただ、これで街中のゴーチの木の樹液と硫黄が尽きてしまったので、あとはギルドの冒険者若いもんへの依頼が達成されないと話が進まない。

 ただ、本番は、技術的にもっと良いものになるっていうので、安心している。


 リングスリーブの方はもっと簡単だった。ただ、1000個という数が数なんで、時間がかかるって言われたけど、全部揃わなきゃ仕事ができないというものでもないので、でき上がり次第、その分だけでも持ってきてもらうことにした。たぶん、3000個ぐらいは追加注文を出しそうということも伝えてある。


 そこで、俺も次の工程に進むことにした。

 まずは、ダーカス地区のギルドに登録されている人数、総計30人のうち15人に、少しでも大きな雲母の塊の採取を依頼。だって、コンデンサの製作が最優先だからね。封入するゴムも実験済みだし、絶縁できる配線材も目処が立っている。雲母が使えれば、ヤヒウのケーシングの間に合わせと違って、半永久的に使えるものを目指せる。


 で、最悪でも、次の月の周りの時に、その完成版のコンデンサでフル充電、おっと、フル充魔素しておきたい。そうすれば、次の次の時まで、魔術師は自分の体内の魔素を使わずに済む。

 またそれだけでなく、魔獣トオーラと戦うことになっても、コンデンサが満タンならば、ギルドの面々が全員ほぼ問題なく生きて帰ってくることができる。

 そのためには、まずは円形施設キクラに、魔素タンクと呼べるほどのたくさんのコンデンサを設置することが最初の一歩だ。


 雲母採取の目的地は、西のゼニスの山。

 必要経費は、銀貨5枚。ルーが、王様から渡されている銀貨を出した。

 結局、家畜と名がつくものは、ヒツジほどの大きさのヤヒウしかいないから、この世界には馬車はない。つまり、冒険者若いもんが背負って持ってくるしかない。となれば、15人で行っても、そのうちの4人くらいは水と食料を担がねばならないから、恐ろしいほど効率が悪い。特に、雲母なんて石で重いからね。大した量は確保できないってことだ。


 大八車みたいなのも、道路が整備されていないと使えないから、ほとんど意味がない。

 一輪車は、この世界にはなかった。

 ゴムが届いて、余ったら、タイヤ込みで作っても良いかも知れない。

 とはいってもなぁ、空気を入れるシステムを作らないと、ただタイヤ作ってもダメなんだよね。空気入れだの、口金だの、虫ゴムだの……。いっそ、ノーパンクタイヤを作れないかな……。

 ただ、金で作った一輪車なんて、強度はないし、重いし、使い物にならないだろう。

 こうして考えていると、俺もルーやスィナンさんと同じで、金が嫌いになりそうだ。


 ま、とりあえず今は、雲母入手を最優先にして、そこに最大の人数を割くことに決定。

 ついでに、一日余計に掛かってもいいし、その分も報酬に入れるから、現地で雲母を薄く剥ぐ練習をしてきてくれとお願いした。そうでないと、持ってきた雲母で練習していたら、時間もお金も労力もみんな無駄になって、たまったもんじゃないからね。かといって、現地で加工して剥いでいたら、あんな脆いもの、無傷で運べない。みんな崩れてしまう。

 だから、原石を運んで、街で剥ぐしかないんだ。

 いよいよであれば、街からゼニスまで金箔を運んで、現地でコンデンサにまでしてしまうことも考えないといけないかも知れないね。



 それから、スィナンさんの実験結果が良かったので、12人が北のゴーチの木の樹液を取りに行く。

 現地の採取人から、直接買い付けてくる予定だ。

 これにも銀貨6枚。

 一番の問題がこの班だ。

 北へ行くということは、魔物トオーラの生息地に近づくってこと。つまり他の班に比べて極めて危険。

 だから、この一行には、魔法を使える2人が張り付く。

 そしてまわり中の誰もが止めたけど、ハヤットさんも同行した。商売上の交渉は、まだ他の者には任せられないってさ。値切りの腕に期待しましょう。

 そして、王宮でのデモに使った、ヤヒウのケーシングのあまり性能のよくないコンデンサを持てる限り持っていってもらう。ただねぇ、コレも金製だから重いんだよ。アルミ電解コンデンサは良かったなぁ。魔素で使えるかは判らないけどね。


 で、ルーが、魔法を使える2人に、魔素をコンデンサから移動させるための呪文を教えた。

 これで魔獣トオーラに遭遇しても、全員が生きて戻れる目処が立ったんじゃないかな。これが、最優先目標。次が、できるだけ多くのゴーチの木の樹液を持ち帰ること。

 目的が違うのだから、無理な狩りは絶対行わないこと。これに尽きる。

 ただ、救いもあって、北はここよりは少しだけ豊からしいので、食料と水を往復分担いで行かなくて済むこと。購入で手に入るので、銀貨は雲母の採取より余計に必要だろうけど、人数も少なくて済むし、そういう意味では目的の達成自体は楽。

 植生が豊かだから魔獣がいるってのは、俺にとっては大発見。

 魔獣とかって、洞窟の最奥とか、割と不毛な場所にいるイメージだったからね。ド○クエの影響だな。



 硫黄の採取は、残った3人にお願いする。

 南のトールケの火の山。

 これには銀貨3枚。

 こっちは魔獣がいない。硫黄は岩石ほど重くない。これも、地元民から購入できるのでありがたい。

 だってさ、硫黄を採るってなると、硫化水素が怖いよね。吸い込んで死んじゃったなんて、洒落にならない。地元民ならば、風向きとかも把握しているだろうし、リスクが少なくて済むよね。

 まぁ、そもそも危険な物質だし、粉塵を吸い込んだりするとヤバいので、ヤヒウの革の袋を二重に重ねたものを持っていってもらった。



 なお、これらの活動は、ルーが王様に逐一報告。

 なんといっても、スポンサーだからね。

 王様、エモーリさんの傘の実物が、スープを温めたり肉を焼くのを見て、それを食わせろって大騒ぎしたらしい。

 さらに、街の燃料消費が半分になるってことで大喜びしていたとのこと。

 貧しい人は煮炊きができないって状態は、暴動すら起きかねない問題なので、税免除やら、配給やらが必要で、ヤヒウの糞は税制上の問題児だったらしい。

 時として、赤字の税制度だったから、これで燃料代が安くなれば、税免除やら、配給の必要が無くなって税収は確実に増えるんだそうな。おまけに、徴税人も一人減らして別の場所に回せるってさ。

 相棒だった本郷が聞いたら、喜びそうな話だな。税金に苦労させられて、四苦八苦していたからね。

 あとさ、この世界でも、福祉って考え方はあるんだね。


 それから、ハヤットさんの出発準備を見ていて、なんであそこまで筋骨隆々なのかが分かったよ。

 これも、金のせいだ。

 竹がないから弓矢もない。ヤヒウの骨と腱で弓を無理くり作っても、肝心の矢がない。木材もないし、金の矢じゃ重くて飛ばない。鉄の剣なんて、どんななまくらでも実戦に使えないほどの貴重品。

 となると、実質、金の棍棒しか武器らしい武器がない。


 で、金って柔らかいから、それで魔獣を殴ると、棍棒のほうが曲がる。

 曲がらないように太くすると、重さがさらに増す。

 この悪循環を断ち切るのは、筋力しかない。だから、毎日毎日振り回して鍛錬し、ヤヒウの肉を食べ続けていると、物凄い体になるわけだ。

 つくづく、金って使えない。


 あと、このあたりはもう俺の手を離れているけど、太陽炉についても、エモーリさん、あちこちで準備を進めているらしい。

 これができれば、いにしえの鍛冶の技を復興させて、鉄の道具を新造できるって。

 これも、王様は大喜びなんだとさ。

 鉄器が交易品に復活したら、しばらくは相当にウハウハらしい。

 初期投資の革袋いっぱいの銀貨なんて、一瞬で取り返せるって。

 案外、あのヒト、がめつかったんだなー。

 まあ、上機嫌な感じはガチだったので、魔獣トオーラの骨なんて、二つ返事で下げ渡されたそうだ。

 ま、その辺りはラッキーだったよ。

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