第27話 錬銀術士


 次は、錬銀術のスィナンさんのところだ。

 やはり、歩きだけど、遠くはない。

 でも、分かりやすいなぁ。

 足を踏み入れたこの一画、理科室の臭いがする。すっぱい感じだ。

 きっと、いろいろな金属を溶かすために、酸とかがあるんだろうな。


 「ここは、錬銀術士が集まっているところなの?」

 思わず、ルーに聞いてしまう。だって、近所迷惑だよね、この臭い。

 「いえ、この街で錬銀術士はたった一人です」

 自称ってやつかな?

 「この一画の土地の持ち主なんだ、スィナンは。だから、店子は黙っているんだ」

 さすがは苦労人のハヤットさん。俺の言いたいことを理解して答えてくれた。


 ハヤットさんがドアを叩く。

 そして、返事が聞こえたのでドアを開ける。

 おお、理科室っぽい。とはいえ、きんきらきんなのが、違和感といえば違和感だ。

 ガラス器具がなく、金のビーカーばかりがあるからね。

 金の加工は、基本的に叩き出して作るもののようなので、口の狭いフラスコは作れない。

 解かして流し込んで作る、鋳物のような作り方だと燃料が必要になるしね。


 「ハヤットさん、お待ちしていました。

 して、ご依頼の内容はなんでしょうか?」

 そんな、露骨に嫌そうに聞かなくても……。

 で、予想していたかね、ハヤットさんは。

 平然と無視して話を進めるあたり、やっぱりこの人は強いよ。

 「いきなりですが、ゴーチの木の樹液と、硫黄を混ぜたことはありますか?」

 「それはないですねぇ。

 私がやりたいのは、『化学の離婚』でして、そのような黒と黄という異質なものを混ぜるような『結婚』は、しないんですよねぇ」

 「実験をお願いできませんか?」

 「一体全体、そんなものを混ぜて、なにをしたいんですか?」

 露骨に胡散臭そうに言うな、この人。


 しょうがない。ハヤットさんから引き継いで説明する。ここでも、イメージ先行がうまくいくことを祈ってだ。

 「ゴーチの木の樹液は、雨具に使ったり、靴やサンダルにしていますよね。

 で、雨具にしても雨が続くと膨らんで雨漏りしてきますし、サンダルの底も結構早くすり減りますよね。

 それが硫黄を混ぜると、ゴムとしての弾力が増して強くなります。

 さらに硫黄を増やすと固くなり、エボナイトになってどんな形のものでも作れます」

 「で、それを何に使いたいのですか?」

 ずいぶんと冷ややかだな。

 趣味を邪魔されたくないのかも知れない。きっと、生活は家賃収入で賄えるんだろうね。店子がいるんだからさ。


 「本当は、私が欲しいのは塩化ビニールというものなのですが、これについてはどう作るのか、想像もつきません。なので、私自身が誰にも説明できないんです。

 ですが、ビニールより若干性能は落ちるかもですが、ゴーチの木の樹液を硫黄で固めたものはほぼ同等に使えますし、その材料も判ります。それに、この世界のものを使って、この世界の技術で修理をした方が、永続的な円形施設キクラの使用ができますよね。

 ゴーチの木の樹液は、弾力を残したものは絶縁体にしたいです。つまり、円形施設キクラの中で、魔素流を流し伝えるものとして、金の線を作ってもらっていますが、その金の線が他の物に触ると魔素が逃げてしまうのです。

 なので、これを金の線に塗って、魔素が逃げないようにするのです」

 「円形施設キクラの修理って、アンタ、何者だ?」


 今度はハヤットさんよりルーの方が早かった。

 質問を待ち構えていたのかも知れない。

 「『始元の大魔導師』様よ。召喚されて、来てくれたのよ」

 背も低いのに、精一杯反り返って言う。

 動作が可愛い。人の心を見透かすようなことを言ったり、口には出せないのに「召喚したのは私」っていう態度だったり、まぁ、センスは大人、精神はまだ子供、なのかもしれないね。


 「それで、このメンツで来たわけか。

 参ったな……」

 スィナンさんがどう考えていようが、要件だけは伝えてしまおう。

 「エボナイトは、トオーラの骨に塗って、魔術師の魔法の記録を取ることに使います。

 魔法だけでなく、音も記録できます。そのからくり自体はエモーリさんが作ってくれることになっています。

 これで、魔術師の損耗が防げるんです」


 5回呼吸するほど、間が空いた。

 そして、スィナンさんが、ようやく口を開いた。

 「……俺はさ、金が嫌いなんだよ。

 悪趣味に光りやがって、目障りでしょうがない。

 そいつを無くしたくて仕方ないんだ……」

 ルーが俺の代わりに答えた。

 「少なくとも、円形施設キクラが修理され、幾つも新たに建てられたら、賢者の石が作られなくなり、金も作られなくなるでしょうね」

 「それで、ハヤットのオヤジも来たわけか。

 そうなりゃ、ギルドの仕事も変わるからなぁ。

 ……しゃあねぇかぁ。

 協力しないと、俺、歴史に名が残るよな。悪い方でさ。

 まぁ、いいよ。

 金が増えねぇなら、協力するよ。

 だけど、ここには硫黄はけっこうあるけど、ゴーチの樹液はねぇぞ。

 それから、エモーリのジジイと協力するならば、工程を相談しなきゃだな」

 おお、やっていただけますか。


 ハヤットさんが言う。

 「ギルドのカタログと、旅商人の在庫を買い上げるから、それで『始元の大魔導師』様の思うようにゴーチの樹液が変化するか、その実験だけをまずはしてくれ。

 上手くいくようならば、うちで若いもんを材料入手の依頼で北までお使いに行かせるよ」

 そこまで言って、ハヤットさん、口調を変えた。


 「……なぁ、スィナン、いい機会だと思わないか?

 そろそろ年貢の納め時だ。

 お前もそろそろ家賃収入で道楽している生活から、世界を救える男になれ。

 お前ならばできるんだぞ」

 「そうかなぁ」

 そう言って、スィナンさんは頭をガリガリと掻いた。

 「そうよ、勿体ないって父も言っていた」

 ルー、それ本当か?

 ハヤットさんと連携プレイで、スィナンさんを操縦しているだろ?

 スィナンさん、不機嫌な顔を変えないように頑張っているけど、ちょっとニヤけているぞ。

 まぁ、ここの住人でないと判らない、微妙な機微があるのかもしれないなあ。

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