第26話 からくり職人
そもそも街の規模が大きくないから、ギルドからエモーリさん宅まで5分くらいで着いてしまった。
ラーレさんはお留守番だ。
ハヤットさんも一緒に来てくれているけれど、街中だし、さすがに武装はしていない。
そうは言っても、身体のぶ厚さからして、俺からすれば武装しているのと一緒。ただ単に殴られただけで、俺なら死ねる。もしかしたらさ、ヤヒウとか、この世界のイモとか、プロテインなんじゃねーかな?
ハヤットさんが先頭に立って、ドアをノックしてくれた。
そのドアが、内側に向かって開く。
で、そこにエモーリさんはいなかった。
いたのは、奥の一段高くなった床。そこに座り、その周りにはいろいろな工具が散乱している。
ん? この世界で自動ドア?
「お入りください」
そう声を掛けられて、三人でエモーリさん宅に足を踏み入れた。
エモーリさん、座っている右側に、革の紐が床から伸びているのを引っ張った。
俺たちの後ろでドアが閉まる。
ああ、人力なんだ。
まあ、これはこれで面白いけど。
「若い者に伝えさせたが、仕事の依頼をしたい」
ハヤットさんが口火を切る。
「何を作るかわからないと、返答のしようもない」
エモーリさんが切り返す。妙に説得力を感じさせる口調だな。
まぁ、依頼内容が判らなきゃ、そりゃそういう回答だよね。
俺、羊皮紙に描いておいた概念図を持ち出す。
羊皮紙って結構高いんだよ。元いた世界みたいに、コピー用紙を使い捨てにする感覚では使えない。だから、描き損じないように緊張しながら書いたんだ。
「これは、なにかな?」
「波を記録する装置です。
基本的には、音という波を記録するものです。
最初は私自身で作ろうかと思っていましたが、次の魔素流の襲来までにすべての工程が終わらないかもと思って、お願いすることを思いつきました。
音とは、空気の振動ですから、それを集めてトーゴ産クリスタルの鋭いかけらに集中させます。
それを、この回転するトオーラの円柱の骨に押し当てて、傷をつけるのです。なお、この骨には、ゴムと硫黄を混ぜて固めたものを塗って、傷がつきやすくしてあります。
そのあと、この傷をなぞれば、元の音が出てくるのです。
今回は、呪文による魔素の流れを記録しますので、この音を集める
磁石がないから、その分の磁力も作らねばならない。だから、コイルは2つになる。そして、その磁力をきちんと通すために、
「難しいな。
コイルとかいうのは全然解らんが、記録部分については解る。
まずは、この回転する円筒をどれだけ滑らかに回せるか、また回しながら円柱の縦方向に滑らかにずらしていけるか、だな」
「はい、仰るとおりです」
「円柱の円周距離、回転速度と、縦方向にずらす速さで、記録できる時間と密度が変わる。
最大でどのくらい記録したいのかな?」
「40回の鼓動分です」
「なるほど」
そう言って、エモーリさんは腕を組んで考え込んだ。
この世界には、時計はない。
一日が何時間にあたるかも判らない。
スマホもここへ来る時に一緒に運ばれてきたけれど、一日フルに使った後だったから、すぐに充電が尽きてしまった。初日が終わる前から、単なる板と化している。
ともあれ、この世界では、長い時間は太陽の位置、短い時間は鼓動や呼吸が基準なのだ。
当然のように、そんなんじゃ、あまりあてにはならない。だから、「お昼過ぎ」なんて言い方が、俺のいた世界よりも具体的意味合いを帯びる。誤差は大きいくせにね。
江戸時代とかの感覚かもしれないね。
俺、緊張している。
エモーリさんができないと言ったら、計画を練り直さねばならないからだ。
でも、答えは極々あっさりしていた。
「このくらいならできるだろ。
ただ、これ、どこにおく?
トオーラの骨を一定の速度で回転させるなら、分銅を結びつけて、その落下で回すのがいいだろ。調速機構入れなきゃだが、テンプを入れると脈動しちまうから、摩擦で調整しよう。
となると、ヤヒウの革紐をよじって、それが元に戻る力を使うのじゃ、だんだん回転が遅くなるし、40回の鼓動分回し続けるのは大変だ。
床に置きたいって言われると、分銅を落とせなくなるから難しいな」
なにを言っているのかよく解らないけど、できるのか。
ラッキーだな。
俺、食いつき気味に返事をする。
「構いません。高いところに置きますよ。
ただ、高くて台が揺れて、記録ができなくなると困りますが」
「せいぜい、腰の高さだ。問題かな?」
「大丈夫です」
「重い分銅を使って、回転数を歯車で稼ごう。そうすれば、そのくらいの高さで十分だろう。
ただな、材料はどうするんだ?
そもそも、依頼人はアンタか?
それとも、ハヤットのオヤジか?」
エモーリさんが問う。
ハヤットさんが俺の代わりに答えてくれた。
「王だよ。
ギルドは総力を上げて、全面的に協力する。
材料はトオーラの骨以外は、ギルドのカタログから出せるものは出す。
ゴムと硫黄の混合については、スィナンに依頼を出す」
「スィナンというと、銀を作るとか言っている小僧か。
なるほどな。
ただ、トオーラの骨、狩りの成果を待っていたらいつになるか判らんな。
いっそ、王立の宝物庫に飾られている骨を持ってこれないか?
とりあえず2つしかないけどな。
それでも依頼人が王ならば、『後から代替えを持っていくから、今はこれを使わせろ』って、できるだろ?」
えっ、この街にあるならば、見れるだけでもありがたいじゃないか。
そもそも俺、全然イメージできていないからね。
ハヤットさんが同意した。
「それはいい!
早速、王に依頼しよう。
それらが揃ってから、何日くらいで完成させられる?」
「5日は欲しい。
トオーラの骨の芯に、軸を入れるのに掛かる時間の予想がつかないからな。余裕が欲しいよ」
それはそうだろう。
この世界に、ドリルのビットなんかきっとない。
金で作ったって、穴が開くよりビットが潰れて曲がるほうが先だ。
俺、そこで思いつく。
「そうだ、エモーリさん、ここにはレンズってないのですか?」
「レンズとは?」
ああ、無いんだ。
確かに
まぁ、考えてみれば当たり前。ガラス工芸も、鍛冶と一緒で大量の燃料を使うからね。
「レンズというものは知らぬが、なにをしたいのかな?」
「もしもレンズがあれば、太陽の光を集めることができ、骨の芯だけを焼いてしまうことができると思ったのです。焼いて、炭化して脆くなれば、硬度のない工具でも穴が開け易いでしょう?」
「ほう、レンズとはそのようなものなのか……
たしかに、極々狭い範囲だけを焦がすことができれば、随分楽だろうな」
「ナルタキ殿、先ほどの金の傘では同じことはできぬのか」
とハヤットさんが提案してくれた。
「できるでしょうが、金の表面を磨いて鏡を作れる方がいないと。
傘では、鍋底くらいの範囲より狭く、点のように光を集められません。
トオーラの骨の髄のみに光を当てるとなると、金の傘というより金の鏡が必要で、より正確さが必要になります」
「それの図を描いて欲しい。
羊皮紙はないから、この壁に直接でいい」
そう言われて、俺は作業服の胸に挿しているサインペンで、構わずエモーリさんちの壁に描いてしまう。
パラボラを描いて、その焦点に鍋や、トオーラの骨を描いた。
「そのペンも欲しいが、今描かれた図もとても面白い。
金職人のパーラが鏡を磨くのが得意だ。俺から彼に話す。
彼が、この凹んだ鏡を作ってくれれば、すぐにでもトオーラの骨を回せるようになるだろう。
それから、今、アンタ、ナルタキ殿と呼ばれていたけど、材料が揃うまでの間、この傘の方、作ってもいいか?
小さい鏡の方も、火熾しに使えるだろうから、これも皆が喜ぶ」
「かまいませんってか、ぜひ作ってください。いくつ作ってくれても構いませんよ。
この街全体で、燃料の節約になりますから、王様も喜ぶでしょう」
恩返しだ。それに、この街に俺の居場所が生まれるよね。
エモーリさん、破顔って感じでくしゃっと笑った。
「確かにな。
これが作れるのであれば、材料費はともかく、今回のアンタのからくりの製作代金は要らんよ。
この傘な、たぶん、この街の竈の数だけ需要がある。それだけでしばらく俺は食うに困らない。
パーラもだからな。その恩は返す。
で、だが、アンタ、世の中を簡単に変えてしまいそうなものを、なんで知っている?
しかも、筆頭魔術師の娘とギルドの地区長が案内してくるって、何者だ?」
期せずして、ルーとハヤットさんの声が重なった。
「「『始元の大魔導師』様よ」だ」
ぽかんって、エモーリさんの口が開いた。
ま、驚くよな。
「道理で……。妙な格好をしていると思った。その袋がたくさんついている服、いいよな。俺も作ろう。
……アンタ呼ばわりは悪かった。許して欲しい」
「いえいえ、私も技術者ですから、話が早くてありがたいですよ」
「『始元の大魔導師』様ってのは、魔法も技と捉えているんだ……。
そうでなければ、逆に『始元の大魔導師』なんて大層な呼ばれ方はしないんだろうな」
なぜ、そこでエモーリさんの視線に尊敬が籠もるんだろう。
むしろ、俺が困るよ。
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