第25話 宣言


 「ルー、相談がある。

 これ喰ったら、一回、ギルドに戻りたい」

 「ナルタキ殿、いいのですか?

 私……、実は私、最初から気がついてますよ……。

 ナルタキ殿がここでギルドに戻るってことは、ナルタキ殿も後戻りできなくなるってことですよ」

 そか。

 魔素石翻訳は、イメージ先行だ。

 俺が、いざとなったら逃げちまえと思っていたの、ルーにはバレていたんだ……。それでいて、知らんぷりをしていたのかよ。


 確かにさ、俺がギルドの冒険者の彼ら、彼女らに対して、「これからは畑仕事ができるぞ」とか、「死を意識する生活はもう終わりだ」とか、救いの言葉を発するということは、俺が自分自身の退路を断つことに他ならないんだよな。


 「……ルー、ごめん。

 君が見ていた俺も本当の俺だけど、ここでギルドに戻らないということができないのも、俺なんだ。

 いつも勝手で、本当にごめん。

 今のを聞いちゃったら、魔術師だけじゃなく、あそこにいた彼奴等も救わないと、俺、もう、夜、二度と安眠できないよ……」

 「ナルタキ殿。

 あなたは、『始元の大魔導師』が人格者だなんて、誰が決めたんだ?』と言いながら、いつも最後は狡い道は選ばない。

 『俺は、この世界にいきなり放り込まれた可哀想な人なんだからな』と言いながらも、他者に対する善意を忘れない。

 ナルタキ殿、お戻りください。

 ルイーザは、どこまでもお供いたします」

 俺は、ルーの手を1回強く握った。



 ギルドの室内の光景は、俺がここから離れた時と何一つ変わっていない。

 ただ、ラーレさんが、ちょっとびっくりしているだけだ。午後は、俺達、職人さんのところを回っているはずだったからね。


 俺、叫んでた。

 「皆さん、お願いがあります。

 私は絶対に、円形施設キクラを修理し、その数を増やし、魔術師の負担を今とは比べ物にならないくらい軽くします。

 辺界の魔物退治も、魔法で簡単にできるようにします。

 円形施設キクラが増えれば、農地も放牧地も増えます。あなた達が、農業や職人技で生きていけるようにしますから、それまで、絶対に死なないでください。

 お願いします!」


 反応はない。

 ただ、静まり返っているだけだ。


 ゆっくりと、ラーレさんが椅子から立ち上がって、俺の方に向けて跪いた。


 ガチャって音がして、地区長室のドアが開き、ハヤットさんが顔を出した。

 全員の視線が、ハヤットさんに向いて……。

 ハヤットさんの表情は、すべての険が消えた安らかなものになっていて……。

 「『始元の大魔導師』様。

 お言葉ありがとうございます。

 このハヤット、それまで、ここにいる若い者、なんとしても誰も死なせませぬ。

 お任せください」

 俺、「お願いします」って言えなかった。

 なぜなら、それより早く「若い者」たちが騒然となったからだ。


 「オヤジ、アンタ、今回の依頼のトオーラ狩り、自分が行くつもりなんだろう?

 アンタみたいなクソボケ老人が行ったら、必ず死ぬぞ。俺たちの仕事なんだから、留守番してろ!」

 「『始元の大魔導師』様のいう未来を、オヤジも見るべきだ!」

 「アンタは俺の本当の親だ! アンタには行かせない!」

 「ラーレ、オヤジを止めるんだ!」

 「アンタに教わった棒術は、今は俺のほうが強いぞ! 引っ込んでろ!」

 凄まじいまでの怒鳴り声が、ギルドの建物の中に充満した。

 俺もいろいろ話したくて、やっぱり叫んでいた。

 けど、かき消されて何も伝わらない。


 「じゃかぁし~いっ! 静かにせんかいっ!

 『始元の大魔導師』様のお言葉を聞かんかいっ!」

 騒音を圧するラーレさんの声。

 いきなり、しーんってなった。


 「さあ」

 と、跪いたまま両腕を広げて、ラーレさん。

 話せるかっ! いきなりこんな状況で振られたって!



 まぁ、仕方ない。

 「この中に、攻撃魔法を使える方はいますか?」

 2人から手が挙がる。

 「1回の依頼で、辺界の魔獣トオーラに対し、何回魔法が使えますか?」

 「普通、2回の依頼について、1回くらいです。よほど依頼の間があかないと、私たちでは、それが精一杯です。

 それに、仲間とか自分に治癒魔法を1回掛けたら、それでもう終わりです。攻撃魔法は、治癒魔法の倍は魔素を使うんです」


 まぁ、魔術師以外の人で、治癒魔法2回分を1度に使えるなんて人、確かにそうはいないだろうね。

 でも、2回の依頼について1回ってことは、達成率0.5かよ。

 マジで使えてねぇじゃねーか。つまり、基本、肉弾戦以外魔物と戦う方法がないってことだろ?

 命がけにもほどがあるよ。ましてや、1回の狩りで2匹出てきたら、魔法があったって、死に直結だよな。


 「魔法が使えれば、魔獣トオーラは倒せるのですね?」

 「はい」

 良くは判らないけど、なにか言いたそうな顔をしている。

 「なにか、言いたいことがありますね?」

 俺、元の世界では、人の事情に踏み込んで話を聞こうとしたことなんてなかった。

 でも、この世界に来てからは、聞かないといられないことばかりって気がする。


 相当に迷っていたけど、『始元の大魔導師』に対して黙ってはいられないのだろう。おずおずと話し出した。

 「『始元の大魔導師』様、ここだけの話です。他の人には絶対に話さないでください。

 実は、ルイーザ様が一度だけですが、魔術師である親父殿の目を盗んで同行してくれたことがありました。

 掟を破ることは、ルイーザ様の生命にも関わること。バレたら、少なくともこの国からの追放は免れられません。それなのに、魔獣トオーラ狩りの依頼と聞いて、来てくれたのです。その時、初めて誰も死なず、トオーラを3匹も仕留めることができたんです。

 これは奇跡です。

 我々は、ルイーザ様には果てしない恩義を感じています」


 ああ、それで、初めてここに来た時に、俺は、ルーに対するみんなの視線が「尊敬」に近いものと感じたんだ。

 そして、魔術師の今の人数では、狩りという依頼に同行できるだけの人手を割けないのもよく解る。

 魔術師が死ねば、ダイレクトにこの国がなくなってしまう。トオーラより、すべてを焼き尽くす魔素流のほうが遙かに怖い。


 「数日待ってください。

 私がコンデンサを用意します。

 雲母があればさらに良いのですが、今はありあわせのコンデンサで辛抱してもらいます。とりあえずは、3日程度しか保ちませんが、コンデンサには魔素を貯めておけるんです。

 先日は、王宮の庭師のミライさんに、王宮植物園の草木に対して、10回連続の治癒魔法を掛けてもらいました。魔術師レベルの魔素がないとできないことです。

 それが可能になるんです。

 ですから、魔法が使えるあなたとあなた、2人で3回づつ魔法が使えたら、通常の依頼であればほぼ絶対、トオーラ狩りでさえも、ほぼ間違いなく生きて帰れますよね?」

 ギルドの建物、再度爆発した。


 肩を叩き合って喜びをあらわにしている者、女性の冒険者を頭より高く抱き上げている者がいる。

 腕を突き上げ、その場をぐるぐる回っている者がいる。気が狂ったかと思うほど、高笑いをしている者がいる。

 感極まったのか、泣いている者までいた。


 「ただしっ!

 聞いてください。

 円形施設キクラの修理が終わるまでは、持ち歩けるコンデンサの魔素も、その充填元は魔術師のものとなります。

 最初の1回ならともかく、毎回彼らの生命を削ることはできない。

 それでも、円形施設キクラの修理さえ終われば、コンデンサへの魔素の充填もセフィロト大の月スノート小の月から行えます。この世界は、無限の力を取り戻せるんです。

 なので、円形施設キクラの修理が終わるまでは、私もその修理パーツ以外の依頼を控えます。

 ただ、皆さんの命に不安が残らないものについては、依頼させてください。

 その判断は、ハヤットさんにお任せします」

 ハヤットさん、俺に向かって、大きく頷いてくれた。

 そして、ラーレさんは跪いたまま、俺に向かって祈りの姿勢になった。

 ちょっ、そ、それは堪忍してくださいよ。



 ハヤットさんが口を開いた。

 「『始元の大魔導師』様。

 そこまでの言葉を頂いたら、このハヤット、どのような協力も惜しみません。

 ここにいる未熟者めらがなにを言おうと、この地区最強は私に他なりません」

 「若い者」たちから、冷やかしの声が上がったのを、視線を走らせるだけでハヤットさんは黙らせた。


 「動く人形を作るエモーリ、錬銀術のスィナン、これからこのハヤットもお供しましょう。

 そして、ここにいる者共も、我が意に沿わせましょう。

 ただしっ!」

 ここでハヤットさんは大きく言葉を切った。

 そして、冒険者である「若い者」達に向き直った。

 「今の話は、ここだけにする。

 皆、辛いのは解るが、今日起きたことを誰にも話してはならぬ。

 話したら、この街の機能は止まってしまう。そうしたら、円形施設キクラの修理も含めて、すべてが遅れる。

 また、『始元の大魔導師』様が雑用に追われ、お心を乱すことにもなりかねない。

 お前たちの親も、糠喜びさせてはならない。

 すべてを終わらせてから、その功を誇れ。

 いいな?」

 うう、最後の念押しは、凄みの塊だよ。


 「応っ!」

 返事は見事に揃っていた。

 なんつー統率力だろ。

 なんか、ハヤットさんがいてくれるのは、王様以上に心強いぜ。


 後の世に伝わる「ギルドでの『始元の大魔導師』の宣言」は、実際にはこんなぐだぐだだったんだ。

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