第29話 電気工事士の本領発揮(只今工事中)


 25日後。

 ギルドの冒険者若いもんの半数に内職させて、高品位、半永久版コンデンサは着々と仕上がっていた。

 できあがった一つ目は、当然試験に回したけど、魔術師達からは、前のケーシングを絶縁体にしたものより魔素を込める時に手応えがあっていいって高評価だった。で、その肝心な手応えってのが、俺にはなんのことやら解らないんだけどね。

 おまけに、一回込めた魔素が、前のよりはるかに長持ちした。前のは3日ぐらいで魔素が失われちゃったからね。今回のは10日経っても全然減らないし、やはり絶縁体を雲母にしたのは正解だったな。


 今、残りの半分の冒険者若いもんは、西のゼニスの山に三度目の雲母採りに遠征している。

 次の月のめぐりまでの間に、一つでも多くのコンデンサを作っておきたいからね。

 そんな状況なので、ギルドの室内はさながらマニュファクチュアの工場と化している。

 ハヤットさんの地区長室は資材倉庫になっているし、ラーレさんがお茶を入れるための一画には、食堂から届いたヤヒウの壺焼きの壺が積み上げられている。一度に20個近くも注文するから、貯め込んでいるわけでなくても山になるのだ。

 彼らの生活は、ラーレさんが管理しているから、食事と労務管理は安心できる。

 


 一つのテーブルでは、ひたすらに雲母を薄く剥がし、その間に金箔を挟み込んでいる。隣のテーブルでは、挟み込んだ金箔を一枚おきに繋ぎ、それぞれからリード線を出している。最後のテーブルでは、その全体を硬質ゴムで覆い、金のケースに収め、リード線の片方をケースに繋いでいる。

 街の金工房はどこもかしこも大車輪で、金箔、金のケースや配線やらのパーツの完成品が次々と運ばれてくる。

 作業が止まらないように、各パーツの生産状況をハヤットさんは細かく調整してくれていた。

 北からゴーチの木の樹液を持ち帰ってから、ハヤットさん、マジで休む間もない。


 そうやってできあがったコンデンサ、仕上がりはスマホを5つ重ねたくらいの大きさのお弁当箱だ。ちょっと見、金のインゴットに見える。でも、近頃の俺、とんと金に対して緊張しない。慣れってのは恐ろしいよ。

 ギルドの面々は、もう10日以上同じことを繰り返しているから、全員熟練工と言っていい手さばきだ。

 これ、元の世界ではマイカコンデンサと呼ばれていたものだけど、ここまでの規模で使われた例はたぶんない。まして、金箔で、なんてやっていたら、たぶん、億単位の予算があっても実現不可能だと思う。


 できあがったコンデンサは、すぐに円形施設キクラに運ばれ、俺がテスターを当ててリード線間が絶縁されていない不良品をはじき、良品はひたすらに床下でリングスリーブで繋いでいく。

 雲母は高い電圧に耐えるから、コンデンサの直列繋ぎはあまり考えないことにした。直列に繋げば耐圧が、並列に繋げば容量が増える。今は、少しでも容量を増やしておきたい。


 テスターを容量測定にしてプローブを当てると、コンデンサひとつあたり0.5μFくらいしかないけど、すでに2000個を超えているので、トータル1000μFの容量は確保できている。電解コンデンサなら、たった1個で済むんだけど、俺には作れない。そもそもアルミがないし、あっても魔素に使えるかも判らない。それに、電解コンデンサでは耐圧が全然足らないし、寿命も短い。だから、まぁ、良しとしよう。


 床下で、リングスリーブで配線を繋いでいくこと自体は、まんま屋内配線工事だ。だから、電気工事士の仕事としちゃ、いつもと変わらない作業だけど、リングスリーブ接続をこんな数こなしたことはないから、握力がもうがたがただよ。

 差込型接続コネクタなら、ずっと楽なんだけどね。

 こんな生活続けていたら、前腕だけがハヤットさんみたいになりそうだ。


 リングスリーブと太い配線は、日に2回、円形施設キクラにできたてが届く。

 あと4日、フルに作って、あと1000個コンデンサを足せれば御の字だろうけど、欲を言えば1万個のコンデンサを置きたいところだった。スペース的には厳しいけど。

 とはいえ、さすがにその数を作るとなると、ギルドの冒険者若いもんに限界が来るかも知れない。


 俺は床下で作業しているけど、同時に文様の補修工事も行われている。

 これは、手順を覚えたルーが現場監督している。ヤヒウの革で作った、自作の作業服もどきを着ているのがなんか可笑しい。会社の社章まで真似て入れてある。案外、型から入る性格だったのかも知れない。


 文様の表皮はすべて剥がされ、通電性のある芯材が剥き出しになっている。

 金職人さんたちが、柔らかい純金を通電性ある芯材の劣化部分に叩き込み、導通を確実なものにしていく。

 そして、中央の床では、スィナンさんが小型の七輪みたいなコンロでゴーチの樹液を温め続けている。温まったものは、塗装の職人さん達が導通が確実になった文様に塗りつけている。

 

 ここに備え付けの暖炉は聖なるものなので、ヤヒウの糞を燃やしてはいけないと、魔術師達から言われてしまったのだ。スィナンさんからしてみても、薪を燃やしたことなんかないし、ちまちま燃料を焚べて温度調節できる方がいいってので、両者の利害は一致している。


 「『始元の大魔導師』殿」

 誰かに呼ばれたので、床下を匍匐前進して、床上に顔を出した。

 いきなり顔の正面にプレデターがいて、軽くのけぞる。

 王様、アンタ、近いよっ!!

 ホント、この世界の人は容赦がない。みんな距離感が近いんだ。たぶん、これは人口が少ないことと無関係ではないと思う。


 「すぐ帰るが、状況を見てみたかったのだ。

 邪魔したことは許されよ」

 さすがに他の人の目があるから、王冠ともいうべきざんばら落ち武者ビーズを装着している。

 さすがに、それと高い声のダブルパンチを食らっても、吹き出さない程度には慣れてきた。

 慣れたことに、ぜんぜん、それはもうまったく、嬉しさは感じないけどね。


 「いよいよ5日後じゃのう」

 まったくなぁ、他の人の目があると、急に喋りが爺臭くなるんだから、この王様ってば。

 貫禄の演出なのかね? 一度聞いてみたいけど、聞ける相手じゃないよな。

 とはいえ、大臣にこそっと聞くのはありかもね。

 「はい、少しでも完成度を高め、無事にやり過ごせればと思っております。

 無事であれば、二つ目の円形施設キクラを作ることも夢ではなくなります」

 そう答える。


 「そのことじゃが……。

 二つ目の円形施設キクラを作る予算がの……」

 「無いんですか?」

 思わず、不躾ぶしつけに聞いてしまう俺。

 「エモーリがの、鋳鉄を作りおった」

 「マジですか!?」

 って、王様に言う言葉じゃねーな、コレ。

 どっちにせよ、太陽炉が完成したのならば、めでたい。

 これは規模はでかいけど単純なものだから、エモーリさんが図面だけ引いて、石工さんと金の鏡職人さんが総出で組んでいたのだ。


 「これでウハウハじゃ。

 予算は解決したぞ。

 これも、『始元の大魔導師』殿のおかげじゃ」

 そのウハウハっての、人前では使うなって言ったじゃんかよ、俺。

 「俺の世界の言葉を教えろ」っていうから、「何がいいか?」って聞いたら、「儲かった時の喜びの表現」っていうからさ。下品な言葉ですよって言ったんだけど、いたくお気に入りらしい。

 なんか、やれやれ、だ。

 俺以外の誰だって、プレデターがウハウハ言っていたら、やれやれってため息つくよ。


 王様のウハウハってのを聞いたのは、実は、これで三回目。

 一つ目は、エモーリさんが家庭用の熱源になる太陽光の反射傘を、工房で人を雇ってまで大々的に作って売り出したとき。

 で、王様は、低利の貸付を始めたわけですよ。エモーリさんの傘を買う場合のね。

 その結果、王様は「貧しい者たちが燃料を買わなくて済むよう、反射傘の購入を助けてくださる」って言うんで、「慈愛の賢王」とか呼ばれだした。

 貧しい人たちにしてみれば、燃料を買っていた額と借金返却がほぼ同額なのに、借金を返し終われば反射傘が残るからね。そりゃ、嬉しかろうよ。

 王様からしてみれば、低利だって借りる人数が多いからね。遊んでいたお金が利潤を生むんだから、それは嬉しいよね。しかも、前にも言ったけど、ヤヒウの糞の値段が暴落したんで、貧しい人々への燃料配給が全廃できた。結果、燃料関係の税収がトータルで黒字に転じた。

 農家に回る堆肥の量も増えて、豊作の見込みもある。


 ウハウハ言いたくなる気持ちも解るよ。この仕組みだと、エモーリさんの傘が売れても売れなくても、王様は黒字じゃねーか。しかも、末永く。

 よほど嬉しかったらしくて、「薄く広く集めるのが税のコツ」とか、大臣に講釈垂れ出したらしいからね、この人。


 二回目が、スィナンさんのゴムを使った雨具の販売。

 王様、雨具は贅沢品だからと、輸出税を掛けた。

 この世界では、雨が降ったら濡れて歩くのが当たり前だからね。雨具としての傘はあったけど、ヤヒウの革にゴーチの木の樹液を塗っただけのものだった。

 元々のヤヒウの革の値段が高いのに、それを加工するからさらに高い。そのくせ、耐久性は低いし、長靴もどきを作っても浸水するのが当たり前だった。

 そんな中での完全防水グッズだからね。材料も革じゃなくてクズ毛の織物で十分だから、原価は下がって利幅は大きくなったし、高い輸出税にもかかわらず旅商人たちは目の色を変えて買い漁っていくし。

 これは大臣から聞いたんだけど、輸出税の見込みの報告を受けた日、夜の食事中にいきなり王様ってば「ウハウハ」って笑い出したそうだ。

 怖っ!

 それが二回目。


 そして、今、三回目のウハウハを聞いたんだ。

 「いいから王様、俺にもちょっとは分けろよな、銀貨をさ」なんて思ってしまう俺を、誰が責められるかってんだ。

 ただなあ、王様の今までにない一面を開発しちゃったかもね。ケチとか、ガメツイとかの角度だ。せめて、世界最古の王家の自覚は失わないで欲しいなぁ。

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