第22話 ギルド(リングスリーブ等の製作依頼)


 ギルドにあるもの。

 掲示板に、ギルドの地区長、そして受付の女性。

 威勢のいい男たちと、その半分くらいの人数の女たち。

 革の鎧と、棍棒(ただし金製)。

 見事だ。

 全部揃っているよ。

 俺、初めて、異世界に来た実感が湧いた。


 石造りの建物の敷居は、つるつるにすり減っている。

 ヤヒウの革が、タペストリーの代わりに壁に掛かっている。

 いろいろが、ルーの屋敷に比べたら安上がりなのかも知れないけれど、これはこれで悪くない感じだ。


 ルー、受付に向かって一直線に歩く。

 この狭い、たった800人しかいない国では、貴族の娘という扱いのルーを知らない者はいないらしい。でも、口説く対象にはならないだろうな。

 ルーに向けられている視線、好意というより、敬しているという感じだ。

 おそらくは、魔術師に対する社会での扱いの高さなのだろうね。


 「ルイーザさま、王宮より使者がおいでになり、ご要望果たすべしと言われております。

 なんなりと、お申し付けくださいませ」

 受付の女性が言う。

 なんだろうなぁ、可愛いって言うより、小綺麗で色っぽい。

 ルーよりもだいぶ大人っぽいし、ルーじゃ口説きにくいけど、この女性ひとだったらいいかも。

 ってさ、俺、今まで女性を口説いたことなんか、一度たりともないんだけどね。


 「ルー、俺、話していいかな?」

 「どうぞ、『始元の大魔導師』様。あなたのご意思のままに」

 ……なんだかなぁ。

 第三者がいるところじゃ、この口調だよ。二人きりの時は、「大人気ない」とか、面と向かってズケズケ言うくせに。


 「えっと、素材に詳しい方はいらっしゃるでしょうか。

 採取をお願いしたいのですが、『そもそもそんなものはない』と言われると困るので……。

 それから、金の加工について、詳しい方をお願いいたします」

 「それならば、ギルドの地区長、ハヤットがお話させていただきます。

 ではこちらへどうぞ」

 そう誘導されて、「地区長室」と書かれたドアの前に案内された。


 やっぱりさ、現代文明は人の筋肉を退化させるよね。

 この世界の男って、みんなムキムキだ。

 庭師のミライさんもそうだったし……。この人はもっと凄いわ。

 なんかの冗談かよ? って体している。

 でも、男性ホルモンが多いんだろうなぁ。その発毛状態からすると。

 ま、髭は立派だ。


 「これはこれは、『始元の大魔導師』様。

 おいでいただけて、光栄至極」

 はいはい。と、これは心の中だけ。

 口に出してはもっともらしいことを言う。

 「お世話になります。

 素材と入手について、教えて下さいませんか?」

 「何なりとお尋ねください。

 ラーレ、チテを」

 受付の女性、ラーレって名前なのか。

 思わず部屋から出るのを見送っていたら、ルーに足を踏まれた。

 痛てぇな、なにしやがる。


 受付の女性がチテのお茶を持ってきてくれて、俺たちもそれぞれ椅子に座って、話をする体勢が整った。

 「まずは、どのようなものをお集めでしょうか?」

 「すみません。ちょっと考えてみたら、まずは集めるものが集まっても、その加工ができないとお話になりません。

 なので、まずは加工依頼からなんですが、それでも?」

 「ぜんぜん構いませんよ。

 ではまず、どのような加工でしょうか?」


 「まずは金細工ですが、極限まで薄くした手のひらほどの広さのものが欲しいのです。多少穴が開いていても構いません。

 それから、金を糸状にしたものから、指の太さくらいまでの棒状にしたものまで、太さはいろいろで、長さはここから王宮までくらいのものがたくさん欲しいです。棒状のものがあまりに固く、曲げられなくなってしまうようでしたら、細いものを撚り合わせる形でお願いします。

 あと、金の貫通筒が欲しいです。太くて小指ぐらい、細くてここにあるこのペンくらいのもので、長さはこのペンの直径の二倍くらいあれば十分です。これも最低で1000個ぐらいは欲しいです。

 見本を置いていきます。見本はアルミと銅でできていますが、作っていただく素材はすべて金でお願いします」

 金の線、つまり作りたいのは、Fケーブルという電線だ。この太さが三種類あるのと、リングスリーブも二種類、工具箱にあったのを渡しておく。

 Fケーブルは、ジャンパ(一つのプレートにコンセントやスイッチが複数ある場合、これで簡単に配線できるのだ)にも使うので、切れっぱがいつでも入っている。


 この依頼は、まずは配線ケーブルを確保したいからだ。配線ケーブルがあってこそ、俺の技術は活かせる。

 で、ケーブルが用意できれば、次はそれを「切る」ことと「繋ぐ」ことが必要になる。

 切るのはペンチとかラジオペンチ、さらにはケーブルカッターも工具箱に入っている。でも、繋ぐほうが問題なんだ。

 接続コネクタも何種類か工具箱に入ってはいるけど、なんせ数がない。100個ぐらいでは一瞬で使い終わってしまう。

 その接続コネクタより重視されるのが、リングスリーブによる圧着接続だ。これは、繋ぎたい複数の配線を同時に小さな貫通筒の金具リングスリーブに差し込んで、それを工具で押し潰してカシメてつなぐ方法だ。

 この配線の太さと、何本までをどの大きさのリングスリーブで繋ぐかというのは、電気工事士の試験には必ず出る最重要項目だ。

 そのために、現場では接続コネクタを使うことが多いにせよ、このリングスリーブも、それをカシメる工具も、工具箱に必ず入っている。

 今は、可能な限り、この世界で使える技術で円形施設キクラの修理をしたい。

 となると、接続コネクタよりもリングスリーブの方が生産は楽なはずだ。


 「わかりました。これについては、見本を見せて、職人に製作の可否を問い、早ければ今晩にでもお屋敷にその答えをお伝えします」

 「ありがとうございます

 また、製作可否を見ていただきたいものが他にもありますので、返事も併せて明日朝、円形施設キクラに来ていただけますでしょうか?」

 「大丈夫ですよ。

 他には?」


 これが一番の難題だ。最初は、俺が作ろうと思っていたけど、依頼できるならば越したことはない。だって、考えてみたら、電気工事以外の工具なんか一つもないからね。

 「『からくり』って解るでしょうか?」

 歯車が回る姿を想像しながら言う。

 「水車とか、時計とか、そういったものを作れる方。

 規模は小さくていいです。というか、小さく作れないと困ります」

 「難しい問いですね。

 さすがに私でも即答できません。

 これについては、趣味で動く人形を作っているエモーリという者がおりますので、その者とお話しください」

 「じゃあ、その方のところを訪ねたいですが、どうしたらいいでしょうか?」

 「こちらで使者を出しておきます。

 昼食後でも、お訪ねになってみてはいかがでしょうか?」

 ルーの顔を見ると、軽く頷いている。

 特に日程的に問題はないようだ。

 「じゃあ、よろしくお願いいたします」


 ここまではとんとん拍子。

 ここから先が、素材集めだ。

 全て揃いますように、と俺、祈っちゃうよ。

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