第21話 修理の見込み
でも、明るいところで見ると、あちこち細部の老朽化が激しい。
特に、木材部分は仕方ないのだろうね。材料が供給されないんだし。
いっそだけど、老朽化の酷い部分は、外側から脂を染み込ませた革で覆っちまってもいいかな。
明るいところで
だって、見渡す限りの砂漠。
山は岩石砂漠。
殺風景にもほどがある。
大河は流れている。でも、これも大して風景の潤いになっていない。かろうじて緑色が河原沿いにちらほら見えるに留まる。
そこに張り付くようにして、ヤヒウの放牧。遠目ではヒツジ以外の何物でもないけど、その数は多くは見えない。
もしかしたらさ、この世界の放牧って、あの川を登ったり下ったりしているだけなのかもしれないね。
こんなの見ていると、いろいろ考えさせられちゃうよね。
焼かれた土に、草の種はおろか、肥料分もあるはずがない。
王様がさ、この世界を発展させるスターターの資材を、俺の世界から輸入できないかって言ったけど、この広大な土地に撒く肥料なんて、あまりに大量で持ち込めるはずもない。
「ルー、ここにある何かを、魔法で複製して無限に作れる魔法ってない?」
「魔法魔法、言わないでください。そんな都合のいいの、あるはずがないじゃないですか。
あったら、今朝のイコモ料理を増やしてあげてましたよ」
「ルー、優しいなぁ」
ルー、ほのかに赤くなって、でも口調は刺々しくなって言う。
「そんな魔法があったとして、何に使うんですか?」
「うーん、肥料って解るかな……」
「言いたいことは解ります」
うん、イメージ先行の魔素石翻訳グッジョブ。
「難しいですね。
ナルタキ殿の世界では、こういう土地はないのですか?
あった場合、どうやって肥沃の地にしているのですか?」
聞かれたって、分かるわけない。俺、農業とか縁がないもの。
「王様の言う、この世界を発展させるスターターの資材を輸入する際に、調べてきてもらうことはできませんか?」
俺、頷く。
うん、それしかないだろうね。ネットで調べれば、手はありそうな気がするよ。
しかしなぁ。こうして見ると、ここまでないないづくしとは思わなかったよ。
俺の世界で、しかも日本では、荒れ地ってのは草茫々だった。
ここじゃ、そんなの、すごい肥沃の地に見えるだろうね。
家畜が、腹いっぱい草を食えるんだから。
とりあえず、
部屋自体は、一週間前と変わるところはない。
だけど、次の魔素流を受け止めるための準備が進められていた。
暖炉には新しい薪が積まれている。木自体はとても古そうだし、恐ろしく高価なんじゃないだろうか。
前回はもっとも強いレベルの魔素流だったそうだ。俺を召喚するために利用するほど、だ。
次はそこまで強くはないとのこと。
ルーの話だと、スパークも一回で済んでしまうから、四人の魔術師のうちの一人が頑張れば切り抜けられるらしい。当然、バックアップで他の魔術師もいるし、治癒魔法は分担するから生命の危険も低い。
いくら頑張っても、数日でいろいろな調整がつくはずもない。
でも、せめて次の魔素流襲来の時にすべてを記録して、次の次は魔術師の寿命の犠牲なしで切り抜けたいよね。
一番最初にルーに指摘した、『魔術師の服』だっけ、あの魔導師のローブの着方の問題もあるから、
俺は、ルーに用意してもらった羊皮紙を取り出して、壁の文様を観察しながら電気回路に変換して写していった。
また、再度ハシゴを登って、文様の端が屋根まで伸びているのを確認した。
やはり、思ったとおりだ。
ここの仕組みは、まずは避雷針。
ところどころガラスが張られた円形の屋根の随所から、壁を通って、床の中心の一番低いところに集まるように文様が描かれている。
テスターを当ててみると、抵抗値があまりに高かったんで、あれって思った。けど、表面をちょっと削ると、一気に抵抗値が落ちる。やはり、文様は電気を流すようだ。きっと、不用意に文様に触っても良いようにコーティングされているんだ。
ただ、避雷針の文様が、ところどころ怪しい。
つまり、繰り返し大電流が流れ、熱による疲労断線が起き始めているってことだ。
もう何本か切れたら、残っている文様に魔素流が集中するから、一気に断線が進んで燃え上がるかも知れないね。
くわばらくわばら。
って、この言葉の、なんて正しい使い方なんだ。
ギルドで金細工ができる人が紹介されたら、熱断線が起き始めているところに埋金をして導通を確保しよう。
で、次の魔素流の時にそこが熱で溶けなかったら、さらに金の比率を高めることにしよう。多分、文様の素材自体もかなり老朽化しているよ。
で、床の中心の一番低い場所だけど、法具とやらが取り付けてあった穴が残っている。
調べると、その穴から放射状にやはり文様と同じ材質のものが伸びていて、石畳の石と石の間に入り込んで消えている。
これは、大地アースだ。
なるほどなぁ。よくできているよ。
そか、『魔術師の服』だっけ、あのローブは電気を流したし、ローブは引きずって歩くもの。アース、取れているんだ。石綿の下着を着ていたら、恩恵を被れないけどね。
この方法だと、歩こうが踊ろうがと、行動の自由が確保されている。アースケーブルを引っ張って歩く必要がないんだ。
それから、問題の魔素の出力側配線文様。
電気屋としては、これが一番面白かった。
文様が、そのまま意味があるんだよ。
あちこちに渦巻きがあって、これって、コイルだよね。
あと、あちこちにわざと断線したあとがあって、これは切れちゃったじゃなくて、切ったんだ。これは、出力を安定化させるためのコンデンサと同じ役割を担っているんだな。これによって、出力に高周波による発振が出ないようになっているんだ。
このあたりは、電気工事士の範疇を超えてきているけど、まぁ、オーディオマニアが、電源配線にノイズを取るような器具を仕込みたいなんて仕事があったからね、見知ってはいた。
コンピュータとかは、そういうノイズを撒き散らすからね。
で、このノイズフィルターだけど、たぶん、あちこちに
魔素流だって、赤道近くと高緯度近くじゃ違う流れ方になるだろうし、大地アースだって地質によって抵抗値が違うだろう。
よく考えられているよ。
さらにだけど、文様にところどころ、ジャンパが付けられそうな穴があって、金で鎹を作れば繋げられそう。
おそらくだけど、コイルと組み合わせて、中心の法具とやらにも組み合わせて、一定周期の波を作れそうなんだ。
つまり、あえて発振させるということ。
マイクとスピーカーを近づけるとハウリングを起こすじゃん。それを電気的に、おっと、魔素的に起こせるようになっているんだ。
多分、呪文の自動化機能だと思う。
このあたりは、呪文によって、魔術師の手からできる交流が電気的に記録できたら、自動的に解るよね。
このあたりで、もう一つ気がついたよ。
人間が聞ける音は20kHzが上限と言われているけど、普通の人はここまでの高い音は聴こえない。
で、聴こえない波は想像できないよね。
ということはさ、呪文によってできる魔素の交流波って、周波数帯がピアノの音域ぐらいに全部収まってるんじゃないだろうか?
この思いつきは朗報だよ。
エジソン式蝋管蓄音機で、呪文による魔素波動のかなりの部分が記録できるってことだ。
本当はCDとかの規格でデジタル記録したいけど、この世界でできる技術水準で作らないとだからね。もしも、俺の世界からそんな録音機を持ち込めるにしても、この世界では適正技術じゃない。だって、故障したら、俺だって修理できないよ。デジタル機器なんて、そっちの専門家じゃなきゃ。
そもそも、電源だってないしね。電池だって、この世界じゃ使い捨てにしていいか判らないし。
このあたりはもう、百年先の課題で、俺の担当外だよ。
もっとも、この世界の技術水準が蝋管蓄音機をこえて、昔のLPレコードが作れるくらいならばもっといいけど、持ち運びとかも考えると却って面倒かもね。
さらに思いついて。
三段になっている床を確認。
一か所、床板が外れて床下に入ることができるようになっていた。
やっぱりだ。
ここに、コンデンサを大量にしまっておいたんだな。
文様から導かれた導線が、あちこちにぶら下がっている。
全部破壊されて、運び出されちゃったんだろうね。
もしかしたら、この
なんか、床下で、ため息が出たよ。
電気だったらアルミで十分だったのにさ。
「ルー、見るものは見たよ。
ギルドに行こう」
「修理できそうですか?」
「うん、可能だろうね。
だけど、技術者が必要。金を扱い慣れている人がね。
修理部材も必要だよ。それも依頼を出したい」
ルー、喜ぶよりも、顔が引き締まった。
実務の開始だからかも知れない。
「解りました。
案内いたします」
「ハシゴはここに置いていっていいよね?」
「いや、これだけの量の木材だと、1ヶ月以上食堂でご飯が食べられますよ」
「それはマズイな」
「大丈夫、預かってくれる人がいます。
そこまで運びましょう」
「あいよ」
そんな寄り道はあったけど、ギルドに移動することになった。
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