第20話 王からの差し入れ


 翌朝、俺はまた、元気いっぱいのルーに叩き起こされた。

 こいつ、強いなぁ。

 あれだけ夜更しして、帰ってから行水浴びて、数時間寝たか寝ないかのはずなのに、目がキラキラしてやがる。

 若さってやつ?

 いや、それを認めると、俺が歳を食ったみたいだから、認めねーぞ。


 「ギルドに行きましょう。

 私、昨夜の王様との話で、必要なものの調達の口利きをお願いされています。

 コンデンサの改良版を作る資材も集めてもらいましょう。

 それが済んだら、円形施設キクラを再度見て、修理しましょう!」

 つくづく元気だな。

 ま、女子が元気なのはいいことだ。


 「逆にしないか?

 先に円形施設キクラを見て、修理資材が必要ならば、その依頼もギルドに出せばいい。そうすれば一度手間で済む」

 毛布を頭からかぶったままで、ようやくそう言う。

 朝日が眩しいんだよ。三十路手前の御老体には。


 「はいっ、仰るとおりです!」

 「顔洗うから、朝メシを食わせろ……」

 「王様から食事を戴いておりますので、すぐ食べられますよ」

 「んー、芋?」

 どんよりと聞く。なんか、ルーの元気さにあてられている。


 「イコモです!」

 なに、そんなに張り切っているんだ? そもそも、イコモってなんだったけか……。

 起き抜けの半ば呆然とした頭で考える。

 「ナルタキ殿が、水辺の草の種を食べたいって言っていたじゃないですか。

 昨夜、王様にナルタキ殿の好物を聞かれたから、そうお答えしたんです。そしたら、今朝、王宮の調理人が届けてくれたんです」

 がばっ。

 上半身を起こし、ベッドから飛び降りてそそくさと顔を洗う。


 「米はどこだ? 米、米」

 「そんなに食べたかったんですか?

 言っときますが、イコモがそのコメかどうかは判りませんよ?」

 「違ったら泣く。

 そして、ルーに当たり散らかす。

 でも、とりあえず食わせて」

 ルー、お前な、人の顔見ちゃー、ため息つくのをやめろ。


 「なんでいつも、そう、大人気がないんですか?

 ナルタキ殿は、『始元の大魔導師』様でしょう?」

 「呆れたように言うな。

 俺が人格者だなんて、誰が決めたんだ?

 俺は、この世界にいきなり放り込まれた可哀想な人なんだからな。

 まずは米だ、米、米」

 「まったく、この人ってば……」


 ぶつくさ言うルーを放っておいて、台所に突進する。

 そこには……、あったよ、これだ。

 蓋付きカゴの中に収まっているのは、皿に山盛りのピラフ。白いご飯でなくったっていい。ピラフ、ピラフだ!

 ヤヒウの肉と野菜の細切れが入っているぞ。

 おまけに、まだ、ほのかに湯気が立っている。


 「ルー、スプーンお願い。スプーン、スプーン!

 あ、あと皿も! 皿、皿」

 わざとらしく、それはもう、とてもとても大きなため息を付きながら、ルーが金のスプーンと金のお皿を差し出す。

 皿に、ルーの親父さんの分とルーの分を取り分けて、自分の分を確保する。

 そして、早速、口に運ぶ。


 一週間ぶりの米だ。

 ほのかに甘く、一粒一粒に軽く弾力があり、そして、肉と野菜の味をしっかり受け止めている。

 俺、もう一生米は喰えないと、一度は覚悟を完了していた。

 それでも、一年我慢すればいいんだと、そこまでの覚悟は要らないんだってのが分かったのは救いだったけど、それでも芋ばかりは辛かった。

 芋生活3日目くらいから、頭の中、油断すると米一色になっちゃってた。

 5日目からは、湯気が立つご飯が夢に出てきた。


 おっかしいよなぁ。

 俺、元いた世界では、こんなに米って騒ぐ人じゃなかったはずだ。

 でも、絶たれるとこんなに辛かったんだね、米って。

 ちょっと涙ぐみながら思う。

 また会えて嬉しいよ。

 ちょっとどころでなく細面、というより馬面を超えてボールペンかってほど細長い顔の君でもさ。



 − − − − −


 朝食が終わると、ルーにせっつかれて、食休みもほどほどに出かけることになった。

 で、俺、我ながら現金だけど、王様のために一肌脱ぐかって気になっている。

 だってさ、温かい米料理とか、俺個人に対して心遣いしてもらったの嬉しいじゃん。

 引き続いて、1週間に1度でいいから、米食べたいし。

 声の高いプ△デターだって、俺にとっていい人ならば、それはいい人でいいや。


 朝日を浴びている街の雰囲気は、けっこう明るい。

 確かに全体としては老朽化しているし、人の数も多くはない。

 でもね、荒廃って感じもないんだ。

 希望に満ちているなんて綺麗事も言わないけれど、洗濯している女性とか、なにかを運んでいる男性とか、鬼ごっこしたり、金の器を洗っている子供とかも、みんな自分がやることが解っていて迷いがない感じ。


 ルーは親の仕事を継げないとか、そんな話はあるにせよ、まあ、魔術師は伝統職だからねぇ。「相撲の力士も女性はなれないし」と考えれば、俺個人としてはあまり違和感はない。

 俺の世界だって、外食に行けば食事を運んできてくれる人は女性が多い。これを差別だなんて騒げば騒げるのかも知れないけど、それはこの世界から比べたら、騒げるだけ豊かなんだと思うよ。


 まあ、まだこの世界で俺は部外者だし、偉そうなことは言えない。

 だけど、あえて言うとしたら、この世界では男と女の間より、まずは大人と子供の間に線を引くほうが先決だと思う。

 親のお手伝い自体はするべきだと思うけど、でも、一日のすべてをそれで埋めるのはどうかなと思うからね。

 どうにかして、読み書き計算だけは全員に学ばせたいよ。

 教育ってものは、絶対的に善としていいよねぇ?


 何人かで鬼ごっこをしていた子供達が、俺の持っている工具箱とルーの屋敷の物置から引っ張り出したハシゴを物珍しそうに見ていた。

 ルーは、子供に付きまとわれるのは毎度のことらしくて、あいさつのあとはその子達とバイバイしていた。

 言葉自体は魔素石の自動翻訳だから原語では理解できていないけど、手を振る形は俺達の世界と一緒なんだな。


 で、俺はルーと違って悪人なので、お昼までの腹つなぎにとルーから貰っていた芋菓子をエサに、子供達にハシゴを円形施設キクラまで運ばせたんだぜ。アルミ製とかじゃない、古くてごつくて長い木製だからね。坂道なんか、ゴルゴダの丘を登るような苦行だったから、子供をこき使うことはいいアイデアだった。

 で、電車という概念がなくても、電車ごっこは成立するんだな。それが可笑しい。

 ハシゴの枠に一人ずつ配置して、「さあハシゴを持って歩け」って言ったら、きゃあきゃあ笑いながら、全員で足並み揃えて走って行っちゃったよ。

 きちんと止まれればいいけどなー。

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