第23話 素材集めの依頼
ラーレさんが、チテの茶を持って来てくれた。
俺達の前に、それぞれ金の湯呑を置いて退出する。
やっぱ、幸薄そうなタイプっていいよなぁ。
しっかし、このギルドの地区長さん、話が早くて助かる。
それとも、このくらい色々なことを知っていないと務まらないのかな、地区長って。
一口お茶をすすってから、地区長さんが切り出した。
「それでは、他に職人を必要とするものがなければ、集めるものをどうぞ」
「まずは、雲母が欲しいです。
雲母って、ありますか?
石ですが、薄く薄く削いでいくことができるんです」
「うーん、ここから西、ゼニスの山に産する石が、透明で薄く割れますな」
それはラッキーだ。
光を透過させるならば、同じ鉱物の可能性が高いよね。
魔素石による翻訳って、頭の中のイメージが先行する。
最初のコンデンサを造った時に、腸詰めがソーセージだと知った時に気がついていた。
これって、内緒話には不利なんだけど、「こういう物質」みたいのを相手に説明するのには、ネイティブ同士の会話より早い。そうでなければ、さっきのからくりなんて、どれほどの言葉が必要だったことか。
つくづくありがたい仕組みだよ、魔素石翻訳って。
「サンプルはありますか?」
「ラーレ、鉱石資材カタログから持ってきて差し上げなさい。
ただ、このようなものを集める人はいなかったので、カタログ分の1個か2個しか量はありません。
集めるとしたら、依頼ということになりますね。
他にはなにか?」
「次に、針金に塗るためのゴムって解るかな……」
やはり魔素石の翻訳って凄いな。イメージが伝わったらしい。
本当に、百の言葉を使うよりも早くて助かる。
ああああ、そうかぁ。
俺、気がついちゃったよ。
俺、この世界に来てコミュ障が克服できたんじゃないかと思っていたけど、魔素石翻訳のせいかぁ……。
これ、相手の思考の裏を考えなくても、イメージとして伝わるからね。
ちっ、自分自身に夢を見ちゃったよ。実は俺、陽キャだったんじゃないかって、さ。
悔しくて悲しい。
まぁ、気がついたから良しとしよう。調子に乗って、ラーレちゃんを口説き出しちゃう前で良かった。
どーも、さっきからルーの俺への当たりもキツイし、まぁ、そんなもんかもなぁ。
「はい、北の魔素流の来ない地帯に生える、ゴーチの木から取れる樹液ならば御用に足りそうです。
標準の交易品になっていますから、旅の商人を待つか、依頼を出してしまうかどちらでも良いでしょう。
ただ、量を確保するのであれば、依頼を出すのが確実です。
「それって、サンプルでいいので、ありませんか?」
「ありますよ。少量ですけど、先ほどと同じカタログに入っていますから」
「ありがとうございます」
そか、収集の依頼がしやすいように、ギルドはこんなカタログを作るみたいなこともしているんだ。
考えてみれば、物産展だよね。
どこの世界でも、人の考えることは一緒なのかもね。
「それと、ここで、臭くて黄色くて、地面から吹き出す粉はありませんか? 硫黄っていうんですが……」
「黄色の粉は、南のトールケの火の山に、あります。
これらも、ある程度必要なんですな?」
「はい、量も欲しいですが……。
問題がありまして、さっきのゴムと混ぜて使いたいのですが、思うような変化をするのかを知りたいのです。そのような変化がなかったら、入手しても意味がないものですから」
「……それは困りましたね。
そうだ、錬銀術を趣味にしている男がいます。
その男を紹介しますから、予備的に試験して貰ってはいかがでしょうか?」
「錬銀術?」
思わず、聞き違いかと思った。
「ええ、何やら判りませんが、『賢者の石』を破壊して、その際に金を銀や銅に変えると頑張っていますよ」
ああ、そうですか。
貴金属を、そうじゃない金属に変えるのも、この世界じゃアリなのか。
金がありふれると、まぁ、そういうことだよね。
ちょっとびっくりだよ。
鋼の練鉄術師とかもいかねないけどさ、実際いたらちょっと何やってんのアンタって感じだ。
そか、俺の世界で錬金術が成功していたら、ここと同じになっていたかもね。錬銀術を開発しようって人が現れていないのだから、錬金術も成功していないんだよ。
「では、その人に会ってから、収集の依頼を出しますね」
「紹介状を送っておきますから、行って見てください」
「からくり師のあとに続けて行くのでも?」
「先方が良ければ、ぜんぜん問題ないでしょう」
そか、ここは、時間に縛られている俺の世界とは違うんだ。
よほどの邪魔をしない限りは、お互い融通を効かせあっているんだろうな。まぁ、俺の話も仕事の話って言えば仕事だし。
それはそうと。
俺だって、ゴムがゴムノキから採れることは知っている。
同時に今日眺めた、一面の砂漠の風景も忘れてはいない。
いくら魔素流の来ない北限の植物とは言え、ゴムってそんなに手に入るんだろうか。
できれば、1トンくらいは欲しいよね。
だって、
でも、その分ぐらいの資材は集めておいてもいいよね。
俺が考えていることは、ゴムの樹液に硫黄を混ぜれば、弾力のあるゴムが作れるってこと。
これを金の線に塗れば、絶縁されたケーブルの完成だ。
そして、混ぜる硫黄の割合を増やすと、最後は弾力のない硬いものになる。エボナイトだ。
これはこれで使い勝手がいい。絶縁体だし、ここみたいに陶器が作れないところでは、簡易な碍子にもなるかもしれない。
俺は、中学生の時、ブラスバンド部なんてところでバリトンサックスを吹いていた。
その部では、男子は金管、女子は木管というルールがある中で、あまりに重い楽器だからと男子の俺に振り当てられたけど、結果として、男子からも女子からもシカトされる憂き目にあった。
どっちの練習からもハブられたんだ。
男子からは、金管アンサンブルに木管は邪魔って。女子からは、なんで男子が練習に紛れ込むのかって。「あんたなんか、チューバと一緒に『ド、ソ、ド、ソ』って、上がったり下がったりしてればいいじゃん」って言われたのを俺はまだ根に持っている。
俺のなにが悪いんだ? って話で、コミュ障をさらにこじらせたけど、その楽器のマウスピースがエボナイトだったんだよ。
この黒いエボナイトというのはプラスチックじゃないし、骨とか木とかでもないしと悩んで、調べて作り方を知った。
で、ゴム樹脂への硫黄の混ぜ方で、ゴムの弾力とか硬さを変えられることを知った。
その知識を、こんなところで使うとは思わなかったけどね。
まあ、いいや。
これが上手く行ったら、災い転じて、てなもんで嫌な思い出も忘れられるだろ。
「それから次は?」
「私の手のひらくらいの長さで、歪みのないまん丸い円柱が欲しいです」
「辺界でヤヒウを襲う、トオーラの腿の骨がご希望に添えるかも知れません」
よし、これにエボナイトを塗って固められれば、録音筒になる。
この世界にもロウソクはあったけど、蝋というよりヤヒウの脂製で柔らかかったんだ。
木材がないってのは、天然樹脂も限られるってことで、本当に厳しいよね。
「量はそんなに要らないのですが、とりあえず20本くらい……」
「肉も不味いので、狩ったら革のみしか持ち帰られないのです。良くて牙でしょうか。
骨となると、新たに依頼という形になります。
ただ、命がけの仕事になりますから、高くつきますね」
「新たに狩るのではなく、前に狩ったものが白骨化したのでも……」
「それもお約束はできません。
自然界の白骨は、すぐに土に戻ったり、他の生き物に持っていかれたりで、そこにある確証はないのです。どちらにせよ、その採取も含めた狩りの依頼になるでしょう」
「解りました。お願いします」
「次を承りましょう」
「この世界で最も硬いものはなんでしょうか?」
「東のトーゴの鍾乳洞に産するクリスタルでしょうか。
ただ、これは量を確保するのは難しいですよ」
「量は要りません。尖った欠片があればいいですし、このペン先ほどの小さなものが数個あればいいのですが」
「ならば、探す必要もないでしょう。
アクセサリーとして加工される時に出る細片で十分かと。職人のところにきっと、いくらでもありますよ」
おおっ、ラッキーだ。たまにはこういうのもないとね。
必要なものは、あと幾つだっけかな。
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