第18話 金の価値
「確かに、我々はコンデンサなるものを作ることはできなかった。
それでも、私が言いたいのは、『始元の大魔導師』殿の描く未来が、どこまでこの世界を救えるのかということだ。
我々の世界を、実験台にして貰っては困る」
「でしょうね。
だからこそ、ここで話をしているのです。
ルイーザ殿とも話しましたが、私はこの世界で独裁をしたいとは思わない。また、やり直しを繰り返せる実験とも思ってない。
この世界に対する責任と判断は、この世界の統治によって行われるべきだ。
だからこそ、王に会わせていただきたかった」
魔術師は、俺の言葉に頷いてさらに続ける。
「もう一つ、失礼なことを言わせて戴く。
そのような無価値なもので、なぜこの世界を救っていただけるのか?
善意のみで人は動かず、また動けない。
『始元の大魔導師』殿の動機がなにかを聞かないと、安心できない」
……この人、もしかして、悪役を演じている?
同じ疑問を、王も大臣も持っているはず。でも、立場もあって
この世界に来てからの一週間の間、いろいろとこの人とも話はしているんだよね。
で、言いたいことを頭の中にまとめて、この場に来ているんだ。
「えっと、信じていただけるかどうか判りませんが、私の世界の話をしましょう。
このお茶の注がれた青磁の器ですが、金で購ったら、どれほどの重さになりますか?」
「無理だな。
どれほどの金を積み上げても、価値が釣り合わん」
王様が答えてくれた。
「でしょうね。私たちの世界ですと、金にしてこれくらいになります」
ま、良い器だけど、1つ1万円くらいに見ときゃ間違いないだろう。
5個セットで5万円と考えるとやたら高く感じるけど、王家に伝わるっていうんだから、それなりのものだろうし。
陶器の目利きなんてできないけど、人間国宝とかの作でもなきゃ、そう悪くもない予想だろうな。
で、1万円くらいなら、金で2g位に考えときゃいいよな。
この一週間で、さらにコンデンサを作り足したから、金を扱う感覚がちょっとは解ってきている。
だから、指先で2g位の量を示した。小指の爪の半分くらいの面積だ。
「それは可怪しい。
このようなものが、それほどの価値を持つはずがない!」
大臣〜。認めてよ、そういう世界なんだよー、うちらは。
それに、この綺麗な青磁を貶める意図はないよ、俺。
「魔素流によって賢者の石が作られなかったら、この世界でも金は価値があったのではないでしょうか?
「確かに、古の貨幣に金で作られたものがあり、当家にも伝えられている」
さすがだね、最古の王家ってだけはあるよ、王様。
「契約の金の量は、私の世界であれば、三人が贅沢に一生を終えられるほどのものです。
十分にありがたいと思っております」
俺の言葉で、しーんとした。
「それでは、金を『始元の大魔導師』殿の世界に運べば!」
大臣が口走りやがった。そりゃ、誰かが言うだろうとは思っていたけれど。
「それだけはやっちゃいけない!」
思わず強い言葉が出てしまった。
ルー以外の、全員が驚いた顔になる。
「今、異世界間貿易だけは、何があろうともいけません」
落ち着いて言い直す。
「なぜかな?」
王様が怖い顔を緩めて聞く。
俺をリラックスさせようって、考えてくれているのだ。必ずしも俺の味方ではないにせよ、公正を自分に課しているに違いない。
俺も、一週間とはいえ、考え、準備する期間はあったんだ。
焦らず、きちんと話そう。
俺は、王様の心遣いにちょっと申し訳なさを感じながら説明した。
「簡単なことです。
私の世界とこの世界は、交易ができる対等な関係になりえないからです。
お気を悪くされるでしょうが、はっきり言います。
金は私たちの世界では価値があるものですが、それ以上にこの世界にはありふれている。
金を移動したら、私たちの世界の金の価値は暴落する。この世界と同じになってしまいます。
その後、この世界は、私のいた世界に対して何を売るのですか?
魔法がなくても、魔法以上のことが可能になった私の世界では、こちらから買うものがない。
それに対して、こちらの世界からしてみれば、私の世界は宝の山です。
失礼ながら、王の植物園は数百種類の植物があるとのことでしたが、私の世界の植物は、数十万に及ぶと聞いたことがあります。多彩さにおいても、この世界に勝ち目はない。
その不均衡さは、売るものを求めて麻薬や人身、果ては臓器にまでに及ぶでしょう。そうなったら、この世界は、一部の豊かな人間と、大多数の極貧の人間に別れてしまって不幸の塊になる。
私たちの世界では、歴史上、何度もあった不幸な出会いです。
私は、この世界を、そのような草刈り場にしたくはありません。
まずは
不用意な金の移動は避けるべきです」
誰も口を開かず、間が空く。
王様が自ら、全員のお茶を汲み変えてくれた。
ルー、恐縮して小さくなる。俺も似たようなものだ。
王様、俺にゆっくりと聞いてきた。
「『始元の大魔導師』殿。
この世界について、どういう感情を持たれていますかな?」
正念場だ。
それくらいは俺でも解る。
王様、俺という人間自体を聞いてきているんだ。
「私たちの世界は、高度に発展し、複雑です。
そして、その歪みも大きい。
先程言ったとおり、自ら住む星を何度も焼き尽くす力を持ち、生きた人間の臓器ですら売買するほどです」
王様と俺以外の全員が顔をしかめた。
俺だって、そう感じるよ。俺の世界は狂気に満ちている。
臓器移植だって、善意のドナーならばいいけど、世界は必ずしもそれだけで成り立っていないって、俺だって知っている。
「この世界に来て、ルイーザ殿の父上、その弟子の方々、ルイーザ殿、食事に出かけた店、お会いした人の範囲は狭くても、元いた世界のような歪みは感じませんでした。
私は、この世界を失いたくないと思いました。
発展するにせよ、先の轍を踏まず、私の世界の轍も踏まず、なんとか道を見つけたいと思っています。
だから、私一人ではどうにもならないところを、助けていただきたいのです」
「自信はないと?」
嫌な言い方するね、この魔術師さんは、よ。
「私は『始元の大魔導師』、魔素の技術者です。
自分にとって、できることとできないこと、その境目は正確に解っています。
自信のあるなしとは別の話です。
『大魔導師に政治はできぬ』と、申し上げているのです……」
俺の言葉を最後に、部屋に静寂が広がった。
たっぷりと静かな時間が過ぎてから、王が口を開いた。
「成程、よく解った。
『始元の大魔導師』殿を理解したとは言わぬが、その正直さと善意については、疑う必要がないことは、だ。
ただ、それでも、だ。
この世界の発展のスターターたる物資は必要なのではないか?
そのスターターのみの購入であれば、許されないのか?
それについては、どうお考えか?」
そか、発展の最初のきっかけになる物資であれば、量も少ないし、問題が生じないかも。
「スターターたる物資ですか……。
そうですね、農産物の種子、家畜の仔、知識のもととなる書籍、広範囲な最低量の資材類、加えて工具類を持ち込む程度であれば、問題ないでしょうね。
ただ、その洗い出しの労力は膨大でしょう。
それに、持ち込んでから、この世界で受け止める余地がなければ無駄になってしまいます。例えば、農産物の種子を持ち込んでも、作れる余裕のある人がいないとか、畑がないとかです。
また、召喚魔法は、多大な、あまりに多大な魔素を使うと聞きました。
魔術師の方たちの寿命を大幅に削るのは、本意ではありません。
なので、できれば魔素の十分な確保ができるよう、
そのための、資金と資材の提供をお願いしたいと思います。
ただ、資金はそれほどの額は不要でしょうが、修理と資材の生産は金の工作のできる方が何人も必要です」
「その程度であれば問題ない」
「また、天然資源については、探索が必要になるものもあるでしょう」
「それは報酬を提示して、ギルドに下請けに出す。やはり問題なかろう」
あ、やっぱりあるんだ、ギルド。なんか嬉しくなるね。
出会いと別れのル○ーダの酒場もないかな?
行ってみたいぞ。
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