第17話 王との会談


 その晩、俺は正式に王に招待された。

 同席者は、大臣とルー、そしてルーの父親の弟子の最年長の魔術師さん。

 王は、王冠は外していて、ただの怖い顔のおじさんになっていた。この方が、俺にとってはいい。吹き出さなくて済むからね。


 5人の前には、ヤヒウの仔の丸焼き。

 こうして見ると、仔羊と変わらない感じだ。

 それを王自身が取り分けてくれて、どうやら、これってこの世界で最大級のもてなしだったみたいだ。

 例によって目玉は固辞したのだけど、どうしても断りきれず、でも王様に一つ押し付けた。「前世からの再会を祝して」って言ったら、上手く行ったよ。我ながら、ホントいいな、この嘘。


 で、本当に美しい青磁のお茶碗で、チテのお茶。こうしてみると、俺の世界の普通のお茶と変わらない。

 不覚にもちょっと感動して、涙出た。だって、金の器続きだったからさ、陶器の湯のみでお茶ってほぼ一週間ぶり。これだけでどれほど癒やされたか、これは経験してもらわないと解ってもらえないだろうな。

 金っていうだけで、いちいち緊張するんだよっ!


 そして、食後のお茶とともに本題に入った。


 「『始元の大魔導師』殿、昼間話されていたことの詳細を伺いたい」

 王様に促されて。

 逆に俺は聞き返した。

 「この限られた人数の中ですから、本音の話をいたしましょう。

 王様、最終的になにを望まれますか?

 昼間話したことはすべてまこと

 円形施設キクラを修理しても、再度の滅びが来るかも知れません。

 それを避けるためには、社会自体を変えねばならないでしょう。

 その結果、王の力を保つ、権力、権威、富のいずれかが制限されるかも知れません」

 こんなこと、中学の公民と高校の現代社会の知識しかないのに、一国の王に話す俺の厚顔無恥さは、我ながらいっそ素晴らしいよね。


 「なぜ、そのようなことが?」

 と大臣。

 「かんたんなことです。

 豊かになって規模が大きくなるからです。誰もかれも豊かになって、健康で文化的な生活をして、財産を持つようになる。そして、人数も増えます。

 そうなった時、王と民の一部の利害が一致しなかったら、何が起きますか?

 私たちの世界は、そういう事件を済ませてきたのです」

 「では、王が弑逆されると……」

 極端だな、大臣さん。


 「そこまでのことは言ってません。

 ただ、王と、民の代表の議会、裁判する機関を相克させると安全なのです」

 そう言って、俺は、指先にお茶を付けて、テーブルに三権分立の絵を描いた。

 公民は苦手じゃなかったんだよね。

 もっとも、衆議院の定数だ、立候補の年齢制限だのなんて覚えちゃいないけどさ。ただ、理系としちゃ、仕組みとしてよくできているって思ったんだよ。


 「まず、不敬はお許しください。

 この方法の利点は、王の権限と富が制約されても、王の権威と行政力は失われないことです。

 王の一族は優遇されるのです。

 そもそもの現実問題として、伝説の一千億人の時代が再来して、神ならぬ王一人が、国のすべてを責任を持って治めきれますか? 日に裁判1000件を裁けますか? 何十万という軍を補給まで含めて指揮しきれますか?

 国が発展し、1000倍に人口が増えたとき、単純に考えてさえ王の負担は1000倍になります。

 これは、王の負担をも軽減する統治システムなのです。

 ただ、その移行をどう行うかで、王の権威と権限は大きく変わりますね」

 王様、頭をぶんぶんと振った。

 きっと、1000倍の仕事量を想像して絶望的な気分になったんだ。

 判りやすくて可笑しい。


 「『始元の大魔導師』殿。

 余の理解が正しければ、富は制約されると言っても今より遥かに豊か、権限は制限されると言っても、それは権能の委任であり、委任された者同士の相互監視なのではないのか?」

 用語の違いなんか解らないけど、こういうのがすっと出てくるあたり、王様ってのは凄いんだね。

 俺のイメージだと、王様ってのは、端金ハシタガネと棍棒を渡して、勇者を死地に追いやるのが仕事なんだけどね。


 「ええ、それで間違いないと思います。

 私たちの世界にも、三権分立なのに、軍とかの中心機関が王立という国がありますよ」

 「なるほどな」

 「結局のところ、私が言いたいのは、円形施設キクラは無限の富を生むかもしれない。

 それに甘えきり、先の滅びと同じ道を再び歩まぬための、よい計画が必要だということです。

 すでに王は、前の滅びの道を再び歩むことを禁じておられました。これは先見の明と申せましょう。

 前と違う道を歩み、滅びを回避するのです」


 そこまで話したところで、今まで無言だった魔術師さんが口を開いた。

 「その未来において、我々魔術師は必要とされますかな?」

 「されぬ訳がありません。円形施設キクラの管理は魔術師にしか為しえぬものです。

 ただ……」

 「ただ?」

 「その管理権は莫大な富を生みます。

 王との明確な不可侵ルールが必要でしょうね。これは円形施設キクラの再生が実現していない今こそ、決めておかないと揉める原因でしょう。

 ただ、不可侵と言っても、一定の条件で見直しの機会が与えられるようにしておかないとでしょうが」

 「確かに」

 これには、全員が頷いてくれた。


 「さらに、です。これは言いにくいことなのですが……。

 先の世の滅びは、魔法に頼りすぎたという面は否定できません。

 社会の豊かさを支える柱は、何本あってもいいのです。

 でも、先の世には魔法しか無かった。

 だから、一気に滅びたのです。

 魔素以外のエネルギーもあって、さまざまな天然資源があって、作る、加工する、運んで売るのバランスが取れるよう歩みを進めるのです。

 そうすれば、それぞれが補完しあって社会の強さを増してくれ、滅びを回避できるでしょう。

 魔術師の誇りは理解しておりますが、それでも、誰かが寿命を縮める前提の社会の仕組みは是正されるべきです」

 「我々は、単なる円形施設キクラの番人と成り下がるのかな?」

 嫌な言い方をするな。そうは思ったけど、なんだろな?

 感情的な、なにかがある風でもない。


 「違います。

 例えば医療について、簡単なものであれば薬草でとなりますが、本当に重篤なものは治癒魔法でなければ治せないでしょう。

 すなわち、魔術師の格は上がるのです。

 先程の、王様への問いと同じです。

 そもそもの現実問題として、伝説の一千億人の時代が再来して、一握りの魔術師がエネルギー、医療、軍事等のすべての中核を責任持って担当できますか?

 国が発展し、1000倍に人口が増えた時、安逸な生き方もできる中、あえて茨の道を選ぶ者がどれほどいますか? どれほどの者がその誇りに相当する行いを保てますか?

 円形施設キクラの番人と卑下されましたが、それも誇りを持っても行われないと、際限のない富を追い求めるよう堕落し、それによって魔素の利用コストがあがり、結局世が滅びることにもなりかねないのです」

 「言いたいことはよく解る。

 コンデンサの働きも見事だ。

 ただし、どこまで予想通りに上手くいくかは判らないと、私は思っている」

 うーん、元いた世界と同じぐらい考えて喋っているわ、この人。

 本郷がいてくれたら、話が早かったはずだよね。


 「そうですね。

 そこは否定できません。

 かなりの準備も必要ですし、魔術師の方たちからの協力がなければ、私も成し遂げられません」

 「薬草だの、他の天然資源の利用だのっておっしゃるが、それが魔法と比べてどれほど有効なものかも疑問だ。

 それならば、魔術をより極め、魔術師以外の魔法使用を盛んにし、呪いなどのよろしくない使用に対しての規制をした方が良いのではないかと私は思う」

 あー、この人、めんどくさいかも。


 魔術師以外の魔法使用なんて、才能じゃん。一般化できるはずもない。それをこの人も解っているはずなのに、なにを言いたいのだろう?

 それでも、確か、ルーはこの人は信用できるって言っていたよな。

 いろいろ理解して、わざと言っているのかもしれない。となると、魔術師の権益保護なのか、それとも王への牽制だろうか?


 「私の元いた世界の話をしましょうか。

 そこでは、魔法はまったくありません。

 ですが、すでに生命の神秘を解き明かし、治癒に応用しています。生きた人間の体内を、傷つけずに見ることも可能です。

 また、音よりも速く飛び、人を月まで送ることも可能です。そのために必要な膨大な計画とその実現のために、計算をし、考える機械もあります。

 今回のコンデンサも、それらの技術のごく一部を応用したものです。

 不吉なこととしてではなく、単純な技術論として聞いていただきたいのですが、私の世界とこの世界が戦争になったら、この世界に勝ち目はまったくありません。私の世界では、ただ1人の兵士を失うこともなく、この世界を蹂躙し尽くせるでしょう。たった1つでこの地上に太陽を作り、すべてを焼き尽くすことが可能な爆弾も万の単位であるのです。

 それでも、魔法ほど有効ではないでしょうか?」

 自分で言っていてなんだけど、俺の世界の科学技術って、結構エグかもなあ。

 

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