第16話 植物園の奇跡


 王の庭は、思ったより狭かった。

 考えてみれば当然だ。

 権力は土地の広さを確保させるけど、この世界では、円形施設キクラで守られる範囲外の土地など持っていてもなんの意味もないからね。

 それでも、数百は下らないであろう植物の種類と、なんと、樹木までがあった。

 そこで、片膝を地に付き、胸に手を当てたボティビルダーのようなガタイの男が待っていた。


 王様が声を掛ける。

 「ミライ、そなた、ここの草木に病気が発生し、困っておったな。

 この国で、お前だけが使える植物への治癒魔法も、その回数が間に合わず、腐り、枯れる草木が多いと聞いていた。

 10回立て続けにその魔法が使えたら、その草木は救うことができようかの?」

 「はい、10回を使えれば、ほぼ間違いなく、樹木のすべてと草本の大部分を救えましょう」

 「聞いたとおりだ。『始元の大魔導師』殿。

 治癒する先に、人と草木の違いはあるが、問題なかろうな?」


 案外、喰えねぇ爺さんかも知れない。この王様。

 声の高い、落ち武者プレデターのくせに。

 こちらの手に乗るようで、植物っていう誤魔化せない相手を選んできた。

 王宮内の治癒ができる人間を、こちらが全員手なづけていることを疑っている。

 残念だね、俺のはモノホンの科学技術だから、詐術を疑ってもこっちの手は読めないよ。

 

 「問題ありません。

 ですが、ひとつだけ。

 この貯蔵された魔素をミライ殿の身体に移すのに、魔術師の娘、ルイーザ殿の手をお借りしたいのですが」

 「ルイーザ殿は魔術師ではござらぬ」

 大臣かな? のおじさんが言う。でも、これは想定していたんだ。


 「ないからこそ良いのです」

 「それはどのような?」

 「魔術師は名乗らぬ掟を持ちます。

 ですが、私がもしも円形施設キクラを修繕するとしたら、それは世に大きな変革を呼ぶでしょう。

 それは、先の時代と同じ轍を踏みかねない道でもあります。

 その道を避けるためには、王の意思と魔素を使いこなす魔術師の双方を理解し、つなぐ役割の者が必要になりましょう。ルイーザ殿は魔術師にあらずして、魔術師並みの魔素を持ち、その立場も理解できる者です。

 ですが、その者は、王の利益を害すればこの国を追われるやもしれず、魔術師の利益を害すれば呪いをその身に受けます。

 これはルイーザ殿が魔術師としての庇護をされぬことから、そして魔術師はルイーザ殿の名を知っていることから、このようなことになるかもしれぬということです。

 そのような損な役割を、その身を呈して引き受ける覚悟のある者はルイーザ殿をおいて他にありますまい。

 また、私は『始元の大魔導師』として、王とも魔術師とも異なる立場。

 しかも召喚された身一つで、天涯孤独。

 この世に我が意思を代弁してくれる者とておりません。私の行動が、王と魔術師の間で問題になることは不本意ですから、ルイーザ殿のご助言がいただければ、極めてありがたいのです」


 あまり噛まずに言えたぞ、俺。

 で、大臣がとりなしてくれた。

 「なにかとお考えのことがあるようだ。

 だが、今のお言葉には頷けるものがある。

 我が王よ、この場に限り、ひとまずは『始元の大魔導師』殿のお言葉通りで良いかと思いますが……」

 「よかろう」

 王の許しが出た。

 やっぱり高いなぁ、声。

 これで、ルーの立場も一歩前進だろうな。


 「ミライ殿、今すぐに植物への治癒、おできになりますか?

 魔素が足らぬようであれば、即、補充させていただきます」

 「申し訳ありませんが、未だ前回の使用から私の体内の魔素は回復しておりません」

 「わかりました。

 ルイーザ殿、よろしく頼む」

 ルーは大きな目をしばたたかせて、俺に深々と頭を下げた。

 王の前だから、「殿」と呼ぶ他人行儀な演技。

 ちょっと可笑しい。


 ルー、片手にコンデンサの金の針金を握り、もう片方の手をミライの上腕に触れた。

 「ごにゃらごにゃら、ミライ、ごにゃるらごにゃら」

 どうも、これってこの世界でも古語らしい。俺の体内の魔石もここまでは翻訳できていない。

 ただね、ルーに聞いた範囲では、シンプルなものらしい。「天に満ちる魔素の力を司るカーナンの神よ、その力を以て、我れにその片鱗を与えよ!」みたいなことは言ってと。

 直訳すると、「力、ミライ、行く、事の成就を願う」くらいのシンプルさなんだそうな。

 まぁ、そうだろうなぁ。当たり前の技術ってのはそういうもんだ。

 テレビのリモコンが、毎回そんな気合が必要なものだったら、少なくとも俺は使わないよ。


 ルーの呪文が終わると同時に、ミライさんの目が大きく見開かれた。驚いている。

 「私の体内に、これほどの魔素を感じたことは、未だかつてありません。これは早く使わないと、溢れてしまいそうです」

 「では、早速に」

 と大臣が急かす。

 「はい」

 ミライさん、答えて歩き出すので、俺たちも付いていく。


 そして1本の木の前。

 確かに葉が萎れだしているし、太枝に腐ったうろもできてしまっている。

 ミライさん、その幹に手を触れて、俺たちに話した。

 ルーも、その背中に軽く手を当てているし、もう片方の手はコンデンサからの針金を握っている。そのまま魔素を流し込むのだろうね。

 「では、まずは腐りがきてしまっていて一番の問題のバクーの木を。

 さて……。

 ごにょごにょ、バクー、ごにょりょりょっく、ヘイレン」

 ミライさんが呪文を唱えると、一瞬だけだけど、その木が輝いた。

 でも、見た目に変わりはない。


 なんとなく納得の行かない顔の俺に、ミライさんがはあはあと喘ぎながら言う。

 「植物は、動物より治癒の効果が現れるのに時間がかかるのです。とはいえ、次の食事までの間には元通りになっているでしょう」

 よほどに疲れているようだ。

 400メートルを、息を止めて走った後みたい。

 魔術師ではない者が魔法を使う、それはこういうことなのかと思う。魔素が身体を通り抜けるだけで、極限の疲れが出るんだ。

 となると、立て続けに治癒魔法を唱えてみせた、ルーの才能はとんでもないということになるね。


 「では」

 ルーはそう言うとまたもや、片手にコンデンサの金の針金を握り、もう片方の手をミライの上腕に触れた。

 「ごにょごにょ、ミライ、ごにょりょりょ、ヘイレン」

 ミライさんを回復させてから、魔法を使わせるのか。なんと二度手間な。

 「おおっ!!

 このようなことがあるのか。とても信じられない」

 「ミライ、次の植物へ」

 一応大臣が言ったけど、そんなの不必要だった。


 踊りださんばかりの勢いで、ミライさんは、次の枯れそうな植物の前で呪文を唱える。

 そして、ぐったりし、ルーから補給を受けて元気を取り戻し、再び呪文を唱える。

 これが10回繰り返された。


 10回目が終わった時、一番最初に呪文をかけたバクーの木は、うろも消え、すでに青々とした葉を天に向けていた。

 王様はほとんど呆然としていた。

 「このようなことがあり得るのか……」

 こんな感じ。


 それでも大臣は、もう一つ疑いの言葉を挟んできた。

 「疑うわけではありませんが、『始元の大魔導師』殿の作られたカラクリではなく、ルー殿の魔素が分け与えられたということでは……?」

 「確かに、私は父の血を引き、他の者よりは魔素を貯めうる才能があります。

 が、『ヘイレン』を立て続けに10回唱え、それでもこうしていられるほどではありません」

 疲労の欠片もない、思いっきりいい笑顔でルーが答える。


 王様、やっと次の言葉が口から溢れる。

 「斯様なこと、この目で見ても信じられぬ」

 さ、カマシ時だ。

 「いえいえ、これはまだ初歩の初歩。

 このコンデンサカラクリを作るのに、銅貨数枚しか使用していません。これはさらにさらに大規模にでき、円形施設キクラから無尽蔵に魔素を充填できるとしたら、そして、その円形施設キクラ自体も数を増やすことができ、焼かれる大地はもはやなく、さらに円形施設キクラ内の魔素流の制御も魔術師の犠牲なくできるようにできると申しましたら、どうされますか?」

 王様の手、がくがく震えている。どうやら、膝もだ。

 どのようなショックなのだろう。

 嬉しいのならいいな。


 こともあろうか、王様、俺に跪いた。

 「『始元の大魔導師』殿、この世をお救いくだされ!」

 俺も跪く。

 王様のうすい頭が、顎の下の至近距離だったから、それはさすがにちょっとね。

 「なにをおっしゃいますか。前世からの因縁、今こそここで再度実を結びましょうぞ!」

 正直、「『結びましょうぞ!』ってなによ?」って、内心で自分にツッコミを入れる。

 やり口、本当に詐欺師だな。


 まぁ、効能に嘘はついていない詐欺師だから許して欲しいな。

 などと思っていたら、王様、ぬっぷしって抱きついてきた。

 救いを求めてルーに視線を走らせたら、大臣とルーが揃って横で滝涙を流しているのが見えた。王様と大臣は相当に、ルーもちょっと、鬱陶しいぞ。

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