第15話 無双は続く


 王の間は広かった。

 当然石造りである以上、広大な空間を作るのは難しい。屋根を支えられないからね。アーチにするにせよ、技術的に相当なものが必要になる。

 この建物は、壁以外は木造だ。よほど石よりは楽だろう。

 ただ、この世界でこの屋根を支えるだけの太さの木材は、まだ手に入るのだろうか。それとも、相当の古材に見えるけど、数百年を経たものなのだろうか。


 革の敷物に、毛織のタペストリー、その意匠はどこか中東を思わせる。もしかしたら、遊牧民の文化ってのは、どこか共通点を持つものなのかも知れないね。

 そして、目の前には、玉座に座った王がいるんだけど……。


 もしかしたらと、思ってはいたんだ。

 王様と被りものはセットだからね。

 で、この世界の金のディスられっぷりを見ていると、どう考えたって、王冠は金じゃない。

 じゃあ何か、ってことになるけど、鉄の被りものってなったら、それはただ単に兜ってやつだ。

 魔素はあっても電気はなさそうだから、電気精錬が必要なアルミでもないだろう。

 銀でもいいけど、毎日のように磨かないと真っ黒になってしまう。


 そこまでは予想できていたけど、まさか、その実態がガラスと木のビーズ細工とは思わなかった。

 しかも、そのビーズ細工ってのが、アラブの男性が頭に布をかけてから乗せる輪っか(カガールっていうんだっけ?)に、黒いタコの足状態のものがぐるりとついている形。

 で、その輪っかからは王様の頭のてっぺんが突き出す形になっていて、言いにくいんだけど、その頭が相当に薄い。ちょっと見、太くて長い髪の落ち武者みたいにみえる。

 でもね、落ち武者に見えないほど厳つくて威厳がある怖い顔なので、結果としてできあがったのは、小柄な映画のプ△デターのそっくりさんだ。


 それに気がついて、俺、一瞬凍って、それからほっぺたの内側を噛んで笑っちまうのを必死に耐えた。

 さすがに、初対面の王様の顔見て笑いだしたら、打首とかになるかもだし、自分の頭蓋骨をそんなんでコレクションされるのは絶対にイヤ。

 ルーを見習って、右手を胸に当て片膝をついて頭を下げたけど、思い切り肩は揺れていた。


 今まで、王様なんて存在に会ったことはないけど、王様の横にいるのはだいたい大臣だったよね。ド○クエの場合。

 だから、自己紹介はなかったけど、王の横の人は大臣だと思うことにした。違っていたって、まぁ、偉い人には違いないから、きっと問題はない。

 「『始元の大魔導師』殿、身震いされるほど王との面会に感動されているのか。

 王も大層にお喜びである」

 大臣から、そう声がかかる。

 そう、俺が『始元の大魔導師』の代理ということは、ルーとルーの父親の魔術師と相談して伏せておくことにしたんだ。話が厄介になるだけで、益がなに一つないって。なにか功を上げてから話せばいいし、契約書で正規に指名された人間であることに間違いはないし。


 で、俺の肩、さらに震える。

 そか、吹き出すのを我慢しているのが、感動で泣いているように見えたか。

 堪忍してくれ。

 なんの拷問だ、これ。

 俺、今までの人生で、ここまで笑いを堪えなきゃならないような目にあったことなんてなかったぞ。


 「筆頭魔術師殿が自分の娘を代理とし、召喚されし『始元の大魔導師』殿の能力の一端を披露したいと言ってこられた。

 余は、この時を待っておったぞ」

 と、王の声。

 高い、高い。

 見た目怖いのに、声、変に高い。

 ギャップが可笑しすぎる。

 言われた話が、全然入ってこない。

 ケロ□軍曹か。

 俺、全力で手を当てている場所の筋肉を掴む。歯を食いしばる。

 辛くて、涙出てきた。


 「大魔導師殿?」

 そういって、横からルーが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 さすがに不安そうなその顔を見たら、少しは落ち着いた。

 頭の中で、必死に素数を数える。それから、子供の時に亡くしたペットの猫のトンちゃんを思う。そして、トドメに、中学の時にハブられていた記憶を思い出す。


 俺、深々と頭を下げ、下を向いたまま話す。

 理由は簡単。

 王の声を聞いたら、また崩壊しちゃうかもしれないからだ。吹き出しちゃっても、下向いていたら誤魔化せるかも。そしてなにより、プレデターを見なくて済むし。


 「我が王よ。

 お久しぶりにございます」

 「余はそちに会ったことなど……」

 「円形施設キクラ製造の折り、ご尽力いただきました。私を覚えては居りませぬか?

 再びお会いできるとは、前世からの因縁浅からず、感涙に絶えませぬ」

 そのあたりでようやく顔を上げる。

 「ああ、そう。

 ……えっ、そうなの?」

 見事な二度見だったな。

 「はい」

 自信を持って力強く応えてやる。


 このカマシは、話がうまくいかなかったときのためのオプションとして妄想していたものだ。決して、前から考えていたとかまでのレベルのものじゃない。

 ただ、ここまで感極まっちゃっているように見えているならば、カマシちゃれと思ったのだ。気持ち的に、吹き出しそうで追い込まれちゃったし。

 でも、こういう夢想ってのは一旦口から出てしまって、しかも相手が乗ってくるとすらすらと口から出てくるもんなんだね。

 我ながら、びっくりだよ。

 それとも俺、詐欺師の才能が開花したのかな?


 「ああ、そう……。

 残念ながら、余は、大魔導師殿にうたか以前に、前世のことを何一つ覚えておらぬ。

 申し訳ない」

 「ここで再び巡りおうたは、共に円形施設キクラの元に繁栄を取り戻さんがため。

 定められた宿命なのでございましょう」

 王様、ドン引いている。

 その引いているのを次で一気に掴む。


 「変わらぬ我が力、ご覧くださいませ」

 「お、おう」

 これで、きちんとした効果のあるものを見せれば、その前の戯言までを信じてしまうはずだ。

 そうなれば、次は「前世の時の王は、そんなこと言わない」って、少しはこちらの思う通りに動かせるかも知れない。


 「まずは、これをご覧くださいませ」

 俺の声に、ルーが指でちょいちょいと合図する。

 それを受けて、前もって話しておいた衛兵が、担架のような台にコンデンサを山積みにしたものを持ってきてくれる。

 これは、先程、ルーの親父さんの弟子の魔術師の面々、4名に魔素を充填してもらったものだ。

 俺、準備に使える7日の間、これを大量に作るのと、王様との会話についていろいろな手を考え尽くしていたんだ。多分に妄想も入っていたけど。


 「これは、なにか?」

 「ここには膨大な魔素が詰っております。

 これを使えば、魔術師でなくても自由に魔法を使いうるでしょう」

 「なんと、それは、いにしえに失われし技ではないのか?」

 「おっしゃるとおりです。

 王宮にも、魔術師ならずとも、治癒魔法の1回くらいはなんとか掛けられるという方がいらっしゃいましょう。

 そんな方でも、これを使えば、立て続けに10回ほどは魔法が使えることになります。

 ご確認ください。

 ただ、こちらからその方を指名すること、病人を用意することは詐術を疑われる元となることから、敢えて用意しておりませぬ。

 王様自らにて、お選びくださいますよう」

 そう言って、頭を下げた。

 だってさ、「魔法を掛けたふりだった」、「病気が治ったふりだった」なんて、後からイチャモンつけられたくないからね。


 王様、一瞬だけ視線を宙に泳がせた。

 「皆の者、申し訳ないが、庭の植物園まで来ていただきたい。

 それから、庭師のミライにこれから行くと伝えよ」

 植物園?

 ま、問題はない。

 俺とルーは、揃って頭を下げた。

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