第14話 電気工事士無双開始


 朝。

 目の前には、湯気を上げる茹でた芋が、金の鉢に盛り上げられている。

 そして、ぐにょぐにょした白く半透明なものと、家畜のヤヒウの革に挟まれた大量の金箔。そして金の筒と金の針金。そして、ヤヒウの脂。

 そして、最後に子供のように期待に満ちたルーの眼差し。


 まずは腹ごしらえから。

 「水かお茶かなんかくれ。飲み込めないよー。

 あと、塩かバターとかないのか? 胡椒は?」

 と、ルーに請求してでてきたのが、これまたヤヒウの乳。

 一緒に食べると、まあ、悪くない。

 これで芋も喉を通る。

 丸く、黄色く、ぽくぽくして予想以上に美味しいんだけど、口の中の水気を持っていかれるんだ。水気がないと厳しい。

 まぁ、塩気も少ないけど、健康的なんじゃないかな。


 ルーに急かされながら朝食を終え、作業にかかる。

 とはいえ、簡単な話だ。

 白く半透明なのは、塩漬けされたヤヒウの腸。あとで、俺は、これがケーシングというものだということを知った。

 こいつを真水で何度も洗って、徹底して塩を抜く。塩が残っていると、絶縁しないからね。

 筒状のこれを切り広げて、長―い長方形に整える。これに脂を塗り、金箔を貼りつけ、それを二つ重ねる。

 そこまでできたら、空気を抜きながらゆっくりと巻いて、バウムクーヘンよりずっと目が詰まったロールケーキを作る。で、巻く際には、内側になる金箔に、金の針金を一緒に巻き込んで導通を確保する。

 巻き上げたものは金の筒に入れ、金の筒とロールケーキの外側になった金箔とを触れさせ、そこからも金の針金を伸ばしておく。

 最後に、温めて解けた脂を流し込んで封入し、冷めて固まったら完成。

 どことなく料理感が漂う工作だよね。


 俺が作ったのは、コンデンサだ。

 それも、極めて原始的なもので、高い電圧には耐えられないし、容量も少ない。でも、10個とかを並列に繋げば、少しは容量を稼ぐこともできるだろう。

 ただ、元の世界でこれを作ったら、うん百万円じゃ済まないだろうね。だって、ずっしり重いし、ほとんどが金だもん。オーディオマニアならば、買ってくれるかも知れないけど。


 金を使ったのには、もう一つ意味がある。

 電気と魔素の振る舞いが似ているとはいえ、明らかに違うものでもある。

 ただね、物質でそれを繋げられるものって、金しかない。

 賢者の石に触ると金属は金になる。で、その賢者の石は魔素流から生まれる。

 ならば、この世界にあるかはわからないけど、アルミあたりじゃ単なる電気的な働きしか持たないかもしれない。でも、金で作れば、魔素に対しても少しは有効かもって思ったんだ。

 もう1つ、「魔術師の服」であれば、同じことがもっと効率的にできるだろうけど、あれを切り刻むわけにはいかないからね。

 ま、このコンデンサ、失敗したらまたなにか考えなきゃだけど、実験に使うコストは安いはず。この世界での金価格ならば銅貨数枚で済むだろうさ。


 さて、と。

 テスターを取り出し、プローブをコンデンサから出た2本の金の針金にあてて、絶縁を確認する。

 「ルー、魔法を使うというより、体内の魔素をこの片方の針金に流し込めるかな?」

 この行為自体がルーの寿命を縮めるんだろうけど、もう気にしていてもしょうがない。

 これらがみんな上手く行ったら、倍にして返してやるって、詐欺師みたいに思うしかない。


 「えっと、これはなんというものでしょうか?」

 あっ、そか、目的語がないと呪文が唱えられないんだな。

 うーん、ゴールド・フォイル・コンデンサか?

 いいや、長くてめんどくさいから、単にコンデンサで。

 「コンデンサ。

 キャパシタともいうけど、コンデンサでいいや」

 ちょっと投げやりな返答になってしまった。


 「はい」

 ごくごく神妙な顔をして、ルーが針金の先を握る。

 そして、呪文を唱えだすのを思わず遮る。

 「待って。

 治癒魔法は魔素を行ったり来たりさせる波だったから、ここに魔素を貯められないんじゃないかな?」

 おそらく、「交流」という言葉は掴みにくいだろうから、「波」として話してみる。

 「違います。

 これは、魔素がなくなった魔術師に、魔素を分け与える呪文なんです」

 おお、そんなのもあるのか。

 それなら間違いない。

 「邪魔して悪かった。

 ルー、やってくれ」

 「はい」

 ルーが仕切り直しの呪文を唱える。


 「終わったら、手を離して」

 「はい」

 はい、はいと、ルーは神妙だ。

 テスターで、2本の針金の間の電位を計る。

 32V。

 おお、電荷は貯まっている。

 これをもって、魔素があると言えるかはまだ分らないけれど。


 さて、と。

 「ルー、仕上げだ。

 ここから、魔素を取り出すことはできるかな?」

 「やってみます」

 再び呪文。

 「あ、あれっ、あー……」

 ルーが喘ぐ。ちょっと色っぽい。


 「なんだよ?」

 「不思議です。なんで、こんな金とヤヒウの腸から魔素が貰えるんですか?」

 「そりゃ、ルーがさっき充填したからだろ?」

 「ナルタキ殿、解っていて言ってますよね?

 そういう意味じゃありませんってば」

 「そういう技術なんだよ。

 俺の世界では、珍しいものじゃない」

 「すごいです、すごい……」

 そのままルーは絶句して、ただ、コンデンサの金のケースを撫で回す。

 そのうちに、このケースも革かなんかで包めば、直列つなぎにする時にショートしなくていいだろうな。


 「ナルタキ殿、これは、大魔導師様が作ったからこんな働きを持つのですか?」

 「いいや。ルーが作っても同じだよ。技術って言ったろ?

 誰がやっても、同じように作れれば同じように作用する。それが科学技術だ。

 あとは、繋ぎ方を変えれば、高耐圧にも大容量にもなる。

 さらに改良して、大型化して、高耐圧、大容量化すれば、セフィロト大の月スノート小の月の間にだって繋げられるだろう。

 ただね、これはあまりに原始的なコンデンサだから、一日は貯めておけないかも知れない。だんだんと魔素は逃げていってしまうとは思うよ」

 「いえ、たとえ食事と食事の間の時間ですら、魔術師の身体に頼らず魔素を貯められるのは凄いことです」

 「これを使えば、魔術師の魔素を使わずに、魔法が使えるかな?」

 「使えると思います。また、魔術師同士で魔素の融通もできますし、事前にいくらか貯めておければ一人でも二人分の仕事ができるでしょう」

 なるほど、使い方いろいろ、だ。

 その辺の魔法の運用ってのは、俺には判らないから、適当に使ってもらえばいいや。


 「それは良かった。

 じゃあ、これを口実に使って、王に会えるかな?」

 そもそもの目的に立ち戻る。

 「間違いないです。

 こんなこと、誰もできませんでしたから!

 『始元の大魔導師』様が、こんな素晴らしいものを朝食の腹ごなしに作ったって言ったら、大騒ぎですよ!」

 そかそか。

 ちょっとにやにやしそうで、頬のあたりがぴくぴくする。

 でも、その表情を読まれるのも恥ずかしい。偉そうなと思われたら嫌だ。

 現にルー、じーっとこちらの顔を見ている。


 「ナルタキ殿、笑ってください。

 こんな素晴らしいものを作ってくれたのですから、賛辞はお受けになるべきです。

 それほどに謙虚だから、元の世界では生きにくかったのではないですか?」

 ルー、無邪気に言う。

 俺、その言葉に、結構なダメージを受ける。

 泣いちゃおっかな、もう……。


 「……いや、逆なんだ。

 謙虚さが足らないとさえ思われていた」

 「ナルタキ殿の世界って、いったい……」

 「いや、いいんだ」

 そう、反応に困っていると、いつも悪いように受け取られたんだ。

 で、だんだんと話さなくなり、だんだんと人との距離を取るようになった。


 俺、この世界ならば、きっときっと、そんな事を気にしなくてもいいのだ。

 「……ルーよ、我を称賛せよ」

 「はい、喜んで! 『始元の大魔導師』様!」

 うん、変に気を回さないことに慣れとかないとだよね。

 ルー、ありがとう。

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