第13話 過去の召喚


 ま、道理で魔術師が5人で足りるはずだ。800人の中の5人。

 人口と医者の数の比率で考えれば、そして、呪文一つで水虫、虫歯から癌まで治るならば、案外いい数かも知れない。入院も看護も要らないんだから。

 そして、その5人は、いや、正確に言うならば、今や働ける魔術師は4人。その4人が円形施設キクラの維持もしていかねばならないし、それができなくなったら、残された文明も焼き尽くされて崩壊するしかないんだ。

 少ない人口でも維持できているなんて自慢も、もう無理に近い。


 もう、なんとなく俺の捉えていた事態より、遙かにヤバいことになっているじゃんか、この世界。

 「王に会わせてくれ。

 今ので理解できた。

 ヤバイよ。

 このままだと、数十年も保たないでこの世界は滅びる。

 王だって子供もいるだろうし、その子すら天命を全うできないぞ」

 俺の焦りに対して、ルーは悲壮感に満ちた表情を返してきた。


 「そうでしょうね。

 魔術師は、こうなる前になんとかしようとしてきたんです。

 『始元の大魔導師』様の召喚も、今回が初めてではありません」

 「今までも、やってたんだ……。

 召喚したのに、なんで上手くいかなかったの?」

 返ってきたものは、まずはルーの深い深いため息だった。


 「簡単なことです。

 『始元の大魔導師』様は、お話したとおり100人いました。

 今までに召喚したのは、ナルタキ殿までに35人。

 その全員が、転生の中で、魔法についてのすべてを忘れ去られていらっしゃったと聞きます。

 ただ、たとえ忘れ去られていても、何らかの形でその知識は引き継がれているはずです。

 ところが……」

 「ところがなによ?」

 容赦なく突っ込む。

 努力してコレだとすれば、絶対理由がある。それも、どうにもならない系の。


 「念の為に言いますが、召喚された誰もが、高度な知識と技術のどちらかか、またはその両方をお持ちでした。

 ですが……。

 高度な医療の知識と技をお持ちの方もいましたが、こちらではなんの役にも立たず。

 魔素流について、これを複雑に制御することで計算をさせることができると言う方もいましたが、魔素流そのものについてはどうにもならず。そもそも、魔素流を使って計算することがどのような意味を持つのか、私たちにはさっぱり解りませんでした。

 大量の農作物の苗を作られるという方も、増やす元々の苗がなく、また今の焼き尽くされる大地ではどうにもならず。

 『始元の大魔導師』様は、100人で分担されて魔素流の利用の仕組みを作られたのでしょうが、円形施設キクラそのものについて解る方は召喚にお応えにならず、魔術師がいたずらに寿命を縮めただけでした」


 ありがちすぎて笑えない。

 100人で一千億まで人口を増やせる社会の礎を作ったとすれば、それを支えるジャンルも100以下ということになってしまう。1人で2つの専門を持てる優秀な人を集めてさえ、200以下に留まる。

 世の中を支えるのに、それじゃ少ないのは俺だって予想がつく。

 医者だって、専門って考えれば内科だの外科だのって、細かく分かれちゃう。俺だって電気工事士だから電気配線関連のことは解るけど、だからって「ダムを作って発電しろ」って言われたら、無茶がすぎる。小規模なもので許してもらったって、まずは、水利土木でつまずいちまう。雨が降るたびに決壊してたら、発電以前の問題だよ。

 だから、できるだけ多くの分野のプロを集めたとすれば、あの円形施設キクラを理解し作り上げた『始元の大魔導師』様とやらは、せいぜい100人の中の2〜3人だったんじゃないだろうか?


 それに、そもそも目的語が入らないと、魔法は成立しないはずだ。せめて『始元の大魔導師』の名前が判っていれば、少しは効率的な召喚もできたかもしれないけど、魔術師同士は呪いを恐れて、一心同体の契を結んだ者か、同じ志を持つ者同士の結社以外では名乗り合うこともできないんだよね。ということは、100人の『始元の大魔導師』の名前が公式に残っているはずもない。

 『始元の大魔導師』と呼び出す対象を決めて召喚するにせよ、これではマジに、当てずっぽに100分の2を当てる賭けで、あまりに分が悪すぎる。


 治癒魔法に関しては、どうやらノブレス・オブリージュの建前の下に医者のような守秘義務があって、名前を聞いて呪文を掛けられるんじゃないかと思う。でなければ、ルーの誇り高さが納得できない。

 魔術師以外ならば、治癒魔法で報酬を得られるのに、魔術師は得られない。もうこれってさ、誇りとか使命感しか代償にはならないよね。

 俺の世界だって、医者って、金儲けに走る人もそりゃあいるけど、人命救助に文字どおり自分の命を賭けている人だって多い。中にはわざわざ紛争国まで出かけて行って、現地の人を治療している医師だっているからね。そういう無私を、魔術師は常に求められるんだ。


 しっかし、不毛に終わった召喚が35回かあ。

 空振りだったからって、まさか呼んでおいて帰さないわけにもいかないだろうし、そうなると70回の召喚魔法が無駄に使われたことになるし、延べで考えれば、最低でも7人の魔術師が死ぬ計算になる。

 おいそれとはできない賭けで、やらないわけにも行かない賭けで……。

 ルーが、深々とため息をつくはずだ。こんなことなら、俺だって一緒にため息をつくよ。



 ここで、またルーの琥珀色の目に涙が宿った。

 「ようやく……、本当にようやく、魔素を理解してくれるナルタキ殿が来てくれたことで、我々の悲願は叶ったんです。

 今の魔術師の数からして、もう、『始元の大魔導師』様の召喚は最後の機会でした。

 もはや失敗できない我々は、危険を冒してでも、他の世界との契約という手段に踏み込まざるを得なかったのです」

 それは嬉しかろう。

 そうとなれば、この機会は絶対に逃せないよね。


 そか、ルーの父親が、契約書に連帯保証人を付けるわけだ。

 てことは、実際には、本郷が『始元の大魔導師』の生まれ変わりなんだね。

 じゃあ、俺はなんなのよ?

 「『始元の大魔導師』の弟子、その1」が、急遽抜擢されたってやつかな?

 芸能界のサクセスストーリーとかでありがちだよね。

 あの時、代役が回ってきたから、ビッグになれた、みたいな。それって、ある意味めでたい話かもしれんけど、相棒が死んでじゃ、そんな気にもなれないよ。

 

 「王にも、ようやく良い報告ができますし、ぜひお会いいただきたいと思います」

 ルーが、言い切った。

 俺、頷く。

 ああ、ルーの涙、半分は嬉しさだったんだね。達成感も半端ないだろうし。

 でも、残りの半分は違うものだ。俺だって、それくらいは解る。

 王に会うにはハードルが高い、それを乗り越える決心をしたんだ。

 ルー、この世界の魔術士の魂の誇りってのは、ものすごいものなんだね……。


 「ルー、君が心配していること、俺、解るよ。

 でも、それは大丈夫だ」

 「えっ……、それはどういう……」

 なんとも解りやすい狼狽だな。

 コミュ障ってのは、いろいろなことを考えすぎるからなるってパターンも多いんだぜ。だから、そのくらいは解るんだ。


 「魔術師でない者が、変化の魔法を使ってまで円形施設キクラに入り、召喚魔法を使った。

 明らかに正規の手段ではなかったし、王の御触れに反している。

 そして、召喚された俺は、実際には『始元の大魔導師』の代理に過ぎない。その代理が、君たちの予想外なまでにこの世界を変えようという提案をしている。

 また、そこまで変えなければ、この世界の問題は改善しない。

 でも、この世界だって、今日、明日に滅びるわけじゃないから、王からすれば、『厄介なことを……』っていう感想になるかもしれないな。

 ルーは、そのあたりのすべての責任を取るつもりだろう?

 この国を出るかとか、最悪、死んで王を説得する気だね?」

 そう言って、琥珀色の瞳を涙で濡らしたルーの顔を覗き込む。


 ルーの手を握る。

 ルーは手を引っ込めなかった。

 ただ、シルバー・ブロンドに縁取られた小さな顔をさらに俯かせただけだ。

 さすがに肩を抱く、まではできない。てか、そこまでの関係ではない。

 でも、そのレベルで慰めたいとは思う。

 俺にしたって、こんな感情、生まれて初めてだよ。女性に対して、「健気だ」とか「守りたい」なんて思うとはさ。


 「だめだよ、ルー。

 俺を送り返すまで、責任をとってくれないと。

 たださ、王には俺が話すよ。

 面会の根回しだけはしてくれないと、俺にはどうにもならないからさ。

 今、俺が持っている魔法のタネは、さっきの円形施設キクラで見せた、魔法を計る二つの機械だ。

 あとは、状況によって、作れるものは作る。

 それを武器にして、面会のお膳立てを頼むよ」


 「作るって、どんなものを!?」

 「うーん、例えば、魔素をちょっとだけ貯めておくものとか……」

 「魔術師の体内以外で、貯められるのですか!?」

 「実験しないとだめかもだけど、大丈夫じゃないかなぁ……」

 ルーの反応が食い気味で、俺、ちょっとたじたじ。

 でも、ルーのむき出しの感情と、豊かな表情がちょっと心地よい。


 「そんなのがあれば……、治癒魔法だけでもその貯めた魔素が使えれば、どれだけ助かることか……」

 「そう?

 その割に抵抗なく、治癒魔法は使っているようにも見えたけど……」

 「初歩の治癒魔法ごときは、出し惜しみしていたら魔術師の沽券にかかわります」

 「うっわ、そうなの?」

 「ええ、例えば芸人は命がけで笑いを取りますし、それの尻拭いの治癒は魔術師の仕事です。王は、民に御触れと『豊穣の女神』の恵みを与え、結果として笑いをも与えるのです」

 ああ、パンとサーカスみたいなものか。いや、この場合、アメとムチの方がしっくりするかな。

 しかし、アメの演芸がそこまで過激だとすると、御触れって案外厳しいのかもしないね。


 「でもさ、そんな簡単に言うけど、治癒魔法だって寿命を縮めるんでしょ?」

 「芸人だって、寿命を縮める覚悟です。

 放牧だって、命がけです。草が生える場所は街から遠く本当に限られています。それに数は少ないですが、ヤヒウを襲う魔獣トオーラは、人をも襲うことがあって、毎年犠牲者が出るのです。街から離れて襲われていたら、私たちが駆けつける前に亡くなってしまいますし、それでも放牧を続けなければ、街は食糧不足で滅んでしまいます。

 魔術師だけが辛いわけでは……」

 そか。

 辛いけど、辛くないふりをしないといけないんだね。

 心意気って言うかも知れないど、実情はやせ我慢って奴だ。

 やっぱり、生きるってことに対するコストが高い世界だよなぁ。


 じゃあ、ちょっとでも魔素を貯められたら、それは本当に役に立つんだろうね。

 「ルー、あのどうしようもない金だけど、どこまで薄く延ばせる?」

 「ヤヒウの革に挟んで叩けば、光を通すほど薄くできますよ。祭りの時は、それを風に乗せて飛ばすんです。少しでも、金がこの世から減るように祈って、です」

 それもまたすげー話だ。報酬の金、1トンにしても全然文句言われなさそうどころか、喜ばれたかも知れない。


 「じゃ、それと……、この世界、紙はなかったよな。

 ヤヒウの革の羊皮紙より薄いものってある?」

 ルーはちょっと考え込んだ。でも、それも長い間ではなかった。

 「ヤヒウの腸では?」

 「腸って、あの腸? あれって薄いの?」

 俺、「焼肉食べる時はカルビよりホルモン派」だから、なんか納得できなくて聞き返す。

 「完全に向こうが見えるほど薄いですよ」

 どうも、話が噛み合わない。


 「ナルタキ殿は、腸詰めは食べたことがないのですか?」

 ドイツの腸詰めって、切っていない筒状のホルモンに肉が詰まっているドイツの料理だろ?

 なんかキモいイメージだし、そんなもん、見ようと思ったことも食おうと思ったこともねーよ、と返そうとして、頭が混乱した。

 言葉を交わすために、身体に埋め込まれた魔素石の不調かと思った。

 だって、ルーの言葉が翻訳されて、頭に浮かんだのは普通のソーセージ。

 ソーセージは、俺、大好きだけど……。って、あれ、腸なの!?

 腸詰めという単語で、頭に思い描いていたものとの落差に動揺する。

 だって、あれ、ホルモンみたいな腸じゃないじゃん。あれって、なんかの食べられる薄い紙じゃないの?

 で、食べられない紙に巻かれたのがサラミソーセージで、ビニールに巻かれたのが魚肉ソーセージって思っていたけど、ひょっとして違うのか?


 「えっと、ソーセージの皮って腸なの?」

 我ながら、正気の沙汰とも思えないひどい質問だな、これ。皮が腸って何語にしたって変。

 ルーが驚いた顔をする。

 ……また失敗したかな、俺。

 「腸を塩漬けして、外側と内側の肉を削いだものです。

 作ったことありませんか?」

 え、どういうこと!?

 あるわけないじゃん。ソーセージってのは買ってくるもの……、は俺の常識かぁ。


 「解った。了解した。

 みなまで言うな。

 ……あれなら薄いね」

 「……他に必要なものは?」

 「金の針金と、脂、それから金の筒だ。薄いのがいいな」

 筒の太さはこのくらいって、指で示しながら話す。

 「量はそんなに要らない。筒は、そうだな、とりあえず十個」

 「そのくらいならば、すぐに用意できます」

 「じゃあ、明日の朝、起きたら頼むよ」

 「はい」

 まぁ良かった。入手に苦労しないならば、作ること自体は簡単なものだ。


 「じゃあ、寝る部屋教えて。

 あとさ、体を洗うって、この世界はあるの? お湯ある?」

 「ありますよ。

 ただ、燃料がないので、水浴びしかできませんが……。

 部屋に用意してあります」

 「助かったぁ。石鹸は?」

 「用意してあります」

 そか、材料が脂と灰だから、これはこの世界でも作れるんだ。


 ルーに案内されて、これから一年を過ごすであろう部屋に俺は入った。

 渋るルーから、無理やり作業服を取り返し(若い女性の着ている服を脱がせるのにちょっとドキドキしたのは内緒だ)、行水を終え、おそらくはヤヒウの毛の詰まったマットと、同じくヤヒウの毛の毛布にくるまって、予想外に温かく俺は眠ることができた。

 この世界、そう悪くはないかもなんて、俺は思うことができたよ。

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