第12話 召喚された大魔導師の分


 円形施設キクラを修理したあとは、エネルギーだけでなく、医薬を復興させ、産業を興し、魔法以外に社会を下支えするシステムを考える。

 コレ自体はいい。けれども、問題は、そもそも俺にどこまで権限を与えられているのかが判らないことだ。

 ルーはいろいろ言うけれど、結局は、「円形施設キクラを修理したら、さっさと帰れ」ってなる方が可能性としては高い。


 実は、こういうのって、元いた世界ではよくあった。

 階段や玄関などの段差がある場所の照明で、怪我をしやすい配置ってのがある。

 自分自身が影を作って、足元が見えなくなるパターンだ。

 だから、そうならないようにできる限りの提案はする。

 ところが、若くて名が売れたデザイナーなんかが咬んでくると、そういった基本の優先順位は、デザインの下に置かれる。建築士ですら、建築確認を取るためだけの要員にされちまう。

 その若手デザイナー以外は、建築士も職人もみんな解っていて、「危ないな、施主は歳取っているし」なんて心配する。

 でも、施主自身が、そのデザイナーのデザインだからと家を建てる以上、俺たちは立場上、強くは口を出せない。今の家造りは、俺たち士業や職人の持っている経験と知っているたくさんの事例は、「ちょっと気が利いている」には勝てないどころか、「センスがない」とか「古い」の一言で片付けられる。


 だけどね、世の中にありふれているものは、汎用性が高くて便利で安全だからありふれたのだ。

 そして、とは小綺麗さより、毎日を無事に積み重ねて行くことで作られるはずだ。

 でも、今の時代、その当たり前は通用しないし、それどころか施主が階段で怪我をした時に、「暗い照明をつけた」と怒鳴り込まれることすらあった。

 その時は、相棒が「アンタが指定した照明を、アンタが指定したデザイナーの指示通り付けたんだ。これじゃマズイって、俺は言ったよな。記録も残してある。文句あるならば、出るところに出よう」ってキレ返したんだった。


 結局……、分をわきまえるってのは、いつだって必要以上に強いられるもんなんだよ。

 この世界に来て、コミュ障の俺が人生をやり直しできるかも知れないのに、こんなことで躓きたくはない。

 いい気になって先走らずに、王がどこまで自分に仕事をさせたいのか、確認をきちんと取りたいよな。



 俺、ルーに、自分の世界のシステムのことを話した。

 自分が実はコミュ障で、そう追い込まれるほど社会が複雑化していて、それでもそれなりに回っている世界のことをだ。

 そして、うまくいけば、俺の世界の石油のように偏在していなくて、高緯度地帯以外のどこでも作れる円形施設キクラは、この世界でのエネルギー供給の豊かさを保証するものだと。それは、俺の世界よりも平和な世界を生んでくれるかもしれない。

 そうなると、膨大なエネルギーの自動的な分配と利用を可能にする制御システムも必要になる。そして、それは決して不可能ではない。

 この夢を実現させるには、その制御システムの管理権まで含めた計画が必要になる。

 だから、「王様に会わせてくれ」と最後に言った。


 ルー、最初はその琥珀色の目を輝かせ、最後は極めて思慮深い眼差しで俺の話を聞いてくれた。

 ただ……。

 俺の願いへの回答は、残念なものだった。

 「……難しいです。

 父がああなってしまった以上、私は単なる市井の一娘に過ぎません……」

 ん……。

 やはり、王様に会うってのは、ハードルが高いんだね。

 なんか、別の手を考えないとかもだ。


 「王には相談相手はいないの?

 そこから話を聞いてもらって、王に話してもらうことはできないのかな?」

 「それも難しいかも知れません……」

 どうもよく解らない。

 潤沢な資金の提供と、王との距離の遠さがしっくりこない。

 ルー、なにかを隠している。

 しかたない。ちょっと、脅してみようか。


 「ルー、俺が話したことは、社会の変革に繋がるよね。

 その判断と責任を、外部から来た俺が負ったら、それはこの世界に対する俺の独裁だよね。

 この世界の意思を決定する権限を持っているのが王だとしたら、俺達は、王の承認を得る必要があるよね?

 また、王が全面承認ならばいいけど、あくまで円形施設キクラの修理のみがお望みで、社会の変革は望まない場合、ルーはどうするつもり?

 さらに、王が社会の変革を承認した意味が、私利私欲のためでこの世界を救うことではなかったら、結果として魔術師は絶滅させられるよ。魔素の利用の自動化が進んでも、その最終的制御は魔術師がすることになるからね。膨大な利潤を生むから、その権利を巡る争いは絶対起きる。

 そして、その頃には俺は元の世界に戻っていて、もういないかもしれないよ」

 俺の言葉に、ルーはショックを受けたようだった。

 呆然と言葉を失っている。


 あ、あともう一つあるな、王に会えない理由になる問題点。

 俺自身の正当性だ。

 俺は正規の手続きで召喚されていない。

 「魔術師でない人が魔術師を騙った場合、あと、魔術師の子が魔術師になった場合、罰則はあるの?」

 「ありません。

 できるかできないか、だけです。

 たとえば、報酬を取って治癒魔法をかけること、それ自体は禁じられていません。

 また、治癒魔法を掛けられていないのに、報酬を払う人はいません」


 そっか、それはそうかもしれない。

 治癒魔法は即時性がある。それが詐欺を防いでいるのだ。

 「治癒魔法かけたから明日には治るよ」というのはない。かけたのならば、即、前より治っているのだ。だから、「治癒魔法をかけたのに報酬を踏み倒された」はあっても、その逆の「報酬を払ったのに治癒魔法をかけてくれなかった」はありえないんだ。

 それに、魔術師の数がここまで減っていれば、治癒魔法をかけてくれる人が不足するのは火を見るより明らかだし、患者だって、報酬を払ってでも治癒魔法をかけられる人に協力を求めることになるだろう。


 ということは……。

 現実に俺が召喚できている以上、そこに問題はない。

 「魔術師の子が魔術師になることは?」

 「王の御触れと魔術師の掟に反します」

 「例えば、王様が良いって言えば良いってこと?」

 「王は、お触れに反する人には厳しい罰を与えます。

 そして、誰もがそれを支持します。王の決断は絶対に正しいのです」

 うーん、ダメか……。

 ああ、そうか。さっきルーが俺の言葉にショックを受けたのは、王の意思を疑うことを俺が口にしたからなのかも。


 「王は怖がられているの?

 それとも、好かれているの?

 別世界から来て判らないし、先々のこともあるから、きちんと教えてくれないかな」

 「王は、果てしない慈悲を持って、古より私たちの上に君臨しています」

 「法律は?」

 「法律ってなんですか?」

 えっ……?

 ちょっと待て。国があって、なんで法律がないの?


 「えっと、王が、というのもあるけど、王を含めた国の人みんなでルールを決めて、そのルールを守って生きていくってことだけど……」

 「それならありますよ。

 困っている人は助けないといけないんです」

 俺、ルーの返答に、内心でちょっとコケた。

 「……いや、そういうんじゃないんだな」

 ええい、仕切り直しだ。


 「えっと、じゃあ、税金はあるの?」

 「税金ってなんですか?」

 ……天井を仰ぐ俺。

 社会のシステムが違いすぎて、ワケわからない。


 「えっと、王はルーの父上に、銀貨をたくさんくれたよね。

 その銀貨を、王はどうやって手に入れているの?」

 「石と土、それから直接生まれたもの以外の物を、報酬を支払うことなく手に入れたら、その十分の一を王に捧げるのです」

 「そうか、鉱物以外の家畜、燃料、畑の産物、みんな、だね?」

 「はい」

 そか、原始的な什一税だ。


 昔、会社を作った時に、相棒が憤慨していたんだ。

 法人税のほかに、法人住民税、事業税、固定資産税、消費税をとられ、社用車に自動車税をとられ、自分の給料には所得税で、さらに生活するごとに、ガソリン税とかってなんだかんだと取られていくと、江戸時代の五公五民より酷いって。

 ちなみに俺は、相棒が並べた税がなんだか理解できていない。理解したのは、種類がたくさんあるってことだけだ。

 で、その時に、ついでのように相棒が言ったのが、いにしえの宗教国家の、何をおいても十分の一は納めろっていう方が遥かに軽いってこと。

 それと同じ制度なんだ、この世界。てか、この世界のこの国、という方が正確かな。


 で、この世界は、有機物ならば何でも価値がある。

 家畜の糞ですら価値がある。

 そしてきんの価値は崩壊しているし、物量の乏しさから、かねより物のほうが価値を持っている社会なんだ。

 となると、王は国民にとって身近な存在だし、その力は絶大ということになる。

 だって、十分の一とはいえ直接物納しているんだし、住民がそれをごまかさないとしたら、相当な権力か権威を持っていることになる。

 ってことは、王さえ納得させられれば、全部オッケーてことになるよね。もっとも、王としては前言を翻すことになるわけだから、その分の言い訳はしないとだけど。

 そんな方向で考えてみようかね。


 ……ちょっと待て。俺、前提条件を聞いていないや。

 この社会を理解するのに、最初に聞かないといけなかったな。

 「ルー、この国の人口ってどれくらい?」

 「800人よりも少ないです」

 どことなく自慢げだな。

 この世界では大きなコミュニティなんだろう。


 俺、完全に理解した。

 ここは、明文化された法律や税制度がなくてもやっていけてしまう、本当に小さな集団に過ぎないんだ。

 歴史の授業で、弥生時代にムラからクニへってやったけど、その規模のときに法律や税制度が整備されていたら、そっちの方が可怪しいよ。


 「じゃ、この世界ってか、この星の全体では?」

 「十万人くらいでしょうか。一度、五万人都市、リゴスに行ってみたいです」

 「昔、円形施設キクラが全部完全だった時代は、人口どれくらいだった?」

 「この世界の子供はみんな、『一千億も人がいた頃』って、おとぎ話で聞かされています」

 俺、思わず、ため息をついた。

 「人類の黄昏たそがれ」って言葉が頭に浮かんだよ。

 よくも滅びちまわなかったもんだって思いもしたけど、0.0001%か? これは滅びちまったって言っていいかもなぁ。


 「あれっ、ルー、でも、十万人の中の800人って少なくない?」

 「少ないですよ。ここ、ダーカスは、最少の人口で円形施設キクラを維持しているんです。それも、世界最古の王のもとに、です」

 あ、自慢の方向は、少ないの方だったのかいな。

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