第11話 魔術師の誇り


 ルーに質問を続ける。

 「この世界、医学や薬学はないの?」

 「昔はあったらしいですが、今は失われています。

 魔法ほど効き目がなかったらしくて……」

 それはそうかもしれない。


 俺自身、治癒魔法を経験していなければ理解できなかったろう。ロキソニンでもバファリンでも、あれほど劇的には痛みが引かなかった。

 風邪ひいて寝込めば、どれほどの医薬に頼っても、ウイルスに打ち勝つには人の体は最低でも1週間は必要なのだ。しかも、おそらく治癒魔法は対症療法じゃない。風邪をひいて出た熱を下げるのではなく、風邪自体を治すのだ。

 これでは、治癒魔法に比べられた、医学薬学が打ち捨てられるのも仕方がない。


 「生命力は、魔法を使わないことで回復してきたりはしないの?」

 「さぁ、魔法を使わずにいられる魔術師はいませんから。

 少なくとも、数日に1回は、治癒魔法を頼まれます。

 また、魔術師でなくて、たまーに治癒魔法を使う程度の人の寿命が数日縮まっていたとしても、誤差の範囲で判らないんです。

 あとは、膨大な魔力で治癒魔法の『ヘイレン』を掛け続けたら、もしかしたら生命力も戻るかもしれませんが……」

 「その『ヘイレン』に、上位魔法はないの?」

 「私は正規の魔術師ではないので、イニシエーションを受けていません。

 父が使っていたのを横から見て覚えただけなので、それ以外に父がどのような魔法を持っているかは伝えられていないんです」

 そか、ルーは魔素の体内貯蔵量という才能で、本当に、ただそれだけで力押ししちゃっているのか。

 MPはあっても、上位魔法は知らない。

 なんて非効率なんだ。これって、一番寿命を縮めるやり方だよな。


 「信頼できて、そういうのを教えてくれる魔術師はいる?」

 「父の4人の弟子のうち、最年長の人か、最若年の人ならば……」

 「あとで教えてもらおうかね。

 もしかしたら、魔法を記録できるかも知れないから、変な出し惜しみしない人がいいな」

 俺の言葉に、ルーはひどく驚いた顔をした。

 「出し惜しみって、なんで……、ですか!?」

 「ああ、ごめん。なんでもない」

 そうだった。ここは単純に考えて良い世界だ。

 ぽっと現れた「始元の大魔導師」の俺に、自分の存在を脅かされた魔術師が嫌がらせをする、なんてのは考える必要がないんだ。

 さらに言えば……。そんな嫌がらせをしているだけの余裕が、そもそも魔術師にもこの社会全体にもない。


 「じゃあ、寿命を犠牲にしてまで、作業服を買ってこいってのはどういうこと?」

 ルーは観念したように、下を向いた。

 そして、ついに泣き出した。

 俺は、辛抱強く、ルーの答えを待った。

 「私の寿命は短くなりますけど、この世界に必要な物が手に入るならば、それでいいじゃないですか。

 自分の寿命を他の人達に使う、それが魔術師です」

 「ルーは公式には魔術師じゃない」

 「けど、父を見てきました」

 魂は魔術師ってことか……。


 ルーの中には、若いから無茶をするってのと、若いから誇りを持って走れる。その2つが同居しているんだ。

 正直、羨ましい。

 コミュ障で、ルーの歳にはなにかと辛い目にあわされてきた俺には、その一途さが信じられないほど貴重なものに見えた。

 そして思う。

 もう5年、俺が歳をとっていたら、その一途さを冷笑していたかも知れない。


 本郷、お前は本当に俺のことをよく見ていたんだな。「ここで1年生きてみろ」ってすげーよ。

 俺がまだ、そういう「善意」を持っていることを買ってくれたんだな。さすがにお前は、『始元の大魔導師』の生まれ変わりだよ。



 俺、言葉を選びながら話す。

 「ルーの言いたいことは解るよ。

 ルーの思いも。

 けどね、俺が考えているのは、それとは違うことだよ。

 誰かの寿命の犠牲で病気が治るとか、なにかが便利になるとか、それはもう止めよう。

 魔術師の誇りが、生命を代償に求めるのは、絶対に可怪しいよ。

 昔の世界に戻すんだ」

 「でも、それも禁忌タブーなんです」

 「どういうこと?」

 思わず混乱。

 円形施設キクラの修理は、昔の世界に戻るためじゃないのか?


 「昔と同じに戻したら、また戦争が起きます。

 ナルタキ殿が直し作った世界が、再び壊されてしまうんです」

 ……ああ、そういうことか。

 個々の技術の復元は良くても、社会のシステムとしては戻すなってことなんだな。


 でも、俺の考える「昔」は、円形施設キクラが稼働していたよりも以前、セフィロト大の月のみがあったという、さらに昔の時代のことだ。そこをルーは誤解している。

 円形施設キクラはあってもいいけど、それに社会のすべてが頼ってはダメだ。

 キクラが無かった時代だって、それなりにやっていたはずなんだ。その方法を復活させた上で、魔素流も使う。

 俺達の世界だって、電気のみで成立しているわけじゃない。ガソリンだって、重油だって、石炭だって、果ては薪だって現役のエネルギーだ。それらにリスク分散をしているからこそ、俺の世界に作られていた社会は安定していたのかもしれない。この世界を見て初めて気が付かされたけど。


 そもそもだ。

 戦争は富が蓄積したから起きたって、さっきはなんとなく納得したけど、本当にそうかな?

 この世界は無限のエネルギーを手に入れていたんじゃなかったのか?

 奪い合いってのは、対象が有限だから起きるんだろ?

 「かつて戦争が起きた、直接の理由を教えて。魔力は余りある状態だったでしょ?」

 ルーは考えたくもないという口調で、ようやく答えた。

 「食糧が……」


 そか。

 思いっきり納得した。

 無限のエネルギー半端ねー。

 この星の全てを開発し尽くして、農地も最大になって、食糧生産もし尽くした結果、人口が増えすぎたんだ。

 魔法は食糧生産を極端なまでに効率化できるけど、食糧自体は作れないんだ。結局、無から有は生じないってことだな。


 で、無限の魔素に裏打ちされた魔法を使いこなすこの世界の人類に、天敵なんか絶対いない。だから、発展が行くところまで行って、豊かさを享受しながら一気にカタストロフに襲われたんだ。

 もしも科学技術があれば、そう、社会を支える柱が他にもあれば、少しは違ったのかもしれない。

 どうも魔法ってのは、この世界の動きを極端に振るな。


 いきなりパラダイスが来るし、悪意がなくても一気に破滅の一歩手前へだって順調に進んでしまうんだ。

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