第10話 魔法の限界
台所で、何かの草の塊のようなものに火をつけて、ルーはお湯を沸かしだした。
「ここでの燃料って、なんなの?」
「ヤヒウの
いつだって、この世界は燃やすものが不足しているんです」
そうか、家畜の糞を燃やすって、モンゴル式だな。
きっと加熱魔法なんかもあるにせよ、お茶飲むたびに一週間とか寿命を縮めちゃいられないよね。
チテの葉がなんだかはやっぱり判らないけど、お茶としては悪くない。
きれいな緑色で、ほどよい渋みが気持ちを落ち着かせてくれる。
でも、注がれたのがきんきらきんの金のカップって、そこがちょっと落ち着かない。
カップを
「すみません。
陶器の茶道具の完全なものは、もう王家にしか残っていないのです。陶器を焼くのは膨大な燃料が必要ですから。
『始元の大魔導師』様に対して、申し訳ないです。
こんな金のカップ、お茶がすぐに冷めちゃいますよね。
それなのに手は熱いし、ほんと、使えない金属です」
「ああ、そう」
アルカイック・スマイルを浮かべて、そう答える。
だってさぁ、「すげー」としか言いようのない感慨が押し寄せてきているんだよ。
金だぜ、金。
それなのに、量があるとここまでディスられる金属なんだな、金って。
で、ルーの尻馬に乗って一緒にディスる勇気が、まだとてもとても湧かない。
俺の意識では、まだ、金様なんだよ。
おそらくは、同じ量存在しても、鉄ならばここまでのことは言われないんだろうなぁ。
思い返してみれば、暖炉の火しか光源がなかったけれど、食堂の器もスプーンも金色が判るほど光っていた。俺の常識は、金色の器だから金無垢だろうなんて考えるようにゃできてませんよ。
でも、思い返してみれば、あのときもやっぱりルーはスープが冷める心配をしていた。
いっそのこと、100トンぐらい元いた世界に持ち込んだら、なにが起きるだろうね?
大富豪になれる未来もありかもだけど、暴落を招いて恨まれて、さくっと暗殺されたりして……。
ずずずっ、とお茶を頂いて。
可愛い女子と二人きりってシチュエーションだけど、そろそろ色気のない話を始めなきゃだ。
「さて、聞かせてもらおうかな?
この世界の魔法の仕組みを、さ」
俺は、そう切り出した。
「はい……」
テーブルを挟んで、俺の向かいに座ったルーは、決心を固めたように話しだした。
「魔法とは、魔術師の体内にある魔素を、さまざまな形に変容させて取り出すものです。
魔術師は、体内に魔素を大量に貯められる才能がある者のみがなれる職です。
才能があるとみなされると、幼い頃から魔術の勉強をすることになります。
私は、魔術師の娘ですから、親の跡を継いで魔術師になることはできません。でも、魔素を貯められる量だけは親譲りでありましたから、あとは聞きかじりで呪文を覚えました」
「門前の小僧、習わぬ経を読む」って例えがあったけど、魔法でもそれができるってのはすごいね。で、そんな習い方でも効果が現れるんだから、この世界の魔法ってのは、やっぱりなんかの技術なんだろうな。
例えば、手品だったらトリックを教えてもらわない限り、いくら真似てもその再現は不可能だ。おまじないならば、最初から真似すべき見本すら動かない。
でも、テレビのリモコンは見様見真似でも、ボタンを押せば動いてくれる。
つまり、この世界の魔法は、俺の世界の科学技術に相当するんだよ。
それにしても、聞きかじりで学んだだけで、命を賭けた召喚魔法を使うのだから、ルーというこの娘、相当にいい根性だ。
俺なら、配線ケーブルの工事をするのに、そこを流れる電源を落とさないまま、ぶっつけ本番で工事をするなんてのは、ほぼ絶対にできない。根性論でなく、自分の中にできあがっている工事というものに対するシステムがそれを拒む。
基本として、そういう心構えになっていないと、ついうっかり、みたいな事故が起きる。
電気工事士は、〇〇○ボルトに感電したって「感電自慢」をするものだけど、本来は恥じるべきことなのは解っているし、だから、この「感電自慢」は資格を持つ者同士でしかされない。施主にそんな自慢をしたら、ただの馬鹿だ。
だから判る。
ルーのは、単なる怖いもの知らずだ。
ただ、まぁ、どうしていいかは判らない。
だって、ルーが魔術師になれない、だから学べないってのは、この世界の掟だからね。俺が口出しして、どうこうできることじゃない。
今の俺にできるのは、ルーが話しやすいように、相槌を打つことくらいだ。
って、この発想が、とてもコミュ障のものとは思えねーな。
相手の悪意に気を回さないで済むって、なんて楽なんだろう。
まぁ、これらの知識は、この世界を基本のルールだ。
しっかり話してもらって、誤解がないように理解しないと、だ。
俺、ゲームをする時は、面倒くさくてチュートリアルは飛ばしちゃうんだけど、さすがにここではそれはしちゃいけないと思う。
文字通り、「遊びじゃないんだ」からね。
ルーは続ける。
「魔素は、自然界のどこにでもあるものです。
だから、魔術師でなくても、治癒魔法の一回限りであれば、唱えられる人は多いです。
でも……」
「辛そうだね。
申し訳ない。
けど、重要な点らしいね」
ルーの目には、涙が浮かんできていた。
可愛い娘を泣かしているみたいで、良心が痛まないといったら嘘になる。でも、俺はルーに先を促した。
ルーは頷いて続けた。
「身体に魔素が入るのは、全然問題ないんです。
でも、それを消費することが問題なんです……」
「と、言うと?」
「魔素は、消費する時に、生命力を同時に吸い出してしまうのです。
魔素の貯蔵量が多い魔術師ほど、長生きできません。
治癒魔法を自分に使っても、収支としてはマイナスです。怪我が治っても、病気が治っても、トータルの寿命は減るんです。だから、自分の身体の怪我ならば、自然治癒に任せたほうが良いということになります」
「んーと、自分の身体以外は、自然治癒に任せられない理由があるんだね?」
話の流れる方向がおぼろげに見えてきたよ。
ルー、目に涙をいっぱいに浮かべて話し続ける。
「魔術師は一代限りの貴族として扱われ、生活には困らないものの、ノブレス・オブリージュが課せられます。
病んでいる者を見捨ててはならないのです。また、病みに準じる困難を抱えている人に対しても、同じです。
また、戦争になれば、率先して戦地に赴かねばなりません。
魔術師の体内以外に魔素の源がない今、魔術師の負担は大きくなりすぎています。
でも……、でも、この世界は、魔術師がいなくなったら滅びてしまうのです」
「魔術の源とは、あの円形施設だね?」
「はい、『始元の大魔導師』様が作ったあれ、
父から聞いた話ですが、一日魔法を使い続けても、今の治癒魔法1回分に遠く及ばなかったそうです。なので、魔術師に限定しなくても簡単な魔法は誰でも使えましたし、魔術師の寿命の心配も不要でした。
本当に、その時代は良かったらしいです」
どこか、夢見がちの少女のような表情でルーは話す。
きっと、この世界の子供達は、おとぎ話のように、ずっとそれを聞かされて育つんだろう。
けれども、その表情に反して、空気が重い。
本当に、空気が重くなるだけのことはある、本当に暗い話をしているよな。
俺達の世界で言えば、鉄道やトラックで世の中を支えるだけの輸送手段ができていたのに、いきなり自分の職業のグループの人員だけで、すべてを自分の背に背負って運ばねばならなくなったって考えれば、その辛さが理解できる。普通に過労死するほど働いて、で、それだけ働いても全然追いつかない。
しかも、過労死した分の人員の補充はされないんだ。
こんな話を、明るくできるはずがない。
この世界は、医薬、エネルギー、防衛、さらに俺の知らない細々したことも、みんな魔法に頼っている。それが、本当に諸悪の根源なんだろうなぁ。
「ルー、質問、いいかな?
今日のルーみたいに、瀕死の状態から元の健康体に戻るってのを、魔術師は何回くらいできるのかな?」
「優秀な魔術師が、各回に十分な休息を挟んだとしても、生涯に30回が精一杯でしょう。
父はとても頑丈で、40回近くまで頑張りましたが、さすがにもう無理です。次があるとすれば、回復し切る前に死ぬでしょう」
「召喚魔法と、瀕死の状態から元の健康体に戻るのとでは、どちらのほうが魔素を使う?」
「召喚魔法です。
多分、生涯に10回をこなせる魔術師はいないはずです」
ということは、だ。
暦法が判らないし、ルーがもしかしたら俺とは違う生物かもしれないから、なんとも言えないけれど。
でも、俺の常識に当てはめるのであれば、ルーを今20歳と割り増しして、さらに80歳までの寿命があるとして……。
俺がここにいるために、(80-20)/10だから、ルーは最少でも6年分の寿命を使ったことになる。
俺が一回、自分の世界に戻って来たいといったら、行き帰りでプラス12年だ。
で、最後には帰るわけだから、トータルで、俺は24年ものルーの寿命を削ることになる。
まして、前回と同じように、魔素流のスパークをその身を持って止め、焼け焦げた自分の治癒をするとなれば、一回で2年。トータルで32年かぁ。
そうなると、ルーは俺の召喚だけで、80-32だから、50歳にもなれないで死ぬことになる。
これが、ルーが今20歳として、さらに60歳までの寿命があるとして同じ計算をしたら、召喚に使うのが16年、魔素流のスパークによる火傷の治癒に計5年ちょい。これで、21年だから寿命は39歳になる。
何人かの魔術師で、魔法を分担する意味もよく解ったし、その魔素の体内に貯められる量という意味もよく解った。そうしなければ、魔術師は本当にバタバタと死ぬ。
これは、あまりに……、あまりに救いがない。
これでは、どうやっても魔術師は長生きできない。
きっと、日常の細々した治癒魔法さえも、数日くらいは寿命を縮めるのだろう。その応報でルーの父親はもう魔法が使えないのだろうし、それを目の前にすると忸怩たるものがある。
それに俺……、ルーに無理やり魔法を使わせるという、酷いことをしてしまった。
タバコとか、嗜好品だって寿命を縮めるって自分の良心をごまかそうにも、それらを他の誰かに強制したら、やっぱり言い逃れのできない罪だ。
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