第9話 相棒からのメッセージ


 俺、契約書を読みすすめていく。

 で、天災や不慮の事故等で相棒の動きが取れなくなった時ということで、連帯保証人の名で、確かに俺の名があった。

 「あの野郎」とは思うけど、相棒も死ぬつもりはなかったんだろうしな。

 で、最後のページ、そこは、この世界の言葉ではなく、日本語だけで書かれていた。



 − − − − − 


   鳴滝へ


 お前がもし、これを読んでいるとしたら、それは俺にも想定外のことがあったということだろう。

 その上でだが、お前が俺の知らぬ一面を持っていて、自分の財産を確保できるような考えが回る奴だったら、やはりこれを読んではいないだろう。


 もう、お前は、この世界の問題と解決策を見極めているはずだ。

 俺はお前の技術を信頼している。

 お前は、この世界を救える技術と善意を持っている。

 そして、この際だから正直に書けば、元の世界で自分の居場所を見つけられずにいたお前は、この世界のほうがお前らしく生きていける。

 お前は、人の反応を気にし、相手の考えを察しすぎることでパニックになる。

 だが、ここは社会が単純で、お前が人付き合いで考えすぎる悪癖は不要だ。


 1年ここで働け。それから、自分のことを考えろ。

 元の世界に戻っても6億円あれば、お前は生きていけるだろう。だが、それがお前の本意の生き方になるとは、俺は思っていない。


                              本郷


 − − − − − 


 ようやく、事態が掴めた気がする。

 正直に言って、何を勝手なこと言っていやがるとも思う。

 でも、そうだな、確かに本郷は困っている人間がいたら、放ってはおけない性格だった。

 学校で浮いていた俺までを含めてだ。


 金100キロが6億円なのかと思うと、過分にすぎる身の振り方を考えてくれたのかと思う。たぶん、その中から、俺がさらに半分くらいは、本郷の妻子に渡すことも分かっているだろう。俺の善意というより、マヌケなコダワリを誰より理解していたからな。

 そしてなにより、この世界で生きろという本郷の判断を、無条件に蹴飛ばせないでいる自分がいる。


 こういう判断は、いつもあいつが正しかった。

 俺以上に、俺のことを解っていた。

 そして、俺はそんな相棒に甘えていた。

 相棒がいなくなって、こんな場所に放り込まれて、俺はそれがよく理解できた。


 本郷、俺は、これからの1年、お前の敷いたレールを走るよ。

 その結果、1年後の俺にどんな光景が見えているのか、お前には分かっているのだろうな。



 「……ルー、父上殿、すべて理解した。

 まずは伝えることがある。

 契約を行った『始元の大魔導師』は、この後すぐに事故で亡くなった。

 だけど、及ばずながら、俺が力になる」

 それを聞いた、ルーの顔が輝く。

 ルーは本郷をまったく知らない。それもあって、俺が申し出た協力と、それによって自分の召喚が成功したことになったのが、ただ単純に嬉しいのだ。

 元いた世界であれば、まずは本郷の悔みを述べるのだろうし、それができなければ非難を受ける。

 そして、俺は、儀礼的に示される悲しみの嘘に困る。

 ルーの反応は、幼い子供のような反応だけど、正直、俺は楽。


 それに、だ。

 俺が人を思いやるのは俺の自由だけど、逆に思いやられると、どういう顔をして良いのか判らなくなってしまう。

 今になって気がついた。相棒からの思いやりは、対価を求める形でいつも示されていた。それは本当は対価を求めるためでなく、困って固まってしまう俺に対する心遣いだったのだ。


 名乗らぬのが当たり前のこの世界では、この先も本郷の名は、表立って知られることはないのかもしれない。

 だけど、その存在までは消し去られないようにしてやる。

 俺が成功すれば、それは本来召喚されるはずだった、『始元の大魔導師』の成功だ。



 ルーの父親の手が弱々しく、俺に向けて伸ばされる。

 「ナルタキ殿、どうしようもない金属ではない報酬をお望みであれば、契約になくても銀でも鉄でも最大限のものをお約束しよう。我々は、『始元の大魔導師』様に対して、あまりに申し訳ない契約を結んでしまった……」

 必死の力なのだろう。俺の手首を握る力は痛いほどだ。

 おそらくは、俺の手首を握るために、残り少ない生命の火を使うことに躊躇いはないのだ。


 俺はその手をそっと握り返し、話す。

 「お気になさらないでください。

 私たちの技術は、神の御業とお考えください。

 神の御業は報酬と引き換えられません。

 ただ、お約束の金と、私が元の世界に帰るまでの衣食住の保証はお願いいたします。

 そして……、1年を耐えてください。

 お約束はまだできませんが、あなたを全快させます」

 ただ、何回も無言で頷く父親に、俺は笑ってみせた。

 似合わないことを言ってる、しているっていう自覚を押し殺しながら、だ。



 ルーの父親の部屋を出て……。

 俺の寝る部屋に案内してもらいながら、ルーに話しかける。

 「俺の作業服、返して」

 「返さなきゃいけませんか?

 この服、便利ですよね。服なのに、こんなに収納ができるなんて」

 「当たり前だろう。返せ。

 俺の仕事に差し支える」

 「じゃあ、ナルタキ殿、これを真似た服を作るのは構いませんか?」

 「それは難しいんじゃないかな。

 ちなみにこの服は、帯電防止、防汚加工、撥水加工されている。燃えにくいとか、凍らないとか、防刃性能はない。

 形だけ真似るのは簡単だけど、その辺りはできないよね」

 「むう……」

 ルーが難しい顔をする。


 「返せよ」

 もう一度繰り返す。

 「手に入れてきてもらえませんか、ナルタキ殿の世界から」

 なんて言った!?

 「はあっ!?

 そんなに簡単に帰れるの!?」

 「次に、セフィロト大の月スノート小の月の巡りが合うのが、30日後です。それまで、召喚に使えるほどの近くまで魔素流は来ません」

 「その前に、ルー、一つ確認をさせてくれ。

 ルーのおやじ殿、魔法の使いすぎであんなふうになってしまったんだろう?

 ルーにもその危険があるのじゃないのか?」

 薄暗い廊下でも、ルーの顔が強ばるのが見えた。


 「ルー、正直に話して欲しい。

 でないと、俺も、正確な手を打てない。作業服のことも、実は別のことを考えているだろう?

 言いにくいことでも、はっきり話してくれ」

 ルーはその大きな目で、俺をおどおどと見た。ほんと、嘘がつけない娘だな。態度に出すぎる。

 俺は、その視線を正面から受け止める。


 もしかしたらだけど、いつもは内気な日本人が、英語を覚えてアメリカ人と話すときは、人格が変わったようにオーバーアクションになったりする。俺も、そんなモード切り替えがされているのかもしれない。

 でなきゃ、女性のルーと視線を合わせながらマジな話をする、そんな事は俺にはできなかったはずだよ。


 「解りました。

 ちょっと長くなるので、台所に行きましょう。

 お茶を淹れます」

 「お茶があるんだ?」

 「チテの葉です」

 ああ、またか。

 チテの葉がなんだか判らないけど、まぁ死にゃしないだろう……。

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