第3話 魔術師vs電気工事士
「一つ、教えてもらえませんかね?」
そう、俺は、声をかけた。
ま、俺がご期待に添えない人間だってこと、白状するのを少しでも先延ばししたかったからだ。
せっかく命がけで俺を呼んだんだし、その俺が期待の「始元の大魔導師」とかではないってことは、だんだんに自分で理解して欲しいよ。
勘違いされて、ため息つかれるの、勘弁な。
逆ギレしたら、俺もキレ返すぞ。当たられるのは嫌だかんな。
とはいえ、このおじさん、攻撃呪文とかも知っているのかも知れないし、それに対してもどうしていいか俺には分からない。せめて、白状するならば、この円形の部屋から逃げられる算段くらいはしてからがいいな。
「なんなりと」
おじさん、恭しく応えてくれる。
丁重だな。
ま、いつまで続くことやら。
「このローブ、なんで焼け焦げなかったんですか?」
魔術師のおじさんは、心底不思議そうな顔をした。
「これは、『始元の大魔導師』より受け継がれた、魔素流から我ら魔術師を守る、『魔術師の服』。なぜ、ご存じない?」
……しまった、やっちまった。
頭ん中、ぐるぐる回って、この場をどう切り抜けるかに悩む。
「いや、着方が違う気がして」
これはもう、口からのでまかせ。
俺が、『始元の大魔導師』かどうかについて答えずに、間を保たせるためだけに口から出た時間稼ぎのでまかせだ。
「着方とは?
それはどのような?
我々には、失われた知識があるとおっしゃいますか?」
おじさんったら、俺の腕を掴んで、がくがくと俺を揺すりながら問い詰めてくる。
あ、食いついてきちゃった。
失敗に失敗を重ねちまった気がする。
頭の隅で、どうせ詰め寄られるならばこのおじさんの娘が良かった、などと思う。
とはいえ、どんな女性かもまったく知らないのだけど。
でも、このおじさんの娘ならば、わりと美人かも知れない。
「その前に、今は、どのような儀礼に沿ってこれを着られているのかを、説明願えませんかね?」
そう、なんとか逃げた。
綱渡りだな。
このおじさんの娘のことなんか、今はどーでもいい。そんなこと、考えてちゃダメだよね。
今はこのおじさんに一言でも多く話させて、情報を得なきゃ、だ。
「沐浴潔斎ののち、受け継がれてきたこの聖なるローブ、『魔術師の服』に決して触れぬよう、また、焼けた体からの体液でローブを穢すことなきよう、まずは『石綿の服』で全身を覆い、そののちに、『石綿の手袋』をした見習いの魔術師の介助を受けて身に纏い申す」
「えっ」
どん引き。
俺の腕を掴んでいたおじさんの手を振り払って、すすすっと、逃げる。
2m位は距離を取ってから……。
「あのさ、魔術師って、歳を取ったら肺の病気になったりするんじゃない?」
「さぁ……。
魔術師で歳をとるまで生き延びた者がおりませぬゆえ」
「あ、そうなの?
言っとくけど、『石綿の服』なんか着てたら……。
死ぬよ、アンタ!」
びしっ、と指差してやった。
一度やってみたかったんだよね、コレ。
「ええっ?
なんで?
私、戒律どおりにやってますよ?」
そこは、「なんと、そのような」とかじゃねーのかよ?
てか、いきなり言葉がくだけたな。
おじさんさ、もしかして、『始元の大魔導師』とやらと話すのに、それっぽく演じてた?
「いつから、その戒律ってのはあるの?
『始元の大魔導師』の時代には無かったんじゃない?」
「ええ、聖なる『魔術師の服』を汚さぬため、後世に定められたものです」
「じゃあ、元はどんな着方してたん?」
「石綿のマニカのみをつけておりました」
「うーん、マニカってなに?」
「ここからここを守る防具でございます」
ここからここって、おじさんが指をさす。
うん、肘から手首までだな。
「裸で着てみたら? その『魔術師の服』って奴」
これは、当てずっぽうで言ったわけではない。
電気の知識でいえば簡単な話で、しっかりアース接続を取れってこと。
今の状態だと、魔術師の身体、どこにも繋がっていない。いわゆる「浮いた」状態。
だってこの服が無事で、このおじさんは焼け焦げていて、間に絶縁体の石綿を挟んでいるってなれば、ちょっとでも電気をかじった人間ならば、誰だってそう思うよな。
そのローブが、さらにどこに接続されているかまでは分かんないけどさ。
で、さらにもしかしたらだけど、魔力って手で使ったり感じたりするものなのかも知れないな。手だけ絶縁しているってのは、そういうことだろ。
アンテナをアースに繋いだら、ラジオもテレビも、絶対受信できない。だから、そのマニカっていう防具でアースと絶縁しておくのかも。
「そのような、直に着たりしたら、神聖なるこの『魔術師の服』を穢すことに……」
「ならない、ならない。
ちょっとさ、石綿に近づきたくないんで、そのローブだけよこしなよ。
で、さっさとその『石綿の服』は脱いで、体洗って、毎日うがいをしなよ。たぶんしないよりはマシと祈ってさ」
おじさん、すごーく不本意そうな顔をした。
あのさ、不本意なのはこっちだよ。肺胞まで入っちまった石綿は出てこないし、発がん性ヤバいはずだ。
工事現場が古い建物だと、断熱材に石綿使ってたってことがあるので、労働衛生がどうのって、この辺も勉強させられたんだよね。
動かないおじさんに、俺、焦れた。
「いいから脱げって!」
「そのような、御無体な」
「いい歳をしてなにが『御無体』だ。
怒るぞ、『始元の大魔導師』が」
あ、口から出ちまった。
おじさんの顔が、ぱーっと輝く。
やっちまった感が半端ない。
普段、人と話さないもんだから、調子に乗ると失敗する。
まぁ、いいや。部屋から出られるまでは、『始元の大魔導師』を演じてやるよ。
で、部屋から出られたら、すたこら逃げる。
そして、距離を十分にとって、遠くから事情を説明して、自分の世界へ帰してくれと頼もう。
ともかく、おじさんがいそいそと脱いだローブを受け取り、工具箱からデジタル・テスターを取り出す。
服の適当な場所にプローブを当てると、思ったとおりだ。
抵抗値、0.94
この服、なんでできているんだ?
金属並みに通電するぞ。
なんか、しなやかな金属糸で編んであるのかも知れない。そうならば、この服が代々受け継がれても
電気と魔素との違いはだんだん学ぶとして、とりあえずは、電気的な方法論でできることはありそうだ。
「その『石綿の服』も、さっさと脱いで」
「そのような無体が許されると……」
「あー、うるさい。さっさと脱げ!」
「……」
「脱げって言ってるんだよっ!」
おじさん、びくびくしながら、こちらに背中を向けて『石綿の服』を脱ぐ。
さすがに呆れて、俺もそっぽを向く。
確かに長い髪は好きだけど、白髪でおじさんのじゃ、何の興奮もねーよ。
妙に恥ずかしがるおじさんに視線を向けることなく(あー、ヤダヤダ)、そちらの方向に手を伸ばして『石綿の服』を受け取る。あ、この服も、ローブみたいな形なんだな。
おじさん、そのまま俺の背後に回った。よほど見られたくないのだろうけど、バカかってーの。
もしかしたら、この世界、おじさんの、もとい魔術師の裸体は、見るの、見せるの、その両方が何らかのタブーなのかも知れないけどさ。
ちょっと悩んで、テスターは脇に置き、工具箱から絶縁抵抗計を取り出す。
というのは、デジタル・テスターは抵抗値が数字で出る。で、このおじさんが、俺達の世界の数字を読めるとは思えないからね。
って、俺、今、なんでこのおじさんと意思疎通できているんだろ?
ま、ともかく、その疑問は後回し。
絶縁抵抗計の表示は針が振れるメーター。だから、デジタル・テスターと違って、数字を読まなくても差が見える。
「見なよ。
これが、『石綿の服』の魔力。
次にこれが、『魔術師の服』の魔力。
どうだい?」
メーターが極端に振れる。絶縁抵抗計は、0が右だからね、いかにも『魔術師の服』は魔力(w)が、ありそうだ。
俺の右耳の後ろから、息を呑む気配がする。
「これで、解っただろ。
『魔術師の服』の魔力を『石綿の服』で封じ込んで着ていたら、そりゃあ恩恵が被れないよね。ダメダメじゃないかな?」
ついでに、ふと思いついて、再びテスターを手に取る。
ダメ元だし、どうせ数字は読めないのだろうから、どんなデータが出てもどうとでも言い逃れはできる。
「両手を出して」
「なに!?」
「出せ!」
おずおずと、俺の両肩の上から手が差し出される。
恥ずかしがるにもほどがある。いい歳をしたおじさんが、さ。
もっとも……、正面で向かい合って、堂々とぶらぶらさせられたら、それはそれで目のやり場に困るな。
でも、ま、こちらが強く出れば、言うことは聞くらしい。
ひょっとしたら、俺が怖いのかも知れない。『始元の大魔導師』だもんな、俺。
テスターのレンジを交流電圧計測にして、ピークホールドできるようにして、2本のプローブをおじさんの両方の手にそれぞれ押し付ける。
「なんでもいいから、魔法を使ってみて」
「そう言われても」
「なんでもいいよ。そうだ、俺に、さっきの治癒の魔法かけてよ」
ちょっと不謹慎かもだけど、二日酔いに治癒魔法が効けば見っけもんだ。
「あの……」
「なに? まだなにかあるの?」
なんでコミュ障の俺が、こんなに人を問い詰めているんだろ?
もしかしたら、俺のコミュ障って、話す必要がないから話さなかったのかなぁ。ここだと、黙っていたらなにも話が進まない。切実に、相棒がいてくれればとは思うけどさ。
「名乗らぬは魔術師の掟。
それは、名を知られると呪いをかけられるからで、一心同体の契を結んだ者か、同じ志を持つ者同士の結社以外では名乗り合うことはできぬ。
そして、名を知らぬ相手には、治癒の魔法もかけられぬ」
ああ、やっぱり、魔法をかける相手の指定って、あるんだね。
確かにそれがなきゃ、俺に魔法をかけるのはできないよね。
「俺は、鳴滝といいます」
「なんと、そのように、あっさりと名乗られるとは!
この時代の魔術師ごとき、恐れるに足らぬと……」
思わず、ため息が出た。俺、こんなに気が短かったっけ?
いや、違うな。いい歳したおじさんがうだうだしていることに、いらいらしているんだ。で、「タンスの角に足の小指でもぶつければ良いのに」、とか思っちゃっているんだ。
「あー、メンドクさ。
さっさと唱えなよ、呪文」
「はい。解りました」
あれ、ようやく素直になったか、もしかして。
技術者に取り繕いは不要だ。無駄が省けるならありがたい。
俺の耳には、こうにしか聞こえなかった。
「ごにょごにょ、ナルタキ、ごにょりょりょ、ヘイレン」
おお、頭がスッキリする。
胃のむかつきも嘘のように治まる。
そして……。
テスターにピークホールドされた数値は、AC37.9V。
すげーな、まじかよ!?
心電図だって、せいぜいmV単位だぞ。少なくとも、その2000倍は電圧があることになる。
魔法の治癒効果と、人間の体がここまでの交流電圧を持つことの両方に驚いたよ。
やっぱり、人間に見えてこのおじさん、俺とは違う体の仕組みを持っているのかもなぁ。
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