第2話 始元の大魔導師


 「まず、私はこの国を、この星を守る魔術を操る者、名告りは控えさせていただきたい」

 「はあ」

 どうにも気の利いた返答が思いつかない。

 呆然としている自覚はある。

 どうしていいか判らない。

 いっそ、知らない人とでも話せるってスキル、ないもんかね?

 なんというかこう、召喚とか有効な世界ならばさ、努力とかじゃなくて数値を配分するとかでさ。


 「同じスキルを持つ者同士、名乗らぬ非礼は互いのもの、許されたい」

 良くはわからないけど、俺のことを魔導師とか言っていたよな。魔術を使う者同士は、名乗っちゃいけないらしい。

 小中学生のとき人並みにRPGゲームも遊んだけれど、そんな設定、聞いたこともない。


 「いにしえの大魔術は失われて久しく、ぜひとも、ご教示を願いたくお呼びさせていただいた。

 もはや、この地を守る術はないに等しく、今は私が身を挺しているのみ。それももはや、限界。

 せめて、息子に跡を継がせられれば良かったのだが、あいにくと娘なのだ」

 「はあ」

 俺がなにを教えるって!?

 大魔術とか言われたけど、俺、宴会芸の手品だって怪しいもんだぞ。

 あ、親指を外して見せるってのはできるけど、そんなのやったら殺されそうだ。だって、どう見てもマジだ、この人。


 あと、娘だと魔法が使えないのだろうか?

 その辺もよくは解らないけれど、とりあえずは聞き流しておく。だって、質問して、ボロが出たら怖い。元の世界に送り返してくれるのならばいいけど、さくっと始末されちゃったら、それはマジ困る。


 俺のいい加減な反応にも拘らず、熱情を込めて話していた口調がふと悲壮なものに変わった。

 「ああ、再び時が満ちる。

 そこから一段、床をお上がりを」

 「はあ」

 もう、なにも理解できてないから、俺、「はあ」を繰り返すマシンだ。

 俺は四つん這いのまま、床を一段上がる。一段上がると石畳から木の床になる。

 振り返って、工具箱があったことに気がついて、自分の横に引っ張り上げる。

 魔術師氏(?)は、入れ替わりに床の中心に立った。


 不意に、天井から差していた光が二つに増え、魔術師氏の陰も二つに割れた。

 同時に、壁の文様の一部分が光りだした。その光は文様全体をゆっくりと光らせ、壁中を満たすと、次には床に伸びた。

 そして、その先には魔術師氏の身体があった。


 魔術師氏の身体が火を噴くように輝く。目や口からも、光が発せられ、肉の焦げる臭いが部屋を満たす。

 およそ十秒に満たないほどの間だったものの、俺には永遠に感じられた。

 雷に打たれた人を、特等席で眺めることになれば、誰だって冷静ではいられないだろう。

 二日酔いとは違う吐き気を、俺は必死で耐えた。

 だって、今俺が吐いたら、この焼け焦げた人に掛けちゃいそうだからね。そうなったらきっと、治療に支障をきたすだろう。


 「大丈夫ですか!?」

 俺の口から出る言葉は、どうにも芸がない。

 自覚はあるけど、そうとしか言いようがない。

 倒れた魔術師氏の身体は焼け焦げ、無傷なままのローブがなにかの悪い冗談のように見えた。

 途方に暮れたまま、焼けた顔に視線を走らせる。工具箱に、バンドエイドはあるけれど、それじゃどうにもならないよね。


 目を背けるような光景に耐えていられたのは、その唇がかすかに動いていたからだ。

 まだ生きている。

 それが、俺の中のなにかを繋ぎ止めて、この魔術師氏から逃げ出させなかった。

 唇の動きは、痙攣ではない。明確な意思を表しているように感じた。もしかしたら、遺言かもしれない。

 娘もいるって言ってたからな。

 俺は、その口元に耳を寄せて、言葉を聞き取っておこうとした。


 ぶつぶつと呟く声は、どうやら一つの言葉を繰り返しているようだ。繰り返すに従って、徐々にはっきりと聞き取れるようになる。

 「ヘイレン」

 確かに、そう聞こえた。

 繰り返し繰り返し、そう呟いている。

 呟くにつれ、焼け焦げた身体が元に戻っていくことに俺は気がついていた。


 相手は魔法を使うと言っているわけだし、ケ○ルとか、ホ○ミとかに相当する呪文なのだろうということは、さすがに想像がつく。同時に、これがケア○ガとか、ベ○マのような効率のいい呪文でもないこともわかる。

 さらにゲームで遊んだ経験から推測できることは、HPが0に近い状態から下位の回復呪文を繰り返して体力を戻すと、MPがやたらと減ることだ。

 この魔術師のおじさん、雰囲気ある割に、実は大したことはないのかもしれない。とはいえ、この下位呪文だって、俺には使えないけど。


 ホ○ミって叫ぶならばできるけど、それで俺に怪我が治せるとも思えない。実際にそういう魔法があって使うとなったら、目的を限定する文法が必要だよね。回復させるのか、を呪文に織り込まないと絶対うまくいかない。で、そんな方法、知っているはずもない。だから、不用意に「ヘイレン」とも口にできない。


 でね、いるんだ、そういう曖昧な施主。

 新築の家にコンセントをたくさん設置しろとは言うくせに、その場所はどこでもいいって言う奴。設置したコンセントやスイッチが、タンスの後ろじゃ困るだろうに、自分じゃ考えないんだ。で、こっちは、施主がどこに家具を置きたいかなんて、知りようがないんだよ。

 ジャンルは違っても、俺、そういう奴と同じことはしたくない。


 あと、見ていて、さすがは魔法だなと思ったことがある。

 チリチリに焼け焦げた長い白髪が、呪文のたびに徐々に元のさらさらヘアになっていくんだよ。

 もっとも、このおじさんが見た目ほど人類ではないかもしれないし、そうなると髪はそう見えているだけの別の器官なのかもしれないけどね。例えば、一本一本が全部生殖器だったら、これは怖いぞ。

 そんなことを思いながら、つい内省をする。

 口に出すのは苦手でも、俺の内心は饒舌なのかもしれない。環境が変わらなければ、気が付かなかったことかもな。



 俺は、自分が使った金属のコップに水を注ぎ、激しく日焼けした程度にまで回復したおじさんに手渡す。

 我ながら現金なもので、下位の回復呪文しか唱えられない相手かもと思った瞬間に、内心でとは言え「魔術師氏」から「おじさん」に格下げだ。このあたり、遊んだゲームの弊害かもしれない。だって、どのゲームでも、わりとレベルの高くない早い段階で、中位の回復呪文って覚えるよね。

 レベルとしちゃ10以下かもしれない。ホント、この人、雰囲気はあるんだけどねぇ。


 喉を鳴らして水を飲んだおじさんを抱き起こし、ゴツゴツした床から一段上がった木の床の上に横たえる。平らなだけ、ここの方がマシのはずだ。

 もう4回ほど呟くと、おじさんは見た目、元の姿に戻った。ただ、疲労の色は濃いし、筋骨隆々とした偉丈夫さは感じられない。ただ、大きい身体を身に纏っただけの気弱な人という感じだ。


 「説明してください」

 ようやく、俺の口から少しはまともな言葉が吐き出された。



 − − − − −


 「この世界は……」

 落ち窪んだ眼窩から、覇気が失われた琥珀色の瞳をこちらに向けて、魔術師のおじさんは話しだした。

 俺が、きちんと理解できたとは思わない。

 でも、自分の知識である電気の知識から推測するに、おおよそはこういうことらしい。


 その昔、この星にはセフィロト大の月だけがあった。セフィロトは、魔術のもとになる魔素を恒星の光のように放出していた。

 この星の人々は、降り注ぐその微々たる魔素を恵みとして感知し、使い方を洗練させ、魔術としての体系を完成させた。さながら、俺たちの世界が、太陽の光で農業という技術を組み立てたように。


 およそ二千年前、スノート小の月が天に現れ、セフィロトと一緒にこの星を回るようになった。

 そして、セフィロトから放射されていた魔素のエネルギーは、常時スノートに吸い込まれるようになった。どうしてスノートが魔素を吸引するのかは、未だに分っていない。

 ただ、それにより、魔素の流れはセフィロトからの全方向への放射をやめ、スノートへの一本の細い流れに絞られた。結果として、その密度は増し危険になった。降り注ぐ恵みの光が、レーザーに変わったようなものだ。


 二つの月を、レーザーのような魔素流が繋いでいる。そして、二つの月の公転周期の違いから、その流れは複雑な弧を描き、常時変化している。

 問題は、セフィロトとスノートがこの星を挟む形になるときだ。魔素のレーザーがこの星を襲うことになる。

 細いと言っても天体間のことだから、人間の尺度で言えば相当に太い。そして、魔素はエネルギーだから、この星を素通りはせず、大部分がこの星の地表に吸収され熱と変わる。

 何遍となく、密度の高く太い魔素流に地上を焼かれながらも、いにしえの魔術師たちはこのエネルギーの制御方法を編み出していった。


 その結果が、この部屋のような円形施設キクラだ。

 壁一面に描かれた文様で避雷針のように魔素流を誘引し、床の底の石畳部分に置かれた法具の力で、その魔素流に干渉し宙に向けて反射させ、この星の生活を守るようになった。

 それまで蓄積されていた豊かさで、旧社会が破壊され尽くす前に、この星の地上3600ヶ所に円形施設を均等に設置することができたのは僥倖だった。そして、ようやく人々は落ち着いた生活を取り戻した。


 密度の高い魔素流は、その効率の高さから、より強力な上位魔法が幾つも生み出される切っ掛けになった。スノートが来る前の旧社会より、遥かにこの星は豊かになったのだ。

 人々は、その施設のシステムを作り上げた百人の魔術師を、「始元の大魔導師」として讃えた。そして、それ以降、大魔導師に位置づけられた魔術師はいない。

 おそらくは、永久欠番みたいなものなんだろう。

 よくは知らんけど。


 そう、そこまでは良かった。

 上位魔法によって生み出された豊かさの蓄積は、この星の国々の間で戦争の原因となっていった。

 魔素の流れは魔術の根源であり、膨大な量の上位魔法の発現を可能にする。法具は改造され、破壊魔法の上位化が進み続けた。どうやら話を聞くに、「核」レベルの攻防にまで達していたようだ。

 同時に、互いに他国の円形施設キクラのゲリラ的な破壊が始まった。

 当然、その攻防は、円形施設の修理をできる人材と教育機関も対象となった。

 円形施設ごと、もしくは法具のみが破壊され、ほぼ半数が機能を失うことになった。残りの半分もメンテナンスする人材の枯渇とともに、一つ一つ失われていった。もともと膨大なエネルギーを扱う施設なのだから、その制御を行う法具はこまめなメンテナンスが常に必要だったのだ。

 争いが始まって百年も経たないうちに、この星の人類は、魔素の制御の方法を失っていた。



 現在のこの星では、魔素流が来ない高緯度地帯と、残された数少ない円形施設周辺のみに町は作られ、自分たちが焼かれることから必死に免れている。ただ、極地や海もあるし、安全に利用できる地上面積は極めて少ない。

 それが、この星の発展を奪っていた。そもそも年間を通して焼かれることのない農地が確保できないのだから、人口を増やすだけの食料生産ができない。円形施設周辺の僅かな農地による炭水化物生産と、魔素流を避けて行う遊牧のみが、人口を支えてくれる細い柱である。


 そして、今や円形施設の制御は、選ばれた魔術師たちがその身を挺して行っている。

 すでに魔素流を反転させていた法具は、一つとして動いていない。

 壁の文様は、魔素流を吸い寄せる働きしかないので、そこに反射という方向性を与えるためには、魔素の扱いに慣れた魔術師がその身体でエネルギーを受け止め、誘導するしかないのだ。


 俺は、これをMPが100しかないのに、100,000も流し込まれるという理解をした。

 ゲームでは最大値より多く流し込まれたMPはキャンセルされてしまうけど、実際に魔法があるとしたら、たしかに「なにも起きなかった」では済まないだろう。高度な障壁バリアと回復呪文を併用しても、絶対に体が燃える。

 魔素というものがなにかを理解できなくても、電気と同じだ。いくら電線ケーブルの皮膜を厚くしたって、大電流を流せば燃え上がってしまう。

 おそらくは魔素であろうが電気であろうが、エネルギーは最後に熱になるはずだ。


 結局、そのような無理を通したやり方は、優秀な魔術師の人的資源の損耗を招いたらしい。

 赤道近くの魔素流の来ることが多い施設では、多い年には制御を行う魔術師は50回も瀕死になる。回復呪文が間に合わなければ、当然、死ぬ。

 一人前と言われたあと、短くて1年、長くても10年を生き延びた魔術師はいないのだと言う。死者復活の魔法は、最上位魔法で膨大な魔素を使うし、その制御方法はすでに失われて久しい。

 そもそも、魔素流の反射と回復呪文以外の魔法を学ぶ時間的余裕も人的余力もないのだから、10年前と比べてさえも魔術師のレベルの低下は目を覆わんばかりなのだ。


 当然のこととして魔術師を志す者は減り、それは加速度的に運用できる円形施設を減らした。

 すでにこの国には5人しか魔術師はおらず、ただ、この白髪の筆頭魔術師のみが12年を生き延びたものの、肉体の損傷と精神の損耗が激しく、この年を生き延びる前にそのどちらかが完全に破壊されてしまうと目されている。


 いまや、どれほどの大国でも、避雷針としての役割を果たしうる円形施設の運用は3つを超えない。

 魔術師が絶えたとき、残された円形施設は魔素流に焼かれ、この星に安全な場所はなくなる。

 この星は滅びに向かっているのだ。


 それでも、魔術師たちは、その運命を受け入れることを拒否した。

 この星の命運をかけ、かつて、この魔素のシステムを作り上げた「始元の大魔導師」たちを召喚することが試みられた。とはいえ、繰り返しになるがすでに上位の魔法は失われている。

 筆頭魔術師の責任感から、この白髪の魔術師は自らの身を焼く魔素を使い、下位召喚魔法を繰り返し繰り返し詠唱し続けたのだ。

 下位召喚魔法とはいえ、セフィロトとスノートが最接近する魔素の増大のタイミングと合わせたことから、召喚自体には成功した。なんたって、その瞬間はMP使い放題らしいからね。


 そして、その際には他の4人の魔術師が回復呪文を詠唱し続け、筆頭魔術師を全回復させたものの、すでに全員がダウンしているとのこと。この世界のMPは、ゲームのように宿屋で一泊すれば元通りとはいかず、3日ほどは回復にかかるらしい。


 また、そこまでの体勢を整えたのは、セフィロトとスノートが最接近した場合、魔素の流れは数回の爆発的スパークを起こすのが通例で、1つ目の最大のスパークを召喚に使ったあと、2つ目のスパークによる被害を食い止めるためには、1人でも魔素流の反射とその後の自分への回復呪文が可能な魔術師が必要だった。

 それが、このおじさんが1人で頑張っていた理由らしい。

 3つ目のスパークが起きるかもしれないことについての対策は、すでに何もなかったと。

 正直言って、無茶しやがると思う。


 でもって、そこまでの犠牲を払って召喚したのが俺だ、と。

 で、思うんだけど、この「始元の大魔導師」様ってば、下位魔法の回復呪文すら唱えられないってことを、俺、いつ白状したらいいんだろう?


 申し訳なくて、二日酔いの吐き気が吹き飛んだわ。俺、昨日まで焼鳥食って、ビールと(覚えていないけどたぶん)焼酎をかっくらっていたんだぞ。

 申し訳ないけど、その琥珀色の瞳で縋るように見られても困る。ひたすらに困る。

 魔術師という職業の苦労も知らずに、おじさん呼ばわりしたのは申し訳ないけどさ。

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