第4話 セクハラなんて、とんでもない
「ナルタキ殿、これは、なにを示しているのか?」
興味津々って感じで聞いてくる。
「あんたらが失った技術だよ。
実は、コレ、魔法じゃない。
魔法じゃないけど、あんたの魔力を測ることはできるんだ。さっきの服に関しちゃ、魔力の有無を調べたけど、こっちは具体的に力の強さを測れるんだ」
いやいや、あまりにこう食いつきがいいと、つい良い気分になるよね。思わずアンタ呼ばわりしちゃったよ。
とは言え、おおよそ予想は付いたんだよね。
星から星へ何らかのエネルギーが流れているんだとしたら、それって直流のはずだ。
で、ここから先は推測だけど、電気の話のレベルとしては、中学で教わるクルックス管の仕組みと同じこと。
真空の空間を流れる電子の直流ならば、その流れって、電位や磁力を持ったなにかで遮れば、曲げることも止めることも可能なんだよ。魔素の流れだって、同じ特徴があるかも知れない。
水の流れで想像するとわかりやすい。
水道の水の流れが直流で、蛇口をひねる力が、電位や磁力だ。
蛇口は、簡単に流れる水量を変えられる。そして、蛇口の動きと、そこから出てくる水量は相関関係にある。
蛇口を開けたり閉めたりするのに必要な力より、その結果の水量の増えたり減ったりする増減の波の力の方が大きければ、それは元々の力が増幅されたことになる。
もう、古くなってしまった電気の技術だけど、三極真空管の仕組みだ。
そして、それに当てはめると、円形施設の役割は水道管だ。魔素流の流れを誘導するからね。
で、床の中心の、一番低いところに設置した装置、もしくは魔術師自身が蛇口になる。
蛇口を閉めれば、行く先を失った流れは反射されて終わる。
蛇口をちょっと開ければ、必要なだけの水量を得られる。
蛇口の開け閉めの波は、出てくる水量の波となる。
大胆な想像をしちゃえば、治癒魔法の蛇口の開け閉めの波形、攻撃魔法の蛇口の開け閉めの波形という感じで、魔術師は魔法を使う。さっきの交流の電圧、AC37.9Vのことだ。
で、その波形をこの円形装置の中心で蛇口として顕すと、元の魔素流がその形に増幅されて、とんでもない力の治癒魔法や攻撃魔法になるんじゃないかな。
残念ながら、その技術はすでに失われて、水が来た時に蛇口を閉めるだけのことしかできていないけど。
で、さ。
その蛇口の制御だけど、それを閉めるだけの回路なら作るのも簡単だし、人的被害なんて要らないだろう。
ついでに、治癒魔法とかの波形を記録できれば、自動化だって可能なはずだ。
エジソンの蝋管蓄音機くらいならば、俺だって作れるだろう。
攻撃魔法の自動化と、その増幅による高威力化も好きほどできる。
ちょっとどころでなく、怖いけどね。
きっと、技術を悪用されないように、隠す算段も必要になるんだろうな。
おそらく、壁の文様もよくよく観察して単純化すれば、そういった魔素流の流れの制御をする回路みたいなものが浮かび上がってくるに違いない。
少なくとも、入力と反射の出力で、独立した二つの文様があるはずだし、魔術の形で増幅したものを取り出すための文様もあるだろう。
これの解析ができれば、俺の技術範囲で、円形施設もさらに作れる。
俺さぁ、本当に『始元の大魔導師』かも?
それどころか、俺、技術が応用できるのならば、本当にこの世界の王にだってなれる。
そこまで考えて、ため息が出た。
……この歳で中二病もないもんだ。
だいたい、コミュ障の俺が、王になれてもその王権を維持できるはずがない。暗殺される未来が、ありありと見えるようだ。「ブルータス、お前もか」って、そのブルータスすらいないからね、俺。
死んじまった相棒に裏切られたら、シーザーみたいな気持ちにもなったかもだけど、それはもう想像の範囲だ。
で、それならば、ここを無限の治癒魔法の泉にした方が、俺を含めてこの世界、よっぽど幸せになれる。
自分の世界へ帰れればいいけど、帰れなかった場合も考えるなら、これはなかなかいい考えだと思うな。
とはいえ、まぁ、その装置を作るのには、まだまだ先が長い。
そもそも、電気回路も、それを構成する部品も、ある程度まではその素材も仕組みも解るけど、それが魔素とやらにどれほど通用するかは判らない。
電気の知識で応用できる部分があって、それは今、俺がここで生きていくのにはありがたいことだけど、絶対的に電気と魔素は違う部分があるはずだ。
そこを早く知って、きちんと知識として着地させておかないとヤバいことになる。
電気もそうだけど、魔法も生兵法はきっと人死が出る。
人が死んでからじゃ、反省も間に合わない。
資格ってのは、そういう事にならないために学んで、その結果として与えられるのだ。
「さて、ここから出たいんだけど?」
とりあえず要求してみる。
ここ、窓がなくて、閉塞感が半端ない。
召喚とかされて、いきなりここで、ここしか知らないから余計に息が詰まるんだと思う。街のこの位置のこの建物の中、みたいな理解があれば、またぜんぜん違うと思うけどね。
「まずは服を返していただかないことには……」
「そうかい」
そうは答えたものの、『石綿の服』を再度横で着られるのも嫌だ。
そこで、自分の作業服を脱ぐと、後ろに放った。
「これで間に合わせて。
他の服を着たら、返してくれればいいから」
「いやそれは……」
「遠慮しなくていい。
『石綿の服』は身体に毒なんだから、もう着ないほうがいい。
さっきの『マニカ』って奴も、石綿でなくても同じ働きをするものを、たぶん、俺作れるから、それを着けなよ」
「いや、そういうことではなく……」
「じゃあ、なんだよ?」
そう言って、俺は振り返った。やはり、焦れたのだ。
「ひゃあ」
堪忍しろよ、まったく。おっさんが、なにが、「ひゃあ」だ。
そう思って……。
ああ、白髪ではなく、シルバー・ブロンドでしたか。
くっついているのは、股間ではなく、胸でしたか。
おじさんではなく、アンタ自身が娘でしたか。
しかも、ちょっと、いや結構、いや相当に可愛いかも?
そこまで観察して、俺のほうが全力で後ろ向きになった。
しゃがみこんで、頭を抱える。
セクハラか、俺?
怖い。
吊るし上げられる。
警察呼ばれたらどうしよう?
無実だと言って、納得してもらえるのか?
一瞬で頭の中をそんな考えが駆け巡る。
「み、み、見ました!?」
「み、見たけど、見てない!
事故です!
すいませんでした。
セクハラのつもりはないです!
つか、なんで!?
コレ、俺が悪いの!?」
「おち、落ち着いてください!」
「アンタが落ち着け!
これ、魔法ってヤツ?
てか、なんでよ、アンタ、なんで変身とかしてたんだよ?」
すっと、霜が降るように沈黙の間が空いた。
「父が……、父はもう……」
いきなり半泣きの声。
ああ、なんだよ、そういうことか……。
コミュ障の俺でも、察することはできる。
おそらくはこういうことだ。
さっき、この娘は、「自分は、この年を生き延びる前に心身のどちらかが完全に破壊されてしまう」というようなことを言った。
俺、それに違和感があったんだよね。
自分で自分のことを、こう表現するかな? って。
「自分の余命はあと僅か」って言い方はするだろうけど、「自分は破壊されてしまう」っていう言い方はあまりしないよね。どこか、他者を表現する言い方だなと思ったんだ。
で、どちらにせよ、その事自体は事実なんだろう。
いや、もっと酷いかな。
もう、この娘の父親の心身は、任に耐えられない。この場に来られないほどに。
俺を召喚するための計画も、それを実行するための最期の力を振り絞っての呪文の詠唱も、全て御破算になるはずだった。
おそらくだけど……。
親としたら、子にこんな仕事を引き継がせたいとは思わないだろう。せめて息子が複数であれば、そのうちの一人は仕方ないとは考えるかも知れない。けど、一人娘だったら、絶対それはないだろうな。
そもそも、こんな仕事を家族で数世代受け継いだら、そこの家は死に絶えちゃう。てか、ここが魔術師がいるような世界だとすると、「家名が断絶」するって言い方かもね。
社会の仕組みも、そんな親の気持ちを容認するはずだ。
二世代続けて魔術師になるのを禁じるとか、そんな掟もあるかもしれない。
でも、子は子として親を助けたい。
だから、この娘は、変身の魔法か何かで身を偽って、父親の任を遂げたのだ。
ただ、そうなると、この娘は門前の小僧で、独学のみで父親と同じ魔法を使ったことになる。才能って奴があるのかも知れない。
「なんで、変身の魔法、解けちゃったの?
魔素流とはジャンルが違いすぎて解らない」
責めるような口調にはならないように気をつけて、まずは聞いてみる。
聞いている途中で、『始元の大魔導師』の質問としてはふさわしくない気がしたので、フォローを入れた。ちょっと、わざとらしいけどね。
まぁ、なにより、瀕死の父親のことから話題を変えたい、それが一番の理由だ。
「今、完全に術を解きました」
ああ、そういう声ならば、女性のものとして納得できる。高すぎない、きれいな声だ。
「お解りのように、魔法とは世の理を捻じ曲げるものではなく、在るものを在るが儘の姿に戻すものです。
怪我をした者を治癒し、元の健康な身体に戻すことはできますが、老人を若返らせることはできません。
高度に習熟した術者ならば、それも不可能ではありませんが、長持ちはしません。数日で元の老人の体に戻ってしまいます。無理なものは無理なんです。
同じく、本人の心身がともに女性なのに、男性に変化するのは……」
そうか、納得。
じゃ、治癒魔法で癒やされた俺の二日酔いが戻ってくることはないわけで、それは素直に嬉しい。
「前日の沐浴潔斎の時から術を続けていましたから、私の魔力では保ちませんでした」
ああ、他の魔術師と一緒に準備していたんだったね。
「とりあえず、作業服だけど、羽織ってもらえれば……」
そこまで言って、もう一度俺は頭を抱えた。
そか、それだけじゃ、下半身、丸出しのままだわ。
「念の為に聞くけど、『魔術師の服』って、正規の魔術師以外が着ていたら……」
「冒涜の罪に問われます」
そうくると思ったよ。
悪い方向の予想は当たるんだ、俺。
ちらっとしか見ていないけど、この娘、相当に小柄だった。
今の体型で『魔術師の服』を着たら、ぶっかぶかで裾を長く地面に引きずって歩くことになる。当然、バレるな。
「もう一度、変身の魔法をかけることはできないの?」
「さっきのあなたへの治癒で、最後の魔素を使い切ってしまいました。もともと、自分への回復でほぼ無くなってましたし」
「あたあ……」
MP0かよ。
やっちまったか、また。
俺のせいだ。渋るのに、強引に魔法を使わせちまったからね。
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