第65話 銀月、蒼穹。

【一定時間が経過した為、現在生存している全ての魔物プレイヤーにイベント貢献ポイント:1000が贈られます】


【ポイントはイベント終了後にイベント通貨として利用可能です】


「うぉ……あと一時間か……」


「かなり微妙なタイミングでポイントが入ったわね……あ、シエラとコスタが漸く人の居ない階段を見つけたみたいよ」


「マジか」


 あの二人が来てくれればかなりの戦力になる。心強い増員の報告を受けて、心が踊った。……と、同時にとびきり悪いニュースが入ったかもしれない。

 なんでこう……良いことがあった直後には悪いことが起きるのだろうか。振り戻しというやつか?全員が原因である開いた扉を見つめてため息を吐いた。


「嘘だろ……?」


「扉、閉まりませんね……」


「一回開いたら……閉まらないタイプ……」


「本当にここの運営は何を考えているんだろう……」


 コアが奥に控えてる扉が閉まらない。閉まらない原因が錆びて機構が壊れたとか、そういう理由ならもうどうしようもない。表側の扉は敵が入ってきた場合には後ろで閉まってくれるから敵が新しく入ってこない上に逃げないという最高のシステムを搭載しているが、コア側の扉はしばらくぶりに動いたのか不調でガバガバだ。


「敵が俺たちを何人かで押さえて後ろに通られたりしたら……」


「最悪ね」


 何故だ。何故……さらにバッドステータスを追加していくんだ。これまでで散々対等じゃない処理だっただろう。そろそろ運営に文句の一つでも垂れたい所だが、正直慣れているといえば慣れている。人を初っぱなからデバフ持たせた状態で知らない土地に送り込むような運営だ。その理不尽さを存分に受けている魔物からすれば『いつものこと』である。


 運営の人間ひいきに呆れながら休憩をしていると、カルナの体が段々と青白い色を取り戻していき、やがて完全に色を取り戻した。


「あら、リスポーンが可能らしいわよ?」


「そうか……よし、じゃあ行くか」


 正直まだ疲労は残っている。だが疲労が抜けるまでのんびりしていれば、確実にコアが持っていかれる。重い頭を押さえながらメニューを開き、新しく現れていた『リスポーン』を選択する。

 途端に水中から地上に浮上するように、世界が輪郭を一瞬ぼやけさせ、鮮やかな色を取り戻した。しんとした静寂の音が耳の中に入り込む。


【リスポーンしました】


【残りリスポーン可能回数:2回】


「オッケー、復活完了」


「うぅ、久し振りの感覚だ……」


「何だか……違和感がある……不思議」


 俺はそれほどではないが、かなり長い間あの音も色も無い世界で過ごしていた大隊長達はかなり違和感があるだろう。てんどんは目を擦り、いたちは耳らしき場所を塞いでいる。

 世界の変化に適応しようと試みている大隊長達に、カルナがにっこりと笑顔を浮かべながら言った。


「さて、彼らを倒しに行きましょう。時間が惜しいわ」


「お前……どんだけ体力あるんだよ……」


「凄まじいね……」


 先程まで文字通り命を削る戦いを繰り広げ、たった一分の休憩でこの世界に舞い戻ったカルナは、その顔に疲労一つ浮かべずに笑っている。……ある意味俺より体力あるだろ。あれだけの戦いをしても息一つ切れないとか、どんだけ脳みそが戦いに適応してるんだよ……。俺たちのあきれたような視線を受けて、カルナは恥ずかしそうな顔をした。


「わ、私だってか弱い乙女だから、疲れることはあるわよ。……楽しい戦いは別なだけで」


「その甘いものは別腹みたいな理論ヤバイな」


「……実質無限に戦える……」


「敢えてか弱いという部分には触れないでおきますね……」


 愛想笑いのオーワンと、顎に手を当てながら放たれた沙羅の言葉にカルナはうっ、と声を上げて、話を反らすために開きっぱなしの扉に歩みを進めた。


「早くいきましょう。こんな下らない話をしている場合ではないわ」


「話を逸らしたな……でもまあ、確かにのんびりはしてられない。みんな、行くぞー」


「はーい」


 元気の良いオーワンの声を合図に、カルナを先頭に置いて扉の奥へと進む。拳をかち合わせながら先頭を歩くカルナの隣にカバーで移動して巨大な扉をくぐった。


「螺旋階段か……」


「真っ暗ね」


 カルナの言葉に頷いて、慎重に階段を下りる。扉の奥に続くのは下へと向かう巨大な螺旋階段。部屋に備え付けてあった青い松明等の照明類は一切なく、ひたすらに待ち構えるような暗闇が口を開けて待っていた。ごくり、と後ろにいる誰かが唾を飲み込んだ音が聞こえた。

 かつん、かつん、かつん、といくつも足音が重なりあった。この先に、コアがある。大隊長である俺達ですらまだ見たことの無い、最終層のその先がある。


 そこはどんな場所だろうか。真っ暗だったりするのだろうか。それとも、赤い魔方陣とかが床に刻まれた地獄みたいな場所なのだろうか。コアは何色で、どんな形だろうか。やっぱり澄んだ青色で真ん丸とか?


 妙に長い階段を下りる間にさまざまな妄想が膨らむ。暫く降りていると、何やら物音が下から反響して聞こえてきた。


「これは……戦闘音か!」


「あら、大分コアを集中して攻撃しているのね」


 聞こえるのは魔法の発動音、硬い何かを切り刻む音、何かに物が当たって弾ける音。つまり、コアがたった一人でいじめられてるということだ。呑気に階段を歩いてなどいられない。急いで階段を駆け下りていく。……全力で走っても、俺とカルナは殆どスピードが変わらないのだが。

 必死に駆け降りた階段の先、開け放たれた小さな扉の先へと転がり込んで……息を飲んだ。


「これ……は……!」


「あら……」


「うわぁ……凄い……!」


「……綺麗」


「花畑……みたいだね。奥に浮いてる銀色の球体がコアなのかな?」


 まず目に入ったのは、白。真っ白な花畑が、俺の視界一杯――地平線の果ての果てまで咲き誇っていた。上を見上げれば雲一つ無い蒼穹が、同じく視界に入りきらないほど広がっていた。

 白い花達は何処からか吹いた風に揺られ、振られ、小さな花弁を散らしながら咲いていた。空に混じった花弁が雲を騙るように舞い散り、さわわ、と一斉に揺れた花が音を立てる。


 果てしなく広がる花畑は、それだけで見るものの視線を奪い、感嘆の渦に引き込む彩りを放っていた。

 この花達を、俺は何処かで見たことがある……ああ、そうだ――銀月草の花だ。凛と冷えた空気の中で、見るものを圧倒する白い彼岸花の群れが、相対する空の青に混じって煌めいている。


 一瞬、ここに来た目的を忘れてしまった。どう動こうとか、この後の予定はとか、色々な考えを浮かべていたはずなのに……それらはことごとくがこの景色の美しさに破壊し尽くされ、俺は暫く言葉を失った。


 雲を足場に、世界で唯一天地を逆さまに立っているような気分になった。忘れていた呼吸をなんとか取り戻してコアを探すと、ここから少し離れた所に真ん丸の白い宝石のような物が浮かんでいた。

 それはまるで手の届く位置にある銀月。目の回るような蒼天をバックに、銀色の宝玉が空に浮いている。その大きさは遠目から見てもわかるほど大きい。


「……ハッ! ヤバイ、コアを守らなきゃ!」


「あ、忘れてました!」


「この私が棒立ちなんて……恐ろしい景色ね」


 視線の吸い寄せられる銀のコアに魔法がぶつかるのを見て、漸く俺の体は用件を思い出した。慌てて銀月草を掻き分け、プレイヤーの居る方に向かう。動き出した俺に釣られて、カルナ達も行動を開始した。

 遠目から小さく見える人影に、呪術と魔法を放つ。


「『四重捕捉クワトロロック』『石化ブロック』、『並列捕捉セカンドリンク』『四重捕捉クワトロロック』『麻痺パラライズ』!『二重捕捉ダブルロック』、『ダークアロー』!」


 敵に向けて放った状態異常は全てヒットし、八人がぶっ倒れ、二人がダメージに倒れた。……ん?

 突如湧いた違和感に首をかしげていると、銀月草の真下を縫って進んだ体の小さな連中……いたち、クトゥルー、カタツムリ、ヒトデ等が見えない場所から攻撃しているようで、敵側は酷く混乱している。灰色の体毛を持ったプレイトゥースは周りの景色が保護色になっており、素早い動きも相まってすべての攻撃を避けている。


 この時点で、俺の違和感は確信に変わった。他の面子が威勢良く飛び込む中、ふらふらと情けない剣筋を晒す剣士を鑑定すると……やはりか。


「状態異常『眠気』か……そういや銀月草の効果にあったな」


 第一線の連中にしては、どうしても動きが悪い。連携もうまくいっていないし、状態異常の解除にすら時間がかかっている始末。敵のヒーラーは何をしているんだ、とさまよわせた視線の先に居たのは、眠気眼を擦る神官の女。

 このフィールド全体が、巨大な状態異常を発生させるフィールドと化しているのだ。プレイヤーは俺たちをくぐり抜け、その先にあるこの絶景を見て心を震わせ見とれる。その瞬間から、睡眠へのカウントダウンは始まっていた、ということだろう。


「中々にえげつない場所だぞここ……」


 俺やカルナ、クトゥルーのような状態異常に縁の無さそうな種族ならいいが、プレイトゥースや板イタチのような動物系統は確実に人間と同じく状態異常『眠気』を受けることになる。

 やけに手応えの無い人間達を全員撃退し終わり、何だか肩透かしだ、といった様子の大隊長達にこの事を伝えねば。


「……コアの損傷は三割といった所ね」


「まあ、妥当な所だろうな。多少傷が付いちまったのが勿体無いが、端から人間相手に完全試合かませるとは思ってないし……みんなー!取り敢えず上の階に戻るぞー!」


 幻想的な景色に見惚れる大隊長達を連れてコアのある場所を離れる。……ああやって見惚れてるうちに状態異常に掛かるのか。食虫植物とか提灯アンコウみたいだな。

 駆け足で階段を上り、その途中で銀月草についての説明をする。


「あの花は銀月草っていう名前でな。見てる分には綺麗だが……あの花には、花の香りを嗅いだ奴を眠らせる効果がある。……簡単に言うと、あそこにいると無条件で強烈な睡魔と戦うことになるんだ」


「成る程、人間が妙にとろんとしていたのは、そういうわけだったのね」


「えぇ! つまり……あの綺麗な花をじっと見つめて愛でてたら、そのうち寝ちゃうってことですか?」


「……綺麗な花畑すらまともに見させてくれない……やはり運営は趣味が悪い」


「道理で眠いと思ったわけだ……戦闘中眠いとか危険も危険だよ」


 それぞれがそれぞれの反応を返す。イタチやプレイトゥースには思い当たる節があったようで、ウゥ、と唸っている。プレイトゥースの背中に乗っているヒトデやカタツムリもどうやら同じようだ。宙に浮かぶ三分料理さんは、思い当たる節がさっぱり無いようで首を傾げるように刀身を傾けた。そりゃあ、無機物は眠らないだろうしな。それで眠くなってたらプレイヤーの問題だ。


 そろそろ登りきれるだろうか、と考えた頃、上からまたもや戦闘音の様なものが聞こえてきた。またか!?今度は誰が来ているんだ?というより、ここに大隊長は集まっているから……誰が戦ってるんだ?

 俺の疑問に答えるように、カルナがそっと呟いた。


「多分、シエラとコスタ……あとはFさんね」


「あ、そういえばFのことを忘れてたな……」


「酷いですよ、ライチさん! Fさん、喋らないだけでちゃんと戦ってましたよ!」 


 螺旋階段の天井を走るオーワンがとがめるように言った。俺としては、晴人のせいで周りに気を配る余裕など微塵もなかったし、あれほど無反応だったFさんが戦っていたということに驚きを隠せない。


「ちゃんと風魔法で援護してくれてたね。何度か助けられたよ」


「ん。……接近されなければ強いみたい。……最後は接近されて倒されてたけど」


「そもそもFさんはきちんと喋れるみたいよ? 声はとても小さかったけれど、私が死んだときに『お疲れ様です』ときちんと言ってくれたもの」


「え!? それは初耳ですよ?」


「ま、マジか……俺が聞こえてなかっただけなのか」


「あなたは耳が悪すぎるのよ」


 その理論で行くとカルナ以外の全員耳が悪いということになる。にしたって、ちゃんとコミュニケーションをとろうとしている相手に対して『人とあまり関わりたくないのかな?』とか勝手に思い込んでいた自分が恥ずかしい……Fさんがどれだけいたたまれなかったか。

 今もきっと上でプレイヤーと渡り合っているのだろう。後できちんと謝罪をせねばなるまい。


 駆け足で上りきった階段の先には、またもや二十人越えのプレイヤーの集まりがあった。様々な武器や防具を兼ね備えたプレイヤー達に相対するのは――シエラ、コスタ、Fの三人だけである。シエラはいつしかみた高速ブリンクで敵の中央をひたすらに掻き乱し、コスタは常にFの周りに光る槍を構えて護衛している。

 Fは高威力の風魔法をひたすらに敵に向けて撃ち込んでいる……相変わらず魔法の詠唱が全く聞こえないが。


「全員! 配置についたら突っ込めっ!」


 取り敢えず考え込んでいる場合ではない。シエラの本気モードは誰にも止めることは出来ないが、長続きはしない。このままでは確実に燃料切れになる。細かい指示を省いて大隊長達に戦闘開始を促す。てんどんが弓をつがえ、オーワンが密かに敵の上空を奪い、プレイトゥースが三分料理と共にシエラの救援に向かった。


 後衛でFを護衛していたコスタが、手に持っていた光る槍を敵陣に投げ込み、シエラに手を届かせようとしていたプレイヤーのこめかみを撃ち抜く。……ちょっと待て、かなり距離が有るのに寸分も違わずこめかみに槍を撃ち込むとか頭おかしいぞ。驚きに鎧の中で目を見開く俺の前で、コスタが普段は見せないガッツポーズを決めて、こちらに振り返った。


「よしっ! ……あ、皆さん! 救援感謝します!」


「お、おう。……俺らが来たからには、あとは任せろ。なんて言ったって俺達は大隊長なんだからな」


 驚きを喉の奥に隠し込んで、コスタに華麗なサムズアップを決めた。それと共に先行していたプレイトゥース達にカバーで接近し、シールドバッシュで二人の前に出た。敵はシエラを仕留めるのに躍起になっており、シエラは二十人近くに一斉に狙われているため、攻撃のしようがない。空中に残像をいくつも残しているシエラに声をかける。


「シエラっ! 助けに来たぞ! タイミングあわせて抜けろ!」


「りょっ、か、いっ!」


 呪術をセッティングする。敵の何人かが俺達が登場したことに焦って周りに手当たり次第にそれを伝えている。……人数こそ多いが、そんなに練度は高くないな。頑張って中流ってところか。どうして物理無効のシエラがプレイヤーの武器攻撃を避けているのだろうか、と疑問に思ったが、良く見るとプレイヤーの武器には白いオーラ……おそらく光属性のエンチャントの魔法が掛かっている。光魔法は俺らの天敵だし、シエラにとってもそれは間違いないだろう。


 中々に厄介な状況だが、プレイヤーの中にRTAや晴人のような圧倒的な存在感を放つプレイヤーは居ない。油断だけはしないでおこう、と心に決めて呪術を放った。


「『四重捕捉クワトロロック』『混乱コンフューム』、『並列捕捉セカンドリンク』『四重捕捉クワトロロック』『麻痺パラライズ』!今だ!」


「よいしょっ!」


 俺の呪術により、多くのプレイヤーが唐突に操作が逆転し、動きが止まって地面に倒れる。タイミング合わせてオーワンが上から糸を垂らしてプレイヤーを一人地獄へ案内した。途端にオーワンに集まる視線の中で、プレイトゥースが帯電しながらプレイヤーの間を通り抜け、三分料理さんが高速で敵を切り刻む。

 空いた空白地帯にシエラが入り込み、無事敵中から抜け出すことが出来た。


「ぶへぇ……」


「お疲れ様。後は俺達に任せとけ」


「えへへ、お願い。私ちょっと疲れたからきゅーけー……おぇぇ」


 無抵抗で地面に頭から突っ込んだシエラに労いの言葉を掛けると、シエラがむくっと体を起こして疲れた笑顔で頷いた。……その直後にエクトプラズムらしき何かを霊体から吐き出したが、俺は見てなかったことにする。あの移動は体に酷く負荷を掛けるからな。しょうがない。


 グロッキーなシエラを背後に携えて、敵に向き直る。やはり敵の立ち直りが遅すぎる。さっきまで一流を相手していたお陰で、中々に粗が目立つ。

 これからも、こういう相手がいいな、と思いつつ盾を構える。


 さあ、残り一時間……この人数が幾つも押し寄せるのだろう。それらを全部ぶっ飛ばして……勝ちをもぎ取ろうじゃないか。

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