第55話 決戦前に何を思う

 瞳を開けると、暗い木の中だった。


「最近ずっとゲームばっかしてんなぁ……」


 朝起きる、学校に行って晴人とゲームの話をして、課題と食事をしてゲーム。この流れが段々パターン化してきた。そんなに悪いことではない……はず。学校での晴人は、変態二人を引き入れてヴァレリアとマグダスを今日こそ倒すと息巻いていた。

 対人戦が解放されても、恐らく直接的にはイベントに影響が無いはずだ。


 無関係な人間達の動向について考えるのを止めて、今日の予定を立ててみる。今日は全員ログイン出来るとのことだから、引き続きシエラとコスタのレベル上げだな。彼らなら確実に今日の内に進化できるだろう。

 初期種族でハンデを背負っていても凄まじい連携で格上を狩れる彼らが、さらに強化されたら手がつけられなくなりそうだ。


「あの二人を強化する以外にも、カルナの武器と防具を見つけてやりたいんだよなぁ……」


 カルナが今も持っているスレッジハンマーは初期武器にもかかわらずオルゲス、レオニダス、メルトリアスの三体を打ち砕いている。途中で砕けてもおかしくなかった所を、最後までその手の中で役割を果たしたハンマーに素直に驚きを覚える。

 だが、壊れてしまったものはしょうがない。完全に鉄の部分が歪んでヒビを持っているのだ。もしかしたら柄の部分も内部でヒビが入っているかもしれない。


 うちの最高火力であるカルナが武器なし、というのはどうにも良くない。かといって新しい武器を手に入れる算段は全く無い。魔物としてプレイしている者の性だが、武器も防具もポーションも連絡手段も、魔物として生きている時点で手に入らないと決まってしまっている。

 俺のようにクエストで手に入れるとかをしないと一般の魔物は初期装備を慎重な手つきで振るうしかなくなる。


「……うーん、何も思い付かない」


 賭けに出てエルフの里に降りてみる、とかを一瞬考えたが、高確率で里の入り口で人間プレイヤーの魔法のサンドバッグにされるだろう。セレスとコンタクトをとれればチャンスが無いことは無いが、どちらにせよ里の場所が分からない。……流石に二度も同じ用件でメラルテンバルは呼べないな。


 傾き掛けた太陽の光を透かす緑の天井を眺めながら暫く考えていると、真後ろからごそり、と物音がした。一瞬魔物かと思って振り返ったが、振り返った先の樹木から体を出しているカルナの姿が目に入って安心した。


「こんにちわ。こんな姿で申し訳ないわね」


「こんにちわ。……まあ、しょうがないよな」


 体についた木屑を払うカルナの姿は、はっきり言ってボロい。外れ掛けていた革の鎧は既にどこかに捨てられており、血の付いたボロボロのインナーだけが青い肌の上にある。ボロボロの服を着た女性、というと色っぽく聞こえるだろうが、それが体高二メートル近い筋肉ゾンビだと、むしろ雰囲気が出て怖い。


「出来ればカルナの装備を見つけてやりたいんだが……あてがない」


「そうよね。どこかに腕のいい鍛治師とか歩いてないかしら」


「この森のなかでふらふら歩いてる鍛治師とか絶対にヤバい奴だろ……」


 いつも通り苦笑いでカルナの言葉を流すと、またもや後ろで物音が鳴った。今度こそ敵か、と思って振り返れば、背伸びをしながら樹から出てくるシエラの姿があった。シエラに続いて、ぎこちない動きでコスタが体を外に出す。


「まさか木の中に居るとは思わなかったよー……一瞬『いしのなかにいる』って感じだと思って焦ったぁ」


「悪い悪い。でも、敵から襲われる可能性は低い方が良いだろ?」


「そうですね……次にログインしたときに墓地に居たとか笑えませんから……ねっ! あれ、もっと奥いっちゃった」


 鎧の隙間に入ってしまった小さな木片を取ろうと苦戦しているコスタを、シエラが笑いながら見つめている。仲の良い姉弟でよろしい。目の前でギスギスプレイされたら気まずいどころじゃないからな。

 取り敢えず揃ったコープスパーティーの面子に向かって今日の大まかな概要を伝える。まあ、概要と言っても、レベル上げと武器探し、新天地探しってだけだが。一通り話終わると、全員それに異議はないらしく、軽く頷いてくれた。


「じゃ、ささっといきましょう?」


「今日で進化するぞー!」


「取り敢えず槍がほしいかな……本当にどこ行ったんだろ俺の槍」


 悲しそうな音色のこもったコスタの言葉に見てみぬ振りをして、森の中を歩き出した。それぞれが漸く森の中での歩き方について学習したらしく、もう躓いて叫ぶようなことは無くなっていた。


「んー、前から敵……野盗猿パンディッドが三匹。初めて見るな」


「うわぁ、お猿さんだ。動物園で観たよね、コスタ」


「うん、俺たちが見たのは目が赤くなかったし、両手に錆びたナイフなんて持ってなかったけどね」


「弱そうね」


 パンディッド……チンパンジーと盗賊バンディットを掛けているのか? 両手に錆びた刃物を握りしめた毛むくじゃらの猿が、キーキーと甲高い威嚇をしながらこちらに接近していた。

 レベルは上から15、14、14。カルナの言う通り弱そうだが、両手に武器を持っていることから、手数が多そうだ。レベル上げが目的なので、シエラとコスタの二人に合図をして送り出す。たちまち目の前で静かな戦いが始まった。


 基本的に、二人とも『避け』に徹しているため、俺とカルナのような真っ正面からのぶつかり合いが非常に少なく、その為に戦闘音が殆どしない。シエラは圧倒的なスピードと高精度のブリンクで全ての攻撃を空振りさせ、コスタはパンディッド達の伸ばす間合いギリギリを見極めて戦闘を繰り広げている。

 シエラは相手がどう攻めようと霞のように掻き消えて、コスタもどう攻撃を繰り出そうともギリギリで絶対に届かない。お互いがお互いの死角をカバーし合っている為、隙もほとんど無い。


「理不尽って感じの強さじゃないんだよな……上手く噛み合ったパズルみたいな強さだ」


 オルゲスのような理不尽なステータスの暴力を『積み重ねた力』と形容するならば、シエラとコスタの強さは『重ね合わせた力』と形容出来るだろう。建物を作るように支柱を作り、梁を作り、壁を作り……二人はどちらか一方では微妙だが、組合わさった時の安定感は目を見張るものがある。

 暫く戦闘を見守っていると、やはり問題なく二人はパンディッドを全滅させていた。


「ぃやったー!レベル11だー!」


「俺はレベル12だなー」


「……なんで地味にコスタの方がレベル高いの」


「フィニッシュを決めているのがコスタの時の割合が大きいからじゃないかしら?」


「最後だけ持っていってるみたいで少し悪い気がしてきた……」


 ぶーぶー、と文句を垂れるシエラであったが、進化を前にしたわくわくに呑まれ、その機嫌はすぐによくなった。せーの、とシエラが声を出した。二人合わせて進化先を開いたようだ。俺たちにはさっぱりわからない。そのあと、同じく二人指し合わせて進化を選択したようだ。前日のログアウトを連想させるように、二人とも同時にぶっ倒れた。


「……はたから見ると、急に倒れるのはアホみたいね」


「それは言うな……確かに頭から地面に突っ込んでるけれども」


 宙にプカプカ浮いていたシエラの体は、進化を選択すると同時に浮力を失い地面に墜落した。かなりいい音がしたが、もしやダメージは入っていないよな。

 心配しながら脱け殻の二人を見つめていると、二人の体に変化が起きた。


 シエラは真っ白なその体を夜のような黒に変え、コスタは鎧が大きく肥大化し、同じく黒い鎧となった。全体的なフォルムはトゲトゲしているというか、かなりゴツい。

 その状態に変化した二人を暫く見つめていると、ゆっくりとシエラが体を起こした。連動するかのようにコスタも目を覚ます。


「なんか……宇宙を感じたよ」


「なんだそりゃ」


「……俺も」


「お前もか」


 寝ぼけているのか変なことを口にする二人に呆れていると、彼らは自分の体の変化におおはしゃぎしていた。……失礼、シエラは体の変化におおはしゃぎしていた。

 コスタは冷静に自分の体を見つめており、ついでに槍とか出てきてないかなー、と呟いていた。


「凄いカッコいい!流石ユニーク種族だよ!」


「……ん?」


「うふふ、ユニーク種族にパーティーが染まっていくわね」


「……えーと、俺は普通に黒騎士の鎧カタフラクトになりましたけど……俺だけ仲間外れかぁ」


 おいおい……説明にそんなになれるもんじゃないって書いてあったんだが……信じられない。詳しく話を聞くと、『深夜の亡霊ミッドナイトスター』というのになったらしい。確かによく見ればシエラの体は黒一色ではなく、細かな星のような物が見えている。


「ブリンクでスタミナもMPも使わなくなる代わりに、一発でも魔法が当たったら属性も威力も関係なく無条件で即死だってー」


「メリット大きいけどデメリット……でも、シエラなら使いこなせそうだな」


「オワタ式はよくやってるから大丈夫!」


「えーと、俺の長所は……はい、固くなって速くなりました。デメリットは……ありません」


「コスタ……大丈夫よ、ユニークじゃないからといって冷遇はしないわ」


「カルナさん……!」


 まさしく夜の星のように縦横無尽に動き回っては、それこそ流れ星のように一瞬で消えるのだろう。下手をしたらギャグにしかならないほど難易度の高い種族だが、恐らくシエラなら大丈夫だろう。そのあと、二人とも初めての転職をしたが、やはり見た目に変化は全く無い。シエラは高位闇魔法使いに、コスタは中級投槍士になった。


「高位の闇魔法楽しみ!」


「うおぉぉ!? 『投槍生成クリエイトジャベリン』!? ……えぇ、MP使うのか……」


 ホクホク顔のシエラに対して、コスタの顔は一瞬満面の笑みになったが、その直後に真顔になった。……そりゃあ、槍使いなんだからMAGには殆ど振ってないよな。MAGDには多少振ってるだろうが、あの顔を見るに槍一本のコストが高くて作れないのだろう。

 まあ、取り敢えず試運転でそこらの敵と戦うか――


【クラン『VARTEX』所属のPanDola様、エミネス0201様、mine:D様によるパーティー『Thanato』が《蜃気楼の魔女》ヴァレリアと《白樺の神官》マグダスを撃破しました】


【王都クレルベレンの闘技場『カロッサス』にてPvPが解放されました】


【これより全てのプレイヤーがカロッサスにてPvPをプレイできます】


【PvPに関する項目をメニューに追加しました】


「あー……」


「おぉ!PvPだ!」


「外国の方々なのかな?」


「……戦いがそろそろ恋しくなってきたわね」


 晴人がどうなったかは分からないが、別の方々が先に闘技場を解放したみたいだな。……ギルド『VARTEX』か。絶対に意識高いガチガチの最前線攻略ギルドだ。VARTEX頂点なんて名前のギルドを建ててる時点でそんな気がする。

 人間側は優秀な人材が多いな……このままじゃ墓地に到着するのも遠くはないぞ。


 ……まあ、気を取り直してレベリングに励むか。


「余所は余所。うちはうちってことで、行くぞー」


「あー、それよくお母さんが言ってるよ」


 真っ黒になって空間と完全に同調したシエラの言葉に適当に頷いて、森の奥に足先を向けた。



――――



 次の日、いつもより少し早めに学校に到着した俺は、晴人が来るまでのわずかな時間を使って読書に勤しもうとした。

 ……「勤しもうとした」という言葉の時点で結果は察せられる。あぁ、教室のドアが静かに開いて騒がしい足音がした。


「シィィィンジィィ!」


「うわ、キモいし五月蝿いわ。ゾンビゲームのボスゾンビの最後みたいな声出すな」


「ごめん」


 てへっ、と舌を出しながら謝る晴人に軽くチョップをいれた。あいたー、と棒読みをした晴人は、身に纏う空気を入れ換えて俺の机に寄りかかった。どうせ黙っていても話しかけられるので、今回は俺から話題を振る。


「で、どうだった? 闘技場」


「ひとつ前に並んでたVARTEXの三人組がクリアしちゃったよ……カラメルタイプさんは顔を赤くしながら『このあとどうだ?』とか言ってくるし、すくらんぶるさんは用は済んだって感じでアへ顔爆走始めるし、RTAさんは『私の最速が!』ってキレて発狂してたわ。俺が止めなきゃ単騎で闘技場乗り込んでVARTEXの三人とプレイヤー初のPvPやらかしてたぞ」


「修羅場じゃねえか……」


 なんだそのカオス。爆発物に首輪つけて安心してたら、首輪のリード持ってた手ごと爆発して逃げ出したって感じだ。変態と犯罪者を街中で解き放ってしまった。……どいつもこいつも手のひらに収まってくれる感じが全くしない。普段は誰かを引っ張る側の晴人が引っ張られ過ぎて伸びてるのは珍しい。というか、本当はそっちが素なんだろう。


 ああ、本当に地獄だった、と晴人はいつの間にか浮いていたらしい額の汗をぬぐった。思い出すだけで汗が出るって本当にどんな状態だよ……体に恐怖が刻まれてんじゃねえか。


「……んで、シンジは昨日どうだった?」


 自分のことは棚に上げて、澄ました顔で晴人は聞いてきた。昨日?……昨日かぁ。


「覚醒した後輩達が強すぎてヤバい」


 昨日の惨状を思い出す。音の鳴らないハイタッチ、周りに満遍なく散らばる砕けた死体は全て魔物の成れの果て。満面の笑みを浮かべながら腕を回して温めるカルナと、それをなんとしても止める俺。

 ……あれ?そんな変わんなくね?


「シンジがそれを言うってどんだけだぃ……」


「二人合わさるとお前みたいなクソゲーになる」


「さらっと人をクソゲーにするな」


 額にデコピンをもらった。……鍛えてるせいか中々痛い。だが、それよりも重大な事がある。シエラとコスタについてだ。


 ぶっちゃけて言おう。相方のコスタが進化で状態異常が効かなくなってしまったらしいので、あの二人を相手にした俺に勝ち目は無いかもしれない。


 コスタはまだいい。動きが加速してSTRも上がったお陰でサブディーラーっぽくなってるし、更に手がつけられないが、まだ良しとしよう。

 ……シエラが怪物過ぎる。有り体に言うと見えないのだ。あれは多分一秒に二回か三回はブリンクしている。常にブリンクし続けているせいで誰も彼女を捉えられない。そんな頭の可笑しい機動をすれば三半規管がやられるし、高速移動は視覚と脳に高負荷がかかる。気持ち悪いし、目が回るし、制御できない。


 本来ならブリンクは急に前に進むことから、ブリンクした先の状態を認識する時間で倒される事が多いが、シエラはそれをいくつも繋げている。流石に本人も『吐き気が辛いし、本当に倒せない相手にしか使わないし使えない』と言っているが、使えてる時点で頭が可笑しいのだ。

 超高速で瞬間移動を繰り返すゴースト相手に魔法を当てろとかクソゲーだ。一発でも当たりさえすればどんな雑魚魔法でも倒せるが……まず当たらないだろう。


 それに加えてシエラはMAG特化の高位闇魔法使いでもあるので、DPSも稼ぐ。唯一の弱点である魔法も、コスタが先の先を読んで潰している。詰まるところ、だ……どっちもPSが人外だったのだ。

 コスタはまだ変身を残しているが、シエラは完全に最終形態のラスボスとなっている。あんなやつ倒せるのか?


 それに対して物理で対抗しようとするカルナも頭が可笑しい。物質的な体を持たないゴーストに物理は効かないのだが、拳圧で消す、とか頭の可笑しい事を言っている。コスタはそれに対して『成る程、物理魔法ですか』と納得していたし、最早一般人は俺しか居ない。


 マジでシエラがメルエスみたいになってる……てか、疑似メルエスだろ。ロードみたいに広範囲を薙ぎ払えるやつならあくびをしながら倒せるだろうが、他は無理ゲーだ。イカれた仲間達の様子に青い顔をしていた俺に、晴人はニコニコと笑っていた。


「ヤバすぎる……超楽しみ。早く明日の夜にならないかなぁ……」


「……」


 そうだった。晴人にこういう話をしても喜ぶだけだ。俺も高速で移動したり、二刀流で無双したり、相手の動きを全読みしてみたいよ。……でも悲しいかな、全部できる気がしないのだ。

 所詮俺は一般市民。ちょっと強いスキルを持ってるだけだ。鑑定は飛ばし忘れる、バフを掛け忘れる、デバフを掛け忘れる、油断した所で足元をすくわれる……こんなことばかりだ。


 それなら俺は俺らしくもがいて、足掻いて、ひたすら食い下がるだけだ。小市民で一般的な決意を胸に、明日に控えたイベントを見据えた。

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