第19話 死の伴侶であることを

 次に目を覚ました時、俺は鎧を脱ぎ捨てた素の状態で暗い空間に居た。

 一瞬ゲームがぶっ壊れたのかと思ったわ。


「ここは――」


 何処だ。そう虚空に問い詰めようとするより先に、何もない空に白い文字が現れた。

 曰く、『生とは、何か』。

 哲学的で、根本的な問題。命などないシステムの投げかけた簡潔な質問に、どこか気圧されて黙りこくる。


『死、とは何なのか』


 メタ的に言えば、進化イベント。通過点。ムービーシーン。だが、このゲームがこのシーンをそれだけで終わらせないことを、俺は知っている。


『命は進みゆく。行先も知らぬくせに、愚かな事よ』


 誰の声だ?誰の考えだ?新しいイベントの匂いがする。逃してはいけない何かがある気がする。全身を強張らせて、空の字を読む。


『何故生き、何故死ぬのか……結局はそこか、魂か。そこに燃えているのか。人知れず、煌々と』


 空間が酷く脈動した。生命の胎動にも似た振動に足元をふらつかせながら、必死に踏ん張る。何を言ってるのかさっぱりな上、詩的過ぎて賛美歌の一つでも歌ってやりたい気分だが、そんな皮肉じみた事を言っていたら舌を噛みそうだ。


『我の奥底にも、いつか消える火が灯っているのを感じる。我は知っている。その熱量を、その光を、誰よりも。そして、その陰りと終わりも』


だから、我は――

 暗い空が白んでいく。進化一つでこんなイベントを起こされては堪ったものでは無いが、ユニークな種族になれる対価と受け取っておこう。


『だから、我こそが命そのもの。死の輪郭。魂の器。そして生命の形、そのものなのであろう。それこそが答えで、意味なのだろう』


 踏ん張る俺が見上げた夜明けの空に、滲むように浮くその一文が見えた時、俺はもう一度世界の色を思い出した。



 瞳を開けば、心配そうにこちらを覗き込むロードの顔があった。あまりにも急に元の場所に放り込まれて困惑するより先に、心配そうにこちらを見つめるロードが口を開く。


「大丈夫、ですか……?」


「あ、あぁ……多分平気……って体が」


 癖で頭を掻こうとして、自分の右手が今までの黒色から変化していることに気づいた。

 黒いカビのようだった体は、その色を濁ったような灰色に変化させている。ただの灰色では無い。所々白く、所々黒い。

 この濁りが命とでも言うのだろうか?だとしたらこの種族をデザインしたやつはきっと捻くれているだろう。


「てか、鎧投げちゃったんかい」


「急に鎧がバラバラになっちゃったので、びっくりしましたよ」


 それは悪いことをしたな。とりあえず一言謝って、ステータスを開く。少しは強化されてたら嬉しいんだが……。



ーーーーーーーーー

ライチ 男 【死神の寵愛】

シェイプオブライフ 種族Lv15 呪術騎士(転職可能) 職業Lv14

HP 455/455 MP 725/725


STR 1

VIT 305+160

AGI 1

DEX 10

MAG 365

MAGD 260


ステータスポイント0


【スキル】 SP4

「初級盾術9」「初級呪術8」「見切り6」「持久8」「詠唱加速3」「詠唱保持-」「体幹強化6」「鑑定4」「呪術理解3」「状態異常効果上昇:中」『生存本能』


【固有スキル】【種族特性】

「物理半無効」「魔法耐性脆弱:致命」「詠唱成功率最高」「浄化耐性脆弱:大」「魔法威力上昇:中」「MP回復速度上昇:大」「HP自動回復:中」「中級闇魔法3」「変形」「精神体」「生命の形」「禁忌魔法1」


【装備】

左手 墓守の盾

右手

頭 墓守の兜

胴 墓守の甲冑

腕 墓守の籠手

腰 墓守の腰当て

足 墓守の足甲


ーーーーーーーーー


 ステータスを開いた瞬間、音もなく通知が来た。割とびっくりしながら、ステータスより先にそれを見た時、顔中の血が引くのを感じた。


【シェイプオブライフは生命を改変し、死を愚弄する存在――】


【故に……貴方は、『禁忌』の淵に腰を下ろした】


「勘弁してよ本当……」


「どうかしましたか?」


 心配そうにこちらを見てくるロードの反応はいつも通りだ。よかった、急に全世界のNPCから嫌われて討伐対象になるとかじゃなくて。

 しかし、確実になにかのフラグを踏んだことは間違いない。今のところ何も無いが、イベントに悪い影響が無いと良いのだが……。


「なんか、禁忌に腰かけたとか言われた」


「うぇ!?それは……まあ、腰かけた程度ならよくあるので大丈夫ですよ」


「え、よくあるの?」


「存在自体が禁忌とか、禁忌を取り込んだとか、禁忌に取り込まれたとかでなければ問題は無いはずです。偶に魂や死、この世界に対して干渉したりする人は居るので」


 なんでも無いようにロードは言っているが、この世界やばすぎるだろ。ビクビクしながら鎧に取り憑き直す。今のところ空から即死レベルの雷が降ってきてやられる、とかは無いし大丈夫か。


「スッゲー怖い……次は転職か……」


 進化一つでとんでもない目にあったわ……。これからは気軽に選ぶのは控えよう。軽く選んで禁忌に取り込まれたりして俺自身がラスボスになったりしたら笑えない。

 若干疲れながら職業を開くと、そこにある選択肢は一つ。『中級呪術騎士』だけだ。


 種族は基本的に職業に関わりは無いとwikiの本当に隅っこの方に載っていた。それこそ禁忌を犯したりするような進化でなければ進化先はステータスとスキルに影響されるだろう。


 安堵のため息を吐きながら画面を操作して、中級呪術騎士に転職した。


【転職により、『初級呪術』が『中級呪術』に変化します】


【転職により、『初級盾術』が『中級盾術』に変化します】


衰弱ウェイストを習得しました】


呪いヘックスを習得しました】


【サクリファイスを習得しました】


【ランパートを習得しました】


 ……オッケー、変な事は無い。爆弾抱えながらイベントに進みたくは無いのだ。自分一人なら喜んで相手方を吹っ飛ばすつもりで禁忌増し増し自爆特攻の一つでもしたかもしれないが、今回は他のプレイヤーもいる手前、更に今回は魔物の存亡を賭けた大一番なのだ。不安要素はなるだけ消しておきたい。


 そういうとこだぜ?と脳内の晴人がやれやれと呟くが、瞬きをして煙に巻く。


「どうですか?転職は出来ましたか?」


「あぁ、問題なく中級呪術騎士になった」


「……墓守になってもいいんですよ?」


「同僚は大歓迎ってか」


「そうですね。ここは広いので手が余りそうですし、何より……」


 意味深に言い澱むロードに、どうしたと聞く前に、ロードの冗談めかした声に先を取られた。


「盾役と雑用は欲しいところですしね」


「げぇ……俺掃除は苦手だ」


「んふふ、それじゃあ墓守になれませんよ」


 明るく笑うロードにどこか胸の奥から感嘆めいたものが登って来た。最初は無理だ無理だと情けなかった奴が、今じゃ冗談を言う余裕まで持っている。

 本当に、ただのNPCとは思えない。向こう側にだれかがいるんじゃ無いかと思うほどの情緒があり、成長がある。


 改めてこのゲームに舌を巻いていると、ロードがゴソゴソと白いローブの内ポケットに手を入れ、ゆっくりと小さな木の箱を取り出した。


「……ん?なんだそれ」


「僕そのものが受け取れないのはわかりました。なら、せめて……これだけは、受け取ってもらえませんか?」


 不安と期待、残りを緊張で満たしたロードがゆっくりと箱を開けると、中には陶器で出来たような白い指輪があった。滑らかな指輪には宝石は載っていないが、それが墓守にとっての『輪』を象徴していることは言うまでも無いだろう。


 それをさらっと受けれればよかったのだが……。


「…………」


「…………」


 ロードの放つ空気感が否応無しにその行為に重い意味を持たせようとする。端的にいえば労働の対価、クエストの報酬。しかし、俯きながらもこちらに指輪を差し出すロードを見れば、そう簡単なものではないと思わされる。深く息を飲み、ゆっくりと指輪に手を伸ばした。


「貰うぞ」


「……はい」


 右手の籠手を一旦外して、灰色の本体の指に指輪を取り付ける。システム的な反応ですんなりと指輪は指に嵌まった。灰色の指に、白磁の指輪がはまっている。その白さに一瞬目を奪われそうになりながら、鑑定する。



『白磁の指輪』レア度:アーティファクト唯一無二

生命の『輪』を象徴とした指輪。代々墓守を務める死神の家系に伝わる宝物。持ち主に生と死の両面を強く刻みつける、呪いの品であり、祝福された品である。

この指輪は、彼らにとって自らの有り様を意味するものだ。

魔術付与エンチャント』:「死の伴侶」全ての被ダメージが二倍になり、全てのHP回復効果が二倍になる。

「死の呪い」死ぬまで外す事は出来ない。


「え、ちょっと待って……え?」


「…………」


 被ダメージが二倍になる代わりに回復量が二倍になる、か……。効果でいえばそれほど悪いものではない……はず。だが、一度つけたら死ぬまで外す事は出来ない。俺にデスポーンしろと申すかロード。

 効果自体に不満があると言うわけではない。しかし、一言くらい何か言ってくれても良かったんじゃないか?


「そ、その指輪は……墓守にとって大事なものです」


「うん、それは分かるんだけど……」


 ロードは深く俯いたままだ。しかし、僅かに覗く肌は酷く赤い。


「その指輪は……た、大切な人に送る、物なんです」


「ちょっ、え……つまり、これって凄いやつ?」


「え?……ま、まあ、凄いやつ?ですよ?」


 嘘だろ……?ロードにとってこの指輪を渡すと言う事は親愛、もしくは友愛を示す、と言う事だろう。そこまでの関係性になれたんだな、という素直な感情も俺の中には確かにあるが、困惑と衝撃が同じくらいある。

 好感度的なものが高まった結果なのだろうな、と俺の中の冷静な部分が分析するが、分析してる場合じゃねえ、というのが素直な感想だ。


「……とりあえず、ありがとう」


「あ……どういたしまして?」


 しまった。またもや致命的な沈黙が生まれた。こういう時に、一体どういう反応をするのが最適解だと言うのだろうか? 何処からか聞き覚えのある声が苦しいまでの大笑いをしているのが聞こえる。


「…………」


「…………」


 耐えられない沈黙に鎧の兜を掻くと、かちゃかちゃと軽い金属の噛み合う音が聞こえる。この音結構好きなんだよね、と現実逃避の一つでもしてみるが、現状は全くと言っていいほど変わらない。


 しばらく意味のない沈黙が続いたが、それを破ったのはロードの方からだった。苦笑しながら小さく呟く。


「……外の掃除でも……しますか?」


「……あぁ、そうしよう」


 途轍もなく情けない行動だが、どうか俺を許してほしい。ロードは覚悟を決めたように深く息を吸うと、フードを脱いだ。若干赤みの残った顔で俺を見る。


「ライチさんって、顔が見えないからずるいですよね」


「ははは、ロードも鎧着けるか?」


「動きにくそうなので無理です……というより自重で動けなくなりそうですよ」


 俺もSTR1だから、頑張れば自分の鎧に潰されて死ねるぞ。つん、と唇を尖らせたロードは、行きましょうか、と困ったように笑ってローブの裾を翻した。銀髪がはらりと煌めく。その仕草に意図せず見惚れてしまい、気恥ずかしくなった。

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