第14話 堪らないほどの愛を

 いつもは空気を全く読まない通知も、今回ばかりは騒がしい電子音を立てなかった。さらに言えば、今慎ましく画面に表示されたものは必要最低限に通知されたもので、レベルアップ、スキルアップ、ドロップアイテム、クエスト報酬、ダンジョン踏破報酬などなど、二倍や三倍では済まされない量の通知が、本当に目立たない位置に《リザルト》というアイコンで残っている。


 メニューを開けば、今は午後八時。戦闘自体は、全部で五、六時間は続いていたのではないだろうか?丘まで歩いて、吹っ飛ばされ、丘まで走って、吹っ飛ばされ、墓を荒らして走って、地獄のサドンデス……その前にあったロードとの出会いを含めると、丸一日分時間を食われた事になっている。

 昼食……とってなかったな。まあ、あとでまとめて食べれば文句は言われないだろう。


 食事より、これからのことの方が大事だ。

 あけすけに青い空から視線を外し、ロードを見つめる。目元には未だ泣き跡が残り、服装は満身創痍そのものだが、空を見つめるその表情には、全くといっていいほど陰りが無い。


「お疲れ様……でいいのかな?」


 便宜上頭と形容する部分を軽く掻きながらロードに聞く。ロードは俺に向き直ると、形の良い唇を動かした。


「そう、ですね……そうだ、杖、お母さんのお墓に」


「供えとかないとな」


 くるりと体を反転させ、ロードは白い丘を進んだ。後をついていくと、すぐにぽつんと立っている白い墓の前まで着く。

 ロードはほぅ、と一息吐いて、手に持った長い銀杖をぎゅっ、と握りしめた。


「ありがとう、お母さん」


「……」


 ロードは墓に跪き、未だ光を灯した杖を墓の前に置いた。俺は静かに、目を瞑り祈りを捧げる。余計かもしれないとか、そんな事は微塵も思わなかった。

 ただ自然に、反射とも言える動きで、静かに黙祷した。


 ――墓守のメルエスの行く先に、願わくば光と安寧がありますように。


 十秒ほど経ってから目を開けると、優しい顔でこちらを見つめるロードの姿があった。


「ありがとうございます。……お母さんの為に、祈ってくれて」


「礼には及ばないな。当たり前の事だ」


「……えへへ、そうですか。……それじゃあ、これからどうしますか?」


 下から覗き込むようにして、ロードが聞いた。順当にレベルも上がって進化出来る上、二次職に転職も出来るらしいが、今はそれよりも休みたい気分だ。システムが控えめにリアルの俺の体に空腹と乾きがあることを伝えている。

 時間も時間だろうし、一旦ログアウトして、寝たいところだ。リザルトやステータスはもう明日に回してしまおう。


 何より戦闘後だからに違いないが、緊張の糸が切れて頭がぼーっとする。

 意味もなく周りを見回してみると、当てもなく立ち尽くし空を眺める墓守の白い影と、宙を彷徨う光の粒子が、なんとも幻想的で絵画のような光景を生んでいる。

 怠い体をゆっくりとロードに向き直らせる。


「ちょいと疲れたから、一眠りでもさせて貰えればいいな」


「そうですか。ではここでゆっくりしていてください。墓守以外には入ることも許されない上、歴代墓守達が守ってくれますよ」


「それはベストな拠点だな……」


 眠い体をぐっと伸ばしてメニューを開き、ログアウトを選択する。途端に視界が暗くなり、世界から一瞬意識が消え去っていく。

 それまでの、ほんの瞬きほどの時間に見えた穏やかに笑うロードの顔に、妙な達成感を得て、俺はVRからログアウトした。


【ログアウトします】


【……お疲れ様でした】


 次の瞬間、見上げた天井はつまらない木張りの天井で、ヘッドギアを外して体を起こす。寝方が悪かったのか背中が痛い。ついでに腹も減ったし、喉も渇いた。

 そういや、明日は学校か。


「やべえ、何も実感が湧かねえ」


 盛大な冒険をしすぎたか。溜息を吐きながら目を瞑れば、ロードの笑顔、泣き顔、不機嫌な顔、メルエスの笑顔、声が違和感なく再生される。

 リアル過ぎて、精神的にかなりやばいな。ゲームを終えてもゲームの中の事が忘れられないとは、さすがVR。評価が高いだけあるな。そういや、VRってゲーム内メニューに掲示板があったな……いや、そいつは後でいいか。疲れた。


 でも……あぁ、最高の経験だったと思う。今まで音ゲーノベルゲーRPGととりあえず人並みにゲームだけならやってきたが、ひさびさにどハマりしてしまいそうだ。

 気をつけないと課題をやる時間や、勉強をする時間が無くなってしまう。高二の二学期は地味に重いからな……取り敢えず平均点より上取ることに執着しよう。


 幸い覚える事は苦手ではないので、多少勉強すれば平均は取れるだろう。まあ、こう言うと数少ない男友達が無言の暴力を振るうだろうが。

 さてさて、何はともあれ飯だ。確か昨日の残りのナポリタンが冷蔵庫にあったからあっためて食うか。


「こういう時共働きの両親を持ってると楽だなぁ」


 適当にでっち上げとけば昼食をうやむやに出来るからな。流石に夕食は母さんが帰宅するから無理だが。

 リビングを抜けてキッチン、冷蔵庫から冷えたナポリタンを取り出して温める。

 手持ち無沙汰になってスマホを開くと、ラインが何件か来ていた。そういや、VR始めたって言ってから、ゲームに集中し過ぎて晴人完全に無視してたな……すまねえ。


 開いた画面には、『おぉ、職業どうした?』や、『フレンド申請するからPN教えてちょ』に始まり、『もしもーし、大丈夫か?』や、『話しかけといて無視かい』と臍を曲げる内容がずらずらと……申し訳ない。

 うざい内容だったら問答無用に切り捨てられたが、素直に体調を心配されているので、そうもいかない。


 味の落ちたナポリタンを食べながら、『ごめん疲れたから、話は明日に』と送っておく。

 やっぱり、食べ物は一日空けると不味くなるな。カレーとかは逆に美味しくなるが、確実に麺類は中の水分がなくなって麺の弾力が消えるから残念な感じになるな。


「あぁ、疲れたぁ……風呂入ろ」


 風呂の準備をする時間が暇なので、適当にVRの公式掲示板を開いておく。わざわざプレイヤーネームとIDが必要なタイプの割とガチガチの掲示板だ。

 攻略wikiを見ても良かったんだけど、掲示板を見たほうが実際のプレイヤーの生の意見を聞けるからいいしいいか。


「盛り上がってるのは……ふ」


『【大事故】ポーション混ぜたら爆発した。16本目【火の海】』


『スキルレベルってどう上げてる?Lv19』


『【エリアボス】最初の町から出る手段【邪魔すぎ】』


『VR総合相談スレその31』


『【VRとは】VR考察スレその21【何なのか】』


『【謎】ライチの謎に迫るスレ10【フィールドボスソロ討伐】』


『安価で俺のキャラ決めるスレ』


『裸で初期町歩いてたら衛兵に捕まったんだけど……4』


『【せめて話を聞け】魔物プレイヤー総合スレ28【町に入りたい】』


『クランシステム始まるけどさぁ……その6』


「うわ……」


 他にもホットなスレッドはあるが、俺に関係ありそうなのはこの辺りか……? てか、いつのまにか専用スレッド立ってるじゃん俺。

 目眩にも似た感覚に襲われながら、震える手でスレッドを開く。


【謎】ライチの謎に迫るスレ10【フィールドボスソロ討伐】


1名前:スラップ

ここは謎のプレイヤーライチに迫るスレです。装備や相談はスレチなのでよそですること。

下品な言葉や嵐は運営AIに規制、ひどい場合はBANされるので注意。


ライチについての情報一覧

・ゲームが始まって四日で隠しダンジョン発見。

・その後エリアボスではなく『フィールドボス』を単独撃破。

・ワールドクエストを一段進めた。

・考察スレの住民により、ライチの攻略したダンジョンは適正レベルが最低12以上だと判明。

・恐らく人外プレイヤーだと思われる。

・正体不明


2名前:TA

スレ立て乙ー


3名前:ふぁます

しっかし、10スレ目にして全く糸口がつかめないのほんとなぁ……


4名前:名前

情報が少なすぎるんや。多分人外で、アンドロメダ大湿地の先におる事しかわからん。


5名前:ケーイン

他スレで都市伝説扱いされてんのほんま草


6名前:775

NPC説とかあったね。


7名前:プラ無

そもそもアンドロメダ大湿地攻略できてないのがねぇ


8名前:ガガガラム

なんだっけあっち。火魔法と状態異常回復必須だっけ?


9名前:AIFA

つ『クソでか虫相手に戦う度胸』


10名前:マトリキス

>>9これ。まじであの――《一部を規制します》


11名前:ケーイン

あー、やらかしたなこれ。汚い言葉ダメだって。


12名前:マトリキス

すまぬ……つい衝動に駆られて殴り書いちまった。


13名前:AIFA

仕方ない。あそこ本当にトラウマになるから。

ずっと膝までの沼、冷たい上動きにくい。モタモタしてると空からでかいガガンボが毒霧飛ばしてくるし、沼の上をアメンボみたいな奴が水魔法放ちつつ滑って移動してくる。


14名前:ロブスタァァァ

麻痺させてくる蛾も忘れるな……気抜くと後ろから麻痺させられて沼に顔から突っ込んで窒息死するぞ。


15名前:ガガガラム

クソ過ぎて草。じゃけん俺はイベリア平原でウルフとオーク狩ますねぇー


16名前:ふぁます

その先にある上、それよりレベル高いだろう隠しダンジョン発見して当日攻略とか、ライチさんほんと何者なんですかねぇ?


17名前:TA

もはや幻想種扱いされてもおかしくないだろうなぁ……なんか運営がHPでクランシステム入れるとか言ってたし、第一線の奴らからしたら、ソロであの鬼畜ボス以上のやつを倒せるらしいライチはジョーカーみたいな感じでしょ。


18名前:775

戦闘で有名なプレイヤーってライチさん以外にそんなにいないもんね。


19名前:TA

クラウンさん、あっぱーらちぁさん、RTAさん、黒剣士さん、フルメタさん……あとは魔物枠でライチさんと風神とかかな……って考えるとそんなにいない?


20名前:ロブスタァァァ

他にも色々いるけど、飛び抜けてるのはそれくらいだな。


21名前:AIFA

マカロン食ってろさんとかPPPさんも忘れないであげて。


22名前:アルターグル

悪い意味で有名なら「泣けよ」とか「十字架泥棒」も。ちなみに俺はどっちにもキルされた哀れな奴だから誰か慰めて。


23名前:AIFA

PS人外勢代表格だよね……絶対一般プレイヤーだったら今頃何処かのエリア開放してたと思う。あとアルターグルさん涙拭いて……



「……捜索されてる」


 今でこそ10スレ目で勢いは落ちているが、1、2スレ目はそれこそ空が落ちたような騒ぎになっていた。誰!?だとか、チーターか?とか、とんでもなく香ばしくなっている。


「……不可抗力とはいえ目立ちすぎだろ」


 目立っても特にやる事に何一つ変化なんてないが、そんなにPS人外勢だと思われてたら心外だ。強いのはスキルとプレイスタイルで、俺自身は一般人だってのに。

 ……戦闘中に鑑定飛ばし忘れたりディフェンススタンス掛け忘れたりするタンクがPSある訳がない。おまけにヘイト管理すら殆どやったことがないと……。


「いや、一応ヘイト管理は……ああ、思い返せば普通に怖い体験だわ。刃物恐怖症になってもおかしくないって」


 映画のワンシーン的な場面を味わうことは出来たが、全身を切り刻まれる恐怖体験も同時に済ませられた。


「そういや、明日からどうするかな……」


 とりあえず進化、転職、からの装備調達と状況整理……の後は……移動、かな。

 じとじととあそこに留まって、エリアボスに喧嘩売るのも楽しそうだけど、まだ自分がどのくらいの強さとかもわからんし、装備欲しいし……何より人恋しい。

 ちらと覗いた『ポーション混ぜた』スレでは、街中で一時爆発が連発する伝説の神スレと化しており、SS祭りや、プレイヤー同士の会話が一層カオスだ。会話を追うと、爆発騒ぎに衛兵まで動き始め、さらにその衛兵ごと爆破してしまった事でレッドネーム指名手配犯になるプレイヤーまで現れたとのことだ。


 そんな中に混じって騒ぎたいという気持ちも僅かにある。……ロードと戯れるのも、それと同じくらい魅力的だが。

 歩いてたら勝手に爆発する町とか面白過ぎるだろ。

 さらに言えば、クランシステム。これの実装が大きい。クランは『街中』にある冒険者ギルドで多額の金を払うことで創設でき、払って金に対応するクランホームを得られる。


 当然のごとくクランバフなどの特典もあり、公式は近々クランの関係する大型イベントが開催されるらしい。となれば、そこに混ざりたいと思うのは仕方ない。


 ……街中。この単語に、この二文字に、どれだけ魔物系プレイヤーが体を掻き抱いて震えるかは、人間や亞人には分かるまい。さっきの総合質問スレでの一幕を見てみよう。



289名前:ルーゼックループ

すみません、レベル4のレッサーリザードマンなんですけど、湿地帯から街に行ったら近づいただけで門番に殺されたんですけど、どうしたら街に入れますか?


290名前:アーサー早起き

残念だけど無理かなぁ……門番さん達は魔物が近づいてくると目の色変えて殺しにくるから。普段はすっごいユーモアがあって優しいんだけど、魔物は入れてくれないみたい。ちなみにレベル25って教えてくれたから、正面で突破も難しいかな……力になれなくてごめんね


291名前:ルーゼックループ

街にも入れないんですか……分かりました。わざわざ答えにくい質問を丁寧に答えてもらってありがとうございます。



 魔物は街に入れない。レベル25の衛兵が複数体血眼で殺しに来る。グレーターゾンビクラスとまでは言わないが、他の奴らからしたら、俺が最初に体験したエリアボス四体同時エンカウント並みのクソ難易度だろう。

 よく考えれば考えるほど、あの状況のクソさが滲み出て来る。酷いなんてもんじゃないぞ……。


 魔物板はもはや葬式そのものの空気だ。VR辞めます宣言や、いつも通りの嘆き、テンプレな怒り。

 レベル上がらない。つか、ここどこ?周りに誰もいないんだが?はぁ、また死んだわ……ドラゴンなんて選ぶんじゃなかった。街入れない、協力プレイが一切ない、魔物に厳し過ぎる。


 せっかくこんなに面白いゲームなのに、辞めていこうとする人がいる事が、どうしても見ていられなくて、それでも画面の向こうにいる誰かを救う方法など……いや、一つだけあった。


「……あんまり、こういう役回り好きじゃないんだけどなぁ」


 でも、あまりにも見ていられない。死亡報告と引退報告でスレが一つ埋まる様なんて、これ以上一秒だって見ていられやしない。

 だから、せめて彼らの灯りに、道しるべに……なれるのなら。


【せめて話を聞け】魔物プレイヤー総合スレ28【町に入りたい】


156名前:キッカス

マジで運営厳しすぎやろ……さらにこっから厳しくするとか砂漠で厚着させるみたいなもんやぞ


157名前:プレイトゥース

ウルフなんてなるんじゃなかったなぁ……初心者相手に何デスしてんだろ、俺


158名前:上からクトゥルー

何でここまで厳しいのかなぁ……救済も何も無いし、辞めてほしいって言われてるみたい。


159名前:DOX

わわ、どなたかヘルプお願いできますか?馬なんですけど、蔦に絡まっちゃいました。動けない


160名前:プレイトゥース

蔦っつうと西か。回る緑の狂騒域だろ?俺イベリア平原だから走ればいけるかも……?


161名前:キッカス

こういう時こそ助け合わんとな。俺南の渦巻く海天線あたりやから、飛んでくわ。レベル4のピクシーな。攻撃せんといて


162名前:DOX

本当ですか!?ありがとうございます!


163名前:ライチ

魔物板はここですか?


164名前:キッカス


165名前:プレイトゥース

え、本物?いや、名前はID参照だから……え、マジで!?


166名前:上からクトゥルー

マジモンのライチさんだ!!やっぱり魔物だったのか!


167名前:ライチ

ええ、まあ。ダンジョンから出てみれば周りが妙に騒がしくなってて驚きですよ。


168名前:飛び出す板イタチ

久々に愚痴ろうと思ったらなんかすごい人居る……


169名前:キッカス

え、やばい、聞きたいことが多すぎてちょっと……


170名前:ライチ

まあ、取り敢えず落ち着きましょうよ。私自身、流されるみたいにしてフィールドボス倒したので、結構疲れてるというか……


171名前:飛び出す板イタチ

流されながら倒したで草


172名前:プレイトゥース

倒せちまうあたりすげえなぁ……


173名前:ライチ

でも、結構ひどいことばっかですよ。レベル二十五のグレーターゾンビにレベル一桁でエンカウントとか。


174名前:キッカス

ヒェッ


175名前:ライチ

でもまあ、なんとかなってるんでプラマイゼロって感じですかね。とてつもなく面倒で鬼畜な要素ばっかりですけど、私はこのゲームを結構楽しめていると思います。


176名前:上からクトゥルー

グラもいいしシステムもワールドの広さも良い……んだけどなぁ。ある程度力がないと死ぬだけなのが悲しいな。


177名前:ライチ

たしかにそうですね……スレ見てると痛いほど分かりますよ。でもやっぱり、二日しか遊んでないですけど、VRは面白いと思います。


178名前:ライチ

この状況見て何言ってんだって言われたらしょうがないですけど、それでも諦めるのは、まだ早すぎるんじゃないかと思うんです。


179名前:プレイトゥース

確かに面白いけど……なぁ。隅っこに追いやられても楽しいとまでは言えねえな。


180名前:ライチ

そうですね……なので、大舞台に出てみたいと思います。人間から「なんかかわいそうな奴ら」もしくは「経験値」なんて思われている立場から、『魔物プレイヤー』って立場を得たいんです。


181名前:飛び出す板イタチ

そんなことが出来たら面白いな。せっかくふざけて魔物選んだんだし。


182名前:キッカス

どうやって、って思ったけどイベントか。


183名前:ライチ

ですね。どうせ運営のことでしょうし、人間側有利のイベントを開催するでしょう。PVP大会とかですね。なので、その場所で大番狂わせでもやらかしてやろうかと思います。


184名前:ライチ

公式で自由度自由度謳ってるので、それにのっとって暴れまわるつもりです。ですから、せめてその時までは、楽しみにプレイをしてくれれば、と思います。

長文になりましたが、このゲームを楽しんでいただけることを切に願っています。

おやすみなさい。


 そこから先は反応が怖くて見られない。静かに掲示板を閉じる。文字を打ったその直後から心が焦りで満たされるが、書いた文字は消えない。吐いた言葉は戻らない。


「……もうどうにでもなれ」


 ため息と共に頭を振った。

同胞が虐められて、虐げられているのだ。むざむざと見逃すようなカッコ悪い真似は、俺には出来ない。

 とはいえ、所詮高校二年の先の長いガキの戯言に、心を動かされるとは希望的観測であっても信じがたい。だからこそ、ただ一方的に思っていることを叫んだだけのようなもので、より一層恥ずかしい。


 あぁ、今からでも自分を余計にもう一発ひっぱたきたい気分だ……。脳裏に自分の言葉が反芻はんすうする。


 ――なので、大舞台に出てみたいと思います。


「……もういい、風呂入ろ……あ゛」


 風呂の水、出しっ放し……?


「ぁぁぁぁ!!!? 走れ!」


 風呂場へダッシュ、扉を開けてから見えた景色は、ウユニ塩湖を思わせる素晴らしき水平面……や、やらかした。


「格好つけてる場合じゃなかった……」

 

 後に夕食の材料を買って帰って来た母さんに一瞬でバレ、こっぴどく叱られた。

 ……集中しすぎは、良くないな。

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