第12話 されど静かに終わりゆく

 通りすがりに黒い墓を殴って浄化して、丘を一歩一歩登り詰める。数時間の間に二回は手酷く叩き落とされたそこを悠々と登っていくのは、どこか気分がいい。空の戦いは、数の面で歴代墓守側が劣っているが、質が違いすぎるのか、一人で複数相手取っても余裕で切り捨てている。流石は墓守といったところだろうか。


 俺の視線の先の二人も、全く別次元の動きをしている。プレイヤーがあの領域に達するのは、少なくともあと3ヶ月はいるんじゃなかろうか? ……俺、まだ誰とも出会ってないけど。


「『falelankr喰らい尽くす戟』」


「眠れ、『墓守の歌エピテレート・レイ』」


 漆黒の槍のような『手』が四つ、群れを成してロードに迫り来るが、凛としてロードは揺るがない。銀の光でそれらをまとめてなぎ払い、更にメルエスごと貫こうとする。

 が、その一撃は影に逃れたメルエスの翼を掠める程度にとどまった。

 またもや僅かにメルエスの体力が減る。


「……いけるか……?」


 今更この場所に立っておいて、不安が湧いてきた。装備が変わっても、結局素体は俺自身だ。とりあえず良さげな装備を纏っているがさっきの墓守解放戦線では特に意味も無く鎧の隙間を抜かれていた。

 ここに、この戦いに入る意味はあるのか。勝算はあるのか。


 しかし、不安と同時に、たしかに俺の中で燻るものがある。燃え滾らんとするものがある。煮えるような、荒れ狂うような、そんな感情――怒りが、確かに俺の中にあった。


「……知らねえな、そんなもん」


 シールドバッシュで一気に戦いのど真ん中に飛び出す。驚きにロードが固まっているのを流し見して、メルエスに向き直った。


 傷を受け、三つの黒い翼は二つ欠け、黒いローブは破けてちぎれている部分が目立つ。だが、その逆さの仮面から登る青と緑の焔は際限なく吹き荒れ、鎌を持つ手に震えや疲労の色はない。巨体に隙間なく威圧をみなぎらせ、先代墓守メルエスは俺に鎌を向けた。


「そろそろ疲れてきたから、お前をぶっ飛ばす」


 礼には礼を、殺意には殺意を。盾を構えて、だいぶ馴染んできた黒い籠手の指先まで力を込めた。俺自身、大分疲れているのかもしれない。生き残ることも、ギミックや攻略法の事についても、いい加減考えるのが面倒になってきた。

 ここまで散々フラストレーションを貯金してきたのだ。


 そろそろ、そろそろ自由気ままに戦ってみたい。戦力外な自分に震えるでもなく、ロードの戦力に目を輝かせるだけではなく、常にサポートに回る訳ではなく。俺は――。


主人公っぽくヒロイックに暴れ回りたい気分なんだよ」


 もちろん、ロードはきちんと守るがな。その声が合図になったのか、メルエスが鎌の一つを震わせる。途端にメルエスの像がぶれて、五体に増えた。


 あぁ、楽しくなってきた! 絶対後々思い返して布団の上で足をばたつかせる奴だけど、いいわ、もうこの際。暴れてやる、ここまで来たんだ、我慢したんだ。このくらいの馬鹿は許してくれよ。


「……ライチさん」


「ん?」


「…………し、信じてます……よ?」


「あぁ……ありがとな」


 俺の背後のロードの顔は、どんな風になっているだろうか。笑顔か? 驚きか? 恐怖か? ……多分、全部なんだろうな。

 だからそんな恐怖も、不安も、全部俺が受け止めてやろう。真正面から、全力で。ため息が出るくらい愚直に。


「『ディフェンススタンス』……さあ、かかってこい!」


「眠れ、『墓守の歌エピテレート・レイ』!」


 挑発と同時に真後ろから銀の光が吹き荒れる。ジェット機の轟音と風圧にも似たロードの一撃に、割と真面目にビビりながら、盾を構え直す。光は空を真っ二つに切り裂くように横に振り切られ、分裂したメルエスのうちの何体かを消しとばした。

 が、肝心の本体はおそらく存命だ。銀の残り香とも言える光の粒子の狭間に、低く地面を縫うようにしてこちらに迫る影が見えた。


 サメの背びれみたいに影から鎌の先を突き出して、こちらを切り裂こうとしている……が、それはフェイクだ。後ろを振り返れば、不意をついてロードを切り裂こうとするメルエスの姿があった。


「『カバー』! 下のやつの攻撃を……っと。分身使ってもやってることがワンパターンじゃないか?」


「……」


「眠れ!『墓守の歌エピテレート・レイ』!」


「チッ、厄介すぎるだろ、その回避」


 メルエスは地面に溶けるようにして、のらりくらりとロードの攻撃を避けている。その動きには淀みや隙が全く見られない。殆ど、タイムラグなしの回避が、まさか一番面倒な一点になるとはな。……しかし、ロードの攻撃も中々レイドボスみたいなものだと思う。

 殆ど絶え間なくほぼ即死、無限射程、超高速、果てには若干のホーミングを混ぜたレーザーを上下左右に打ちまくっている。


 割とマジで敵に回したくない……が、ここでやはり最初の疑問がぬるりと緊張の隙間から顔を出す。

 ロードのあの強さは、一体どこから来ている?


「ハァ……次は六体……? 増えてるし早くなってねえか?」


「それだけ、追い詰められているんだと思います」


「そうだな」


 さっきメルエスの一撃を防いだ両腕に、ちらりとだけ視線を向ける。有り体に言うと、早い、重い、鋭いのトライアングルだ。先端はブレてるし、受けた両腕はまだ痺れてる。盾がめちゃくちゃ硬いからダメージ自体は60そこらで防げてるが、連続してくらいたくはないな。


「来るな……いや、待て待て! お前一人でパーティー組んでんじゃねえ!」


「取り敢えず何人か倒さないと、難しそうですね……眠れ、『墓守の歌エピテレート・レイ』!」


 三人が魔法を構え、一人が影に、二人が鎌を上と下に構えて左右から肉薄して来る。一人軍隊は本当に厄介すぎる。ロードの一撃に後衛が纏めて薙ぎ払われるが、影に潜んだ三体は問題なくこちらに飛びついて来る。


「『カバー』!『シールドバッシュ』ッ!……うぉ」


「ライチさん!?」


「構わず撃て!」


「うっ、眠れ『墓守の歌エピテレート・レイ』」


 取り敢えず二体の殺意マシマシな攻撃を受け止めるだけ受け止めたが、残りの一体に背中をぶった切られる。ロードに行かなくて本当に良かったと思う反面、半分を一気に割ったHPに冷や汗が出た。


「チッ……そう易々と勝たせる気は無いって事か」


「それでも、やらなくちゃいけません」


「わかってるさ。……来るぞ」


 変則的かつ合理的。早く、正確で、否応が無しに『強さ』を見せつけられる。まるで攻撃を当てることができず、ただひたすら体力を削られていく。

 前か? 後ろか? 影の中からと見せかけてロード狙いか?


 偶に降って来る援護射撃が心強いことこの上ない。が、それでももう一歩足りない。あと少しだけ、足りないのだ。

 だから、耐え忍ぶしか無い。ひたすらにその一歩を埋めるために、足掻くしか無い。


「っぐ! まだまだぁ!!」


「眠れっ!『墓守の歌エピテレート・レイ』っ!」


 余波だけでメルエスのHPは削られており、残り2〜3パーに近しい。殆どミリ、瀕死といっても過言では無い……それでも彼女は止まらない。最高の技量でもって、墓守の無慈悲さでもって、遍く生そのものを刈り取ろうとしている。


 きっと、『生存本能サバイバー』のスキルが無かったら、間違いなくこの攻防には耐えられていなかっただろう。五分か、十分か。コンビニにでも行く程度のこの時間が、どれだけの犠牲と尽力の元に成り立っているのか。


 だからこそ、考えなければならない。どうするべきか、何が正解か。


「はぁ、はぁ……」


「息が、あぁ! ……上がってるな、ロード」


「……新しい呼吸法ですよ、勘違いしないでください。眠れ、『墓守の歌エピテレート・レイ』」


 空の戦いは、この戦いは……最終戦争ティタノマキアは、そろそろ、終焉を迎えようとしていた。この祭りは、この踊りは、もうそろそろ幕引きを迎えようとしていた。


 空を舞う魔法の数はまばらになり、羽音も小さく聞こえるのみ。緑の空が相変わらずに仰々しく魂を回していた。ロードの呼吸が聞こえるくらい、あたりは静かになっていた。

 そんな中、俺の盾とメルエスの鎌が擦れ合う音が、ひときわ大きく響く。

 殆ど反射で、鎌や魔法を防ぎ続ける。


 その時間で、作り出した隙間で……考えろ。

 強すぎるだろ。どうすりゃいいんだ? 素直に墓をもっと殴っとくべきだったか? いや、数で押し切れるレベルじゃ無いのは俺がよくわかってる。ともすればロードの一撃を当てるために捨て身になるのが一番か?

 ――そもそも、ロードのこの進化はどこから来た?


 『墓守の意思』状態の影響というなら、それのトリガー、効果が知りたいと思うが分からないものは仕方がない。


 最初のロードの墓守の歌は灰色の霞んだ光線だった。それが灰色のまばゆい光線になって、今では銀色の光の塊みたいになっている。詰まる所、何かがあったのだ。ロードの中で、なにかが。レベルだとか、そんな分かりやすいものじゃない……もっと分かりにくいもの。


 ――これ以上、僕の弱さであなたを傷つけたくはないんです。


 メルエスの一撃を、体から力を振り絞って受け止める。体の芯がぐらりと揺らぐのを必死に押し戻し、何とか一撃を凌ぎ切った。


 ――僕は、墓守だから。


 僅かに散った火花に、ロードの声が反射した。

 『墓守の意思』見えない何かに関係するバフ……一桁のレベル、推奨レベルが――のユニーククエスト……。


「そういう、事か」


「眠れ!『墓守の歌エピテレート・レイ』!」


 思わず、後ろに振り返ってしまった。真剣な面持ちで、息を切らしながら杖を構えるロード。金のオーラに包まれ、額の汗で綺麗な銀髪をくっつけて、それでもなお金の瞳に意思を漲らせている。

 美しい。牙を剥いた獅子のような、そんな美しさだ。


 このクエストの最も簡単な攻略法は、ロードのレベル上げなんかじゃない。俺がやるべきことは、ロードを墓の中央に連れて行くことでも、メルエスとの戦いを助けることでもない。そんな、直接的なことじゃ無かったんだ。


「……成る程、それなら最初の方に置いてても納得だわ……はぁ、よく作り込んでんなぁ」


 今度は分裂して魔法を構えたメルエスに、盾をしっかりと握りしめて呟く。本当に、すごいゲームと運営だ。


「このクエストの攻略法は――ロードの心を育てることだ」


 レベルなんてあるわけがない。ロードの心が、クエストの難易度そのものなのだから。ロードの墓守というものに対する意思、誰かを守りたいという意思。それらが『墓守の意思』の発動条件だろう。ロードの力は、ロード自身の心に影響されていたんだ。


 銀光が俺の頭上で濁流のように流れていった。


 なら、俺が取るべき行動は、回答は何だ?勇気付ける事か、焚きつける事か?とはいえ、今更焚きつけるも何もないだろう。さっきっから焚きつけるだけなら死ぬほどやってるからな。

 ってことは、現状俺ができることは特にない……?


「あーっと……待って、どうしようかな……」


「はぁ、はぁ……どうしましたか?ライチさん」


「いや、特に何も……っぐぉ! 重い……」


「く!眠れ!『墓守の歌エピテレート・レイ』!」


 大上段からの振り下ろしをなんとか受け止める。が、STR的な問題で押し潰されかけた。VITだけじゃダメだってか?

 だが、今この状況での最も大きい問題はそこではない。ようやく最後っぽいギミックを見つけて感動すら覚えたのに、こっからどうするかが全く浮かばないことだ。これ以上どう勇気付けろと?いっそメルエスに組み付いて『俺ごとやれ!』とでも言ってみるか?


 いや、ロードの様子を見る限り、完全に覚悟は決まっている様子だ。ギミック自体は、俺が既に素で踏んでいたみたいだな。

 だったら、この状況を切り替えせるのは何だ?空の墓守か?ロードの魔法か?……俺自身だ。


 何とかして隙を作り出せ。拮抗したこの戦いに終止符を打て。死者を弔う鎮魂歌レクイエムにピリオドを、荒れ狂う不死者の舞踏会に幕引きを。


「閉会式の司会とかやるのは苦手なんだがなぁ……ロード! 頼んだ!」


「うぇ!? な、何ですか?」


「見てりゃ分かるさ!」


 空で争っていた最後の墓守達が綺麗に相打ちになり、地面に落ちて行く。空っぽの空に、静かな丘。静寂が、空いた隙間に入り込む。終わりは、もうすぐだ。


 俺が隙を作ろう。大舞台の最後の花火を打つ、その一瞬前の静寂を整えてやろう。深呼吸……ミスるなよ、俺。

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