黄金色に染まる時

黄金色に染まる時

「今度の休みに俺と一緒に海を見に行かないかい? ここからそう遠くない小さな浜辺なんだけどさ、丁度この時期は夜明けの太陽が真正面の水平線の向こうから顔を出すんだ。その景色と言ったらなんて言えばいいのか……そう、水平線が白銀しろがねに輝くって言えば良いのかな。とにかく海の色と空の色が凄く綺麗でね」


 季節は春から初夏に移ろうとしていたある日のこと。とある大学内のカフェテリアで今年二年生に進級した大祐だいすけは入学してから出来た彼女である香織かおりに向かってデートの誘いを持ちかけていた。

「夜明けの海を一緒に……って、なに? もしかして私と一緒にお泊まりデートでもしたいって言うの? まだそれにはちょっと早いんじゃない?」

 外側に水滴が浮かび始めているアイステイーのグラスを持ち上げて一口飲んだあとに香織はちょっと胡散臭げな顔をして大祐を見つめる。

「あ、いや! そんなつもりで言ったんじゃなねぇよ。この時期なら始発でいけばちゃんと日の出には間に合うように現地には着けるからさ!」

 本当は「あわよくば」と思っていた大祐であったが香織に先手を打たれてしまい慌ててこれは日帰りのデートであると告げ、なんとか同意を得ることが出来た。

「まぁ、私も誰かと夜明けの海って一緒に見たことがないからいいかもね」

「お?じゃあ俺が香織の初めての相手ってことか!」

「……大祐って時々おっさん臭いこと言うわよね、まぁそんなところも私は好きだけれど。取りあえず今度の日曜日に駅で待ち合わせでいいわよね?それじゃ私は次の講義があるからもう行くね」

 そう言って残りのアイスティーを飲み干すと香織は次の講義がある教室へと向かった。


 そして日曜日


「うー! 流石にこの時期の夜明け前はまだ寒いわね。ねぇ、ホントに綺麗な暁の海景色が見られるの?」

 人っ子一人いない砂浜に立ち、まだ暗い海と空を目の前にして少し震えながら香織は隣の大祐に向かって思わず小声で文句を言った。

「ホントだって! ちゃんと来る前に調べてきたけど今日は天気も快晴、日の出の時間ももうそろそろ……あ! ほら、太陽が出てきた」

 香織がそう言う大祐が指さす方、真正面の水平線の方を改めてよく見ると確かに徐々に太陽が昇り始めてくるのが見えた。だが、それはなにか――そう「なにか」おかしかった。普段なら徐々に白んでいく空の色が妙に黄色っぽいキラキラとした色であったからだ。

「あれ? ここの夜明けの海の色ってこんな色だったっけ? もっと白っぽい色だ

と思ったんだけど水平線が黄金色こがねいろになってる……って! 香織、どうしたんだ!?」

 大祐がそのいつものと違う景色を不思議がりながらふと横を見ると香織は大粒の涙を流しながら水平線をただ見つめていた。最初は自分が言ったような景色を見せることが出来ずに香織に失望の涙を流させてしまったのではなかろうか? と思ったのだが彼女の顔に浮かんでいるのが感極まった喜びの表情であることに気が付き慌てて彼女の肩を掴んで揺さぶった。

「香織! おい香織!? なんだよ、一体どうしたんだよ!?」

 大祐に揺さぶられようやく視線を彼に戻した香織は小さく、だがはっきりとした調子でこう言った。 


「終わった。やっと終わった――これで私は帰ることが出来る!」


「……え?『終わった』って、一体何が終わったっていうんだ? おいおい、まさか俺が言ったような夜明けの海景色が見られなかったから俺達の仲がこれで終わったって言うんじゃないだろうな? そりゃ冗談きっついぜ?」

 焦ったような変な笑い顔を浮かべる大祐とは裏腹に香織はそれまで浮かべていた喜びの表情を収めると、極めて冷静で冷酷な目をして話し始めた。

「失礼しました。あなたには何があったのか、そしてこれから何が起こるのかをお教えしてもよろしいでしょうね」

 これがあの香織か? いつもキャンパスでケラケラと笑いながらはしゃぎ回っていた俺の彼女だった香織か!? 彼女に一体何が起こったのかさっぱり訳がわからない様子の大祐を気にするそぶりも見せずに香織は静かに話し出した。


 ――それは遙か昔、この宇宙の遙か彼方の星系でのこと――


 ある星の住人の一人がその星での法に触れる犯罪を犯した。その星においては極めて重い犯罪を犯したその咎人とがにんには当然のことながら重い罰が下されることとなり、その罰の内容とは以下のような内容であったという。


・まだ生命体が生まれいない辺境惑星に赴き、その惑星に生命体を芽生えさえ、その星の生命体の一員として生きながら生命体の進化について調べること

・こちらが後に決める刑期が終わるまでその星で死んでもまた生まれ変わるようになっているので自殺等は意味が無いこと

・せめてもの情けで刑期が終わり母星からの迎えが辺境惑星に向かうまでは母星での記憶や能力は封印しておくので咎人は迎えが来るその瞬間までは辺境惑星の生命体として普通に生活出来るようになっていること


「お、おいおい……まさかお前がその『咎人』だったっていうのか?まるでかぐや姫みたいに?」

 もはや思考が追いつくことが出来ずに呆然と聞き返す大祐に香織は暫く考えてから答えた。

「あれは既に生命体が生まれてからここに来ているからちょっと違いますけど、もしかしたら私の後に同じような咎人がこの辺境惑星に来ていたのかもしれませんね」

「で、今日その記憶が戻ったってことは……」

「はい! 先程のこの惑星に訪れた黄金色の光、あれは私の母星からの迎えの光なのです! やっと私のこの辺境惑星での刑期は終わったのです!」

 嬉々とした顔でそう語る香織の顔を寂しそうに見つめると拓也は砂浜の上に座り込んだ。

「そうかぁ……香織、いっちまうのか」

 普通ならとても信じられない話であるが、今の香織からは確かに地球人以外の何者でもないという雰囲気が溢れていたので大祐は素直に彼女の話を認めた。

「なぁ、故郷の星に帰っても俺や、この星のことは忘れないでくれよな? そして良かったらまたこの星に遊びにでも来てくれよ」

 悲しげな声でそう呟いた大祐を香織はきょとんとした顔で見つめ、そしてつまらなそうにこう言った。


「あなたのことやこの星のことは忘れませんよ? レポートに纏めるために必要なことですから。でもこの惑星に再び来ることは無理です。だって


「……は?」

 大祐は香織が何を言ってるのか判らず思わず間抜けな声を上げてしまった。

「この惑星が消えるって、地球が無くなるってことか?」

「ええ、勿論そうです。だってここは私の流刑惑星であると同時に生命体進化に関する実験場でもあったわけでして、あなた方だって細菌実験をした後には実験体は滅菌処理して捨てるでしょう? それと同じですよ。まぁ私としては例え宇宙の片隅にでもこの忌々しい流刑惑星が残ってること自体が目障りですから丁度良いですね。ほら、あの水平線の向こうの黄金色の光。あれは私の迎えと同時にこの惑星全体を包み込んで星ごと綺麗さっぱり消してくれるはずです。大丈夫、一瞬のことですから痛みや苦痛はないですよ」

「――おい! ちょっと待てよ! なんでお前のそんな我が儘で俺達人類が――いや、人類だけじゃなく他の生き物も全て滅びなくちゃならねーんだ!? ふっざけんなよ!」

 急速に強くなってくる水平線上の黄金色の光を見ながらにっこりと笑う香織に大祐は掴みかかろうとしたが、彼女の姿はゆらりと揺らめくとその場から消えてしまった。


 ……やれやれ、このような凶暴性があったことも最後にレポートに書いておかねばなりませんね。


 大祐がそんな声を聞いた気がした次の瞬間、目映いまでの黄金色の光に彼と、そして地球は包み込まれた。


 <了>

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黄金色に染まる時 @emyuu

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