第5話……転院
ようやく決まった転院先。
少しだけ気を緩めて、すべてが元通りの毎日がきても大丈夫なように過ごした。
気を緩めるといっても、やるべきことを疎かにしているわけではなく、張り詰めて硬くなっている肩の力を抜く程度だった。
世間は新型コロナウィルスで、大幅に延長になった春休みや懸念されているGWへの影響をしていた。ヨーロッパでは、ロックダウンで静まり返った街並みに、医療従事者や関係者への
そう──世間が休みに入るということは、コンビニエンスストアはそれ相応の対策で動かなければならない。
発注の中で、どれをどれだけ増やしておくか。または減らして、過剰な廃棄になって平常時に圧迫してしまわないようにと。
緊急事態宣言が発令されれば、休業してしまった企業や店からの流れ客が来ないなどの想定もしないといけない。
考えなければならないことが次から次へと湧いて出てくる。
まるで、ダンジョン巡りを予想していない装備で挑んでいる気分だった。
本音も本心も不安だった。
だから、父の奥さんが運んできた転院の情報はその気持ちを少しだけ、希望の光が射し込んで明るくさせた。
姉ともそのことでの会話は、気楽なものだった。
実父と祖母が同時に入院している、という中で一番希望が大きく、そこまで絶望があるわけでもなかった。
まさか……の結果なんて考えもしなかったから。
四月に入ろうかという日。
春という芽吹く季節に、それは
実父からのショートメッセージが入った。
──転院が延期。予定先でコロナが発生した。
奥さんからもそれを聞いていた。
私にとって、それは強運だとさえ思った。
だって、転院して発生していたら未知へのものへの恐怖は底なしだったはずだ。それがひとつに絞られて、そして集中できることでもあったし、新型コロナウィルスへの医療対処というのだろうか。特効薬やワクチン、その他のさまざまな医療ケアが確立したら面会だって可能だから。
なんとまあ、気楽な。
そう思われるだろう。
だって、未来のことなんて誰一人、透視能力がない限りわからないんだから仕方ないと言い訳させてほしい。
私は実父にメッセージを送った。
おじいちゃんが見守りつつ、早急にこっちに来るな。と言っているような内容を。
仕事人間だった実父の思い出は限られている。すでに孫もいる実父は、思い出というようなものを孫とは作っていない。
だから、
──せめて、上二人の成人式を見てから来い、言うてんやで。
そう送った。
私たちは姉妹だったから、男の子の成人式には奮発しようとするだろう。それが回復力として、中皮腫への抵抗を続けていくだろう。
それこそが心筋梗塞のきわどい時も振り切り、仕事に復帰した実父の無敵さだと信じていた。
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