第3話……ほんとだと思えない


 病院の一室──余命宣告を受けた数日後に個室に変わっていた──に入ると、寝入っているような実父がベッドに居た。

 姉は首を振っていた。

 それが間に合わなかったサインだとは思わなかった。もっと自分の内面を掘り下げていけば、拒絶していたのだと思う。

 恐る恐る近づいて行くと周囲は慌ただしくなっていた。

 ひたすらに見つめた。見つめることで瞼を震わせて、起きようとする仕草を見せるのではないかと信じたかった。


「担当医はこれから診察に入りますので、当直医が診断します」

 その言葉は耳に入ってくるだけだった。そっと静かに、軽やかに看護師が退室していく。誰一人として口を開こうとしなかった。姉が啜り泣きをしていた。実父の奥さんは、気丈に実父をひたすらに見つめていた。

 私は、私は……ただ、実父の顔と室内の空気を交互に見ては考えた。


 ──何を意味するのか。

 ──何が告げられるのか。

 ──まだ何かがあるのだろうか。


「……午前7時42分、御臨終です……」


 一斉に実父にお辞儀をして、看護師と当直医は頭を下げてお悔やみの言葉らしきものを口にしていた。

 姉が抑え込んだ嗚咽を細く切れ切れに漏らした。

 その横で居た堪れない気分がこみ上げてくる。

 この部屋から逃げ出して、店に行って仕事をしたい。

 そう思った。

 実父の奥さんは仕事関係の電話を掛けだしたり、姉夫婦は静かに部屋の中で息をしていた。

 私はほんとだと信じれなかった。

 寝ていないせいもあっただろうし、実父の病名が完全にわかったのはこの病院に入ってから一か月も経っていないからだ。



 実父は仕事人間だった。

 その負債は自分の店を持つこと──コンビニエンスストア経営して数年後に表れた。

 心筋梗塞。

 それも一歩間違えれば死んでしまっていたほどの。手術ですら五分五分も怪しかったらしい。

 らしい、と書くのは、私は盛大な家族喧嘩をしてようやく和解したばかりだったからだ。

 その経緯もあって、最初に肺気胸の疑いが出て入院した時からずっと楽観視していた。心筋梗塞の予後も良好になり、仕事にほぼこれまで通りのように打ち込んでいた実父が、度々、再発してもへらりと笑いながら仕事をこなしていたのを私は間近で見ていたからだ。


「まあ、今回も二週間は入院するやろうけど。店のこと、よろしく頼むわな」


 そう話していた。

 そして、一旦は退院して自宅で安静にしていた。

 なぜなら、世の中は新型コロナウィルスが蔓延しており、肺気胸を患った実父には銃弾がそこかしこで舞う中を歩くようなものだったから。

 でも、実父らしく数週間もしない内に店に発注に来ていたりはした。毎日、顔を合わせたりしていたのが、週に一日程度あるかないかだった。


「無理せんと家に居ったらええのに」


 憎まれ口を叩くのは、私の専売特許。


「わかってるよ。これやったら帰る」


 聞く者が居ると必ず、私たちの会話は喧嘩しているよう。そう評される。お互いがお互いに、きちんと言葉にしないと、と思うあまりに口調がきつくなってしまうからだった。

 そんな会話を交わした数日後、実父は息苦しさを覚えて退院した病院に駆け込んだ。


 原因不明。

 でも、その病院の担当医は少しづつ、解明の糸口を見つめようとしてくれた。


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