第3話 登校
寝癖直し、洗顔、歯磨き、制服の埃取り、それから……
「今日は午前授業でしたっけ?」
「ん? そうそう。始業式だけ」
「では、昼食を用意して待ってます」
「ありがとうー。じゃ、行ってきます」
「お待ちください」
「あれ? 何か忘れてたっけ?」
呼び止められて思い出すが、鞄も身につけているし、鞄の中身は事前に用意しておいているし、財布にスマホもポケットに入っているから何も忘れた覚えはない。
さっき鏡で何度も確認したから、身嗜みも完璧なはずだ。
「これを」
「……何これ?」
差し出されたのは紙の人型。
よく映画で見る、陰陽師が使うやつだ。
「魔除です。何かご自身で対処できないときはこちらが作動しますので、念のためにお持ちください」
「よくわからないけど、ありがとう。とりあえず、何もないように頑張ってくるわ」
ピンポーン、と玄関チャイムが鳴る。表示されたインターホンの画面を見れば天音だった。
「では、いってらっしゃいませ。くれぐれもお気をつけて」
「うん、いってきまーす」
長くて白い髪がさらりと流れていく様は、とても美しかった。
式神さんは綺麗だし、美人だし、胸も大きいし、俺含めて普通の思春期の男だったら緊張しそうなものだが、なぜか式神さんにはどことなく親近感がわくというか、気安いんだよなぁ、と改めて思いながら、俺は家を出て行った。
「おはよー! きーくん!!」
「おはよう、天音。朝から煩い」
この目の前の彼女は
俺と同い年で家が隣同士のいわゆる幼馴染みである。
ちなみに、俺と名前がちょっと似てるのは多分偶然だ。多分。
親に聞けないからその辺りは詳しく知らないが、親同士が仲良かったとは聞くのでもしかしたら、似せたのかもしれない可能性もあるが。
「煩いって失礼ねー! せっかく可愛い幼馴染みがお迎えきてあげたって言うのに!!」
「可愛いとか自分で言うか?」
「いいでしょ! 自分以外誰も言ってくれないんだから!!」
本人はこう言っているものの、ショートカットで明るく、胸がそれなりにはあるのに部活でラクロスをしているからか身体がキュッと絞られていて、顔も身体も男からしたらいい塩梅になっていて男子から密かに人気がある。
……本人には決して言ってやらないが。
そもそも、言ったらセクハラだろうし。
「クラス一緒だといいねー?」
「勉強教えてもらいたいだけだろ……」
「えへへー、バレた? きーくんの教え方の方が上手いからね。いっそ先生になればいいのに! って、きーくんは昔から警察官になりたいんだったっけ?」
「まぁな」
そう、何を隠そう俺は将来警察官を目指している。
両親を殺した犯人のように、犯罪者がのさばる世界を少しでもよくしたいからだ。
そして、俺みたいな人を減らせたらいいと思っている。
「そういえば、明日の部活の新入生勧誘会には出るの?」
「あぁ。俺はなぜか悪党役としてな」
警察官になるためには柔道や剣道を学んでないといけないため、俺は中学からはずっと剣道を始めている。
大会では優勝こそしてないものの、表彰されるくらいにはそこそこ強いと自負している。
それなのになぜか勧誘会では悪党の雑魚役。
せめてボスがよかったが、フツメンの俺には不釣り合いだと却下された。解せぬ。
「はは、何それ! 見るの楽しみにしてるわ」
「天音も明日出るんだろう?」
「出るよー! 新入生ゲットするチャンスだからねー!! 後輩いっぱい入ってくるといいなぁー」
そんな雑談をしているときだった。
ブロロロロ……っ
「危ない……っ」
「きゃ……っ!!」
けたたましい音を立てながらこちらに向かってくるバイクを、天音を庇いながら勢いよく避ける。
だてにここのところ鍛えているわけではない。
そのままバイクは通り過ぎていったが、天音はびっくりしたのか尻餅をついてしまった。
「大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫……」
「あっぶねーな。ギリギリだったじゃねーか」
前方不注意なのかなんなのか。
そもそも、通学路に指定されている路地であのスピードというのは道交法違反ではないのか。
そう内心で苛立ちながら、天音の手をひいて起こしてやる。
尻を思いきりついてしまったせいで、スカートが白く砂まみれになってしまっていた。
「白くなってるぞ。はたこうか?」
「い、いいよ! てか、それセクハラだし! 上手いこと言って、私のお尻触ろうとしてるんでしょー」
「っば! ち、ちげーわ!」
予想だにしなかったことを言われて、心外だと憤る。
いや、断じて下心があって言ったわけではない。
あくまで俺は善意で言ったのだと言うのに。
顔が赤くなってしまったのは、不意打ちで指摘されたからである。
決して、図星をつかれたからではない。
「とにかく早く行くぞ。あんまダラダラしてたら遅れちまう」
「う、うん。きーくん、ありがとう」
「あぁ、どういたしまして」
俺は動揺を隠すようにぶっきらぼうに答えると、天音を置いていかないくらいのペースで学校へと向かうのだった。
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